2023年1月

年が明けた。あけましておめでとうの連絡をすることも随分前からなくなり、静かに年が変わる。 

起きてニューイヤー駅伝を見ながら餅を食べる。餡子餅と海苔餅を1つずつ。大晦日の残り物もつまみながら時間が過ぎていく。駅伝は解説がいらないスポーツなのではという気がした。選手の家族や過去の記録の話はデータがあれば実況でもできる。解説にしかできない仕事がどれくらいあるのかよく分からなかった。サッカーなどとは違って始まってからの戦術の変更などができないからだと思う。

NHKでやっていた、地方の過去の映像を今の人たちが集まってみる番組がめっちゃおもしろかった。昔の映像を見ながら「これは誰々」とか全部言い当てられたり、こんなことあったんだと自分ごととしてそれぞれが懐かしんだり初めて知ったりが共存していて本当に良かった。こういう番組もっとやってほしい。多分無理やりな世代間交流なんかよりずっとこういうのを通した方が交流になると思う。

 

ゆっくり起きて箱根駅伝を見ながら餅を食べる。昨日と同じ。雑煮というのが好きではなく、雑煮の汁だけを別で食べるのが当たり前になっている。これ世間から見たらめちゃくちゃ変なんだろうなあと思うけど餅が入ってる必要がないから仕方ない。

なんかすごい消化不良の日だった。家にいてずっと何もしてないくらいの感じで少しずつ本を読み進めていたくらいの感じ。

赤染晶子「じゃむぱんの日」を読んだ。なにこれ面白すぎる。全てのエッセイがおもしろい。おもしろいことが全て起きていて切り取り方次第ということなのか、いやさ実際にはどこまでが本当かもわからない話を次々と発展させられることなのかは切り離せるものではなく、両輪があるからこそこれだけおもしろいのかもしれない。読み終えると、著者の新しいエッセイがもう読めないということが本当に悲しくなる。

 

ゆっくり起きて帰り支度をする。帰りたくないような早く帰りたいような非常に複雑な気分。「そんなに遠くないうちにこっちに帰ろうと思う」ということは結局言えずじまいだったが、最後まで気が変わる可能性を考えるとこれは仕方ない。変に期待されても困る。

仙台駅で牛タンを家族で食べてから帰路につく。お店が並んでいて親はイライラというか焦っていたが、弟と自分は別になあと思っていて対照的な姿だった。新幹線が珍しく遅れていて、焦って改札を通った割にはめちゃくちゃホームで待って乗り込んだ。

帰宅して諸々整えてダイヤモンドno寄席を見る。おもしろすぎておかしくなりそう。これよりおもしろいものを今年見れる気がしない。最近のお笑いトピックが至るところに散りばめられていて、分からなくてもワチャワチャ感に笑うし、分かれば爆笑するしで最高でした。

 

仕事始め。こんなに嫌なところからセーブデータ開始するんだっけ?という気持ちになったり。とはいえ、正月気分がなかなか抜けず、ゆったり過ごして1日が終わる。どこか自分の中でこれじゃないなと何かが明確になったのかもしれない。諸々本気で考える一年にしないといけないと決意を新たにする。

ラジオはもう通常放送でテレビは今日までお正月シフト。とはいえ特に見たいものもなく、ラジオを終日聞いていた。年末年始で聞けていなかった番組たちもいろいろ遡って聞き始める。

 

打ち合わせ系が目白押しで疲れた。始まってすぐこんなに負荷がかかるんだっけ?と自分でもよくわからなくなった。定例で結構などぎついトラブルがサラッと報告され、変な雰囲気でリモートが終わるとき、それぞれが終わった瞬間にどんなリアクションなのか気になる。

 

母親と妹弟と母親の弟が出てくる夢を見た。自分が家にいる間に他の人たちが誰かの家に行くとそこで殺人が行われるのを目撃して云々みたいなことだった気がする。なぜか夢を見るときにはいつも誰かが死ぬか自分が死ぬ。夢に出てくる家は必ず一番最初に住んでいた町営住宅で、今の実家の戸建てが出てくることはほとんどない。夢の舞台は多くの場合に小学生までの住環境な気がする。

 

歩いて5分ほどのところにある病院内のカフェが普通の人も使えるということでコーヒーとクロワッサンを購入。なかなかおいしく、近所なのだからもうちょい来ようと思う。

録画していたテレビを消化。エルピスを見る気だったはずもなかなか手につかず、どうしたものか。

出かけて伯剌西爾でコーヒーとケーキ。引き続き「レイブ・カルチャー」を読む。めちゃくちゃおもしろい。隣席の大学生が音楽の話をしていて少し聞き耳を立ててしまう。

紀伊国屋サザンシアターで「真空ジェシカ軍団vsダイヤモンド軍団」を見る。この時期のお笑いは真面目なことを一切やらないふざけたネタがよく見れるのでとても好きだ。真空も吉住もネタをやっておらず、結果的になかなか攻めた構成になっていたが、個人的にはこれが見たかった感もあり良かった。凛々パーカーがおもしろすぎた。

 

休みで晴れていると最近はどうにも外へ行きたくなってしまい、「ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展」に行く。チケットが売れているようで変な時間にしか取れなかったけどしゃあない。上野で喫茶店にでも入って時間を潰そうと思っていたがどこもいっぱいで途方に暮れながら上野公園の噴水の周りに腰を下ろす。別にここすきだからいいけど、この年でこんなことしててどうなるんやとかは全然思ったりする。

展覧会はおもしろかった。ピカソの作品を見る機会はかなりこれまでもあったけど、まとめて見れるのはやはり良い。個人的にはマティスが改めてすごいと思った。今までは正直そこまでピンときてなかったけど、「ドラゴン」や「植物的要素」を見ると、それまでの絵画のイメージとはまた違っていて、そういうのがこの流れで出てくるのかというおもしろさが大きかった。

 

ずっと行きたいと思っていた吉祥寺の「百年」に行った。古本屋でセール中ということもあり、いろいろ熱心に見て回ったが、この日はどうしても手が伸びなかった。いろんなジャンルの本がかなりたくさん置いてあり、定期的に見に行きたい。流れで系列の「一日」へ。古本として売っていたミランダ・ジュライ「あなたを選んでくれるもの」を手に取った後、いろいろ見ていて黄色い表紙の写真集が目に留まる。めちゃくちゃおもしろい。都市の写真。現実のようで創作のような景色が切り取られている。目が離せなくなって思わず買ってしまった。新納翔「PETALOPOLIS」。装丁含めて最高。思ってたより高かったけど全く気にならなかった。

 

起床即身体が変。休むわけにもいかない日なのでとりあえず仕事を始める。昼前に久しぶりに嘔吐。コロナかウイルス性か、わからないがとりあえず安静にしてみる。何も食べず、仕事を終えてすぐに床につく。熱も38℃近くあり、倒れるように眠る。

何日間か起きても体調は回復していないため、静かに何も食べずに過ごす。飲み物だけ飲んで1日が終わる。腹痛が絶え間なく襲う。熱と嘔吐は1日でなくなったが、なかなか食事を再開するも気分が優れずに静かに過ごす。週末は何もせず家に居ようと思う。

 

たまむすび終了報道が日刊スポーツに掲載。放送で説明があり、3月末で終了とのこと。理由を考えれば妥当な判断で、人生があってのラジオであることを感じる。金曜日は継続してほしいとみんなが願っていることもなんとなくわかって、続報が待たれる。

アトロクの「THE FIRST SLAM DUNK」をバスケットに詳しい人の目線で解説する回がすごかった。熱量すごすぎて、見てないし全然わかんないのになぜかめちゃくちゃ泣きそうになってしまった。やっぱり見たいけどそれならまず漫画を読みたい。なんてことだ。

 

眼科の定期健診。特に変りもないのでまた6ヶ月後に来てくれとのこと。子供もよく来るからなのだろうが、まるで子供を扱うかのような口調で話しかけられてちょっとびっくりする。別にいいんだけど。視野検査はやっぱり好きじゃない。

 

仕事はずっと不調なので平日に書きたいことがない。ラジオをちゃんと聞くこともままならない。アトロクの「展・ベストテン」は浦島さんのキャラクターが強くて良い。展覧会は見たいものもありつつ、自分の好みに合致しそうなものは今のところちょっと少なそう。ディオール展がやばいらしく、行きたくなるが日時指定チケットは当分先まで売り切れていた。アトロクのブックフェアについて聞き、なにか心がざわめく。

 

有給休暇を使って朝から東京都現代美術館へ。並んでディオール展のチケットをとり、中に入る。ファッションには決して詳しくないし、せいぜい有名なデザイナーについてなんとなく認識している程度だったが、並べ方が迫力を増幅している。壁一面に30体ほどのマネキンがコレクションの服を着て立っているかと思えば、部屋全体に服になる前の白いプロトタイプが並んでいたり、様々なデザインのレディディオールに囲まれたりと惹きつけるインパクトが見せ方にも感じられた。

ああやって誰がこれを作ったとか言われると、自分が無意識に目で追っている服はラフ・シモンズが多く、順にサンローラン、マリア・グラツィア・キウリという感じ。それでも、なんとなく見進めるとだんだんこれはジョン・ガリアーノだろうなとかラフ・シモンズだろうなとか分かるようになってくるのがおもしろい。60年位前の服とはいえ、今新作として出されても全然自分にはわからないだろうなと思うと、いかにそのころの服が現在のファッションに深く影響を与えたということなんだと思う。

しかし、普段ハイブラを買っていない自分にもそこまで違和感がないということは、こういうハイブラの服のデザインがその下の階層でパクられて作られることになっているんだと思うが、その時ハイブラはその構造をどう思っているんだろうか。厳密には著作権違反のようなことはないのだろうし、それを「自分たちが業界を支配している」と思うのか、「自分たちが新しいものを作ってるのにまがい物が新しいものかのように一般大衆に受け入れられるのは納得いかない」と思うのか。うまく回っているということは、おそらく前者なんだろうけど、個人的には複雑な気持ちになる。

ついでに「ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台」を見る。(2回目)前回見れなかったビデオを見て回る。どれもやっぱりおもしろい。今回は「偽りなき響き」と「二つの石」を見た。「二つの石」では、ウクライナハルキウにある集合住宅地が取り上げられ、扱うテーマからも過去から現代につなげて物事を考える視点がもたらされる。今回の展覧会で扱われている映像は、詳しく構造を知っていればより楽しめるものもある一方で、特に知らない人が見てもおもしろい、何かを感じるものがあると思っていて、ディオール展と同じくらい多くの人に見られてもいいのになあと勝手に思う。二階のサンドイッチで昼食。

Y氏と千歳烏山の「ハバチャル」で夕食。近況、おもに転職の状況や自分がやりたいことなどについて話す。いろいろなアチャールが本当においしい。真蛸、銀杏など特に印象的。カレーもおいしく、かなり満足。友人といろいろ話すのが本当に楽しくて、自分のもやもやしていた気持ちも何かすこしはっきりしたような気がして本当にありがたかった。その後、仙川のとても良い喫茶店に連れていっていただき、最高の時間。いただいたコーヒーもプリンもおいしく、雰囲気も素晴らしい。長くいろいろな話題について話したけど、自分のことを話過ぎた気もする。楽しくなるとどうしてもこうなってしまう。夜遅くまでやっている喫茶店は最高。こんなお店が近くにある場所に住みたい。

土曜日に池袋シネマサンシャインで「NOPE」を鑑賞。アトロクで宇多丸氏より数カ月にわたり、IMAXレーザーGTで見るNOPEこそ至高、それ以外はクソ(大意)という話を聞きまくっていたため、再上映の機会を逃すわけにはいかないと、有料会員になってチケットを取った。結果、この環境で見れて最高だった。謎の物体の不気味さと上空をおおわれる感じがあのでかいスクリーンによって現実のような切迫感を生んでいる。めちゃくちゃおもしろいけど変な映画。「見る/見られる」がポイントというのは番組等で知っていて、実際すごくその視点の変化の見せ方のおもしろさは感じた。とはいえ、チンパンジーのシーンは怖すぎる。思わずビクッとしてしまって恥ずかしい。

 

日曜にもかかわらず、特にどこに行きたいということもなくて、ぼんやり過ごしていると、徐々にくる平日への焦りからなんとなく外出する。こういう時に行きたくなるのは本屋だが、今から都心に出るわけにもいかず、何とか歩いて行けそうな距離にある「百年の二度寝」へ。雑貨店をかき分けて奥に入ると本屋。zine、新刊、古本がそれぞれいい感じのバランスで並んでおり、なんとなく互いに刺激しあう感じもあった。長々時間をかけて見てしまったが、最終的に東直子「レモン石鹼泡立てる」とブローディガン「ここに素敵なものがある」を購入。ついでにまちのパーラーに寄る。一人だったのでカウンター席に何とか座れた。普通の街にこんないい感じの店があって、近くの人が来ている。なんかとてもよかった。ちょっと遠くから来た自分が場違いに感じて、長くは居なかったが、飲み物もパンもとても美味しかった。

 

仕事のことは書きたいことがないので、平日の日記は軒並みさぼっている。最近は寒いこともあり、日中もあまりシャッターやカーテンを開けず、陽が入ってこない。もしかしたらこれが悪いのかもしれないけれど、狭量になっているとそれどころではないのだと振り返って気付く。

アトロクは西寺郷太氏の小説に関する特集とCGアニメ特集がおもしろかった。前者は実際に小説が読んでみたくなった。BlurOasisも正直ほとんど意識して聞いてこなかったので、アンビエントやハウスも少し感じるようなトラックは意外だった。

CGアニメ特集は結局スパイダーバースを見ていない自分には何のことやらと思う一方で、そんなにすごいことになってるなら見たいと純粋に思わせる熱量があり、「ONI」も見たくなった。かなりキャラクターもかわいいとのことで調べるとぬいぐるみが欲しくなる感じ。

水曜午後に有休。別に取りたくはないけど法律違反になるということで取得している。午後休と言われても、ここから何かをする気にもならず、近所の中華屋「丸福」でチャーハンセットを食べる。チャーハンがめちゃくちゃおいしかった。もっと早くからきていればよかったと後悔。

歩きながら軍艦のYouTubeを聴く。若い二人はこちらから見ればえらく軽やかで、お笑いだけが全てではないという正直で純粋な考えが見え隠れするところに、リアルさを感じる。少なくとも自分にはそこまで好きになれるものなんて今までなかったという気持ちが、今までの「お笑いしかないんです」的な人たちを関係ない世界の人として扱う下地にはあったので、その対比にリアルを感じているのかもしれない。ただ、同時に絶対にこれにはなれないという気持ちにもされる。おもしろいからなのか、割り切れているからなのか。理想と現実の間を軽やかに進んでいるようだ。

イトマイの喫茶スペースに初めて入った。静かで落ち着ける。値段を考えるとあまりにぜいたくな気がした。写真で見ていたチーズケーキを初めて食べたけど、とても美味しかった。帰りに「文藝」「スピン」「韓国の「街の本屋」の生存研究」を買った。

 

アトロクでの評判が胸に残っていたこともあり、「こころの通訳者たち」をシネマ・チュプキ・タバタに見に行くことにする。当日は昼も特に予定がなかったこともあり、早めに出て文京区のあたりから西日暮里あたりまで散歩した。初めて歩くような土地がまだあると思うと少し嬉しくなる。日暮里の「ニュートーキョー談話室」に入る。初めて入ったけど老若男女問わずいろんな人が楽しそうに話しながら過ごしていたり、自分の仕事をやっていたりしていて、なんか一昔前の街の喫茶店ってこんな感じだったのかなと勝手に想像していた。

時間が予想外にあまり、田端駅前のコメダ珈琲でさらに時間をつぶした後でシネマ・チュプキ・タバタへ。本当に商店街の中に映画館があって、20席程度。いろんな立場の人が等しく映画を楽しめるように席はゆったりしていて、盲導犬を連れた方がいたり、音声解説が充実していたり、アナウンスはすべて字幕になって表示されるし、映画館に直接入れないひとのために個室もあって、それだけでまず感動してしまうのと同時に、健常者男性の自分がこの中の1席を使ってしまっていいのだろうかと少し後ろめたい気持ちにもなった。

映画はとても素晴らしかった。見えない方のための音声解説をつけようとする中で、当事者の声を拾って考えていこうとするも、音声解説をつける対象となるドキュメンタリーの中で描かれる手話を音声解説に落とし込む難しさ、特に手話の歴史へのリスペクトとの共存が求められる中、それらを蔑ろにしないで実現するための努力がすごい。「失敗してもいいんだからやってみよう」という一見当たり前のようなことを周囲のいろんな立場のひとが共有して、各々にできる形で平塚さんを後押ししていく姿は本当に美しかった。完成した後の目の見えない人たちの喜びや感動の表情がまぶしかった。

当日は舞台挨拶に主題歌の生披露もあり、あまり事前にちゃんと理解していなかった自分を恥じたが、あの空間にいていろんな話を聞いて、歌に合わせて手話をする経験が得られたのはあまりに貴重で尊かった。上映後、平塚さんの本を買い、パンフレットに出演者、監督のサインをもらって満足して帰路についた。

 

午前中に散髪。何ということもなかったが、今年はどんな感じになりそうかなどをパラパラと話す。映画の話からSLAM DUNKはやはりやばいという熱量をもった話をいただき、見るしかないよなあと改めて。流れでスクリーンサイズ等々の話など、聞きかじった話をさらっとして終了。

bums_tokyoに行き、MKRDTSB氏の個展へ。もともとは友人K君にかなり前に最近はこれを聞いていると紹介されたのが氏の音楽だったという記憶。そこからSoundcloudでフォローし、Twitterもフォローするようになった。ものを作れなくなった人間としては、やりつづける、作り続けるというのは結局一番すごいことだと思う。「仕事」や「興味」や「社会」やなんでも理由をつけてやめることは簡単だけど、そんなことではどうにも止められず作り続けてしまう、それが「社会的に」褒められた状況ではないとしても。そんな活力を持っている人の作るものを見たり聞いたりしたいし、そんな人たちが望むくらい売れてくれたらいいのにと改めて思った。店内で流されていた音楽と映像を気付くと夢中で見ていた。ああいうときにどういうコミュニケーションをとったらいいかはわからなくて、いくつか言葉を交わさせていただき、店を後にした。

 

ミルハウザー「夜の声」を読んだ。やっぱりこの作家好き。「マーメイド・フィーバー」、「妻と泥棒」、「近日開店」、「場所」が特によかった。現実っぽい感じなんだけど急に変な世界に入っていってしまう。でもなんかこの感覚めちゃくちゃわかるし、なんならあるという微妙なところを掘り起こしてくるような感じ。残りの短編は別の作品集に収められているので、そちらも早く読みたい。

乗代雄介「十七八より」を読んだ。アトロクでTaiTan氏が同著者の「ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ」を紹介しており、それがかなりおもしろそうだったので青山ブックセンターで買おうとしたところ、値段にひるみまずは文庫からと思って買った。結論めちゃくちゃ好み。言わなくてもいいことが山のように書かれる。そぎ落としたらもうちょっとスリムになることは間違いないけど、そんなことしないから良いに決まっている。主人公が賢くてなんでも理解しているような感じに思える一方で、若さゆえの複雑な心境をもっているというアンバランスさがとても良い。他も早く読もう。

武塙麻衣子「爽やかな茸」を読んだ。毎日眠る前に少しずつ読み進めた。「驟雨とビール」の続編。相変わらずおいしく食べつつ、映画を見ている。かわいい猫とユーク氏に囲まれた生活は平穏でありながらも、ときどきふと何かを考えてしまう社会の変化などは自分があのころ考えていたこととシンクロしたり、別のものだったり、日記本は共感できるのも嬉しいけど、その人の立場で考えていることをこっそり教えてもらえるようなところもあり、それは自分の中での発見になっていることが多い。人との会話が少なくなっているので、こういうかたちで会話を補完している自分がいる。

 

あとはひたすらESを作っていた。のちに書類で落ちることになるのをこの時にはまだ知らず、1月後半はそのための本を読んだり文章を考えたりして過ごしていた。そちらがメインのような気持ちになったので、ある時から日記を書かずに仕事のことも覚えていないことが多くなったのかもしれない。この日記は2月も半ばになってめちゃくちゃ強引に振り返って書かれたもの。ESが落ちて、やっと自分がこのあとどういう風に生きていくか決めたりしているのは2月の話。