2022年10月

2022年10月

二度寝から起床し、特にやることもなくゆっくり過ごす。休みになったことでなにかものすごい安心感を得て、食事もややジャンクになってしまう。

たまむすびの記念パンフレットが買いたくなり、TBSストアへ。相変わらず東京駅内はちいかわが席巻していた。目的のパンフを買った後、タリーズコーヒーでゆっくり過ごす。death's dynamic shroud「Darklife」とWHITNEY「SPARK」を聞く。どちらもいい作品。前者はSNSでの評判がすこぶる良く、実際とても良かった。Vaporwaveのアーティストと思っていたが、領域を巧みに広げているなと作品を重ねるごとに感じる。後者は、先日聞いたin the blue shirt氏が出演していたラジオで聞いて気になった作品。いい音楽を作る人はいい音楽を知っている定期。

帰宅後ノースロンドンダービーをABEMAで見た。追いつかれたあたりでは、やっぱりこうなるかと不安になるも、今年は違うとばかりに3-1で快勝。最高過ぎる。マジで今年は終盤まで優勝争いに残ってワクワクさせてほしい。

 

休みは二度寝に限るということで、ゆっくり起床。特に何かをすることもなく、早めにスーパーに行って翌週に備えた程度のことしかしていない。

前日のノースロンドンダービーの興奮もあり、「All Or Nothing アーセナルの再起」を見始める。おもしろすぎる。アルテタの試合前の演説は感情的過ぎる気もしつつ、心に来る面も確実にあって素晴らしい。オーバを放出する前後の苦労はなかなかリアルだったが、誰もとらないという決断があまりに明確だったことには少し驚いたと同時に、これが最後に響くのよなあと残念になる気持ちも。選手や監督の家族とのシーンなどは見ごたえがあり、昨今どこででも表に出る人から言われる「〜〜も人間」という言葉があり、外から見ている側としての責任とはということも考えてしまった。結局なんやかんや夢中になって6話まで見た。映像は見始めると早いが、そこに行くまでの決心に時間がかかりすぎる。もっと軽いフットワークでありたい。

 

初管理職営業日。ミーティングの内容も若干変わるが、意識の中ではそこまで変わらず。残業がなくなったので、いつもよりプラスワン働くことにする。

「All Or Nothing」の残りの話を見る。昨シーズンがどうなったかは知っている立場からすると、まあなんかなるべくしてなったという感じであり、ロッカールームでの落ち込みぶりはすごかった。アルテタの鼓舞でもさすがにこればかりはどうにもならず、5位になるわけだが、今シーズンの快調ぶりを見ると、これがあったからこそと思うべきだなと改めて感じた。とてもおもしろいドキュメンタリー。

Lobster Thereminの主宰Asquithの性的暴行を訴える内容をSNSで見かけた。これは非常に残念。またこうして聞きたくなくなる音楽が生まれてしまった。こんな話はもう聞きたくないと思いながらも、おそらくはこれからも生まれ続けるだろう。一リスナーではあるが、常に被害者に寄り添うことからはブレずにいたい。

 

9月に見たけど書き忘れていた。2019年に岡山芸術交流を見に行って、とてもいいものを見た。なので、2022年も行こうと思っていたが、市民からの陳情・要望に対して実行委員会が誠意をもって回答していない旨を伝える記事を見た。特に、総合プロデューサーにセクハラ問題でストライプインターナショナルの社長を辞任した石川康晴氏を起用しているという点については、説明が全く行われていない事実に落胆した。一度セクハラしたから一生何かをやるなとは言わないが、そもそもその事案の際にだって、氏が明確な説明責任を果たしたとは到底思えない。そんな人物をよりにもよって芸術祭で起用する。アーティストたちは氏がプロデューサーであることを受け入れているのだろうか。子供からお年寄りまでが各展示を訪れるこのようなイベントに的確な人物なのか。そういった点が本当に考慮され、説明が果たされ、市民が納得した上で開催されることを望む。

ひろゆきが沖縄の基地問題に関する座り込みをされているところに行き、写真を撮って揶揄していた。こういうものを見ると、時折見かける「論点ごとに是々非々でいいじゃないですか」みたいなことを全然肯定できなくなる。統一教会問題でどんなに頼もしく見えたとしても、児童養護施設にパソコンを寄付しようが、結局こうなのだ。こんなものをおもしろがって野放しにしてきたことを、古のインターネットだのなんだの言ってデカい顔しておもしろがってるおもんない人たちには、ファクトチェックセンターをフルボッコする力をこちらにも使っていただきたい。もちろん、ファクトチェックセンターも同じように批判したらいいとは思うんですが。

 

朝起きると、8月に返金通知が来たがいまだ返金されていない海外サイトから、荷物を出荷しましたという通知あり。イライラするも英語のメールをすぐに送る気にもなれず、一旦無視する。

久しぶりに出社。なんとなく出社時用にしていた服ではなく、気に入って買ってほとんど着ていないセットアップを着てみた。寝かせておくのもなあというのと、仕事で着るのもなあというのと半々くらいだった。

残業という概念がなくなったことで、もっと仕事したほうがいいのかと思いつつ、これ以上やるとまたあの頃に戻るという気持ちもあり、残業に抵抗がある。言われたらやるのでそれまでは程々にする。

帰宅後はどっと疲れがきて、なかなか動けなかった。なんとか食事を済ませたあたりて寒気のようなものを感じる。無視してしばらく過ごしたが熱を計ると微熱だったため、早めに眠ることにする。

 

仕事。とある案件で一日中煙が上がっていた。仕切りが悪いとこうなるというのの典型に思えたが、仕切りに口出しできるほどの身分でもないため、火の粉がこちらに来ないように軽苦言を呈するのみ。

とにかく寒い。急に13℃ほどになってしまい、寒暖差で寒気と頭痛が酷い。着込める方が服装としては好きだが、それにしたって急過ぎる。食欲も湧かず、昼食もパン1枚とヨーグルトで済ました。

たまむすび内の箱番組。新しくなった「朗読のミカタ」がおもしろい。歌謡曲の歌詞を読んだり、wikipediaを読んだり。内容がどうこうというよりは、何でもないものの見せ方を変えようとする、ちょっとした引っかかりがある番組。何となくお便りを読んだり、なんとなくゲストのためになる話を聞いたりする番組よりはこういう工夫がある番組のほうが個人的には好きだ。

Kanye WestがYeezyのバックステージで着ていたシャツに「white lives matter」と書かれており批判があったが、当の本人は反論しているらしい。明確な人種差別側に立つメッセージであり、当然非難される必要があると思うが、では果たしてYeezyは着られなくなり、Kanyeの新譜は聞かれなくなるのだろうか。おそらくはそんなこともなく、ファッションが好きな人間は服を買い、音楽が好きな人間は新譜を待つ。Kanyeは変だけど面白い人間だとみんなが言う。そんなのは間違っていると思うが、そんな自分が次にKanyeがアルバムを出したときに聞かないでいられる自信がないのが不思議だ。どうして矛盾した行動をとってしまうのだろう。

 

意味わからん打ち合わせに入れられる時が一番ストレスフルになるが、1日に2個それ喰らってマジで嫌だった。だがそんな日ほどどういうわけかそれらへのイライラを別の仕事を細かく済ませることで解消しようとしている自分がいることに今日気付いた。

仕事を終えた後に障害連絡があり、見て見ぬふりもできたが、役がついた手前それはどうなんだと謎の責任感で対応してみた。これが月数万の給料アップで増えた仕事だと思うと割に合わない。

 

bandcamp fridayじゃなくても買えばいいと思いつつ、買うきっかけになるのであるに越したことはない。まとめていろいろ購入。hankyovain、KEITA SANOのリリースをたくさん買えたのが良かった。

何となくずっとビーフンが食べたい気がしていて今しかないと思い作って食べたが、いざ食べると、そんなに食べたかったのかなあ、これがと思う。こういう現象が何度かあって自分だけかと思っていたら、今週分の声流電刹にて友保氏が同じようなことを言っていて、みんなあるのかと安心した。

キングオブコント。CMやコメントを飛ばしたいので録画で追っかけ再生。幸いなことにネタバレを見ずに見れた。相変わらず客席に女の人のみを置いていて気持ち悪かった。あれ誰の好みの演出なんだろうか。クロコップ、や団、ロングコートダディニッポンの社長が個人的には特に好きだった。特にロングコートとニッ社は1つのことを繰り返して発展させる系で別にストーリーとかはどうでもいい感じが好みに合ってた。審査がどうのこうのというのは必ず出てくる話題だが、芸人たちは一般人の評価や見方なんてどうでもよくて、芸人内の権威に認められたくてやっているので、そもそも誰も求めていない話だよなあと思うなど。

 

東京都写真美術館にて「見るは触れる 日本の新進作家 vol.19」を見る。いざ「新進」と言われると本人らも大変そうという素人しかおそらく思わない気持ちを持ちつつ中へ。それぞれの作家の作品がどれもおもしろかった。水木塁「O/B/J - 組み替えられた建築もしくは憩いの場として(overtone dub mix)」はスケートボードの感触が写真だけでなくものとして伝わってきて、それがよりリアルさを感じた。澤田華「漂うビデオ(水槽、リュミエール兄弟、映像の角)」は、一見何でもない風景だけど、映し出される映像の画角は手で持ったスクリーンの範囲なので常に揺れていて可変的になっている。それを通して見ていると、ただでさえなんか「あれ?」って気持ちになりやすい映像が余計に引っかかりやすくなる。それによって、作者の「何を見て何を見落としているのか」という問いが余計に大きく感じてきて、何を気にしてるかを無意識に意識してしまう不思議な映像だった。永田康祐「Theseus」。Photoshopの「スポット修復ブラシツール」で写真全体を作ったらどうなるかというかなりおもしろい作品。途中まで一部は未修正だと思ってしまったし、知ってからもなおそう思うような箇所があるのに驚く。結局何を見てどう感じているのかなんてマジで揺らぎありまくるのがよく分かる。ずっと見てられる。

その後同じく写真美術館で野口里佳「不思議な力」を見た。題にもなっている「不思議な力」というシリーズは、科学実験で生じる事象的なものの瞬間を写真に収めたもの。表面張力で水が溢れていない様子とか水の入ったコップの中の卵が浮いてもないし沈んでもない状態みたいなやつ。別になんてことないといったらそうかもしれないけど、その瞬間が切り取られているとなんか不思議な気持ちになる。特に印象的だったのは、「父のアルバム」というシリーズ。作者のお父さんが亡くなる前に、昔から撮影していたカメラを貰って現像したもの。それがめちゃくちゃいい写真ばっかり。特に新婚旅行や家庭の何気ない一瞬で撮られた奥さんの写真が素晴らしい。おそらくは撮影者にしかわからない、本当にいいと思った瞬間がそのまま残されていて、ものすごい魅力が溢れていた。写真家の作品を見ることはもちろん楽しいけど、別にそういうのじゃなくても魅力的なものはたくさんあることがよくわかる。

移動して新国立美術館で「国立新美術館開館15周年記念 李禹煥」を見た。めちゃくちゃおもしろかった。最高。絵画よりはどちらかというと、作者が当初からやっていた「関係項」というシリーズがおもしろすぎた。石やガラス、鉄板などをいろいろな形式で置いたりする、やたら前衛的な作品たち。理論はさておき、当然ながらこれとこれってどういうこと?みたいなものを考えざるを得ず、勝手にこういうことかみたいなものを自分の中で作ってしまう。なんかバイブスを勝手に感じて上がる感じ、決まったように見えないものにはそういう魅力があるように思う。どうやら李禹煥は「もの派」として括られているらしく、気になったので関連本を早速注文した。早く読みたい。同じく新国立美術館では「国立新美術館所蔵資料に見る1970年代の美術」という展示もあり、「もの派」に近い人々に関する資料などもあってそれもおもしろかった。写真で見たものはなかなかの前衛さが醸されており、インスタレーションに近いので今作品をリアルに展示できないのが残念だった。大阪では「具体」に関する展覧会がこのあと開催されるらしく、それも見に行きたい。自分がこういうのが好きなのは、絵が苦手というか、一般的尺度ではうまくないことに対する大きなコンプレックスとそれによって昔恥ずかしい気持ちになったことが多々あり、それで絵を嫌いになったことの反動だと思っている。ああいうものを見ると、絵とか芸術みたいなものはそんなに狭いものではなくて、自分のようなものでも楽しんでいいんだと思える。

一日中アトロクブッククラブを聞いていた。Audibleの無料期間を活かして最初から順番に聞く。どの人の話もおもしろかったが、通しでたくさんの人の話を聞いていると、語りの作法に好みが意外とあるなあと気付く。

アーセナルリバプールをAbemaで見る。ひろゆきの話などがあるとAbemaへのなんとも言えない感情はあるのだが、あの番組がクソだからといって全部見ないようにしなければいけないのかが自分の中で消化できない。試合は一進一退で正直負けるかと思った瞬間も何度かあったが、最後にはリードして勝利。マジで今年は違うかも。攻撃陣のイキイキした動きが特に印象的。怪我だけは勘弁。シティが明確なライバルになってくると思うので直接はさておきとにかく取りこぼししないでくれ。

 

前日まで早く起きていたのでゆっくり起床。なんとなく休みをまだ味わいたくて午後から銀座蔦屋書店へ。millitsuka氏の個展を見て、ポスターを予約しアクスタを購入。その後ドトールに入って休んでいると、隣に若い男女。女性はここからオンライン授業に入るらしく、なかなかすごい時代である。今の先生はこんな場所でほとんど聞かれていない可能性も考えなければならないと思うとなかなかハードだなと見たこともない誰かを慮る。

bandcampで買ったhankyovain氏の作品がめちゃくちゃ良く、調べるとレコードオンリーのリリースがあるということで注文する。久しぶりにレコードを注文したが、配送費が半分くらいかかることには目を瞑った。

正倉院展というものが期間限定で毎年開催されているらしく、10月下旬に見に行かないかとTさん、Yさんからお誘いあり。具体の展示も見に行きたいので有給取得を目論む。全国旅行支援というものもあるらしく、それを使うと多少は割引になるらしい。とりあえず有給とれるかどうか、まずはそこ。

アトロクでBase Ball Bearのライブに向けた準備特集。ほとんど聞いてこなかったからよくわかってないのだが、こういう人たちは年をとらないのだろうか。何歳までなら甘酸っぱい青春みたいなものを人は歌っていいのか。アーティストは加齢するべきなのか。

 

有給とることを具体的にしていったら、どう考えても休めない日だということが分かり休みをとることを断念。とりあえず土日で大阪、奈良に行くことに決めた。月曜日休んでも結局美術館系は軒並み休みということもあり、割とすんなり納得した自分もいたりする。早速どこに行こうかを考え始めるのが楽しく、それだけでもう充分な気もしている。

注文したレコードと本が届き、それだけで今日は何となく生きていける気がした。仕事とかは別にうまくもまずくもなっていないが、もうなんかそれでいいやと思ってしまう、3連休明けの火曜日。

 

久しぶりに出社。特に何事もなく、何に忙しいのかわからないが、うまく仕事が進まなかった。上司が仮免までいって免許を諦めたという全く同じ境遇だったのがなんかおもしろかったので、免許証ない人の身分証トークを軽くする。

アトロクのNeibissライブが良かった。トークに垣間見える素直さと、決して受け答えに慣れていない感じも今しかないんだろうなあと思えてそれもまたいい。

友だちの誕生日が今日だと知っていたけど、なんか連絡するのも気持ち悪いなあと思って連絡しなかった。

 

仕事。特に何かを考える暇もなく過ぎていった。ただそれっぽいことをしていた気がした。

クライマックスシリーズをなんとなくテレビで見て、優勝決定の瞬間を見たという理由で以前よりヤクルトを応援している自分に気付く。人間ってそんなもんだよなあと思う。

不良が更生したらめちゃくちゃ褒めるのおかしくね?というのと同じように、偏見でバリバリ穿った見方しまくって脚光を浴びたやつが結婚などを契機にめちゃくちゃ真っ直ぐになったのを褒めたりするのおかしくない?と思ったけど、まあなんか人間ってそんなもんだ。

 

初めて「評価する側」として本格的な会議に出席。人の評価を聞くと、そういう人だったのかと評価されている側の人のことが分かるので貴重。一方でそこで言われているあれこれは完全に自分にも当てはまるもので、「自分も同じ立場だと思うけど」という疑問は増す。とりあえず自分よりも出世しても良さそうな人がたくさんいることだけはわかった。

郵便受けを見ると、MOTアニュアルの図録が届いていてテンションが上がる。楽しみなので少しずつ読んでいく。

ワクチン4回目接種券が届いたため、翌日に予約を入れる。何もする予定がなかった週末にはちょうどいい。月末に関西に行くことも考えるとここらで接種しておくに越したことはない。あと何回打つ必要があって、そのうち何回が無料で受けられるのだろうかとふと考える。

前日のアトロク特集はゴダール。名前や作品名の有名なものは知っていたが、具体的な話を聞くとちょっとおもしろそう。サンプリング感覚が感じられるというのが特に気になった。

 

なんとなく早く起きたもののダラダラ過ごしているうちにワクチンの時間になる。ここのところかなり寒かったがようやく日差しを感じる天気で15分程度歩いただけでも汗ばむ。途中聞いていた声流電刹でのロングコートダディ堂前氏のエピソードがなかなかよかった。

ワクチンはあっという間に終了。今回は普通の病院だったため、待ち時間も自分ではかって勝手に帰る方式。10分じっとして帰宅の途につく。今週の予定は基本的には全部キャンセルした。

帰宅後昼寝。起きたらめちゃくちゃな頭痛に襲われて後悔。起床後は後回しにしていた海外通販サイトへのどうなってんねんメールなどを処理してゆっくりする。その日は特に何事もなく過ごす。クライマックスシリーズオリックス戦がなかなかおもしろくて夢中になるなど。

東野篤子氏への誹謗中傷に関するご本人のインタビューを踏まえた記事を読む。女性研究者への誹謗中傷は自分が見ている範囲でも男性へのそれよりは遥かに多く目に付く。男性研究者でそれに対して明確なアクションを起こしている人はほとんど見ないが、RTだけしている人はそれなりにいるので認知はしているようだ。RTだけしている人が最近気持ち悪くなってきていて、自分もなにかに突き動かされ過ぎているのではというところもあり難しい。

 

起きるとなんとなく寒いような気もする。熱を計ると微熱。ワクチンの効果が出始める。大丈夫そうなら外に出てコーヒーでもと思っていたが、翌日の仕事のことを考えて家に籠もる。

天皇杯の決勝を見た。なかなかに劇的な試合。甲府はこれでJ2で下位だというのもよくわからず、長いコンペを安定して進めるというものの難しさを感じる。広島のほうが持つ展開だからというのもあるとは思うが、ややミスが目立っていた。

「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」を4話まで見た。おもしろい。とてもおもしろいし、それぞれのキャラクターが本当に魅力的。ウ・ヨンウもいいけど、上司や友だちが特にいい感じ。自閉症的なキャラクターの凄さ、みたいな描き方じゃなくて、うまくいかなかったり、自閉症であることによって当然受ける偏見が当たり前に存在している。見ている方はヨンウを応援したり、がんばれみたいな気持ちになるというよりも、普通に法廷もの、恋愛ものとして面白い中に自閉症への偏見や見方についての描写で、なんか自分がやってる言動とか行動にこういうのありそうだなあみたいなところもあって、そういう引っかかりも含めておもしろいのかもしれない。続きも早く見たい。

アーセナル戦を見た。終盤ヒヤヒヤの展開だったが、ナイスVARという感じで凌いだ。今までだったら確実に逆転されていた今日のような試合で勝てるのはまた一つ強くなってるなあと思わされた。

 

起きて熱が引いていることはなんとなくわかったがそれでもしんどい。気分上がらぬまま仕事がスタートし、なんとなく進む。上期の振り返り面談を上司と。なんとなく評価してはもらったものの、自分がここにいる事実をうまく受け止められず、ただ流されていくように進んでいる現実との折り合いは未だにつかない。サラリーマンやめるまでは一生そんなもんかもしれないけど。

夕食後に何もしたくない時間があり、1時間ほどダラダラしながらYouTubeを見た。昔にも見た記憶のある「MAKA対鎮座DOPENESS」のMCバトルを見た。これめちゃくちゃかっこいいと思うのに、なんでこういうビートでまだ誰も鎮座氏を入れて曲作ってないのだろう。調べた限りではグライムのビートでの鎮座氏の曲はなさそうだった。別のバトルでもベースラインっぽいビートでめちゃくちゃかっこいいラップしてるのがあり、誰もこれを楽曲に消化してないのなんでなんだろう。もちろんここでやってる関係上やりづらいというのはあると思うが、とはいえこれだけの人々を魅了しているのだから、一曲くらい実現させてほしいものである。

NHKナンシー関について、10代の女優さんが調べて演じる番組を見た。こういう番組こそナンシー関が一番手厳しく批評しそうなもんだけどなあと思いつつ、ぼんやり眺めた。蓮舫消しゴムはんこが現れ「社会派バカ」と書いてあった。ナンシー関が生きていた間に蓮舫は議員にならなかった。蓮舫が議員になった時代でもまだナンシー関はそう言っただろうか。あるいは、政治家に対しては何も言わなかったのだろうか。ナンシー関が今もいて、なおノンポリを貫いた場合に今ほどの評価を得ていただろうか。架空の話なのに何となくモヤモヤしながらそんなことを考えた。

 

会社にてオンライン飲み会の参加率が悪いという話題に。仕事なんだからキャンセルするなら理由言えみたいな話があり、じゃあもう強制参加にしろよという気持ちに。結局のところ任意のかたちをとった強制なんかにされるくらいなら、もとから強制参加としてもらったほうがこちらとしては楽という人が多いのだろうと個人的には思う。拒否できないのに参加可否を聞く意味とは。しかし、結局オンラインとはいえ飲み会なんか誰も参加したくないということなんだろうけど。

「本田翼の演技が下手」みたいな話を見ると思うのは、演技の上手い下手はよくわからんけど、そいつに合ってる役かどうかみたいな話なんじゃないのということ。もちろん、引き出しが多くていろんな役に合わせることができることを「演技上手い」というのかもしれんが、キャスティング側の問題についてはあまり語られないのも不思議だなあと思う。

急になんか作りたくなってサンプルにしたい曲を買ったけど作るかどうかは分からない。とりあえずそれらの曲たちがいいことを確かめて終わった。

 

会社に行ったら行ったでシナジーが生まれるというのはわからなくはない理屈なのだが、普段から在宅で仕事をしていると会わない前提で何事も進めやすくなっており、そもそも隣りにいてもSlackみたいなことは多々ある気がした。

退勤前に同僚にあれこれ過去の自分の経験を成り行き上話すことに。これっておじさんの仕草っぽいなあと反省。過去の話を話しだしたら人間退化の印かもしれん。

YUKIのRemixアルバムにLil Soft Tennisやuku kasaiが参加していてなんかスゴっという気持ちに。YUKI側の攻めの姿勢に好感を持つ。ディレクターにどういう人が入っているのか気になる。

ここ数日MCバトル系の動画を見て気付いたのは、自分がラップに興奮する、おもしろいと思うときはうまいこと言ってるときではなく、ヴァイブスが溢れてるときなんだろうということ。ラップの曲聞いてるときもそんな感じで好きかどうかが決まるので。もうそれラップしてるというよりは、上手いこと言おうとしてるやんって気持ちになると冷めるみたいなことだと思う。

 

なんか最近はずっと仕事してる気がしてきてかなり疲れている。もちろん昔みたいに終電間際まで残業しているということはないが、ずっと張り詰めている状態で10時間くらい仕事をしているのは自分にとってなかなかにハードだ。こんなことしたかったわけじゃなくて、なんとなく飯の種くらいの感じで気楽に与えられたところだけをやっていたかったはずなのに、こうなってしまうのはどういうわけなのか。周りを見ると、本来自分がやりたかったように働いている人もおり、隣の芝生はなんとやらとはよく言ったものであるが、そういうことなのかもしれないとも思って、わからなくなる。

アトロクの坂東祐大特集を聞く。「声よ」という曲でこの人を認識していたが、売れっ子の現代音楽家だったのか。現代音楽の方の作品として紹介されていた「声の現場」という詩人の人とのコラボ作品がめっちゃおもしろかった。コンサートはちょうど終わってしまったところらしく残念。機会があればあの作品はまた聞いてみたい。ソフト化はされていないようだ。

手首がズキッと来る瞬間がたびたびある。もしかして腱鞘炎ってやつなのだろうか。嫌だ。

 

金曜。疲れているが、仕事は続く。評価シートの作成という唯一の義務が一段落つくと、途端に気が抜ける。上司が途中で休みになったのも手伝っていたかも。とはいえ、前日に指摘があった内容に着手するなど。来週以降も怒涛の可能性大いにあり。

最近日記に書くことがどんどん減っている気がする。疲れているからかもしれない。仕事終わりは疲れてグダグダと過ごす。

 

休みでやりたいことはたくさん寝たいということよりも、何も気にせず二度寝なのだと最近気付き始めた。睡眠時間がそれほど長くなくても二度寝していると満足する。

髪を切りに行く。美容院の最寄り駅近くの塾に「勉強だと思うな、人生だと思え」という張り紙を見かけた。人生だと思って勉強したことはなかったが、いざそんなん言われたら怖くて勉強できない子もいそうだなあと思う。とはいえ、その他にも直筆のような強め張り紙がたくさんあったので、思想に共鳴する人しかそもそも入ってないような気もした。

散髪中の雑談。美容師さんが昔ロックマンにハマってたことで、リメイクを子供がやるときにうまくプレイするとめっちゃ尊敬されるという話がなんか良かった。結局なにがそれにつながるかはわからないので、ロックマンも今となってはやっててよかった公文式的なことになりうるということだと思う。

神保町のドトールで本を読む。世田谷ピンポンズ「世の中には、素晴らしい音楽があって、素晴らしい小説があって、素晴らしい漫画があって、素晴らしい映画があって、素晴らしい俳優がいて、素晴らしいお笑い芸人がいて、素晴らしい喫茶店があって、素晴らしい∞があって、この期に及んで自分が何か創ったりする必要など全くないのではないか。そんな思いになっても一晩ぐうすか眠って起きてみると、歌を書いたりしている。」を読んだ。著者はフォークシンガー。曲は聞いたことはないが、文章の中で描かれる葛藤というか、振り切れなさみたいな感情が良かった。この長いタイトルはとても名文だと思っていて、そういう人が作るものこそ私も受け取りたいと思っている節があって、それはおそらくインターネットでひたすらそうやって作られた音楽を探し続けていた日々があるからかもしれない。

「Sessionの本 vol.1 国葬とは何か/宗教と政治」を読む。番組での放送内容を加筆修正したもの。ほとんどの回は実際に聞いていたので、そうだったと復習する感じになってとてもおもしろかった。このトピックをこの期間でここまで理解しやすくしている本や番組はなかなかないと思うし、貴重な本だなと改めて感じた。南部さんのエッセイは本当に良くて、改めて今年読んだものの中でもトップクラスに刺さる文章だった。「日本の宗教右派ジェンダー」の項は、なぜ今そちらがここで幅をきかせているのかというのがよくわかる内容だった。つまるところ、右派にはちゃんと勉強して動いている人が草の根的にいるよということなのだが、都会に住んで「ありえない」と思ってネットにいるだけの自分にはその活動への緊迫感がなくて、そこが大きく差がついてしまった原因なのかなと思ったり。かといって、明日からその活動家にはなれないのだが。

 

「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」の5,6話を見る。このドラマおもしろいけど、体力が削られる部分も大いにある。相変わらず周りに潜む主人公への偏見、主人公ががんばっても当然うまくいくとは限らない現実、扱っている問題も6話の場合「脱北者」ということで、韓国でもおそらくこういう世論があるんだろうなあと考えてしまうテーマだった。弁護士だから依頼人の利益になればOKなのだろうが、実際にはそれでスカッとできない人間の性と、自閉症スペクトラムの主人公は本来感情をうまく感じられないという話があったかと思えば、悔しかったりかわいそうと思ったりする感情がハッキリと描かれる、むしろ強くもっているように描かれるのも興味深かった。あれは主人公の成長なのか、こちらの勝手な偏見なのか。続きが楽しみ。

対して、相棒の新シーズンは楽しく見ていられるエンタメだった。今クールはこれだけとりあえず見ることになりそう。

本阿弥清「<もの派>の起源 石子順造李禹煥・グループ<幻触>がはたした役割」を読む。李禹煥展を見てから「もの派」についてもっと知りたくなって買った本。「もの派」そのものよりは、その裏側に存在していた幻触についての本だったけど、なるほどという内容が多くて勉強になった。李禹煥からの応答などもあり、展覧会で影響が書かれていた関根伸夫「〈位相-大地〉」や、「トリックス&ビジョン」展に至るまでの流れなどはなかなか興味深かった。週末に行く具体に関する展覧会への助走にもなって、めちゃくちゃ楽しみになってきた。

 

仕事。特に変わったことなし。他人の目標を決める会議というのは、もう少しちゃんとやったほうが良いのではと思ったり。無論、その人はそんなことをやっている暇がないほどに忙しいということも容易に想像できるので、自分がそこにいないからの勝手だとは承知している。

「オフショア」を読む。発行人のweb時代の回想録を以前に読んでいただけに非常に楽しみだった。エッセイ、小説、詩、論文、インタビューなどなど、盛りだくさんではあるがアジアと私たちの関係、日本との関係がいろいろな視点で描かれていた。最初のエッセイと間の小説、李さんのインタビューが特におもしろかった。アジアのことを知った気になったり、知らないなあと思ったりするくらいなのは、距離感が全く掴めていないからなのだが、どうやって掴もうと思うと本の中の人たちのように、「生活」くらいのレベルでの関わりが必要だということを、それもまた本で感じる自分を通して、余計に強く思う。それでも、これを読んで何かを感じて明日あるかもしれない関わりが変わることを夢想する。

 

田中秀和氏が逮捕されたことを知る。罪状は「強制わいせつ未遂」。内容が明らかになるにつれ、逮捕が然るべきことだと理解する。自分にとっての氏の作品は「カレンダーガール」と「Prism Spiral」だ。当時、アイカツという幼児向けコンテンツでこんな曲が歌われているなんてと衝撃を受けた。その後も何度も曲を聞くことがあったが、それもまたここで自分の中では終いになるだろう。またこういう話。懲り懲りではあるが、続いていくんだと思う。そういうときに自分がとる態度とはどういうものになるのか、考え続けなければならない。チャッターアイランドにて、shakke氏が泥酔した際に他の人が氏のUSBからGoku Vibesを流した時に、それは修正前のものであると知っていたため、咄嗟でUSBをとって逃げたという話もあったが、おもしろ話ともとれる一方で、多くの人の前で音楽を流す人がそういう意識を持っていることに安堵するというような話でもあったことを思い出した。

ゴールデンカムイ実写版での配役について、そういう俳優の方がいらっしゃるのかどうかをそもそも知らないが、アイヌルーツの俳優さんがいるのであれば、機会均等を目的としてそちらの起用を検討するというのはあっていいと思うが、相変わらずネットは燃えているようだ。アイヌルーツの方にほんとうに機会がないのか調査すればいいという話もあるが、なぜ「普通の」日本人男性俳優にはその証明が不要で良いのかということはよくわからなかった。マイノリティだけがそれを証明しなければいけないというのは、その構造自体に問題があると思うが。個人的には、その論争よりも一番嫌なのは、結局自分が持っていきたい結論のために藁人形を用意してタコ殴りにしている人を見ることなんだと最近気付いた。もうほとんど人間と対話しているという感覚は感じられず、ひたすらにテキストに反論しているだけなんだと思う。月並みな言葉にはなるが、後ろには人間がいるということはどんどん忘れられていく。これだけ忘れなければまだなんとかなるような気がしたが、インターネットが全てになるとそれも難しいようだ。

Twitterで見かけた、OMSBの歌詞が気にかかる。曲は聞いていたけれど、改めて文章で見ると難しいを考えたかったけど頭の中がまとまらず、また別の日にする。

 

何かがうまくいかなかったのか、仕事が捗らずバタバタしてしまった。こういう日もあるよなあと思いながら仕事を終える。

寝る前に携帯が鳴ったと思ったら、月の残業時間が45時間を超過した人がいて、反省の私信があったという共有だった。45時間超過も1ヶ月くらい好きにさせればというのが正直なところではあるが、会社として是としないというのは、マネジメントの一つなのだろう。とはいえ、そうなっている人がいる時に、効率化しろとだけ言って放っておくというのも、個人的にはどうなんだろうと思っている。過去にそういう経験があるからかもしれないが、ノウハウや諦め時がわからないうちにそんなことを言われても雲を掴むような話なんだと想像している。大事なのは、自分が今日これをやらなくても大丈夫だと思わせることなのではないか。それが明日やってもいいことなんだと分からせることなのか、他の人がカバーしてくれるから大丈夫と思わせることなのかはどれでもいいと思うが。

声優の不倫による交際女性への健康的な被害のニュースがあったかと思うと、YouTuberと結婚した女優があまりの週刊誌の執拗さに耐えきれなくなり引退するニュースもあり、野球選手が交際女性に中絶を迫ったニュースもある。どれがニュースとして報道されるべき内容で、どれがされる必要のないニュースなのか。わからないまま、見出しだけでおもしろそうなものを見て適当なことを思う無責任さで生きる自分になにかに真正面から言う権利などあるのだろうかと思う。

アトロクの「サポート・ザ・ガールズ」特集がめっちゃおもしろかった。その映画も見たいし、いろいろ名前があがった作品も見てみたくなった。

 

出社。特に変わったことはなかった。近くの人がちょっとしたことでも話しかけてきて、ちょっと面倒だった。ビジネス上の対抗馬になる会社への悪口を聞く。まあ分からなくもないが、相手は相手で同じように思ってるだろうに、私的な不幸まで望むほどではなくないかなあと個人的に思う。

いい職場とはどんなところかなんて、人それぞれだと思うが、昔は人が辞めないところだと思っていた。それくらい、良い人から順番にあらゆる人がやめていった職場にいたから。でも、今の会社の経営的には多少キャリアのために辞める人がいて、そこに新たな人が入る感じのほうがいいらしい。理屈を聞いてわからなくはないが、そういう職場にいたことが今までなかったので正直ピンとはこなかった。それくらい今まではいわゆる大企業に自分がいたことを実感した。

M-1の3回戦、大阪の通過者が発表された。有名どころでもガンガン落ちている厳しさや寂しさと、軍艦やにぼしいわしが残っているすごさ。

 

これ終われば旅行だなあと思っている時に仕事などめちゃくちゃ進むはずはなく、緩やかに時間が流れる。データ移行を伴う案件がうまくいくのか途中で不安になったが、つつがなく進行して安心した。その一方で、終わり際に「これって週明けになっちゃいますか?」という質問があり、え、急ぎだったの?と思っていると、顧客には作業日を変更してもらいますなどという話になっており、急ぎなら前もって言えよという気持ちに。もちろん、先に聞かなかったこちらも悪いのだが、何とも後味が悪い終わり方になった。

植本一子「ある日突然、目が覚めて」を読んだ。日記本。氏が2ヶ月ほどの期間で書いた日記。オリンピック期間が重なっており、氏のオリンピックへの気持ちがなんか周りと合わないような感じがして変な感じになったり、感染者数に心を揺さぶられて行動が変わったりする、そうだったよね感が良かった。そして、パートナー氏や友人、子供とのやり取りと自分を見つめ直してそれでも生きていく姿が、勇気が出るというよりは、こうやってなんとかがんばってるのって自分だけじゃないよなという気持ちになれる。自分の生活でも何かを見つめ直したりする機会がそういえばあってもいいかもなと思った。それにしても働く母親、女というのは大変な気力体力が必要なこともよく分かる一冊だった。

旅行の前の日だからというよりは、翌日の朝が早いからという理由で寝付けない。そうこうしている間に時間がなくなり、仕方なく起きて過ごす。せめて東京駅までは近いところに住みたいものである。

 

結局一睡もできずに新幹線に乗り込む。乗車早々発車までの時間に、東京駅で買ったおにぎり弁当的なものを食べ終える。本を読んだりしようとしたものの、爆睡。気づくと名古屋、京都、そして新大阪へ。

中之島美術館で「すべて未知の世界へ GUTAI 分化と統合」を見る。この展覧会は国立国際美術館との共同企画で、中之島では「分化」、国立国際美術館では「統合」にスポットを当てて展示を行っている。まずとにかく作品のサイズが大きい。大きいだけで作品にパワーがあるように感じられ、それだけでもっていかれる気がした。個々の作品でも、いろいろ好きなものはあったが、一番面白かったのは具体の参加者に求められたこと。「人と違うことをやりなさい」「誰もやっていないことをやりなさい」という、聞けば当たり前に感じられなくもないが、それを突き詰めるということ。その結果、例えば塗料を足で塗る、そろばんで塗る、櫛で塗る、バイブレータで塗るなどの方向に進むこともあれば、ボンドやビニールを使ってみたり、見た目違うものを作りなさいということではなくて、自分の表現を研ぎ澄ました結果を見せなさいということだと思った。そして、作品の批評を行わず、良いかダメかだけを伝えるという評価法、作品名に分かることを入れないようにする故に作品のほとんどの題名が「作品」であることなど。素材などへの考え方は「もの派」と似て非なるところがある気がして、そういう比較みたいなものがどこかでなされていないか、さらに興味が湧いた。最後の具体メンバーへのインタビュー集がおもしろくて、もっと見ていたかった。国立国際美術館では「統合」を見た。同じような作品はあるものの、イントロダクションでうまく見方を誘導していて、なるほどそうも見えるのかというのを見る側にわからせている。作品の説明のようなものを極力見る人の邪魔をせず、とはいえ置いてきぼりにしない塩梅を探っている感じがした。山崎つる子、ヨシダミノルの作品が特に印象に残っている。しかし、どちらの展覧会もあまり人がいなく、見やすかったものの少し寂しい感じもあった。

昼食をとる場所がなかなか決まらずモタモタしていたが、なんとかポンガラカレーに落ち着く。スリランカプレートで鯖のカレーを選択。美味しかったが、やはり5月に行ったあのカレー屋が異次元に美味しかったことを改めて実感した。なかなか難しいとは思うが、またあそこに行ってみたいという気持ちを強くする。

万博記念公園まで移動の間に、読み進めていた、小山田浩子「パイプの中のかえる」を読み終える。おもしろかった。氏が日経新聞夕刊で連載していたコラムをまとめたもの。小説家のエッセイのおもしろさというか、オチの付け方みたいなものを味わえるものももちろんあるが、何といっても氏の考え方がストレートに表現されているタイプのエッセイの方がより印象的だった。女と社会を扱った「呪いの小石」や「女はしない」、「Eテレさん」、「呼び方」などは違和感をこう伝えられるとなんかスッと入ってくる不思議な軽やかさもある。特に良かったのは、「平和教育」に関する3つのエッセイ。当たり前のことが書かれているといえばそれまでかもしれないが、広島生まれの氏だからこそ思う「平和教育」に関する純粋な疑問や思いは、投票を呼びかける昨今の流れなどの中にもっと存在感をもって扱われてもよいものな気がした。決して社会派ではなく、エンタメでもない。というか、そもそもそんな風に分けられないのがエッセイの魅力なのではということを思わせるいい本でした。

Tさん、Yさんと合流してガンバ大阪ジュビロ磐田戦を観戦。どちら降格の危険性を孕んだ重要な一戦で、スタジアムへの道のりからもサポーターたちの緊張が感じられる。声出し応援可能試合ということで、スタジアムに入ると両チームのサポーターの歓声が響いている。めちゃくちゃ気持ちが上がったし、試合に夢中になるきっかけをくれた気がした。前半見た感じはこれはしょっぱい試合になるのではという一抹の不安があったものの、終わってみれば2-0でガンバが快勝。崩した数では負けていたが、スコアは勝つという不条理さが際立った試合だった。印象的だったのは、負けていてもジュビロのサポーターが最後まで声を出してチームを応援していた姿。今までは正直そういうものに対してなんとも思っていなかったところがあったが、今日はそれがものすごく響いた。そして、遠藤のスタジアムへの挨拶。決していい別れ方をしたわけではなかったが、それでも丁寧に挨拶し、ガンバサポーターが大きな拍手で迎えるシーンは感動的だったし、これだけでも現地に来る甲斐があるなと感じた。

試合後は福島のタイ料理屋「スウィートバジル」へ。ここがとてつもなくおいしかった。どの料理もあまりのおいしさで、正直今までのタイ料理の中で一番美味かったかもしれない。会計があまりに安かったのも驚いた。近くにこんな店あったら絶対通う。大阪まで来てタイ料理じゃなくてもという話は分からなくはないが、とはいえこの店なら来るたびに来てもいいくらいおいしかった。

梅田の新阪急ホテルに宿泊。ホテルは決して新しくないが、それなりに快適。ツインルーム。シャワーの水圧も良く、広さも適度。周囲の子どもの声は気になったが、疲れていたためか寝るとなったらぐっすり眠れた。

 

なんとか7時に起床。眠気がないと言ったら嘘になるが、楽しみが勝つくらいの感じでチェックアウトして難波へ。近鉄奈良駅まで。近鉄奈良駅でTさん、Yさんと合流し、「ROKUMEI COFFEE CO.NARA」へ。フレンチクロワッサンとブレンドコーヒーで朝食。とても美味しくて朝からテンションがあがった。使っている食器もいい感じ。ここからの動きを決めて、バスで春日大社へ。

春日大社奈良公園の中にあり、初めて生でちゃんと鹿を見た。鹿が道の至る所にいるというのも不思議な光景だが、あちらからすれば勝手に入ってきたのはこちらなわけで、こちらがどうこう言える話ではない。長い参道を歩いて進む。途中、七五三で来ていたと思われる子供もチラホラいて、自分の七五三の記憶が全くないことに気付く。普通に参拝したあとで、特別参拝もできるということで追加料金を支払って奥に進む。禁足地になっている御蓋山浮雲峰遥拝所や、灯籠が大量にある藤浪之屋が印象的だった。

春日大社から歩いて新薬師寺へ。結構な住宅街に入っていくと佇んでいて、その雰囲気が良かった。地元に本当にある感が強い。薬師如来坐像とそれを囲む12の神将立像。圧迫感があった。中学生レベルの話になってしまうなあと思いつつ、周りにあった蝋燭が30円などの値札を見かけるとどうにもこうにもこれってどうなんやろという気持ちにもなったりはする。とはいえ、無料でなんでもかんでも提供するのも難しいのはわかるので、グッズなどで積極的に儲けにきてないだけ良いかと思う。

徒歩で志賀直哉旧居へ。ここがなかなか良かった。志賀直哉の作品なんてまともに読んだことはなかったが、生前から評価されていた作家のようで、かなり広い当時としてはおそらく大豪邸なのではというお家だった。書斎や客間からの庭や周囲の自然への景色がとにかく素晴らしく、ここにいたら何でもはかどるよなあなどと考えてしまう。いろいろな人が出入りしていた様子の写真などもあり、文化のちょっとした集積地のようなものだったのだろうと想像する。今住んでも十分不自由がなさそう。

さらに徒歩で移動。奈良国立博物館にて、メインイベントの正倉院展へ。日本の歴史的な物品などに正直それほど興味はなかったものの、期間限定と言われると見ておきたくなるのが俗人の性だと自覚しつつ中に入る。単純に奈良時代のものが比較的状態良く残っているだけでもすごい。もちろん、現在までに役割がわかっているものだけでなく、未だ詳細は調査中のものも多数あり、そりゃそうだよなと納得しつつもそれ自体に驚いた。それでも、大半のものは用途やそのものの立ち位置、製法などが明らかにされており、改めて研究者の凄さを感じる。教科書や資料集で見たことのある装飾品が意外とめちゃくちゃ小さくて驚いたりするのも、実物を見れたからわかることで、あらためて来てよかったと思う。

その後は奈良国立博物館前の「柿の葉寿司のゐざさ」で昼食。にゅうめんと鰻の蒸し寿司がめちゃくちゃおいしかった。食事が当たりのところばかりで、一緒に行った人々に感謝する。

東大寺に向かう。あんなに何回も覚えたりした東大寺南大門がついに目の前に。めちゃくちゃでかい。金剛力士像も初めて本物を見た。ちょっと本当に感動したかも。でも、あんなに写真見て暗記しまくっていたあのころに見たらもっと感動したかも。奈良や京都の学生は日本史選択の割合が高い、センター試験の日本史の平均点が高いなどあるのだろうかとふと思う。もし自分がその辺に住んでたら絶対もっと簡単に覚えられた気がした。東大寺の大仏もめちゃくちゃデカい。すごすぎる。建物がデカいなあと思っていたけど、大仏入れるんだもん、そりゃそうだよ。デカすぎると感じ入るところもあるというか、どんだけ寺社仏閣に興味が薄くてもちょっとすごいと思わされる迫力がある。修学旅行生と見られる学生さんが至る所におり、先生と思しき人物の解説の声で少しわかったりして楽しかった。修学旅行って休みに来るものなのか。あれは私立中学の生徒なのだろうか。これを見て楽しかったりするのはもっと先なのでは?という勝手なことを思ったりしながら東大寺を後にした。

Tさん、Yさんと別れて1人京都へ。とにかく明日から働かなければならないので、今日を思いっきり楽しむべく特急2つ乗って急ぐ。一人で知らないところに旅行するのは楽しいけれど、乗換などは大人になっても不安が尽きない。Googleが大半のことは教えてくれるが、最後にこれが正しいかどうかまでは答えてくれないちょっとの不安があるのが旅行か。

車中にて安達茉莉子「私の生活改善運動」を読む。なんかもしかして苦手なタイプの本を読んでしまったかと思う気もしたが、そうではなかった。「ていねいな暮らし」系の話に一見思えるような、自分を幸せな気持ちにするものを周りに置こうという話なのだが、別に全然うまくやれてない感じが親近感を感じて良かった。生活の中にいると、いやそんなうまくいかんよという気持ちから、余裕あるやつはいいわなみたいな心境になってしまいがちだが、ガラスの片付けをめちゃくちゃ放置するエピソードを読むと、なんかこんなのあるよねとも思う。でも、なんかもしかして始めたらできちゃうかもとか、できなくてもこういうマインドくらいは持っておこうかなとか、いろんな温度感の人に親しみやすい本だった。コロナ禍以降、誰しもが家の環境について考えたと思うと、人気なのもよく分かる。

京セラ美術館で「アンディ・ウォーホル・キョウト」を見る。ポップアートの旗手になる前の作品からスタートして、有名なポートレート系の作品はもちろん、死をテーマに扱った作品もあって、いろいろなウォーホルの顔を見られるいい展覧会だった。美術館に普段は来ないのではという人たちもちらほらいて、思い思いに楽しんでる感じも良かった。対象物の写真をとるということが1つの表現の始まりになっていて、それをもとに書いたキャンベルスープ缶やポートレートの作品、絶滅危惧種の作品のどこかポップな感じ。写真をそのまま利用した「ツナ缶の惨事」や「ギャングの葬式」の皮肉というか、見る側を試すような感じ。いろいろな側面が見れて、よりウォーホルが面白く感じられる展覧会だったと思う。圧巻なのは最後のエリアに大きく飾られた「最後の晩餐」。めちゃくちゃ良かった。

なんとか本やレコードも買いたいという気持ちで歩いてJazzy Sport Kyotoへ。hankyovain氏のレコードを通販で買ってから一度行ってみたいと思っていて念願。CH.0のmixCD、Theo ParrishのDJ-KICKSのCD、SUNGA「Long Beach Rising」のレコードを買って後にする。いろいろ気になる作品もまだまだあったので、定期的に訪れたい。

タクシーを使って、hoka booksへ。かなり辺りは真っ暗でこんなところにあるの?と不安になりながら向かうと古い建物にポツンと佇んでいた。いろいろと店内を隈なく見て回り、武塙麻衣子氏の著作3点、「SATETSU MAG vol.3」、Takehiko Iseki/伊勢喜多圭吾「Architecture in the Post COVID Society/漣」、folk old book store「肝腎」、横尾忠則「暗中模索中」を購入。読むのが楽しみな本ばかりで、最後にまたテンションが上がる。

京都駅に戻って551で豚まん食べる。旅前に551の話をされて食べたくなっていたのでなんとか食べられて安堵。やっぱり美味しかった。

旅行中に聞いた音楽。どれも良かった。尺の関係で通しで聞けないタイミングだとアルバム聞かなかったりしたけど、それでも意識的に聞いたほうがいい。知らない新しい音楽全然いい曲ありすぎだし、やっぱりおもしろすぎる。

アイズレー・ブラザーズ「3+3」「Between The Sheets」。完全にアトロクのアイズレー・ブラザーズ特集の影響。サンプリングで何度か聞いたことのある曲も多く、当然のようにいい曲ばかりで、あらためて聞けてよかった。

Bibio「BIB10」。めちゃくちゃ最高。今まで正直ピンとこない作品もあったが、これは大好き。「potion」が一番好きです。

Flwr Chyld「Luv N Chaos」。Lolo Zouai「PLAYGIRL」。Masatomo Yoshizawa「Playing Nowhere」。Kenny Beats「LOUIE」。めちゃくちゃ好き。アルバム全編通しで最高。METAFIVE「METAATEM」。どれも良いけど、やっぱり「環境と心理」が抜きん出てる。

 

普通の週末明けの仕事なのに、なんか長期休みを終えた気分にもなりながら仕事。月末とはいえ、特に何か大きな問題もなく進む。それが一番良い。管理職打ち合わせにて有給取れよという話になる。正直そこかしこに定例があって休める曜日がないが、なんとか来月から月1日は休む計画を立てる。

韓国の梨泰院で起こった痛ましい事故。映像を見ることに耐えられずに何度もチャンネルを切り替えて消した。亡くなった日本人の方の父親に向けられるマイク。今彼に何が答えられるだろうか。向ける必要があるマイクなのかが分からないと思いながらもその映像を一瞬でも見てしまった自分を恥じた。

アトロクのミュージックコメンタリーで取り上げられたLE SSERAFIMの新譜のカズハさんのパートの歌詞。めちゃくちゃかっこよくてドスンとくる。彼女らのことを何も知らずにごちゃごちゃ言ってくるやつに対して言い放つ、彼女にしか言えない言葉。かっこいい。パンチラインってこういうもののことか。

Twitterで見かけた「村上春樹の新作が出ていない。川上未映子氏に女性観について批判されたから今までのように自由に書けなくなったのでは」というようなツイートを見て、くだらねえと思う。自分は氏の作品には好きなものとそうでないものがあるが、とはいえほとんど全部読んできているので普通の人よりは好きに分類されるだろう。それでも、女性観に関する批判はかなり的を射たものだと思うし、もし、そんなもので物語をかけなくなるならそれまでだよなあと思っている。そしておそらく、そんなもので書けなくなる人間ではないともそもそも思うので、舐められたもんだよなあと落胆する。おそらくは、氏の女性観全開の作品がウケていた時代もまた特殊であり、女性作家がその分野で機会を正しく得られていなかったから生まれた副産物なのだろうとも想像できる。読者側についても同様。批判からの村上春樹が何を書けるかが楽しみだと個人的には思っているが、そんな声はそもそも届いておらず、今までのような作品が生まれ、今までのような読者が喜ぶような未来もまたありそうな気はするが。何でも時代のせいで昔に比べると面白くなくなったみたいな言説を目にする機会はどんどん増えているが、個人的には、人や時代の考えが変わったので、お前の感覚が単にスベるようになっただけなんじゃない?と思っている。落語や講談があんまりおもしろいと思われなくなってテレビが席巻したように、例えば差別的な言動や容姿のいい悪いをイジる価値観がおもんないと思われてきてるだけなのでは。それを逆手に取ったり、別の角度から表現しているものをもっと見たい。