4月の記録

4月、体感2秒で1週間が終わる。テレワーク対応早くしろやと言われ、考えては違うと言われ、なんとか暫定的に対応して2週目からテレワークスタート。同じオフィスの同じ階で感染者が出たらしく、緊張感が一層高まる。テレワークやってみたらやってみたで、精神的に厳しい。上司とのハングアウトでのコミュニケーション、ニュアンスがわかりづらく辛い。過敏に考え過ぎなのかもしれないけれど、ほんとうはこう思ってるのではなどの察しができず、自分の対応の方向性が合っているかどうかがわからなすぎる。明日出勤したらまたいろいろ言われそうなので今からすでに憂鬱になる。

 

緊急事態宣言、東京都の休業要請を経て、配信イベントもやめようということにした。配信だとしても、それを楽しくやれる想像がどうしてもできなかった。箱には申し訳なかったけど、キャンセル料を振り込んだ。精神的にこれも辛い。今まで日常が辛かったけどやってこれたのはこのイベントがあると考えてきたからだし、気持ちも高めてきていたので。DJやりたいって普段それほど強くは思わないのだが、今回ばかりはさすがにそういう気持ちにもなった。

 

友達とzoomでオンライン飲み会を行う。みんなの近況が知れてよかったと思うと同時に、この騒動をどう受け止めているかはそれぞれの状況によって違っているという当たり前のことが可視化された。それぞれを尊重して、いろいろ話しながら生きていくことが今後も可能なのかはわからなくなってしまった気がした。

 

とりあえずテレワークでなんとか急場をしのぎながら、大型連休に入る。連休中、何かと時間があるので考えることも多い。いつかできたらいいなとか、なんとなくこんなことできないかなと考えていたあれこれは、実際にはちょっと力出せばできたことだったけど、今やそんなことほんとうにできなくなってしまったんだということがわかる。テレビを見ても、ラジオを聞いても、本を読んでも、Twitter見ても、配信イベント見てもそのことが頭をよぎる。そのたびに、次に何をしなければいけないのか、どうしたいのかを整理して、生活していないといよいよやりたいことなんか何もできなくなるなという気持ちが強くなる。

 

4月の最後にLOUNGE NEOの閉店のニュースが流れてくる。今部屋にあるアーティストパスを見ると、NEOに出させてもらったのは2回だけだったと思うけれど、客としてはめちゃくちゃ遊びに行ったクラブだったので寂しい。初めて行ったのは、2015年の5月のPOKEというイベントだったと記憶している。確かマルチネとトレッキーの共同で開かれたイベントで、それが僕が初めて終わりまでクラブにいたイベントだった気がする。夜中にMasayoshi Iimoriのアクトで低音が死ぬほど出ていて、それが臓器に響く感じがして、これがクラブの音響かと、めちゃくちゃ興奮した記憶がまだ残っている。

悲しみを感じる一方で、今後のビジネスとしてのクラブについてはMOGRAの山田氏などのインタビューなどを読むと、できることをそれぞれが模索していて、状況はまだまだ厳しそうだ。たまにクラブを借りたり、出演させてもらったり、遊びに行ったりしている我々にできることは何なのかと考えてわからなくなる。あまりにも、何も考えずに今までそれを日常として扱ってきたということか。一方で、それは君たちが考えることではない、ただ遊んでくれればそれでいいと言ってもらえることをどこかで期待している自分がいることにも気づく。現実に、自分がなにかを考えたところで、しょせんは一介の客なのである。何も考えずに遊ばせてくれというのは、身の丈にあった考えだと思ってきたが、好きな場所が簡単になくなることに対して、それをぼーっと見て、思い出を語っておしまいにしてしまうだけというのも味気ない。今時点では実際にそれで終わってしまうが、この騒動が落ち着くことがもしあるとすれば、その時には存在しているクラブでパーティーやって思いっきり遊びつくすという気持ちだけはもって、今はできるレベルでの応援をするしかないのだろうが。あとはちゃんと選挙行くとかですかね。