2025年5月

5月1日。

風邪はまだ良くならず。今が1番しんどいくらいかも。咳がきつくて話すとすぐに咳き込む。打ち合わせでも極力しゃべらないようにする。カメラオンの打ち合わせではちょっと大変そうに見えてすんませんという気持ちに。まあほんとに大変なのでしゃあない。

地震のあとで」最終話をみる。かえるくんの続編。錦戸亮ってかなりいい役者だなと改めて思う。あの神戸のアパートみたいなとこでのやりとりがグッとくる。今回だけ見てると、主人公がどんな人かはそこまで明確ではないものの、断片があそこで花開く感じがした。いい人というのではなく、いろいろなところをできる範囲で誠実に生きようとしてきた人というか。しかし、この話のみみずくんがなぜ出てくるのかという点は「すずめの戸締まり」の天譴論的な扱いと似ている。実際に新海誠はこの作品からの影響を公言している。茂木謙之介の評論ではこの点をかなりしっかり扱っていて、おもしろいなと思っていたのだが、また改めて思い出した。

 

5月2日。

風邪は収束に向かっている。確実に。なんとなく良くなっているのは嬉しい。人にうつしていなければよいのだが、家族は今のところ元気そうだ。

NHK横溝正史短篇集の最新回を見忘れたので、u-nextで購入して視聴。おもしろかった。ドラスティックな感じの演出が30分という尺をうまく使っていたような気がする。NHKプラスに来ず、BSプレミアム4Kでのみ再放送なのはかなり不満なのだが仕方ない。

TLにおびただしいほどのリハックの最新回に関するツイートが流れてきている。マジで心底どうでもいいのだが、なんかそういう場所でしょというのと、目的とかもう別にないでしょというのと、SNSで喧嘩してる大人のみっともなさと、とはいえ誰の発言の機会も奪われるべきものではなく、粛々とやるしかないんじゃないですかという気持ちにしかならない。細かく解きほぐして言語化したくならない話題だ。

 

5月3日。

朝から早く起きて車に乗せられて、目的地も分からぬまま進む車中でぼんやりしていた。10時には目的の場所に着いたようなのだが、食事処はまだ開店しておらず待ち。車で待つのも何かなと思い、1人で歩く。南三陸町の震災復興祈念公園へ。震災遺構となった防災庁舎の迫力はいまだ衰えることはなく、この地で起きた悲劇を身近に感じさせるには十分過ぎる。丘の上でたたずんでいたら店が開いたと電話があり、そちらに向かう。

うにを毎年このタイミングで食べている。うにがとびきり好きかと言われると決してそんなこともないのだが、連れられるがままについていき、そこに意思を介在させないというのもたまにはいいと思っていて、うにへの喜びというより、人に全てを決められるということの喜びを受け取っているのかもしれない。(別にうに以外を食べたからといって咎められることもないのだが)

高速道路を進んでどこに行くかもわからないまま過ぎ去る標識をただ眺めていると自分がなんなのかわからなくなるけど、これもまた良い。散歩しながら周りのこととか忘れていくのと同じ感覚な気がする。カーラジオが入ったり入らなかったりする。

浄土ヶ浜に着いた。景色はきれいだった。親父はこの景色をずっと見たいと思っていたが、仕事で近くを通るきりだったらしい。僕が親父だったら、たまには仕事帰りとか休みの日とかに1人で行ってしまいそうだなあと思ったけれど、この人がそういうことをしない人だということを完全にわかってもいて、この人の血が流れているのに僕はこの人とは全然違うということがありありとわかって良かった。親父を尊敬する感覚と親父とは全然違うという感覚は同居する。

帰りの道の駅でアイスを買って渡すとき、こんなもんで何になるんやという気持ちと、でもまあこんなもんくらいがちょうどいいよなという気持ちがある。こんなもんは気軽に買ってくらいがちょうどいいと甘えているのだけれど、これ以上になると変な感じが生まれる。

 

5月4日。

起きてからなんかしなきゃなあという気持ちでカフェで原稿やらなんやら作業的なものをやる。ゴールデンウィークって誰もベローチェ来てなくてなんかいいよなあと1人思っていた。

前日にたくさん移動した分、留まることがなんか心地よかった気がする。

文フリのブース情報を見る。買いたいものがなんなのか分からなくなるくらいブースがある。とりあえずwebカタログを一読し、なんとなく気になるものにしるしをつけるともう3桁になっている。よくわからん。こんなに回っても買えるわけないのにしるしをつけることが目的になっているのかもしれない。別にそれもまたいいけど、通販とかで買えばいいしなあと開き直る。

夕飯はふるさと納税で頼んだ焼肉を食べる。部位が書かれた板が箱に入ってるタイプのやつ。祖母が大げさに感動していた。ありがたいが、むずがゆい。これほど感謝してくれる祖母が、それでもつけない私が買った補聴器のことを思うと、いかに補聴器が祖母にとってストレスかが良くわかった気がした。健康に生きてくれるなら補聴器なんか捨ててくれて構わない。

 

5月5日。

弟が帰ってきた。ゴールデンウィーク関係なく、単に休みなので。月に一回帰ってきては、祖母の髪を切ったりしている。彼にとってはこれが家族との接し方なんだとして、では自分は何ができているのかと思う。いるだけみたいなことなのだが、別にまあいなかったときよりはいいかと最近は考えている。人がそこにいるというのは、邪魔だろうなと思うこともあるが、いることによって空気が変わっていて、それが何かしらに作用するのだろう。ここにいるようになってから何かが変わったのかをいなかったときのことを知らない自分には把握できるはずもないが、特に問題が起きているわけでもないので良いということにしている。そうしなければとても安心して暮らせない。配信サービスで動画が見れるようにしたとか、良くわからんことに回答するとかで少しずつ何かを返しているつもりだ。

そういうものでは足りない気がしたのだろうか、宅配ピザを頼んで食べてもらった。耳にチーズが入る高いやつにしてみたが、あんまりうまさが分からず失敗。

 

5月6日。

翌日から仕事なのでとにかく休養にあてた。特に何もせずゆったり過ごす。連休明けの憂うつさみたいなことをあまり最近は考えなくなった。いつだって仕事の前は憂うつで、そんなのは分かりきっているからなのかもしれないし、あるいは半身だからかもしれない。それでも翌朝は午前からMTGだと思うとだるいなあとは変わらず思う。

 

5月7日。

不動産屋からは特に連絡なし。仕事はとりあえずつつがなく。今週いきなり頑張れるやつはなかなかおらんやろ的な精神で自分を甘やかしていく。

体調がなんか戻ってきたと思っていたが、のどにたんが絡む。これは別の病気の可能性もあるのか?などいろいろ勘ぐってしまう。この年なので全部分かった気になっていたが、やっぱりまだわからない。

 

5月9日。

有給で東京へ。あんまり時間がないのでいくつか絞って見るしかないと思って、まずは東京国立近代美術館へ。「ヒルマ・アフ・クリント展」。作家のおもしろさというかユニークさみたいなものはよくわかる。そもそも女性作家はまだまだ発掘されきっていない人が多いだろうし、そこにもっとメスを入れていく仕事は求められているように思う。作品のモチーフというか発露が良かった。スピリチュアル的なことなのだが、西洋絵画のキリスト教モチーフとやってることは変わらないのだから、これはこれでしっかり評価されてほしいものである。

フェミニズムと映像表現」の後期展示。かなりよかったというか、正直見るのがけっこう堪えた部分もある。出光真子の一連の作品はすごかった。残念ながら今の世の中で見ても圧倒的な分かりやすさを持ってしまう視点と表現がすごい。前期展示もよかったけど、これはどこかしらで見れる状態ができるだけあると良いなと思う。この展示を見た男性のリアクションに対する憤りや虚しさみたいなものも見かけたが、まあ、直視に耐えられないのもわかりますけどね、ショート動画で好みに合うものだけを見る時代に、ショートでもなければズキズキ刺してくるこれほどまでに鋭敏なものは刺激が強すぎる。人間はどんどん弱くなっているので。このリアクションを録画した作品とか見たい。

国立新美術館で「リビング・モダニティ展」を見る。建築系の展示はなかなか見るのが難しい。自分の中で立体的なイメージがうまく描けないから。それでも模型とかなりの量の家具などの実物が印象的だった。特にミラー邸のインテリアを手がけていたアレキサンダー・ジラードの作品やビデオがかなり良かった。そのへんが建築を見れない自分の面白がり方になってしまうよなあとちょっと残念な気持ちにもなる。ただ、全体としては窓の重要性というか、窓をいかに大きくあるいは多く効果的に使うかによってかなりの問題に対応しているような印象を受けた。

移動中に福尾匠と山本浩貴の対談のYouTubeを聞く。日記についての話がかなりおもしろかった。日記賞揚へのジレンマ的なもの。日記という表現の「最小単位」を取り戻して評価していくということを小説などの対比で打ち出したが、日記の権力への取り込まれ性みたいなものから見直しに入るが、他方では日記表現が一定の力を持っている云々というあたり。そして、日記表現にできること、おもしろい日記ってなに?みたいな点がかなりよかった。行きの新幹線で「随風」を読んでいて、そこで柿内正午が書いていた時評では、エッセイでも取り込まれ性みたいなことを言っており、なるほどなと合点がいった。その時に私が思うのは、君らは今までそれで楽しんでたのに、今から楽しむやつにはそれ言うの?みたいなことである。彼らも言ったらまあ自戒しているのかもしれんが、でも水差してきてますやんみたいな気持ちになるというか。批評ってそういうもんなのは全くその通りで、そこに刺し返していかんとねえという感じ。「随風」の横田祐美子の文章はそういう意味で受け取って、しかもかなりよかった。あれは「随風」の内容そのものを刺している批評だと思う。刺激的だった。

彼女と合流して夕食。その後はゆっくりと休む。

 

5月10日。

平和の森公園に行く。散歩がてら。かなり広くて良い感じだった。雨模様でなければ言う事なし。海苔の歴史館みたいなものがちょっと気になった。大田区は地元と姉妹都市らしく、それもなんかおもしろかった。別にこの辺にそういう由来があるから泊まってるわけじゃないのに。

リンガーハットについての話。リンガーハットは地方にはないので、最近できたものなのかと思っていた。全然前からあるらしい。見えないものをないと思ってしまっていた。

こども相撲教室に子どもと大人がたくさん集まっていた。なんかこういうのって子どもはまだギリ楽しめてる年齢なのだろうかと邪推する。自我が完全に芽生えてしまうと教室みたいなもので相撲はかなり厳しい気がする。ガチの子どもは関係ないけど。

コメダ珈琲で遅めの昼食。実際に来るのは久しぶりでかなり楽しかった。全ての飯のサイズが普通と異なりすぎている。でも本当に普通ですよみたいな顔で来てるのがいい。クスクスしている素振りさえ感じない。大盛り店はこのクスクスがある気がする。

人の相談を聞いていて、本当に聞くだけになった。なんというか、こうしたらみたいなことを言いかけてやめた。言わなくて本当に良かった。

ちょっと見かけたdos monosのライブの感想で考える。同時代性みたいなこと。TaiTanも団地で以前意識的にリリックに同時代性のある単語とかを入れていると言っていた気がして、真空とかも含めてそういう性みたいなものこそ同時代性なのではという恐山の記述になるほどと思う。同世代というよりは、同時代(decadeなのか数年なのかはわからん)なのか。ポップスの歌詞に時代を感じる固有名詞を入れない的なことを何かで見た気がするが、ポップスの対比としてのオルタナティブであればそういう振る舞いができる、あるいはしていると思っていたが、今は「今なんだよなあ」「俺らなんだよなあ」的なことを思えるものがポップとなっているのではと思った。宇多田ヒカルの歌詞にNetflixが出たり、夫婦別姓が出たりとかってそういうことではないか。曖昧な言葉や抽象的な言葉には逆に遠さを感じてしまうので、それこそポップではなくオルタナティブというか。歌詞についてあまり考えずにずっと音楽を聴いてきたので妥当かどうかはわからないが、もう一度歌詞系の論考を読んでみても良いように思った。

 

5月11日。
東京文フリへ。会場は前回同様ビッグサイトなのだが、空間の使い方が変わっていて、かなりまわりやすくなった。ブース間の通路の幅が広くて、狭いみたいなことはほとんど感じなかった。人気のブースは端っこにあって、通路内をふさぐみたいなこともほとんどなかったように思う。暑さの問題は主に出展者側にあったようなのだが、一般参加者的にはかなり快適になっていて、運営仕事してるなあという気持ちになる。
ブースの盛り上がりとしては、短歌・エッセイ人気も少し落ち着いてきたように思う。批評は前回の麗日『文フリと批評』以降、文フリ関係なく少しにぎわってきていることもあり、今回のゲンロンによる『いま批評は存在できるのか』がかなり売れていた印象。それでも、全体のボリュームを考えるとまだ別に気にするほど大きくはない。
かたや、小説がもしかするとまた息を吹き返すのではという感じがした。これまでは正直かなり旗色が悪い感じだったが、何の要因なのかはわからないものの、結構いい感じに盛り上がっていた。
いろいろ買ったけど、VACANCEの新刊と佐々木敦の新刊が一番おもしろそう。あとは、フヒトベのそらみつかな。ちまちま読んでいきます。

 

5月14日

内装工事の打ち合わせへ。内装業者・不動産会社ともに比較的こちらの意図をくみ取っていろいろと提案してくれてかなりありがたい。不動産関係というのは、なにかと「損をさせよう」とする人間たちだと思ってしまっているため、ちょっとそれに反した行動をされると、結構ちょろくなってしまう傾向にある。かといって、今までのふざけんな的な人たちがこの良い人達のおかげで許されるということは有り得ない。結局、そういう人もいるというだけである。できればこれくらいの値段になってほしいなというところはなんとなくあるのだが、まあそんなことをはなから言っていても仕方ないので、まずは見積もりを待つ。

 

5月18日。

なんとなく少し集中した方がいいかと思い、喫茶店に向かう。電車内で一度知らない番号から着信。当然のように無視するが、今どき090始まりの迷惑電話は少ない。迷惑電話はPixelがスキャンしてくれるので大半はそこでシャットアウトされるのだが、これは違う。

仙台駅周辺を歩いていると同じ番号からまた着信。今度は出る。聞けば、知らない人がおもしろそうだと思って、電話したとのこと。なるほど。電話番号がwwwにあるということはそういうこともまま起きる。調べてわかってしまうところに番号を載せている私が悪いのだが、それでもそれくらいで電話されてもなかなかに困りものだ、普通の場合は。しかし話をよくよく聞いているとけっこう面白そうな話に発展しそうな感じもある。軌道に乗りかけたとたんにこういうことが起こると、一生軌道に乗せないようにする何かの力が働いているのではともおもってしまう。とりあえず詳細情報が開示されなかったので、「はああ」的な返答に終始する。いまどきは詐欺も多様化していると聞くしなあという世知辛い世の中だ。

 

5月20日

先日連絡があった人から再度連絡。聞けば、なんかいろいろあって、一緒に出店しませんかとのこと。自分という人間のタイミングの悪さはかなりのもので、本当になんかすごいなと思っている。契約間近でこれか。

なんでもこの人はかなり私を面白いと思ってくれているらしく、この件に関わる他の人にもそういうことでプレゼンしたとのこと。そもそもあなたとはまだ一度もあってないし、15分くらい2度電話で会話したくらいのもので、それをどうおもしろいと思って何をプレゼンしたのか私が聞きたいくらいなのだが、まあ何の肩書もない人間をおもしろいと思っていると嘘か誠かわからんが他人にまで話したと聞いて悪い気はしない。結局後日会うことになった。ともあれ、おもしろい点など自分では皆目見当もつかず、せいぜいがなんか多少は何かを考えているくらいでうろ覚えの知識をなんとか誤魔化し誤魔化し生きている私に何があったかなと悩む。果たしてこれは乗るべき話なのか避けるべき話なのか、混迷を極めて他のことが手につかない。その評判のおもしろいやつはどれどれとそこで品定めのようなことをされるのも、なんかあんまりいい気はせんけどどうなんやろと思いながら、そもそも俺はどんな人間で何をおもしろいと思っていたのだろうと考え続けてしまった。

 

5月22日。

バーグの星野源広告に対する高島鈴氏の批評。おもしろければ、トンマナさえ守れば、金でそこに何を出してもいいのか。そもそも、あそこはそういう場なのか。広告側と自治体や地域側の両方の事情を知らないとなんとも。あそこに出せるものってでは何なの?

ルールを守っていたら何をやってもいいわけではないやろというのは思っているのだが、ルールに則ってやったやつらにどれだけ文句が言えるのか。ルールを作ったやつらには何を言わなきゃいけないのか。まあ、これそのままN国とかの話に結び付けようと思えばそれも可能なのですが、それって本当に並列なことなのか。いや、わかりますよ、そういうものに甘いからN国的なことに発展するという言い分も。でもなんか一足飛び過ぎることがあまりに多すぎる。そもそも、星野源に怒っている人がN国などに怒っているのかというのも気になるが、そういう考え方はそれはそれで良くないよなとも思う。

一方で、本当にこの掲示板に本当に載るべきとされている広告はほんとにあったのだろうかとも思う。もちろん、誰も使っていなければ、資本が好き勝手していいというわけでもないのもわかるけど、あれって「好き勝手」なんでしょうか。まあ「好き勝手」か。広告としてのおもしろさでの批評も読みたかったけど。要はサムイってことだったんだろうけど、軸がルールの話とかになって、あんまりおもしろい発展をしていかなかった印象もある。そういうスベり方って最近結構あるよなあというか、究極言えばオモコロ(一部ライターの端々から読み取れる)の嫌いな企業アカウントのサムいノリ、あるいは、マクドナルドのキツイノリみたいなものとあんま変わらんやろっていう批評はけっこう読みたいかも。

フランク・オーシャンの謎のにおわせ。provokeじゃんと思って調べたけど誰も言ってなかった。

 

5月23日。

星野源がどこにでもいてしまうことが問題という話を見る。どこにでも行かないようにしていた人がどこかに行く自由を私たちは否定できるのか。もし受け入れている人たちとの利害が一致していたらどうする?少なくとも今回のバーグと星野源はそういう文脈だと思う。一方で、こいつのせいで他のやつがいられなくなった的なことはバーグやオモコロという面ではそれはそちら側に選択の自由があるので部外者が何かを言う権利はない。これは関係を内面化した立場か?いや、そもそもそこじゃなきゃダメみたいな人ってこの場合どこにいる?広告の話はその通りだと思うのだが。

こういう話を見ていると、星野源が気に食わない人というのも一定数いるというのがわかる。もちろん、批評からそれが見えるのではなく、批評に感情100%で乗っかっている人たちのことだが。

過去の歌詞からまだ政治に興味ないとか言われるのはさすがにかわいそうやなと思うし、そういうのは批評ではない。あるいは、そのころの歌詞批評として限定してやるべきだ。雑な語りに落ちる罠ばかりがただここにある。雑な語りでも良いのだが、嫌いなら嫌いって言っておけばよくて、変に文脈をつけたりしないほうがいいのではないだろうかと思う。

フランク・オーシャンの件、パンス氏が言っていた。

佐野海舟が日本代表に選ばれた。当然のように批判が広がっている。ここには、「日本代表には入れるな」から「犯罪者を世間に放つな」までのさまざまなレベルの話がごちゃごちゃになっている。自分の立場としては、そもそもまずこの類の犯罪における「示談」と「不起訴」の持つ意味合いにあるように思う。そこまで詳しくわかっていないので判断ができていないが、それらによってどう判断するべきかと、今回の事象においてのそれらがどういった経緯で進んだものなのかという話も必要だ。日本サッカー協会はいくつかこの点でミスを犯した。監督は佐野の一件を「ミス」と呼称し(それがどういう意味での発言だったかはもう関係ない、そう発言することのリスクを全く見積もらないのは、端的にリスクマネジメントがなっていないのである)、サッカー協会は説明をしたが、通り一遍のものにしか過ぎなかった。選手は選ばれれば基本的に応じるしかないので、辞退しろというのは難しい。もし本当にこの一件を重要なものだと考えていたらこういう対応にはならないという批判も可能にしてしまった。

 

5月24日。

in the blue shirtこと有村氏のテキストがかなり良かった。これもまた1つのアジ文という感じで良い。誰もがステージに上がってしまったような世界で、本当にステージにいるかどうかを判定できるのは、ほんとうにステージに上がっているやつだけなのである。ステージのような場所とステージは全く異なる。

星野源話、依然言い続けている人がいる。なんかわかるんですけど、これって他者配慮みたいな話なんだろうか。その時の他者って誰?いや、そういう話なんだと思うけど、具体的な他者を描けていない状態で「他者」とか言って非難するのは全然のれない。

 

5月28日。

契約を保留し続けていると精神的にあまりよくない。仕事が手につかず、ほかのこともなかなか集中力が出ない。おまけになんか私生活的な別の話も出てきていて、頭がパンクしそうだ。どれも自分だけで考えていても少しも好転することのない話であり、そもそもそんなことに頭を使って精神が不安定に鳴るなんてことがあっていいわけがないのだが、掃き出し口がまるで見当たらない。
こういうとき、相談できる友だちみたいなものを作っていなかったツケが回っている感じがする。さすがにもういろいろ引き延ばせないということで、後日会うと言ってから音沙汰がなかった人にこちらから電話してみる。こちらの気持ちを伝えると、会って話ができる機会を作ってくれるとのことで少し安心する。日曜日に会うことになった。会うにあたって特に必要なものはなさそうだったが、さてどうしたものか。こういう目の前に目標というか目印ができるとなんか急に活性化する自分がいる。

 

5月29日。

せしも氏のnoteがおもしろかった。10年代の話。「流通空論」のイベントに端を発したもの。イベントアーカイブ見ようかなと思っていてみなかったので、なるほどとなるなど。なんかやっぱりちょっと世代の差を感じる。あるいは、地方出身の東京馴染めていない感によるものだろうか。ビジネスがサブカルチャーとかあんまわからんなあ、まだギリギリ買い手市場だったからだろうか。
僕はそういう人たちに、「今そんで結局どうなってんねん、何してんねん」という気持ちをどこかにもっている。大層なこと大学のころにやってた結果どうなってんみたいな。「いや、お前が何してんねん」と言われたら、「そうですよね、へへへ」という感じでもあるし、「できなかったやつが嫉妬してるだけちゃう?」と言われたら、「まあそうかも」という感じもあるんですけど。いや、正確にはよく知らんからそもそもそういう人らがどうなってるかも当然のように知らない。しかし、そういう人らの政治関心が国民民主に行っていると思うと、「うわ、おもんな」って感じなんだよな。なんやかんやいろいろそれっぽいこと言ってたと思ったら、結局それなんかよという。いや、別にそれが自民だろうと立憲だろうとおもろないですけど。じゃあ、チームみらいを楽観的に希望としてとらえられるかというと、もちろんそんなわけもないという地獄にいて。
人集めたり注目集めたりすることの方がもう先にきていて、世界感とかは正直そのあとで取ってつけたように言い出しても全然問題ないということもわかってるんですけどね。むずいわ。ノンポリやるのももうダサいとわかっているからこその苛立ちなのかもしれない。

 

5月31日。

翌日のMTGに向けてなんか準備いるのかなと思案。自分がこれまで考えてきたことを言葉にするのはできそうだったが、なんかそういう感じでもない気がするなと勝手に思う。これで真面目なプレゼンとか求められたらどうするんやろという気持ちはありながら、とりあえず自分がおもしろいと思っているものが何なのかが伝わるような準備をするなど。名刺もとりあえず入れた。作っておいてよかったけど、これが配られる未来は今後できるのだろうか。

2025年4月

4月1日。
なんかずっと体調が悪い。熱はないのだが、寒気がすごくて頭痛もあって、集中力が全く続かない。とても仕事にはならないがごまかしながらなんとか逃げ切る。強引に頭を使うとその時には大丈夫っぽいけど、個人作業が全然できない。週末の外出をちょっと後悔する。仕事を早めに終えてとにかくはやく寝ることしかできない。
エイプリルフールでまだ企業ががんばっていた。ダメなものも当然あるが、全体としてはなんかもう向き合うのに真剣ではなくていいフェーズがきているような質のものもいろいろ見かける。広告に関しては日清やマクドナルドがそもそも終わってるレベルを良きものとして提示し、なぜかギリギリ通ってるせいでモラルのレベルがかなり下がっていることも寄与している可能性がある。ああいうユーモアみたいなものがなんともならずにまかり通っていくことの気持ち悪さみたいなものはどうなったら無くなるのか。もう一生あれだとしたらかなり嫌だ。

 

4月2日。

特に良くなることもなく、前日と変わらぬ体調の悪さ。今週はもうダメだと早めに諦める。

いきなり新人の人に結構なタスクを与えたことについてあれこれ言われたが、まあ別に崩壊しない程度にこちらもコントロールしたうえでやらせてるのでええやろという気持ちで特に気にも留めないでいくことにする。こういうのは状況によっては命綱なしにやらせることになる場合もあるので、それに比べたら全然マシなのと、いうても相手は経験がそれなりにあるので特段不安もない。むしろ頭が良い人が来てくれたっぽいのでいよいよ自分がやることを減らせそうな予感。ありがたい。

 

4月3日。

なんとなく回復の兆しあり。あくまでも兆しではあるが。風邪薬を飲んではやく寝るでもまだなんとか回復可能な体力があることに感謝する。

不動産屋から連絡なし。どういう状況なのかよくわからず。もうちょっと待ってみるか。

 

4月4日。

AIみたいなことならAIに言ってもらうからいいです、みたいなのってわかる気もするのだが、Aさんが言うAIみたいなことってAさんにしか言えないんだけど、それはAIでも同じようなこと言えるから意味ないみたいなことになるんだろうか。

おもしろを深めるために何かを言われるは全然構わないんだけど、別に多分おもしろには寄与しないなってことは全部無視するってしたらどうなるんだろうと思うのだが、何がおもしろに寄与しているかどうかはどうやって判断できるんだろうとわからなくなる。結局そんなことはできなくて、何がどうなるかわからないから言われたことには極力耳を傾けて向き合ったほうがいい。

 

4月5日。

特にやりたいことはなかったが、朝と夕に工事業者が家に来るということで、朝から早起きして散歩に行く。ここのところ体調が優れなかったので久しぶりの散歩になった。散歩の途中は団地ラジオの原宿さん回を聞く。右も左も「何をするか」ではなくて「何をするにも耳目を集める」というフェーズに入っているということなんだろうと感じる。そしてそれが双方への対抗という側面もあるし、単純に1番儲かるからという側面もある。「何をするか」で見極めようとしている間に揉めてしまって人がいなくなることを10年くらい見てきているのでそういう変容が起きるのはよくわかる。結局数がすべてなのは民主主義をやっているうちは変わらないわけだし。しかし、その数を集めた先では何が起きるのか。その先の新たな世界がなんなのかは数を集めようとしている人からは一向に見えてこないと感じているのは私だけなのだろうか。数の力はものすごくて、それが大事なのはすごくわかるのだけれど、その先で起こりそうなことがなにもわからず、多分なんとなくこうなりそうという世界には、露悪とマッチョな感じがぼんやり浮かんでいて、トランプってやっぱりそれの先取りなのかと思ってしまう。

午後は仙台まででかけてベローチェで作業。原稿がかなり進んでよかった。しかし、いろいろコメントをもらってよく分からなくなる。なんか自分の中で本当はどうしたいのかをもう少し考えたくなった。

廣田龍平「ネット怪談の民俗学」を読了。そもそも洒落怖とかを全然見ていなかったので断片的に知っていた内容や、都市伝説解体センターでやってたなみたいな話を初めてちゃんと体系的に知れて良かった。

家に帰ると窓を開けながら両親がお好み焼きを焼いていた。

アーセナルは引き分け。かなりモヤッとする試合でCLが心配になる。

 

4月6日。

地震のあとで」を見る。村上春樹の「神の子どもたちはみな踊る」に収録された短編をもとにしたドラマ。岡田将生のあの感じは、「ドライブ・マイ・カー」の後で見ると少し不思議な感じがする。普通に見ていると橋本愛の方が異常に見えていたはずなのに、どんどん岡田将生の方が異常に見えていく。それは別に旅行先で知らない女と簡単に寝るからではなく、「空気みたいだ」という言葉のようにふわふわと動いて、自分というものがまるでないように見えるからかもしれない。何にも取りつかれることがなく、自分との間に常に膜を張っているかのような感じ。いろいろな何かが繋がりあった先で自分が失われたような感覚に初めて気付くが、そのときにはもう遅い。あるいは、そこからのスタートが始まったのかもしれないが。ああいう、ホラーでもなく、結論があるわけでもないわからなさみたいなものをまだドラマでやっても大丈夫なんだろうか。NHKじゃなきゃなかなかできなさそう。

 

4月7日。

先週の負債を取り戻すべく仕事をする。といっても評価の時期なのでそういう対応に1日かかる。こういうものこそめちゃくちゃ面倒でマジでブルシット過ぎると思ってしまうが、これが給与を決めてしまうと思うと、そんなことを言う勝手は許されないだろという気持ちと、それでもなんかみんな漠然と面倒だと思いながらやっているこれに何の意味があるかと聞かれたら多分誰も意味なんか見出せないというくだらなさみたいなものとのせめぎ合いが常にある。これがなかったとして、では誰がどんな風に給与を決めたら私たちは納得するのだろうか。

積立NISAがついに赤字になっていた。もともと普通に老後積立だったものをなんとなく事業資金として考え始めたのでいつかはこうなるのもわかっていたのだが、とはいえ何がどう変わるかもわからんしなでやめずに続けている。なんかまあでもきっとこういうこともあるよなあで維持するのが良いのか、さっさと損切りするのが良いのかはわからないが、そういう判断ができないから積立なんかをしているわけで、それで多少とけるのも自分って感じするなあとぼんやり思っている。

 

4月8日。

眠る前に本を読む。「アテンション・エコノミーのジレンマ」が途中で止まっていたので改めて読む。個人情報保護の文脈からCookieの扱いなどについて初心者向けに説明されていてかなりわかりやすかった。先週末の団地ラジオで断片的に聞いた「テクノ封建制」で言われているらしきことってここで言われてることとそんなに変わらないような気がするなと思い出したからだ。なんとなくやっぱり近くて、ここから考えていくかと改める。「テクノ封建制」も前書きを読んで、なるほどなと思い並行で読んでいくことにする。

私がつけた部下の評価についてコメントがきていたけど一旦無視する。厳しいという反応と甘いという反応が両方あったものの、それぞれ理由あるんだよなあと思うなど。気持ちがノッてるかどうか、本人がやりたいと言って始めたことかどうかで評価のつけ方を変えているのだが、それがそもそもダメなのかもしれない。こっちはやらんでいいと言ったところをやりたいですと言ってきたなら、それならある程度気持ち見せろやとなってしまうのは厳しいのだろうか。その辺の過程と結果が自分の立場からと上位者の立場からで違って見えているということは、期初の自分の説明が足りなかったせいかと反省する。

 

4月9日。

起きたらCLでアーセナルが勝っていた。しかもマドリーに3-0。やばすぎる。リアルタイムで見ていたら発狂していたに違いない。ライスのフリーキック最高すぎる。関連動画を探し回ったり記事を見たりでかなり楽しかった。それでもマドリーなので2ndはまだどうなるかわからん。

細かい話とかどうでもいいこととかまで全部自分に確認とか連絡がきていて辟易する。自分でできることは自分でやってほしいし、関係ないものはそっちの部署でやってみたいなことがありすぎる。ストレスで時間を潰している感覚。

TBSのLOOMでネット怪談回を聞く。本を読んだあとに聞くと、なんか振り返りと著者の自分性みたいなものがよく見えるのとでよりクリアな感じになった。最後お気に入りのネット怪談をはなしている時が2人とも楽しそうで良かった。梨さんがめちゃくちゃ若いのびっくりする。声の感じとかしゃべりの感じからはとても年下には思えない。自分って何してたんだろうってこういう時に思うことが多くなった。

LOOMのPODDUSTの第1回を聞く。こちらはまた違ったおもしろさ。砕けた語り口なんだけど、ものづくりとかかっこいいものみたいなことへの熱さが眩しい。めちゃくちゃいい話してるなあってほんとに思う。

夜にCLの試合を見る。めちゃくちゃ最高に勝っていたが、マドリーの一瞬の怖さみたいなものはやはりある。今のチームなら突破は十分可能性あると思いたい自分と、いや危ないかもなという自分がいる。

原稿のやりとりなどから、友人H氏の最近やっていることを聞いてなんかすごってなる。SIをやっていて、その後もWEBシステムのプロダクトマネジメントなんかを一丁前に数年やっていてもなんにも作ろうと思わない自分と、勉強してめきめき何かを作る氏との違いに自分の何もなさを改めて感じる。偶然自分が最近興味があるものと近いものを作ろうとしていたのもおもしろかった。一定数はそっちの方向性を向いているとしたら、そういう意味の2極化もありそうだなと思う。そうやってそもそも住むところも生活様式も分かれていくみたいなことがあるんだろうか。

 

4月10日。

評価を修正して提出。なんかまあ俺が折れれば良いというか、うまく行かないなあて思うのは自分が悪かったからなんだよなという反省で解決。あとは会議で部下の評価が不当に下げられることがないようにアピールしていくしかない。やれることをやる。

なんか新しく入ってきた人がかなり優秀そうな雰囲気なので、自分の仕事って減らしても問題なさそうだなとなんとなく思い始める。いろんな事情で減らしたいので本当に良かった。このままいい感じに即戦力化していただきたい。

HYPERTEXTの新刊のプロジェクト告知。当然支援する。ああやって在野で途方もないものづくりをしてすごいクオリティのものを生み出すってのは凄まじい。新刊もかなり面白そうなテーマで音楽関係もトピックに入って来そうなのはかなり楽しみ。達成してほしい。

ディスクユニオンで前に買ったZINEがかなり良い。90年代からのテクノに関するディスクユニオンのその分野の人たちによるディスクレビュー。そんなにテクノの名盤みたいなものをちゃんと聞いてきていないので勉強になるし、普通に当然いい曲ばかり。ディスクガイド系のZINEを最近けっこう買っていたのであらためて読み直すなど。

 

4月11日。

直近でやらなければいけなかったものを乗り越えた。乗り越えた結果、新たな課題が出てきて何も考えたくなくなって週末へ。やっぱりこれは違うよなあと今までの経験から思うのだが、強引にこられるとできないとも言えず、持ち帰って考えますという感じ。今週はとにかく疲れたし、ずっと怒っていた気がする。何にかはわからないけれど、何でもオレに言ってくるなという感じが1番正しい気がする。できることはやるけど、それはあくまでもお前がやれることをやったあとに言ってきてくれという感じだろうか。そういう気持ちよさみたいなものが感じられないのは荒んできてしまう。

オモコロチャンネルで焼肉きんぐに行っていて、焼肉食べたいなあとぼんやり思った。実際には行ってもそんなに食べれないのに。食べるとか満腹になるとかおいしいとかっていうよりも、その感じが味わいたいってことなのかな。「その感じ」だけ欲しいみたいなことがよくある。実際にそれで得られる快楽とかは結構どうでもよかったりする。その感じを味わうための前の過ごし方とかも含めた感じ。めちゃくちゃニュアンス過ぎる話だ。

 

4月12日。

二本松駅まで行ってから昼ごはんに食べようと思っていた焼きそば店が臨時休業なのを知る。仕方なく駅前にあったカレー屋に入る。ネパールの方のインドカレー屋。おいしかったけど、スープがめちゃくちゃニンニクがきいていたのだけなんだったんだ。ナンを1枚食べるのに一苦労。レジに1000円札をまとめて通したら詰まってしまい反省。まとめて通せると思い込んでいた。良くなかった。

霞ヶ城公園までバスがあったのに気付かずに徒歩でけっこうな登りをゼーハー言いながら進む。着いたら桜がめちゃくちゃ咲いていてすごかった。公園がものすごく広い。開けた場所では大道芸人が剣飲み込んで沸かせてた。頂上までかなりの道のりだったが、途中休憩を挟んでなんとか登り切る。彼女は結構つらそうだったので、心配だったが頂上の景色がきれいで熱心に写真を撮っていた。

バスで帰るまでに時間をつぶしていると、周囲に「女と男の未来館」なる建物があり、思わず調べてしまった。なんのことはない、行政のハコモノ男女共同参画の教育的な施設なのだが、名前がすごすぎる。女を先に持ってくればいいってものではない。

夕飯は行きたかったところがいっぱいで彷徨いかけたところにあった地元の居酒屋に入る。かなりいい店だった。その前に入りかけてあまりの静けさに入るのをやめたしゃぶしゃぶ屋に行かなくてほんとうによかった。カマ焼きが最高でした。

朝に食べるためのミスドを買ってホテルに帰った。

 

4月13日。

起きてからミスドを食べ、またゆっくりしてホテルを出る。レイトチェックアウトにも慣れたもので、なんでも慣れがあると焦ることなく楽しめるなと気付く。

飯坂温泉に行き、足湯を目指す。途中で入ったカフェの昼食がかなり良かった。隣の席の子どもが少し前までめちゃくちゃ楽しそうに笑っていたのに次の瞬間に泣き始めていて、その瞬時の切り替えに、子どもってこんなに瞬間瞬間でいろんなことを感じ取ってるんだと思ってなんかおつかれさまって思ってしまった。もうそんなスピードで何かを感じることなんてたぶんできない。置いていかれるだけだ。

旧堀切邸の足湯かなりよかった。ちょうど少し肌寒いタイミングだったのもプラスに働いた気がする。足湯を出たら足が異常に軽くなってビビる。

物件について、彼女になんとなく意見を聞いてみる。この件についてはあまり相談しないようにしていたのだが、どうにも話せる人が居なすぎてパンクしかけていたので藁をもすがる思いだった。それらしい意見をもらえて、かなり納得感が自分の中に生まれた。

井上先斗「イッツ・ダ・ボム」を読む。もともと気になっては居たが、オモコロウォッチの過去回で言及している回があり、いい加減読むかと思って読み始めたがかなりおもしろかった。全編通しての謎みたいな部分はすぐになんとなく想像がつくのだが、それよりも登場人物たちの動機づけとか立場みたいなものがありそうだなーって思えたのがおもしろさの要因だった気がする。何かをつくったり表現する界隈での成り上がり方だったりスタンスだったりの感じというか。爽やかさもある。

 

4月14日。

仕事を終えて散歩に行く。散歩から帰って携帯を見ると、JJJが亡くなっていた。意味が分からなかった。なんで?僕は別に熱心なファンではないけれど、それでも彼の作ったたくさんの音楽の中に何かを感じてたくさん聴いてきた。そんな人がこの世界からなくなるのは途方もなく悲しい。才能の差で生存できるかどうかを判断しては決してならないと分かっていても、僕がいまだに生きていて、彼がいなくなるのは何かがやはり間違っている気がしてならない。人はいつか死ぬけれど、それはいつだって突然やってくるもので、突然だからこそ余計に受け止めきれない。昨日のライブでフレシノがJJJとの曲、Changeを歌っているところが流れてくる。

「HPN」の5lackのリリックが思い起こされる。

本当に神がいるか、そんなことは考えても仕方ないはずなのに、なぜだか妙に頭の中に残った。

 

4月15日。

団地ラジオの鈴木ジェロニモ回がかなり良かった。なんというか、大枠で言えば「おもしろさ」みたいなことの軸がものすごくはっきりしていて、しかも言語化できるということの稀有さがある。それは、何かを作る時におもしろくするための工夫みたいなことではなくて、もうちょっと根源的に自分の中のおもしろさみたいなことがブレずに設定されているような感覚に近い。何がおもしろくなくて何がおもしろいかが笑いの量の話だけではなかった。もちろん、それが量につながる部分もあるし、ウケなくていいみたいな話でも全くない。

ゼーロンの背中、第2回を聞く。毎回なんか最後に説教くさくなるのちょっとおもしろい。この前に読んだ「イッツ・ダ・ボム」のことをちょっとだけ思い出す。「STATUS AND CULTURE」の話も出てきていた。後半のそのへんの話がなかなかおもしろかった。しかし、ここまで固有名詞ガンガン出てきている教養教養コンテンツも珍しいと思う。突き放しているわけではないが、知ってる人は知ってるし、知らなくて知りたいなら学んでください。的なお客様として扱わない姿勢は音声コンテンツとしては新鮮に思う。そもそもなぜこれが音声で行われているのかもよくわからない。普通に考えたら文章で良いのだが、それを敢えてということなんだろう。

 

4月16日。

なんかやけに嫌な気分になった。そんな話聞きたくないわみたいなものを聞いてものすごく不機嫌になる。別にほんとうにたぶん他意はない、なんなら今までも通ったものだけれども。自分のコンディションの問題か。モヤモヤして気分が上がらなかった。

地震のあとで」の2話目を見る。もともとは、ちょっと違う話なのだが、3.11と接続した話に変わっていた。これはこれでよいというか、けっこう手触りみたいなものは失われていなかった印象。ここでも主人公は空っぽで、今度はそれを自覚している。たき火にある種取り憑かれたような主人公が、たき火の中に何を見たのかははっきりとは描かれないが、今から逃げるみたいなことでは決してなくて、どちらかと言えば今あるいは過去と向き合う時間をそこに見いだしており、そこに対して明らかに過去に何かを覆い隠してきた三宅がシンパシー的なものを感じていたように見えた。でもそれは三宅側のケアにしかなっていないような気もしたけれど、あのあと3.11が起きてどうなったんだろう。どうなるも何も創作なのでないんですが。

 

4月18日。

上司と会話。今年度の振り返りと来年度に向けてと、個人の話と。全般的に少し前のめりというか、そこまでやられるとちょっと困るんだよなあというようなニュアンスを感じ取る。でも、中途半端にやれって言われるのもかなり嫌なので、難しい。社内政治的なものは全て上司が吸収しているのはよくわかるのだが、それをかわいそうだからこちらが妥協したら彼に支払われている給与は何なのだということになってしまう。

不動産屋から電話。どうせダメだったという話やろと思って出ると、ボールが回ってきたとのこと。ただし、家賃が上がった。迷うが、とりあえずOKを出した。そこからはなんか頭が回らなかった。これが本当に良いのか、それでどうなっていくのだろうかとぐるぐるしてしまう。

 

4月19日。

家に居てもどうしようもないなと思い、物件の周りに行ってもう一度何かを感じ取ろうとする。今度は地下鉄で行って、周りを歩いてみる。なんとなく雰囲気とかをもとにいろいろ考えてみる。近くの中華屋に昼食に入ると、なぜか店長らしき人が店員にキレかけていてバッドに入る。おそらく夫婦なのだろうが、それでもそういうのを見せるのは勘弁していただきたい。デザートの杏仁豆腐が1番うまかった。マンゴーソースはいらなかった。

丸善で文藝の最新号と牧野智和『社会は「私」をどうかたちづくるのか』を購入。他にもいくつか買いたい気がしたが、冷静になって棚に戻した。焦ってはいけない。

三宅香帆「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を遅まきながら読んだ。なるほど。これが売れているということは、みんな半身で行動しているのか?という疑問になるのだが、たぶん本当はそういうことではなくて、半身と言われてもなあとなって終わっているのではないかと思うなど。同日に大谷翔平が出産休暇を使った報が話題になっていたのもなんか自分の中で重なった。しかし、見ていない私でもどんな内容かわかるくらい花束のこの場面の話が無限にいろんな人から湧き出てくるのすごすぎる。いや、もしくはそういう話が好きなやつに刺さるポイントなだけかもしれないが。

 

4月20日

K氏とMTG。携わったプロジェクトの話や日常的な業務の話をいろいろと聞く。改めて、それでも彼が私のやろうとしていることに協力してくれることへのありがたさとこれが彼にとって何かになどなるのだろうかという疑問と申し訳無さのようなものが残る。「らしさ」みたいなものをどうやって表現するのか的な話がおもしろかった。実利が伴わないコンセプトなどはあまりウケが良くないという話など。当たり前だと思う一方で、ある規模を超えると実利とかではなくコンセプトが先行するときがある気がしている。特定個人向けの莫大な規模のものなど。自分は規模は小さくできることも少ないが、そういう制約があると云々とポジティブな返しをしてもらい、何から何までやってもらった感がある。兎にも角にも進めていくことが最重要だ。

 

4月21日。

仕事上交渉していたところからあまり芳しくない返事。こういう時、担当者は熱意があり、上長や他の組織が抵抗してきているという話になりがちで今回もそんなような感じなのだが、その割には担当者側のがんばりがあまり見られず、どうしたものかと悩む。会社的にもけっこうここに力入れてるし、社員の目標などにも絡んできていてなかなか扱いが難しい。とりあえず前向きに対応するべく資料を作り直す。資料と説明でどうにかなるレベルならいいのだが。

物件の申込書が送られてくる。家賃がなんか高い。確認するとこの前の口頭での話は税別だったのでとのこと。税込みになるといよいよかなり危ういラインだ。しかし、もうなんか止まる感じにもならずに進めることにする。不安はもちろんありすぎる。

 

4月22日。

両親にも改めて物件の話をする。まあいまさら別に反対もクソもないくらいには好き勝手にやらせてもらっており、全くもって頭が上がらないわけだが、昔に借りて一銭も手を付けてない金に関してはそのまま返したいと思っていると、工事の費用とかどうなんやろ、想定通りにおさまるんだろうかなどという不安が即座にやってきて、とりあえず諸々終わったらそういう話もしましょうと言われて黙って頭を下げることくらいしかできなかった。

印刷機が家にないのでコンビニのコピー機を延々使っているのだが、これも店舗になったら経費で買ったほうがいいのだろうか。あるに越したことはないけど、これでもやっていけないこともなく、携帯電話とかもそうなのだが、線引きがなかなか難しい。そして、まだ取りやめになる可能性があるのではとビビって諸々進めきれていない。前回の失敗があるからなのだが、極力進んでから巻き込む人を増やしたい。

 

4月23日。

マイナンバーのコピーと申込書を送る。マイナンバーのコピーを送ってしばらく経つと、端っこが切れているからもう一回と言われて、昼休憩も過ぎるタイミングで急いでコンビニに戻ってコピーやり直し。そのタイミングで写真を印刷している方が前にいて、一回休みをくらう。何とか送って書類はOKで審査待ちへ。

入居前に内装工事に関して業者に見てもらった方がいいと言われ、K氏に相談。とりあえず方針決まるまで返事を止めておく。

壁打ちにちょうどいいのでchat-gptの有料プランを契約するか再度難儀する。とりあえずいらない定期購入系のライセンスをいくつか止めて、余裕をつくり、onedriveを100GBプランに変更して様子を見る。

 

4月24日。

地震のあとで」の第3話を見る。この話ってほんとうに村上春樹的なモチーフにあふれてるなあと改めて映像として見ると思う。異様だ。良くわからない悪意そのものみたいな人間と妊娠と堕胎。残される人が放り出されたように見えてなぜか吹っ切れている。読んでいても何がなぜ解決したのかはけっこう感じ取るのが難しいときがある。そんなに考えずに読めばいいのかもしれないけど。

「アストリッドとラファエル」の新シーズンを見る。とりあえず第1回と第2回。前のシーズンから見ていたけれど、女性バディものであり、立場がけっこう違う中でも友情を育む感じが見ていて楽しい。日本での刑事かつバディものだと相棒などがあるが、あれはけっこう家庭とか社会的な立ち位置への苦難みたいなものが蔑ろにされているケースが多い。事件の謎を重視したものというか。別にいいけど、これはその辺のバランスがちょうどいい。

 

4月25日。

流れてきて気になったので、結木万紀子「こどもの楽園」を読む。年齢と性別と立場。それぞれが複雑に絡み合って作られる搾取構造を漫画で残酷な話も含めて記している。終わりの展開も悲しみとやるせなさにまみれながらも先を見据えるかたちで良かった。現実で実際に起きていた、起きている構造について、とにかくより多くの人にありうるものだと、関係なくないんだ、ということをここまで書かれればようやくわからせることができるのではないかと思う。あの先生は搾取することに喜びを覚えていたのだろうか、そもそも搾取していることに自覚的だったのだろうか。喜びはあっただろうが、それが搾取だとは思っていなかっただろうなとなんとなく想像がつく。それほどに簡単に人の心を動かせることへの全能感の方がよほど大きかっただろうな。身近な例でも恋人や後輩など、搾取になってしまう、なっているかもしれないという自分への疑いを常に持ち続けていなくては危ない。先輩をノイローゼにしたあの上司もそういう感じだったんだろうか。

 

4月26日。

朝早く家を出る。家を出たタイミングで日焼け止めを忘れたことに気づく。あんなに天気がいいことを確認していたのにこれかよと呆れる。

新幹線内で常磐線の人身事故について見かけて嫌な予感だと思っていたが、案の定特急が遅れて予定が崩れる。1時間遅れで特急に乗り、その日はチェックイン後に偕楽園を見るくらいでゆっくり過ごす。特急遅れの疲れが意外とあった気がする。

夜は軍鶏鍋を食べる。本当の軍鶏は歯ごたえがすごい。同じ鶏肉とは思えないくらいの弾力。すさまじかった。ほんとうに食事にそれほど興味がないのだが、こういうことがあるとやっぱりその土地ではそこでしか食べられないもの食べたほうがいいかもという気持ちになる。

水戸市内のバスはスイカパスモが使えないのでペイペイで支払うことに戸惑う。やはり交通系ICは読み取り機の問題があり、対象外にしているケースが増えているようだ。

 

4月27日。

自分たちにしてはまあまあ早い時間に起きて駅構内で朝ごはんを食べる。ほんとうはサザコーヒーに行きたかったのだが、早くて開いてなかった。仕方なくパン屋でパンを選んでレジに並ぶと、トーストセットがあったことに気づく。失敗。

勝田駅からバスでひたち海浜公園へ。めちゃくちゃな人の数におののく。子ども連れや犬を連れた人も来れるので、受け入れられる人の種類が多いからか、かなりの老若男女が集まっていた。ネモフィラを見に来たのだが、そのエリアに近づくと垣間見えるネモフィラの綺麗さもさることながらとにかく人垣で不安になる。近くまで行くとそこまでいるわけでもなかったので、しっかり見れた。ネモフィラは圧巻だった。圧倒的な量。多いってすごい。あんなに小さい花を目玉に据えるのもなかなか簡単ではないと思うのだが、それでもここまでの量で勝負して成功しているすごさ。そしてそれを半年で植え替えるというのもこの完成度を見るともったいないと思ってしまう。そもそもネモフィラ一年草なのでそうせざるを得ないわけなのだが。そこで時期が違うコキアと二枚看板にしようと思った責任者に頭が下がる。植え替えとかも見てみたくなるし、コキアになったあとの景色も見たくなる。作り手に思いを馳せてしまうことは加齢ゆえなのだろうか。

園内は自転車で走ることができたので、レンタサイクルをすることに。アシスト付きがなくて、彼女はけっこう大変そうだった。私もなかなか勾配があって途中躍起になって漕いでる時間があった。広い園内を回るには自転車でなければ到底難しく、乗ったのは結果的には正解だった。自転車に乗るのも久しぶりだったが、たまにはいいかもしれない。

夕方前にホテルに戻って、少し休んで近場で夕飯を済ます。近くにあった釜飯屋さんが正解だったのでサイコー。店内ではJ-WAVEが流れていて、吉岡里帆のURの番組のゲストに向井秀徳が来ていた。耳がそちらに気を取られながら、釜飯を堪能した。

 

4月28日。

有給をとっていたので、4連休。この日は昼食に行こうと思っていた店が開いておらず、乗ろうとしていたバスも月曜運休でかなり暗雲が立ち込めたが、笠間駅まで行き、レンタサイクルに乗って気持ちよく移動していたらいろいろ解決してかなり良かった。昼食は笠間稲荷神社近くのカフェ。ケーキがおいしそうだったが、ランチを逃していたのでハンバーグセットを注文。それなりにおいしかった。

アシスト付きの自転車でなければ絶対に終わっていた坂を登って笠間つつじ公園へ。アシストがあると本当にスイスイ進む。アシスト付きに乗ったのは実は初めてだったが、平地では怖いくらいにびゅんと進むので慣れると危ないなと思った。ツツジは完全に満開、なんならもう終わり始めるくらいだったのでかなりちょうど良かった。犬を連れた婦人グループが犬を座らせて良い感じに写真を撮ろうとしていて、傍目に怖かった。もはやあれは犬をかわいがっているとか、共生しているとかいうのではなく、飾りにしてしまっている。ああいうのを見ると、ペットとの向き合い方みたいなものを考えてしまう。近くでやっていた猿回しは猿にものすごく敬語を使っていて、こういうのも時代の要請とかあるんだろうなと思った。

笠間駅で電車を待っているタイミングが下校時だったのか、リアルな中高生を久しぶりに見た。リアルは想像を簡単に超えるので、駅のホームの地べたに座りまくっている姿に圧倒された。なんか全然いいけど、実物見るって大事だな的な。実物を見てしか味わえないときめきがある。

都内に近づくと完全に雨が降っていた。彼女と別れて帰路につく。仙台はギリギリ降ってなくて難を逃れたと思った矢先に、地元の駅で降りた途端に土砂降り。ずぶぬれ帰宅。

 

4月29日。

祝日。前日に高比良くるまがよしもとをやめてフリーになる報道を見たが、反応がさまざま。個人的には、まあ会社ってそういうもんやからなあというのが普通かなと思ったが、案外よしもと叩きの材料の1つとして機能していて、おもしろければ何でも自分に引き付けて都合良く言える世界ってまだまだあったんやという驚きにあふれていた。よしもと運営の松本問題とのダブスタについての批判はわかるのだが、くるまの解雇によしもとイミフはさすがによくわからない。そして、それを僕の考えたおもしろい世界に引き付けようとくるまへの謎に過剰な期待に溢れていて、インターネットでは概ねポジティブに捉えられていた気がする。全然個人的には別にいいんだけど、なんかみんなよしもと叩きながらよしもと見てるの大変そうだなって思うなど。

とにかく体力回復に努めるつもりだったのだが、なんか喉が痛い。風邪か?とりあえず様子を見る。

 

4月30日。

こんな週に誰が仕事に打ち込めるんやと思いながらも適当に休みの間の仕事を回収。別に特段のことは発生していなくて安堵。

アーセナルはパリに0-1負け。しゃあない。1点ならまだなんとか望みはある。

今年度の評価に関するあれこれの会議。なんかまあ言いたいことはわかるけどむずい。全体的にどんどんみんな好きにやって大きくなってくれみたいな感じになっているのはちょっといいのかもしれない。ほんとうはみんなが疲れ切った結果こうなってる可能性も全然あるけど、別にそれでも良い。

風邪確定。早く寝ます。

2025年3月

3月1日。

起きたらトランプとゼレンスキーが口論になっている動画が話題になっていた。ゼレンスキーの態度がとかやり方がとかいう話はいくらでもあるのだろうが、「その前にさあ」という感じになってしまう。前提として、ロシアが侵略したとこまでは共有できている世界に私はいるのだろうか。寒気がする。

MTG。うまくいかなかった。自分の問題なのだが。前半は良かったけど、後半はドライブする感じがなかった。何が悪いのか考えることにするが、とりあえず妙な疲労感と失望感が残る。

団地ラジオの若林恵回。初回のやつを聞いた。うーん。なんかなあ。わからんけど、これってみんなどこまで面白がってるんだろう。いや、そういうことを言うやつがおもんないみたいなノリってことなんだろうか。最後の方の全体的なメディア状況みたいな話はかなりわかるんだが、そこまでのいろいろみたいなものに「はあ」って感じになっていて、でもまあ個々のプレゼンスがなんであるのかとか、メディアって今こうなってきてますよねみたいな全体の趨勢はすごく実感が湧くんですけどね。それともこういうことを言っている私が「woke」とか言われるんでしょうか。3回くらいあるので、全部聞いてから判断します。

フグを食べた。親が食べたいと言ってきたので、ふるさと納税で買ったやつ。祖母も含めて喜んでいたので良かった。全然おいしかったけど、こういうのってなんかめっちゃわかりやすくうまいとかじゃないんだろうなあと察した。

やっぱりやろうとしていることに自分はなんか向いてないというか、そんなに深く考えられてないのかもなあってここ最近ずっとまた思っている。どこに行くのか。何がしたいのか。

布施琳太郎の創刊する雑誌。実物が欲しい。東京にいないのが悔やまれることばかり。

 

3月2日。

田中健太郎から150年展で行われたパワハラに関しての声明が出る。声明が出ただけって感じ。中身見たらなんかなあというところもあるが、まあ当事者じゃないのでうっすら軽蔑していくくらいのものである。布施琳太郎にも問いが投げられていた。応答してほしいものである。(その後応答があった)いろいろ見ていると、今それかみたいなものもいくつか流れてくる。世界はいつでも紛れもなく地獄であることを忘れさせてくれない日常に私は感謝しなければならない。

 

3月3日。

新入社員が部下として入社してきた。別に当日に自分がすることはなく、とりあえず仕事をしていただけだったが、ここからまた育成だとかなんとかを考えるのは気が遠くなる。それをしないと自分が楽になることもないので仕方ないのだが。

確定申告のことを考えたのだが、副業収入は規定ほどはないのでしなくてもいいけどどうしたらいいんやろといろいろ調べる。会社員はそれを考える必要がないのが楽なのだが、そもそもその楽ってどうなんだと本気で調べると行き着く。

前日に宿題にした文章が全然思いつかず、膠着する。

アカデミー賞の授賞式を片目に仕事をしていたが、どうも出演者の感じに物足りなさを感じる。とはいえ、公共放送でやるにはこれくらいになるものなのかとも思う。司会のコメディアンが結構おもしろいことを言ってた。「ノー・アザー・ランド」が外国語映画賞を獲った。これが今のアメリカでどれくらい難しいことなのかを想像してみても僕にはわかるはずがなくて、ただこの事実だけを受け止めて寄り添うことしかできない。

 

3月4日。

なんか仕事がずっとうっすらヤバそうな感じになっている。めちゃくちゃ忙しいわけではないはずなのに、時間がどんどん溶けていく感がある。

明らかに気持ちが落ちている。仕事後になかなか本を読んだりできない。ここ最近割と調子が良かったのだが。頭が回らないというよりも、自分の考えてることって的外れなのかなとかそういう感覚の方が近い。凡庸もしくは浅い思考で考えているというかなんというか。そういう答えのないことをぐるぐる考えていると寝る時間になる。

 

3月5日。

CLでアーセナルが大勝。最近の得点不足から一気に7得点。CLで次のラウンド以降も勝ってくれとは言わないので、この勢いがなんとかリーグ戦で維持できると良いのだが。

ここ数日眠りが浅い。夢を見るようになった。起きて数分経つともう忘れているので本当は見ていないのかもしれないけど。たまに見る夢。大学のテスト勉強が全然できていなくてめちゃくちゃ怖くなる夢。実際の大学時代には、必修の経済学系をやっていた時期は結構やばかったのだが、それをやらなくてよくなったら成績に困ることもなくなった。とにかく数学に関係ないものをやればいいことがわかったから。今思えばなぜ経済学なんか受験していたのか理解に苦しむ。

仕事がなんかしらんけど立て込んでいる。次から次へと無茶言うなよってことが重なった。今週は結構まずい。余裕がなくなってくると何も考えないようになる。

 

3月6日。

昨日かなり無理をきかせた仕事が結局意味ないことになり、かなりの徒労。昨日の時間返してくれよと思いながらも、溜まった仕事に取り掛かると、また横からわけのわからんものが舞い込んできて、というような感じで気付いたら21時をまわっていた。部下がその時間にもまだ働いていて、よく分からんなという気持ちと、俺がまだ仕事してるからってこと?という気持ちになる。残業してもらう分には節度があれば構わないのだが、効率みたいな観点からは必然性があるのかという話をしなくてはならないという明日の仕事がまた増えた。

なんにも考えたくない。本当にただの1つも考えたくない。眠りが浅いからか、仕事が終わると眠くて仕方ない。こうやって人生が終わっていくのは嫌過ぎる。では、こうやってではない人生にしたからといって全てが幸せになるの?そこまでしないと幸せにならないの?なんにもわからないし、今は考えたくない。

 

3月7日。

仕事が全然うまくいかない。どんどん意味わからんタスクに時間が取られる。よく考えたら自分でやらなくても良いようなことまでやっていてどうしようもない。無茶苦茶に疲れた。圧倒的な疲労とストレス。何もできない。あまりにすべてが面倒に思えてくる。

何をしていたのかわからないまま1日が終わった。

妹がMLBのポップアップショップで父親に帽子を買ったらしい。父親は喜んでいた。

「都市伝説解体センター」やろうかなと思っているのだが、どうなんだろう。そもそもああいうゲームをやったことがほとんどないのだが、楽しめるのか。

東京サラダボウルの最終話を録画で見た。かなり良かった。いろいろ扱うトピックがあるのは、ドラマとして見ると散るという人もいるのだろうが、実際のところ人生は限られたトピックだけでは進んでいかないのだから、そういうものになっていくよなあって。いろんなマイノリティ性を絡めて、その中のマジョリティによるある種の暴力をうまく描いていたと思いました。ロゴ勝ちの感もあり。リアリティについて考えてしまう。ドラマにリアリティは求められているのか、ほどよいリアリティ。見たくないものは映さないリアリティなんて許せるの?

 

3月8日。

もうちょっと寝てたかったけれど起きてしまった。原稿を数日前に見たときには余計なことは書くのやめようと思っていたのに、今見るといろいろ書きたくなって大幅に変えた。疲れているときに見ても多分意味がないんだと思う。

あんまり頭を使いすぎないことしかできなかった。サッカーを3試合見る。サッカーを観ているときは適度に頭を使っている気がする。なんとなく戦術とかを気にしてみたり、刺激がある場面に没頭したり、試合を見ているようで見ていなかったりする。

オモコロイベントのアーカイブが無料公開されたので見た。かなりおもしろかったので、無料で「見てしまった」って感じになった。今度のイベントのオンラインチケットは買ったので許してください。おもしろを無料で見れることを当たり前だと思ってはいけない。かといって、金払えば必ず面白いものを見られるわけではない。

 

3月9日。

ずいぶん前から何かを見たときに「のれない」と感じることが多くなった。薄ら寒いという感じなんだと思う。別に芳醇なエンタメを求める文化的貴族なんだというわけでは決してないが、それにしても薄ら寒いことが多すぎる。いや、薄ら寒いことの量はきっと変わっていないんだと思う。問題はそれらが自分の視界に入りやすくなっていることなのではないか。パーソナライズされた広告だとかコンテンツなんか真っ赤な嘘で、現実にはそんなものを覆い隠すような俺にとって薄ら寒いものばかりが表示される。もうそんなものは見えなくていいはずなのに、どういうわけだか一生ある。それらの薄ら寒さを切り刻んで何がどう自分が嫌なのかを言語化した方がいいとたまに思う。

 

3月10日。

別に忙しくないはずの日が忙しくなるみたいなことが何日も続いていて困る。疲れる。後輩の指導をちゃんとしていなかったツケが回ってきているのかもしれないと思いつつも、それにしてもこんなに最初から言わんとダメかと思うこともあり、精神的に乱れた。

良さそうな物件を見つけて問い合わせる。なんか連絡がない。わからん。

確定申告の準備。現代はかなり簡単になっているのと、そもそも大部分は給与所得で年末調整済みなので、全然大変ではないのだが、それでも直前までやる気が出ず。

 

3月11日。

なんでもない1日なのだが、それでもこの日はなんでもないとは言えない日だ。自分はその日東北におらず、幸いなことに家族や親族が亡くなることもなかった。あの日東北にいた人や、被害があった人に比べれば何を言えた立場かとは毎年思っているのだが、それでも大学生になったばかりの自分があの日感じた「親がいなくなったかもしれない」というどうすればいいかわからなかった気持ちのことは忘れていない。自分の人生というよりも、世界はどうなってしまうのかという気持ちもあった気がする。

今日はテレビの中にはいろんな人が映っていたけれど、なぜか佐々木朗希が1番印象に残った。とてもすごい才能をもちながら、いわれのない批判を度々受けるあの若者は、若くして震災により親族を亡くしている。それでも彼の一挙手一投足が時に批判されるのは、やはりこの社会の何かが間違っているとしか思えなかった。彼の時に拙速であり頑なすぎると言われる行動が身近な人の突然の死を体験した彼にしかできない選択だとしたら、それを他人が好きなように言う権利などあるだろうか。佐々木朗希のマスコミ対応がほとんどNHKなのは大谷翔平に倣っているのかと今まで思っていたのだが、NHKくらいにしかまともに話す気が起きないんだろうなとこの日になって納得できた気がした。(後日、彼は週刊文春での連載をスタートさせた。)

 

3月12日。

何をしていたか忘れた。日記を書くのも嫌になるくらい仕事をしている。たぶんこの日も仕事をしていたと思う。忙殺過ぎる。忙殺ってグロい言葉だ。こんなものに殺されるの最悪過ぎる。

パピヨン本田「コンセプチャル・ガール」の第6話がかなりおもしろかった。おもしろかったというか、めっちゃいい話だった。ビジュえもんとはまた違った雰囲気の漫画で、こっちは笑いも学びもありつつ、ストーリーというか成長みたいなのもちょっと感じられてすごくよい。

TTHWの最新シリーズを見る。DAWで作るだけでゼーゼー言ってて作れてるのか分からないものばかりが出来上がっている経験しかないので、これを見てるとまさしく音楽の作り方って感じがしてワクワクする。一方で、ハードオフで無茶苦茶考え続ける感じとかかなり人間が出ている。これ見てると、こういうハード使ってみたいと思うのだが、なんでもできるDAWでもほとんど使えてないのにハード持ってどうすんねんと思うのであった。

 

3月13日。

人の教育のことをよく考えている。別にそんな立派な人間でもない自分が教育とかを考えさせられるのは会社という組織の一員であるからなんだけれど、それを忘れていくとどんどんおかしな方向にいくよなあと前職を思い出して感じる。あくまでも会社の中で上とか下とかになっているだけなので。

確定申告しました。なんかわかんないけどとりあえずやりました。間違えずに打ち込めただけで今年は良しとしよう。来年は本物の確定申告が立ちはだかるような人生にしていきたい。

 

3月14日。

金曜日ってなんか1番気が抜けている曜日なんだけど、それでも今週は大変だったった。メンバーの残業が積み重なっていき、ちょっとまずいところに入り込みそうだったので巻き取る。こういうのは本当はあんまり起きないほうがいいし、起きないように何かを変えなければいけないのだが、起きてからどこまでいったら巻き取るかはチキンレースみたいなもんだなと思う。崖が近すぎてもダメだし、遠すぎてもダメ。ちょっとチキンレースとは違った。ムズすぎ。翌日のことを考えて気を紛らわす。

 

3月15日。

割とあったかい。もう春の感じがする。とはいえ、コートを着ないのもちょっと難しいくらいの天気だったのでコートを着て外出した。

知らない土地に来るとその土地のキャラクターとかが当たり前のようにいるのおもしろい。福島市のキャラクターと福島県警のキャラクターの不気味さがなんかすごかった。看板で脈略なくしゃべらされてる人間とかも怖い。

なんかめっちゃ登ったなあと思ってたら標高150mくらいの場所でびっくりした。空気は澄んでいて、梅はけっこう咲いていてきれいだった。pixelで写真撮ってそのまま検索かける機能便利過ぎる。これのおかげで知らない花の名前がすぐ知れるのかなり良い。知らない山の近くの知らないセブンイレブンで知らないバスに乗るための小銭を作っている時、ほんとうに自由で幸せなのかもしれないと思った。それが幸せかどうかはしらない。

福島駅の駅ビル内のタリーズが広いのにめちゃくちゃ空いてるのでおすすめです。スタバはめちゃくちゃ混んでいた。謎。

夕食にシャモを使った焼き鳥屋に行った。隣の席は家族で来ているとおぼしき人たちだったが、飲み放題でめちゃくちゃ飲みまくっていてびっくりした。自分の家族に酒飲みがいないので、違和感がすごかった。娘さんはめちゃくちゃ若くて酒が飲める年齢とはとても見えなかったが、ハイボールやら日本酒やら飲んでいて圧倒された。年確されたのかな。されるよなあれは。

すべての居酒屋は真面目に焼きおにぎりと対峙しているので、焼きおにぎりが目の前に来るまでにはマジでめちゃくちゃ時間がかかる。鳥貴族の釜飯だけだと思っていたら、焼きおにぎりはもっとすごい。学んだ。

 

3月16日。

起きて窓の外を見たらめちゃくちゃ雪が降っていた。信じられないくらい冬だった。前日に買ったミスドを食べて、またベッドで横になりながら他愛もない会話をしていた。今日まで他愛もない会話ができる余裕を失いすぎていた。

ホテルを出る頃には雨になっていて、ギリ傘なくても大丈夫くらいの感じだったので一安心。タリーズで残りの時間を過ごして帰った。帰る時に寂しい気持ちになったのは確かな事実なのだが、1人になるとできることを楽しんでいる自分もいて、本当に寂しかったのだろうかと疑う気持ちもある。それで本当に良いのだろうか。みんなこんなこと何回も考えて人生の選択をしてるんだということはわかりきっていても、自分が特別変なのではと考えるのはもうさすがに幼すぎる。

アーセナルチェルシーに勝って、なんとか持ちこたえた。ロンドンは赤。

 

3月17日。

週明けたのにまだ忙しいんかい。いろいろチーム内で話してなんかまた新しいことが加速してしまうことに辟易とした気持ちとまあでももう少しだしなと思う気持ちとがあって、後者を感じさせるのはさすがに失礼だと思うので、そんなことないように積極的にやっているところがここ数ヶ月の自分には間違いなくある。そうやってやること自体もまた誠実さに欠ける態度なんだと言われれば仰る通りなのだが、とはいえそれがなかった時もじゃあそんなに真面目にやってたのかというとそんなこともないので、適度なスパイスにはなっているように思う。そうやって仕事をする自分に理由をつけてうまくやるみたいなことをもっとみんなが気軽にできたらいいのに。実際には、そういうものがけっこうマジに変わっていって、ワーカホリックとか鬱とかになるみたいなことだらけな気がしている。

 

3月18日。

なんか批評家とか人文の人たちの飲み会がどうのこうのみたいなやり取りのいざこざを見る。実際問題どうだとかは結構かなりどうでもいいのですが、そんなものをSNSでやり始めるのをやめるところから始められないものかねと思ってしまう。そりゃ批評とか人文から人離れてもおかしくないよなあと妙に説得力があるトピックの立ち方だった。でも、読み物は面白く読めてしまうから複雑だ。個人的にそういうものに対するドン引き感みたいなものはずっとあって、きっかけはたぶん東浩紀宇野常寛のいざこざあたりだったと思うのだが、あのへんからこういうのがおもろい人たちもいるのか、僕は全然ノれないなあと思っていたのだが、あれは個人の話ではなくこういう界隈の文化なのかといろんなことを見るにつけ確信していくのであった。そしてそれは、残念ながらまだ続いていくようである。

MLB開幕戦。日本はMLBに全ての注意を持っていかれたような感じ。どこもかしこも開幕戦の話。大谷翔平でもプレッシャー感じるレベルの注目の集まり方って異常過ぎる。

 

3月19日。

明日休みだしなあという気持ちに一度なると大抵の場合は仕事なんかそこまで身が入らないのだが、忙しいときはあんまりそういうのは関係ない。1日中なんかよくわからんMTGなどがポツポツあるとそれだけで平穏は失われていく。そうして忙しく終わるほうが良いことなのだろうか。暇な状態というのもなかなかに大変で、どちらかになるともう一方を求めてしまうだけか。

TTHW第2話。いきなりハードオフでの買い忘れが発覚した割にはめちゃくちゃ順調というか臨機応変に進んでいくのすごい。前シリーズのそれとは違ったおもしろさがある。手触りみたいなことを言い出すとおかしくなるのは分かっているが、それでもなんかそういうもののおもしろさみたいなものを感じさせる。

 

3月20日

内覧に行く。思っていたよりは意外といい感じかも。路面店はやはり光が入ってきて気分がいい。かなり内覧件数も多いようで、早めの決断が必要そう。

かなり時間があったので久しぶりに曲線へ。バスに乗ってちょっと行くだけなのに、なんか特別な感じがする。何人か若い男性も来ていて、意外とこういう人たちも来るんだと思う。笠井康平「さみしがりな恋人たちの履歴と送信」を購入。欲しかったので嬉しかった。

丸善で「 ミュージック・ガイドブック 2010-2024 vol.1」と「ネット怪談の民俗学」を購入。どちらもかなり良さそう。

榎本空「それで君の声はどこにあるんだ?」を読み終える。めちゃくちゃいい本だった。買ったのは結構前で積読していたが、やっと読めた。黒人神学の話もあるけれど、黒人神学を日本人の自分が学ぶことによる葛藤みたいなものがかなり染み出ていてそこが良かった。どれだけ勉強しても決して一体化はできないということを味わい、そこから自分なりの何かをつかみ取ろうとする態度は、日々のやるせなさみたいなものと共鳴した気がする。

 

3月21日。

不動産屋に連絡を入れる。応募多数につき、貸主が選定するからしばらく待てとのこと。貸主には一度も会っていないのだが、果たしてどうなるのか。そもそも判断する材料があるのだろうか。いい感じに言っておきましたとのことだが、それってどんな感じ?と聞きたかったけど抑えて電話を切った。

オモコロイベントの視聴期限が迫っていたので見る。「黄金」やばすぎる。何を言ってんねん過ぎるときのおもしろさ。あんなに言い切られたらそういうものなのかと思わなければならない気持ちになるから不思議だ。結局なんでも自信持って言い切ることのほうが大事なのでは。

 

3月22日。

髪を切りに仙台に行き、終わった後でなんとなく軽く服を見てから帰るかと思っていたのだが、それが間違いだった。ビルの1Fの店でなんとなく見ていたら声をかけられ、履いていたスニーカーについて質問され答える。こっちが回答する側のことあるんだと思いながら、うろ覚えだったモデルを調べて教える。なんか居心地が悪くなって3Fの服屋に入るとここでも声をかけられ、一通り説明を受けた後で、試着どうですかと言われて試着し始めたが最後、上下1着ずつ買ってしまった。断ればよかったのだが、ここ最近忙しくてストレスがたまっていたこともあり、途中からはもうええわと思ってえいやで買ってしまった。それなりの値段がしたけど。ここでも履いていたスニーカーについて店員から質問される。2回目だったのでよどみなく質問に回答した。冷静になるとなかなかの買い物だった。店舗で服を買ったのなんていつぶりだろう。最近はほとんどオンラインだった。サイズについて不安なく買えるのは良いことだが、思っていた以上に買ってしまうということが起きるのは考えものだ。本だとそれは良いことだと考えるはずなのに。

Mom 「AIと刹那のポリティクス」を聞く。「悲しい出来事」がめちゃくちゃ良くて、あれを超えるアルバムを作るのは大変だろうなと思っていたが、更新してきている。Momはすごい。初期の頃のサンプリング感がある曲もあるのも嬉しい。サウンド面はもちろんだが、アルバムとしてのコンセプトとか作品でやりたいことみたいなものが時代をしっかりと映して向き合っている。かなり過小評価されていると思いながらも、評価とは何かとか、アーティストが何を求めているのかとかを考えると、これくらいの規模で回していくことに意味があるのかもしれないと思ったりもする。ともあれ傑作。年間ベストで多分良いと思います。

野澤輸出「お笑い漫才」を視聴期限ギリギリで視聴。おもしろかった。野澤さんもっとおもしろいことたくさんしてほしい。

 

3月23日。

寝かせていた原稿にとりかかる。書きたくないわけじゃないんだ、自分の文章に自信がないというか、まとまらないだけなんだと思っていて、今回は事前に人と会話したり資料を作ったりしていたので筋道を辿って時間をかけながら書いていく。別にうまくはない。もともと文章はうまくないし、全ての真似みたいな文章なので、自分のスタイルみたいなものもない。それなのになぜ書いているのか自分でもわからなくなるけど、こういうことが好きなので仕方がない。

RIP SLYMEが5人になるという真偽不明の話が出ていた。メジャーデビュー日に動画が出ていたようだが、すぐに消えた。年をとって諍いが和解となった例は確かにいくつかあったが、そこからさらにグループ再結成にまでなるのだろうか。昔のロッキンオンでアルバム制作時にものすごい揉めたみたいな話が語られていたのをなぜか今も覚えている。正直最後の方の曲はあんまりだったのだが、もう1回見てみたい気持ちもある。個人的にはテリヤキの方が見たいのだけれど。(後日、1年間限定の活動再開が発表された。)

 

3月24日。

TBSラジオの改編情報というのはやたら遅くて普段から聞いている身としてはものすごくヤキモキする期間が長くなるのでやめてほしいといつも思っている。ワイド番組の時間変更が結構あり、それらに対して生活習慣との結びつきがあるのだからと不評が流れてくる。確かにそうなのだが、そういう聞き方をしている人はもう軽んじられている気がする。タイムフリーもポッドキャストもほとんどのワイド番組では対応していて、それらでいつの放送でも自由に聞くことができるからだ。要はどの番組をより長くして、どれを短くするかのそれだけなのではないだろうか。

そう考えると、地上波ラジオとポッドキャストの境目がわからなくなる。それでもみんな地上波で流れるほうが良いと言っていて、何がそこにあるのか聞いている側にはよくわからない。「脳盗」も土曜深夜の1時間番組になった。オードリーのANNの真裏とか言われてももはやピンとこないのが正直なところだ。制作側にしてみれば気合も入るのだろうが、実際それが何の意味を持つのかというのがリスナーには分かりにくいのだけれど、みんなわかっているのだろうか。それくらい、それがどこであろうとおもしろいものはおもしろいがスタンダードになっていると日々感じているのかもしれない。

 

3月26日。

なんかわからんけど体調悪い。前日の腹痛が微妙に影響しているのだろうか。とはいえ腹痛はないのでややこしい。

有村氏のイスラエル問題に関する私見を見て、分かる部分と難しい部分があるよなあとつくづく感じる。「イスラエル」イコール「悪」でいいとするのは強引だというのも分かる。イスラエル人やイスラエル企業が悪いのではなく、イスラエルの今の政策やそれを推し進める人々、シオニズムが悪いというのは切り離して考えるとそうだと思う。一方で、そこは切り離せるのかというのもまた正しい気がしている。イスラエルのやり方に対して「イスラエル」という国だけでキャンセルされたとされる人や企業たちは何か反応を示しているだろうかと。そもそもやり方に反対を示すってどうやったらいいんだろう。わからなくて結局イスラエルという国で考えるのは私たちの努力不足なのだろうか。でも、正しくないと思ってイスラエルへの反対行動をすることが短絡的だとも全然思わない。もちろん、ここまでの話は誰も言っていない。あくまでも私の思考の話。要は程度が難しいということ。個々人が今できることを考えてやるしかないし、現にそうやっているはず。それでも、周りを見てはあいつの努力は足りないと言うことになってしまうのは間違っていることだとも思わない。批判はあって構わない。そうやってみんなで考えていくで良いと思う。だから、彼らの事情はどうあれ藤井風やStormzyがやったことは批判されても仕方がない。彼らの事情を外部が内面化して、批判する人をそんなことも分からないのか的に言うのが1番たちが悪い。そういうことがあまりに多すぎる。なぜ私たちがエロ広告を出す側の視点を内面化しなければならないのか。なぜ私たちが企業や政府やその他の視点を内面化して振る舞わなければならないのか。そんなものが賢いと思って振る舞うのはアホでもできる。

 

3月27日。

仕事はあまり身が入らず。ここのところやりたくないことばかりやっていてストレスが高い。もうちょっと何とかなってくれないと精神的に厳しい。

仕事を早めに切り上げて散歩する。梅が満開になっていた。引いた写真って難しい。

都市伝説解体センターをクリアした。おもしろかった。新作ゲームをやりきったのなんていつぶりなんだろう。こういうタイプのゲームをそもそもあまりやってこなかった新鮮さもあったし、ストーリーも良かった。かなり夢中になってゲームをやる楽しさを思い出した。こういう感じでできるゲームがあるならもうちょっとやりたい。

 

3月28日。

柴崎祐二、川勝徳重のポッドキャスト「ゼーロンの背中」を聞く。川勝氏は同学年と知り、驚嘆する。はっぴいえんど史観ねえ。よく言われていて最近ははっぴいえんど史観への批判というか相対化は結構されているように思うのだが。そんなに怒らなくてもという気持ちは結構わかる。まあしかし世の中にはいろんなことを知っていて頭の良い人というのがいるものだ。

柴崎氏の声なのかしゃべりなのかがものすごく菊地成孔に似ていると思ったのだが、これはみんな感じているのでしょうか。調べたら同じこと言ってる人が1人いた。

私はトモダチコレクションをやったことがないので、こんなに新作に反響のあるゲームだとはとても思っていなかった。びっくりした。そんなにおもしろいなら言っといてくれればよかったのに。どうおもしろいのかを知りたいのだが、それを教えてくれる奇特な人がいるはずもなく、結局新作も遊ばない気がする。

 

3月29日。

本屋や出版社は「自分が選んだもの」をあまりにも神格化しているような傾向にあると思う。けれど、商品を責任持って取り扱うのであれば、そういうような心持ちでなければダメなのではないかという気もする。なんとなく宣伝とかレコメンドみたいなものをたくさん見ていて思ったこと。

私はといえば、それが合う人や時もあれば、それが合わない人や時もいるので、合わなかったからといってセンスがないとかそういうことではないのだと思っている。もちろん、そんなことは当たり前のように思っていても、自分の選んだものを神格化していく、特別視していくことが必要なのだということはよくわかるけれど、それでもなんとなくそういうことを考えてしまう。

 

3月30日。

仙台のZINEフェスに行った。文フリの東京とか東京のいろんなとこでのZINEの即売会みたいなものには何度か足を運んでいたが、地方だとどれくらいの感じなんだろうという興味があった。入る前に行列ができていて、中に入ったらちょうどいいより少し混んでるくらいのワイワイ感があり、良かった。全てのブースをゆっくり見て回っても疲れないくらいの感じ。

佐々木里菜氏の新作の往復書簡と佐藤豊氏のZINEを買う際に、佐々木さんに質問されたのでファンであることなどを話した。こういう時にどういう顔をして良いのかわからない。普通にしてればいいのに、なんかそんなそんな私なんかという感じになってしまう。氏の「パートタイム・コメット」から私が受けた影響というか刺激というかみたいなものは言葉で表すのは難しいほどに大きなもので、そういうものを1人なんとなく心の中で思い返してしまった。

その他にも4ブースくらいから気になるものを購入した。1つとても良さそうなものがあったので、大事に読みたい。

曲線に行き、「随風」、瀬戸夏子「そのなかに心臓をつくって住みなさい」、木耳「トレーニング」、「Witchenkare vol.15」「現代詩手帖」を買う。

 

3月31日。

年度末。マジでだから何という感じなのだが、そういう事を考えて、社内MTGとかでも口に出すような年齢になったと思うと、ここまでの時間って何だったんだろうと思ってしまったりもする。

体調があまり優れないような雰囲気があり、早めに退勤する。外出時に何かをもらってしまったのだろうか。

結局今年度はいろんなタイミングが合わずにやりたいことをやらないまま終わってしまった。今の段階だととりあえず物件が見つかれば始められる状況にあるので、なんとか早めに見つけたい。そういう焦りがここ数週間は多くて、精神的に不安定なところもあるのかもしれない。別に誰からも早くとか言われてないけど、あんまり時間が経つと良いことではないなと思ってもいて、けれどそれは自分がどうとかでは解決できない問題でもあるというのが難しい。まあでも自分で解決できる問題なんかほとんどないということもなんとなくわかってきていて、実際にはそういうあれこれとどう関わりながら生きるかということでしかない。イスラエルのことも、アメリカの政治のことも、日本国内の排外主義のことも、中居正広の性加害のことも、その他etc。大きな言葉で考えたり、誰かの言葉を簡単に受け入れたりすることではなくて、自分なりに考えるということはとてつもなく面倒で難しく答えがないことだが、結局はそういうことなんだと思いながら、それぞれについてどう考えているか、何がわかっていなくてどうしたらいいのかをそろそろ整理した方がいいなと3月末という区切りのいいタイミングだからこそ考えた日だった。

2025年2月 その2

2月15日。

昼前に仙台へ。なんとなく服が買いたいという気持ちがあり、いくつか服屋に行くもののめぼしいものもなく終わる。オンライン以外で服が買えなくなって久しい。私にはオンラインの方が服がよく見える。実物はがっかりする要素ばかりになってしまった。

本屋に行きいろいろ見るが、こちらも惹かれるものがない。電車でパラパラ読み始めた「東大ファッション論集中講義」に記載のあった「クリティカル・ワード ファッションスタディーズ」と「納税、のち、ヘラクレスメス」を購入。よくわかってなかったけど後者は第二弾と帯に書かれていたので「キリンに雷が落ちてどうする」をアマゾンで注文。

散髪。待ち時間が多かった。私に視力があればこの時間も楽しく過ごせるのだが、そうではないのでボーっとしていた。

シーラカンスモナカでも買ってみるかと店の近くまで行くと大行列。諦めて通販へ。

団地ラジオの大森時生回を聞く。序盤にずっと思っていた話。安全とは何かということ。そっちを気にしてたんだと納得。だとすれば、それは別に必要に応じてバチバチやっててほしいよなあという100%外野の感想と、付き合いある人もいたりとかその知り合いとかいたらそんなの面倒だろうなあという気持ちと。その後の話も結構おもしろかった。団地の中では一番良かった気がする。リアリティショーなどに人が何を求めているのかという話もおもしろい。コンテンツ消費って何を求めてするものなのかということを考えれば当たり前なのだけれど、どんどん自分で体験せずに気持ちだけ得る方向に進んでいると。

有料メディア話はなんかわかるけど、それって要は聞かれたくないというか誤解可能性があるやつは弾こうぜということなんだと思うのだが、本当にそこにおもしろってあるのかなとはちょっと思う。もちろん、誤解可能性による損が大きすぎるというのはそのとおりで、どれくらいになるとちょうどいいバランスなのかは議論が分かれそう。俺等は分かるやつらで楽しんでいくからというスタンスなら全然良い気もするのだが、それは別に現状を変えるとか現状のハックでもなんでもないと思ってしまうのは、社会みたいなものにとらわれすぎなのだろうか。それをやると批判なんて生まれなくなるのではないか。もしくは、対面で話せるやつにしか批判させないってことになる気がする。ある種トランプ以降の組織作りという気もするが。

友人Y氏と企画に関して会話。いろいろテキストで曖昧だった部分を少し解消できた気がする。

アーセナル戦。途中までこれはやばいときのやつだなあと思っていたが、メリーノに救われる。ヌワネリのロストしなさがすごい。次も同じパターンでうまくいくかはわからないが、楽しめる要素はまだまだあるのが嬉しい。

 

2月16日。

朝起きて集中できる時間があったので、松田いりの「ハイパーたいくつ」を読む。おもしれーけど、前半がちょっと笑っていいのか滑っているのか判断ムズイけど読ませる力に引きずられていく感じ。だんだんおもろいと思えない方がダサい気がしてくる。後半の展開がめちゃくちゃ良かった。人とかもうええやんを大きくやってるのもいいよなあ。なんかシリアスさの波形が多分めちゃくちゃ正確なんだと思う。そしてそれはシリアスなものととれる人もいれば、めちゃくちゃになってきて最高と思う人も両どりしているのではないかと思う。

平芳裕子「東大ファッション論集中講義」を読む。読みやすさと勉強になるなあというのでとても良い。講義形式なのでサクサク進む。ファッション批評とかファッション語りみたいなものを考える上でヒントにならないかと読み始めたが、そのための下地がしっかりできあがる感じが1日目、2日目あたりに如実にある。

団地ラジオで兵庫県知事選挙についての回を聞く。かなりいろいろ分かりやすくなっておもしろかった。地方選というだけあって、古の地方の権力争いが原点にあるのは納得感ある。ショート動画をどれだけのものとして扱うかは判断が分かれるレベルではあるが、ではショート動画が動かしたと思われる率って他ではどうやったら動かせるんだっけみたいに考えるとなかなか軽視は難しくなる。さらに後半の儲かるから政治をやる話からのイデオロギー的なものよりも儲かるが駆動していく政治みたいなのは実感値としてかなりわかる。リハックとかアベマみたいなものも結構そこだよなあと。

なんかお菓子屋とかコーヒー豆屋みたいな、アドバイスもらおうと思えばもらえるし、別に決まったものも買える系の感じについてぼんやり考える。

服欲しいという気持ちだけがあって、何を見てもこれじゃない感がある。ストレスが余計にたまる。

 

2月17日。

奇奇怪怪の過去回を聞く。「適切」であることが一番おもしろいという話。出役にとっては大変なんだろうなあと思いつつ、ここで言う「適切」を体験したい気持ちはある。これが90年代サブカル的な露悪振る舞いだとしたらきついのと、そうではないという期待を込めている。そしてそういう気持ちってどこからそんなに来ているんだろうとも思う。そうやって思っていたら、次の回で思い直したみたいなことを言っていて、ああと思う。結局聞き手を信頼するってのがスキルとかなんとかよりも話し手にとっては一番難しいことなんだろうなと思う。あまりに全員に聞かれ易すぎるわけで。

マッチョっぽく見えないマッチョの需要って高まってる気がしている。文化系でも受け入れ可能なマッチョというか。星野源とか若林正恭かなと思ってたけど、どっちかというと奇奇怪怪とか佐久間宣行とか上出遼平とかの方がそれに近いな。冷静に考えたら全員クリエイターでガッツリがんばってなかったらああなってるわけないのだが、でもなんか僕も受け入れられそうに思わせる感じというか。あの辺が社会の改革みたいな方向に明確に語らないのも合点がいってきた。三宅香帆はその点が違う。

あの時の苦労は私にとって必要だった問題については、生存者しか喋れない問題があるのでやっぱりその辺明確にしていきたいよなあ。最近働いていると本当は苦労が必要なのではないかと感じ始めている自分にこそもう一度それどうなんって問い直していかないとダメだ。

なんてことを考えていたので仕事のミスが発生。取り返せるレベルではあったが、とはいえ褒められたものではない。ストレスが高まっているというか、ストレスの許容量が極端に減ったのかは分からないが、終始イライラしていた気がする。寝たら変わるか。

 

2月18日。

寝ても結局不調だった。ストレスからのイライラが相変わらず続く。こんなことを続けても全然自分のためにはならないと分かっているはずなのだが。

朝ドラへの指摘を見ていると、「現実味ない」とか言われていて、現実に即した方がいいのかよと思ってしまう。現実に即していくとそれどころじゃないことが山ほど出てくるけど本当にそれを受け入れられるの?と思う。ちょうどいいレベルでリアルを感じさせるって大変そう。完全リアルにしたら引くんだよな、それこそ「ポリコレだ!」みたいなことを言い始めているのはほとんどそれだと思う。

人が妊娠しているかどうかについて聞くって絶対にやばすぎると思うし、そんなものは今どき聞くやついないと私は思っているのだが、それがまかり通る社会終わりすぎていて果てしなく地獄を感じた。そんなもん聞くなよ、別にそう思いたいなら勝手にそう思っといてくれ。気持ち悪すぎる。

 

2月19日。

Stormzyがマクドナルドのcmを受けるにあたってパレスチナスーダン支持の投稿を消したとのこと。めちゃくちゃダサいと思いながらも、まあなんかそんなもんなのかなあとも思う。Grimeのカルチャーからはどう見られているのか気になる。

 

2月20日

書肆imasuの「隨風」の掛率の件についての発信を見かける。発信に対して個人出版社などが反応しているのを見かける。60%の掛率というのはかなり良心的で、大手出版社の80%もしくはそれ以上の数でやっていく姿勢にはいわゆる「独立系」のほとんどはついていけない。大手出版社の本が独立系の書店にないのはほとんどそれが理由であり、あとは大金を支払った取次からし仕入れられないという理由のいずれかだろう。

コミックなどが「独立系」に置かれないのは「独立系」が選んでいるのではなく、「独立系」が取次に選ばれていない(金払えないやつは眼中にない)からなのだが、それは本屋関係には周知の事実であるものの、それが詳らかにされていないのもいまだによくわかっていない。「独立系いらん」とか言われてるけど、いや別にこっちは普通のコミックとかも入れたいけどなあって思ってる独立系の人絶対いるよなあ。青いカバの店主の人の言ってることなども見て、これって誰が解決する問題なの?とここ数年ずっと思っている。「独立系」の人の中にもけっこう望まぬ独立系の人もいると思っていて、それを「お前らいらんねん」的に言われても困るんですよねと思うなど。透明書店のイベント聞けばいいのかな。全体として「中規模」をやるやつがいないんだから「独立系」がコミックとかを仕入れられるようにしてもらっていいですか?って話になっていってほしいと思っている。そしてそのリスクと手間をとるのは出版社か取次になるのだが、こっちの体力的にできそうなことは多少やるのでなんとかしてくれよと思ってる「独立系」はたくさんいると思う。

「大規模本屋」がzineに手出すなよってちょっと思ってしまう。そんなもん売ってる暇あったら君たちだけが仕入れられる本を売る努力せえやと思うのだが、そのパイの奪い合いを仕掛けてきているのは、そもそも本を買う奇特な人はもう本好きだけなのだという事実を受け入れたということでもある。だから、「中規模はうんぬん」みたいなことは実質嘘だと思うんですよね。嘘というかポジショントーク。中規模がなくて困ってる人はかなり少なく、中規模を維持できるほどではなくて、困らない人たちは大規模かAmazonで買うし、それ以外の本好きは独立系に行ってるのではないだろうか。

 

2月21日。

健康診断。自分の体なのでよく分かっているのだが、明らかに不健康になっているなあと思っていたら案の定という感じだった。2年前にもおんなじようなことがあり、そのときはけっこう生活変えてわりと回復していたのだが、またやるしかないか。健康であることには正直全然執着がないのだが、かといってそれを見過ごす度胸もないという煮え切らなすぎる人間だなと思う。

令和ロマンくるまの不倫報道。くるまのファンの反応を見ていると、男性を推す時のマインドは恋人よりも母親みたいな感じが多いのかと気づき、けっこう気持ち悪いなと思ってしまっている。不倫はすぐに否定の声明が出た。

森脇透青氏の謝罪対応に関するツイートがおもしろかった。対応が良ければ内容も問題ないように扱われるというか、対応への称賛ってなんやねんって冷静に考えると思う。それだけ対応さえもがなってないやつがい過ぎるということなんだとも思うが。しかし、本当に全員が業界人的というか、全員が作り手側みたいな目線で見てるの気持ち悪すぎるんだよなあ。そんでもって、謝罪の対応みたいなこと考える暇あったらまずはその手前ちゃんとせえよってのもその通り過ぎるが、転ばぬ先の杖みたいなことを言い出して悦に入るみたいなの寒いんだよなあ。

 

2月22日。

水戸。観光。梅の花が本来であれば咲いているはずなのだが、今年は気温が低い日が続いたこともあり、全然咲いていない。おそらく例年だとこの辺には満開なので、「梅まつり」を開催しているのだろうが、マジで一分咲き。大体がつぼみ。これもまた狙ってみれるものでもないので良かったと捉えることで昇華。

昔は関東ならどこでもけっこう栄えていると思っていたが、この年になるとそういうことでもないというのは経験上わかっており、水戸などはなんか地元にもあってもおかしくないなという気分にさせられるエリアもいくつかあって程良かった。

銘菓とノンアルコールの梅酒を宿で飲むなど、終始ゆったりとして過ごす。

 

2月23日。

起きるとアーセナル敗戦の知らせ。まあそんなに毎回うまくはいかんよなと冷静になる。とりあえず来季のCL権をとって、あとはいけるところまでで今季は満足でもいいかなと思っている。

引き続き水戸。偕楽園。こちらもほとんど咲いていないが、数が多いのもあり、いくらか梅が見られた。竹林がかなりよかった。陰と陽のコントラストをモチーフに作られたというかなりの広さの庭園。陰の方の涼し気な感じは夏に来たらかなり気持ちよさそう。好文亭の中がめっちゃ良かった。蒔絵のすごさ。カフェは混んでいて入れなかったのが残念。3階からの景色は本来なら一面梅なのだが、ほとんど咲いてなくて笑ってしまった。

水戸黄門一行と写真がとれるところに行列ができていた。水戸黄門は、地元の里見浩太朗石坂浩二の間みたいな顔な気がしたけど、そういうのに似てるとかって加味されて選出されてるんだろうか。

千波公園もいいところだった。桜は当然咲いていないので、こちらも何もない木をたくさん見ながら歩いた。こんなところが近くにあったら毎週来るけどなと思いながらも、地元の人は意外と来ないとかもあるんだろうか。ランニングしてる人がかなり多かったのでさすがにそんなことはないはず。「鳥にエサをあげないでください」という目の前の看板を思いっきり無視してエサあげてる人が結構居て、もうなんか善意ってマジでこうよなという感じだった。

栗関係のものを何か食べたいということで買った「栗とん」というお菓子、かなりリアルの方の栗だった。モンブランはファンタジーの栗だということを気付かせてくれた。ファンタジーの栗のほうが好きです。リアル過ぎる栗は甘栗でいいので。

 

2月24日。

めちゃくちゃゆっくり起きた後、旅行中だけどいいよねということでロイヤルホストへ。久しぶりに行ったら結構な値段だなあと軽めの衝撃を受ける。苺のパンケーキが良かったです。めちゃくちゃ人が来ていて、三連休の最終日の昼はご飯作りたくないもんねーって思わず大きい声で言いたくなるくらいには共感できた。私はそんな立場でもなんでもなく来ているが。

東京で恋人が見たいという沖昌之氏の写真展に行く。猫の写真って言われて、動きのことを1番に考えてしまうので、表情の写真には驚く。なんか人間の表情でも大変なのに猫の表情なんてどうやって引き出すんだろうと途方もない気持ちになった。実際にはかなり待ちの時間が長いそうなのだが、発生したとしても写真にきれいに収められるかはまた別の話で、本当にすごい。

六本木の喫茶店。隣の席のおそらくはマッチングアプリの男女。なかなかうまいこといってなさそうだった。探り合いの感じ。その後に入ってきた男性2人組はなんかうさん臭い投資とかの話をしているタイプの人たちだった。六本木過ぎる。

「クリティカル・ワード ファッションスタディーズ」を読んだ。こういう本は何の分野でも1回読んでおいたほうがいい。続けて「vanitas no.6」を読み始める。

度々ウーデゴールへの批判を目にするのだが、どうやって見たら彼を批判する事が可能なのかわからない。シュートはたしかに当たってない感じがあるが、プレスとパスでお釣りがくる。プレスだけでも金払ってみれる選手だと思うけどなあ。

 

2月25日。

仕事はなんかよくわかんない打ち合わせとかが多くて頭をよく使った。昨日まで関東にいたからか、やたら寒く感じた。本当は多分先週から気温はさほど変わっていないはずなのだが。

青いカバの店主の方が弁明というか、説明を書いていた。「誤解されるかもしれませんが」というのはさすがに無理があるとは思う。どう考えてもそう読めるようにしてあったわけであり、そういうフォロワーをしっかり捕まえていた。まあ、バズるという意味では正しいツイートだったのではないだろうか。ともあれ、本意がわかってよかった。独立系というよりは、配本が乱れることに対する懸念ということのようだ。透明書店のイベント買うか。配信あるのかわかんないけど。青いカバの新刊ゾーンは完全に独立系のそれと変わらないよなというのは私も思っていたのだった。ちなみに私は大手取次と契約していないことをいったんは「独立系」として考えてみた。その上で、「独立系」の選んでる本に文句言うのは勝手だが、同じ条件でやらせてもらってない上に、そもそもビジネスモデル的にたくさん仕入れて返せないんだからある程度広く売れそうなものや、置きに行くものが多くなるのは仕方ないことだと思う。それ以外のものを置くためにはかなりの体力が必要なので、そういうことを独立系に許さない大手取次と出版社にも多少批判があってほしいのだが、そこで揉めても仕方がないのもまた事実ではある。それに、一つ一つの小さな店に卸す費用を負担していたらそれだけで取次や出版社が疲弊する。いい仕組みがあると良いのだが。冷静に考えて、誰が85%とか80%の掛率の本を仕入れられるんだ。しかもそれが誰でも知ってる出版社ときたらもうそんなもん扱いたいわけないだろって傍からは思ってしまう。

シーラカンスモナカが届いた。おいしかった。あんバターモナカです。モナカの皮も良い感じでした。

 

2月26日。

遅くまで仕事をしてしまった。別にめちゃくちゃ忙しくなっているとかでもないはずなのだが、いろんな対応をしているとこういう穴に落ちてしまうような日というのがどうしてもある。

やりたくなさ過ぎることをやりたくないと結構言わない方の人間なのだが、今日はさすがにその気持ちを表明してしまった。最終的にはやったけど。そういう日は精神的に厳しい。

今週末のMTGに備えて諸々準備。なんかうまくいく感じもしなくなってきてしまった。何もかもが手から滑り落ちていくような感覚。

 

2月27日。

フラヌール書店の人のツイートを見る。独立系的なものとはなにか。そういう人たちが徒党を組んで仕入れができないかみたいな話。独立系自体が過渡期に生まれたものであり、今もその中にあるのでその辺の連帯で価値を高めていくみたいなことは実現できていないように思える。それが独立系が生きる道であれば、もっと積極的にそうしていけるとよいのだが。もちろん、取次や出版社が個別の独立系一つ一つと契約するのは現実的ではないのは事実なので、そういう交渉がどういう単位であればできるのかは興味がある。まあ、とはいえどう動けばいいかわからんなという気持ちと、結局それって都会の話にならないかなという心配もあるだが。都会以外でもそういうプレーヤーになれる余地はあるのか。

現状は、個々のキャラの立った店主の店であれば、個別の仕入れが許されているようなケースもあると見える。それ自体は出版社や取次的には利益の見通しが立っているからやっているわけで、そうでない場合の参入障壁の高さは一定数ある。そこを数の論理で突破できるのだろうか。

アトロク。okadada氏のゲスト回を聞く。おもしろい。ぐるぐる回転させて関係ないものの繋がりが見えてきたり、楽しみ方を見つけたりする感じが気持ちいい。フェイクドキュメンタリーの話が全然されていないなあと思っていたので、その辺の埋めてる感じも良かった。

 

2月28日。

部下のこと。他の人から「こういうことを勉強して改善した方が良いってアドバイスしたら」と言われても、そもそもこれって勉強することなのかなあと自分としては思っているので、うまいこと人にそれを勧められなくなってしまった。とりあえず読めと言えと言われたビジネス本をメルカリで買う。ビジネス本を嫌っているわけではないのだが、自分に関して言えば、ビジネス本で変わるタイプならとっくに読んで変わってるんだよなあと思って、幾度読んでいない。他人に関しては、大抵の人は人から勧められた本というのはあまり読む気にならなかったりするというのもある。とはいえ、もし当人にはこの本が抜群に効く場合、それを私がストップするのも癪なので、読んで自分の感想を伝えてみることにする。

月末の週末、定時後に若干のてんやわんやが発生。もう無視して帰ってやろうかなと思ったりするが、そんな勇気もないので仕方なく手を動かす。思えば、別に俺以外もできる作業なんだけどなあと思いながらやってしまっていることが多い。そういう人間なのでやっぱりサラリーマンやっといたほうがいいのかなあとぼんやり思う。

明日に向けてできる限りの準備。とりあえず1回やってみてうまくいかなかったらまたやり直せばいいかと思い直す。開き直り。

2025年2月 その1

2月1日。

昨日の内見の感じを思い出す。これ取られるの嫌だなあと自分の中ではっきり思っていることに気づく。申し込みをいれるか迷いながらも連絡を待つ。

アテンション・エコノミーのジレンマ」を読み進める。表現の自由問題を取り扱った章。より著者の山本氏の気を遣いながらもプラットフォーム規制をどう行うことができるかを探る感じが伝わる。プラットフォームによって知る権利が阻害されているというのは面白い考え方だ。レコメンドによって広く何かを知ることができなくなっているという視点からの規制。

団地ラジオの長畑宏明回を聞く。雑誌の話なんかはおもしろいなあと思いつつ、心意気というかマインドセット話がかなり白熱していたのが印象的。一歩目の話とテクスチャーの話がよかった。studyはあんまり買えてなくて過去のも今探すとほとんど売ってないのが残念。メルカリでいくつか持ってない号を購入。

 

2月2日。

なんかソワソワしている。物件のことが頭にどうしても残る。眠る前にもその事を考えてうまく寝付けなかった。

オモコロウォッチで大谷翔平のお~いお茶川柳の話。大谷翔平のお~いお茶川柳がウケを狙っていないものに結果的になっているのは改めて考えるとすごい。大谷翔平は徹底的に露出をコントロールしている気がする。そしてそれは好感度のためではなく、単純に野球に一番集中するためにやっているのだと思う。野球マシン過ぎる。

団地ラジオの内沼晋太郎回を聞く。聞きたかったところは、正直たぶんなんかそういう話だろうなと思ってた感じだった。本屋とか本を売るってことをどれだけの射程で考えられるかみたいなことにどれだけ抵抗感がないかの戦いになっているなあと改めて感じる。

高島鈴「布団の中から蜂起せよ」を読み始める。ずっとあったのだが、読めていなかった。今こそ読むべきだと思った。

三体の女性描写に関するツイートを見る。原著を辿れない自分には全く気づかなかったが、言われたらそもそも結構偏った登場人物だなと思う。そういう見方をできる作品とできない作品がある。映像だと見てられない感じがして割とすぐに反応するが、文章だとなかなかできていない。別にできることがいいとか悪いとかではないと思うし、まして見つけて摘発しろみたいなことではない。個人的にはそういうとこあったなと頭の中には残しておきたいくらいの話。「エンタメなんだから」と「エンタメだからこそ」の狭間。今は居直りたくはない気分。

眠る前に弟からアーセナル先制の一報。頼むから勝ってくれ。

 

2月3日。

起床後に弟からの完勝というメッセージを見て安堵。5-1でシティに勝つ日が来るとは。ルイススケリーとヌワネリの凄まじさ。

10時過ぎに不動産屋から電話。申し込まなくていいのかとのこと。連絡が返ってきていないのに、申し込むと即決。どうにでもなれという気持ちで決めてしまった。その後、搬入出などは支障ない旨の連絡があり、安心する。つかの間、不動産屋から消防的な問題で店舗はNGとの連絡。落胆。絶叫したくなる気持ちで心の中で絶叫した。これ喰らうの2回目なのはさすがに運がなさすぎというか、やめとけって誰かが言ってるとしか思えない。代わりの候補を見つけるとのことなので一旦待つ。たぶん大したものは出てこないだろう。振り出し。かなり気落ちするも、笑うしかないなあという感じがリアルだった。

シティ戦をフルで見る。これくらいしか今日の自分を和ませるものはなかった。

 

2月4日。

もうなんかいいかみたいな感じで開き直っているふりをしている。別に誰に何かを言うわけでもないので本当に開き直っているのかもしれないし、そうでないのかもしれない。本当のところは分からない。

性加害を受けたかもしれない人に寄り添うことと、理由はわからないが家族が亡くなった人に寄り添うことはかなり地続きだと思うのだが、実際にはそんなことはなく、下劣な陰謀論がはびこっていて何が何だかわからない。

会社で人を辞めさせるような動きを見る。そんなことをする場所にいるのは健全ではない。

メルカリで買おうか迷っていたdelicが売れていた。完全に失敗。

手のひび割れがひどくて薬を買いに行ったら、薬屋が臨時休業していた。うまくいかないときは何をしてももがいているような感じになる。健康診断の予約をまた忘れた。

眠る前に「布団の中から蜂起せよ」の続き。自分がなぜこの本を手にとっているのか、著者に私のような人間はどう思われるのだろうかと分からなくなる。シス男性のヘテロセクシャルである私が、フェミニズムに同意しているということは欺瞞か。まあそうだろう。しかしながらその欺瞞への罪悪感とともにこれからもそういったものを読み、できる連帯を示すだろう。そんな私を即時糾弾するとは思えなかったが、とはいえ、いつでも刺される可能性のある緊張関係にあることもよくわかる。その狭間で私は私なりに葛藤しながら進んでいく。

 

2月5日。

ありスパで私がかなり聞いていて苦手な回として、子育てへの苦悩に関する回がある。別にありスパに限ったことではないが、子持ちが子育てによる自由の制約に関してごちゃごちゃ言ってるのを聞くと、それもまた本音なんだから言わせてあげようという気持ちと勝手に作っといて悲劇のヒロインしてんじゃねえよという気持ちが両方ある。そして、男性がそれを言い出すとかなりグロテスクになる感覚がある。女性はお前の比ではないくらいに制約がマストで発生してるわけで。もちろん、当該家族間で合意がとれているものにとやかく言うのも間違っている。そして、生んでないやつが偉そうに言うなよという問題もある。そういうものでごちゃごちゃになって黙っている。

けっこう何回も死にてーって気分になる。寒いからなのかなんなのか。

とうとう普通に仕事でイライラして長文メッセージを送る。良くないなーと思いつつ、俺が言うくらいで留まってるならまだマシかと思って振り切る。人に読ませる気がない共有は誰のことも幸せにしない。そんな風に思っている。反省の弁が述べられたのでまあええかと思ったら舌の根も乾かぬうちに同じようなことをされてこいつなんやねんと思うなど。いやまあいいけど。

Goblinzombieいいよなあと改めて思い直す時間があった。かっこよすぎる。

アトロクで佐々木里菜氏の日記が紹介されたらしい。ロイヤルホストに限らず佐々木氏の日記は最高だけどな!!!!!何度も人には言っているが、俺は「パートタイム・コメット」によって少なからず人生が変わっている。

ガザに関するトランプの発言、終わりすぎ。ここまで地獄を作って、さらに深い地獄があったとは。さすがに現世の地獄っぷりを舐めていたと反省。

 

2月6日。

起きるとめちゃくちゃ雪。このエリアはそこまで降らないエリアなのだが、それでも屋根や地面が白くなっている。冬は苦手だ。寒いと気が滅入る。

過去にいた人がやっていた良くない対応が今になって返ってくる。昔話にもなりそうな話ではあるが、現実にはそれによって取り残された側はけっこう大変な目に遭っており、単純な話に落とせる作り話はいいなあとしみじみ思う。

新しく入ってくる人の準備。入って馴染んでくれると助かるのだが、そこにいくまでの果てしない期間を考えると、疲れてくる。今回はなかなか実績のある人でそれもまた難しい気がしている。実績があればあるほど、自分のやり方を変えることにどうしても抵抗が生まれる。変えなくてももちろん構わないのだけれど、何かがあると後ろ指をさされることもある。郷に行っては郷に従えとはよく言ったものだが、本当にそういう部分が世の中にはけっこうあって、従わないと村八分になりかねない。自分はそれでも突き通したいこだわりも自信もないので行くとこ行くとこで考えなしにその場のルールに合わせている。本当にサラリーマンが体質に合っているのかもしれないと思うのだが、一方で社内政治や謎のヨイショ的なものに対する辟易とした気持ちも確かにあり、どうしたいのだろうといまだによくわかっていない。なにより、こうやっていて見れるものはもうすべてたぶん見たという気持ちがある。

 

2月7日。

金曜日にがんばれることなんて全然なくて、週末の夕食のためのお店の予約の電話くらいだったけど、当然のように空いていなかった。並ぶしかないらしい。どれくらい並ぶのかわからないけどとりあえずそうしてみることにする。

結局不動産屋からは連絡がなかった。今週中に新しい物件が湧くなんてことはないのだから、なぜ今週中に連絡するなどということを口にするのだろうか。少しかかっても見つけたらすぐ連絡するのでくらい言えばいいものを。それにがっかりしたり怒ったりは全然していない。ただ漠然とこれはやめておいたほうがいいというお告げが具現化したものなのではないかということは考えてしまう。だが、お告げをしてくれるような神様も先祖も今までいたように思ったことは一度もなかったので、単に運が悪いだけだろう。

 

2月8日。

地面は凍っていて恐る恐る歩いて電車に乗った。新幹線に乗り込んで東京に向かう。朝から大雪の影響なのか新幹線が遅れていて、30分ほど小山駅に止まっていた。小山駅は停車駅ではないのでドアは開かない。閉じ込められてるやつだなあとぼんやりする気持ちと、この後の予定狂うなあという気持ちといろいろあったはずなのに妙に落ち着いていた。アナウンスで大宮駅から先はもっと混んでるから在来線使うのも検討してねとのこと。大宮駅は混雑していて乗り換えにもけっこうかかるらしいが、仕方ない。大宮駅は空いていてすぐに乗り換えられた。アナウンスで試された私は、新幹線の閉じ込めと大宮駅の喧騒で後者をとった。どちらが正解だったのかはわからないが、とにかく30分遅れのまま東京に着いた。

東京都現代美術館で「MOTアニュアル こうふくのしま」を鑑賞。臼井良平の作品が特に良かった。ペットボトルをガラスで作り、それが日常的な風景の中に置かれる。言ってみれば見たことのある風景のはずなのに、絶対的に違うものがある。絶対的に違うって本当に?とも思ってくる。どっちが本当なのか、本当に見たことある風景なのか。あと、川田知志「ゴールデンタイム」やばかった。あれはあの場で圧倒される体験込みですごい。

とにかく現代美術館は坂本龍一展でごった返していた。わりと若い人たちもけっこういて、この人たちは坂本龍一って何のイメージでここに来ているのだろうと不思議な気持ちになった。正直あんまり私はピンときていない。もちろんポイントでは聞いていて好きな作品もあるのだが、TSUTAYAで借りられる作品が少なかったのもあって、そんなに馴染みがない。ここ数年でソロのいい作品を知ってから好きになった感じがしていて、この人たちは何が好きなんだろう、あるいはそういうのを超えた存在にこの年代にとってもなっているのだろうかと本当に不思議だった。

calm&punk Galleryでmiyu terasawa「BREATH, LIE DOWN EXCEPT FOR DYING IT’S JUST A SCAR」を鑑賞。ギリギリ滑り込めてかなりラッキー。ステイトメントの掲載されたパンフレットがかなり良かった。事故車というモチーフの持つ衝撃感みたいなものがいい意味でゼロだった。事故車が耳目を集めるためのものでは全くなくて、それを作家がどういう目線で見ているかみたいなことが1つ1つの作品を通じて伝わってくる。損なわれることを矮小化せず、でもたしかに再生していくことの可能性や傷との付き合い方みたいなものが、生易しいものではないながらたしかにここにはある、それはひいてはみたいなことだと私は思った。zineとカセットテープを購入。ギャラリーの方が話しかけてくださって少し会話。

恋人と合流して夕食。行きたかったところはものすごく並んでいたので近くのおでん屋に入る。おでんを逃したのでおでんで埋める必要があった。普通においしかった。親知らずを抜いた恋人はまだ大変そうに食事していたのが印象的だった。2人ともウーロン茶を飲んでいた。隣の席のカップルはまだ日が浅い会話をしていた。

東京のホテルは高すぎるので千葉の住宅地のホテルに泊まった。それなりの値段で質は良かった。目が悪いので眼鏡を外すと温泉の中にどんな施設があるのかがいつもわからない。怖いのでいつも内湯にしか入らない。

恋人がバレンタインだと言ってチョコ菓子を買ってきてくれた。おいしく食べた。ゆっくり眠った。

 

2月9日。

チェックアウトを遅らせてゆっくり過ごした後で、隣のららぽーとで昼食。ららぽーとがあるというのに、恐ろしく静かだった。よく分からなかった。にぎわっていないららぽーとがこの世にあるのか。

昼過ぎのイタリア料理屋は空いていて居心地が良いと思ったつかの間、店員に横柄な態度をとる人がやってきてしまい、その会話がどうにも自分の中に入ってきて集中できなくなった。聞かなくてもいいものを聞いてしまう。考えなくていいことを考えてしまう。目の前の一つの物事に集中できない。常に頭の中には別のことを考えている部分がある。そういうところがある。ADHD的なことなのだろうか。よくわからない。

帰りの新幹線は全席埋まっているとアナウンスがあったが、私の隣はずっと空席だった。周りはおそらく中国の方のツアー客が大半だった。隣の3席の真ん中に座る子どもが親にごみ袋を口に当てられていた。嘔吐ができていない子どもはずっと虚ろな目をしていた。がんばれと思いつつ、あまり見ないようにした。

「布団の中から蜂起せよ」を読み終わる。もっとこの話ってされててもいいよなあ。アジ文をアジ文として自覚していない(表明していない)ものが多すぎる。その点だけでも誠実だ。

Le Makeup「予感」の歌詞が頭から離れない。

妹が帰省していた。聞けばストレスで円形脱毛症になっていたとのこと。治ったらしいが、特にしてやれることもないのでふーんという顔で話を聞いた。

 

2月10日。

今日が平日なことって誰のためになっているのだろう。いっそ休みにしてくれたらそれだけで全国民の幸福度は間違いなく上がっただろうに。

不動産屋からは相変わらず連絡がない。それでも全然いいのだけれど。

妹が持ってきた名探偵コナンを最新刊まで読む。間が空くので前に何があったかが完全に抜け落ちていて謎が増えていってる気さえする。

人の本当に他人に話さないことを聞くと、責任感が増してくる。それを受け止められるのかはまだわからないけど、受け止めようとはしている。

ありスパで話されていて気になっていた益田ミリツユクサナツコの一生」を読む。やばすぎる。読んでて「えっっ」って口に出してしまった。こんなことになるの?ってよくわからなかった。全体としての展開ももちろんだが、そこまでの一つ一つのものの見方や考え方、時代感すべてになるほどとかそうだよなあみたいな染み入るところがあってのあの場面。伏線とかじゃなくて、読者が思わず振り返る感じがめちゃくちゃ良い。本当にやばすぎるので私も知り合い全員にふれ回りたい。

単行本発売に際して、ツイッター衿沢世衣子「弱火の魔法」を見かける。おもしろそう。読みたい。

 

2月11日。

祝日だった。曜日感覚がバグるので、休みは週末に寄せてほしい。

妹が東京に帰って行った。疲れている感じが終始見られたので心配したが、それぞれ大人でそういうのは立ち入らないようにしているので、過度には出さないようにした。向こうからすればお前の方がよっぽど変だと思っているのだろう。

なんかあまり気力が湧かずに無為に過ごした感がある。明日以降にガス欠するのは避けたいという気持ちがあったのかもしれない。

シーラカンスモナカについて、先日脳盗で話題になっていたが、モンゴルナイフ氏のブログにも記述があり、これは買ってみるしかないなという結論に至る。けっこう前に一度羽生結弦関係で話題になってその後音沙汰がなかったが、このタイミングで立て続けに目にしたため、気になってしまった。そんなことを言っていたらTLにまたシーラカンスモナカ。こういうある種草の根のブームはどこの誰が火をつけているのだろう。

 

2月12日。

アトロクのグラミー賞振り返りを聞く。何でも取り上げられるものではない時間幅であり、かつ番組の性質との相性もあるのは前提とした上で、charli xcxのパフォーマンスの話が全くないのかと思うなど。パフォーマンスの話もあってもいいかなと思いつつ、映像が見れる媒体向きかとも思う。

人への指導の話で愚痴半分、反省半分の話を聞く。正解がないのでミスってもいいとも言いづらい分野だ。

健康診断の予約。ようやく。電話したらすぐだったのに、どういうわけか面倒に思って期限ギリギリ。

講談社の本屋話にいつものリアクションがついているのを見かける。そんなことより掛率改善してくれってのはごもっとも。ついでに言えば、取次ごとに仕入れられる本の種類制限しないでくれ。いつまでたっても独立系はコミックを入れられない。コミックを入れられているのは大手取次と契約しているか、名のある本屋か。まあ出版社が面倒に思う気持ちもわかるのですが、それならそういう構造になってることを詳らかにしておいた方が全員のためになるのではと思っている。

 

2月13日。

なんか仕事がバタついていた。どうでもいいことばっかり聞いてくるなという気持ちになるのだが、そういうどうでもよさで金をもらっているわけだしなあとも思い、それがなくなったら本当にみんなが幸せになるのだろうかと考え込んでしまった。

以前に書き仕事をお願いしていたY氏から連絡あり。企画がふわっとしているので直接話しましょうとのことでお願いする。私の頭の中にだけあることが多すぎるけれど、何をどう出力したらいいのかが最近よくわからなくなる。本当はまとめて誰かと定期的に話すべきだと思いながらも、そんなことに付き合う人はいないということもわかっていて難しい。大人になるとそういうことを話す場がどんどんなくなってくるから自然と考えなくなるんだろうか。考えていたことを少しずつ整理する。

 

2月14日。

〇〇信者だとか〇〇派だとかでコミュニケーションとるのやめるのどうなんだと言う主張はものすごくわかるのだが、その結果、俺は会って話して彼の本質がわかってるので外形的に〇〇差別的な言動をしていても別に気にならない、わからないやつは黙っとけみたいなのが本当にカルチャーマンたちがやりたいことなんだとしたらくだらねえなあと思ってしまう。じゃあお前はお前のことを信じてくれるサークルでちまちまやっとけという気持ちになる。それが本当にイケてることなんですか。

一方で、直接話している人への信頼みたいなものはどうしても揺るがないだろうなとは思う。なので、直接話せない私たちが普段の発言から判断するのも許してほしいというか。許すというか軽んじないでほしいとも思ったりする。直接話して分かり合えるということは、誤解可能性のある関係の人たちにそれを説明する義務があるとは思わないが、それを素通りしていることに対して説明してくれって思う気持ちも普通ではなかろうか。

令和ロマンくるまのオンラインカジノ話が流れてくる。現行法で問題なものをしていることに対して謹慎でも何でもしたら良いのではと思うのだが、これを受けて幾多の無料版オンラインカジノってなんやねん、CM出してたしという話も出ているのだが、それはまた別の話だと思う。そして、そういうときだけ規制の強化を叫ぶというのも変な話だと思う。こいつらが出るまでにそのオンラインカジノでどえらい目にあった人や知らずにやって捕まった人のことはどう考えているのだろう。あるいは、こんなの無視しろとか大きくするなというのも個人的には同意なのだが、では、才能があったら違法でも無視していいってこと?過去のことは違法でも触らなくていいってこと?才能ってどこから?過去っていつから?それを平等にするために法律があるんじゃないの?ともまた思う。あんまり恣意的に線を引こうとしないでほしい。暴力的すぎる。

2024年 いろいろベスト

例年は音楽だけにしていたが、別にそれに限ることもないかということで備忘録的に書いておく。いつもすぐに忘れて思い出せなくなる。

音楽

2024年にリリースの音楽のベストを曲単位でabc順で並べました。去年のやつは以下。

 

takumaro0829.hatenablog.com

基本旧譜ばっかり聞いていましたが、そんな中でも聞いていた音楽たち。2024年もいい音楽あって良かった。

Spotifyにあるやつだけですが、以下です。
※歌手名 - 曲名 (From 収録タイトル名)で記載。
プレイリストはこちら。

 

open.spotify.com

°pbdb, 梅井美咲, 北村蕗 - qd (From【qpqd】)
EPのもう一曲の方がどちらかというとポップでFuture Bass的な感じだったのに対して、Jungleの上でピアノが跳ね回るこっちの方が個人的には良かった。

5lack - gambling (From【report】)
ずっと同じこと歌ってる。

64DX, DaXx, 64controll - LASER (From【LASER】)
JukeでありGhetto Tech的なビートとラップの相性がいい。Jersey Clubブームも落ち着いたと思うので、次はこっちが流行ってほしい。

A. G. Cook - Britpop (From【Britpop】)
「Brat」も良かったけど、A.G.のアルバムの方が全体としては良かったし、あの頃のPC Musicが好きだった人間としては、その一端の終結を見た気がする。

AMEFURASSHI - Flora (From【Flora】)
女性グループでUKG、2Stepやってるところ結構あったけど、その中でもかなり好き。

Ariana Grande - yes, and? (From【yes, and?】)
BIBI - Derre (From【Derre】)
Big Animal Theory - Free (From【Twofold】)
UKG、2Stepはクラブミュージックでもいまだに人気だけど、段違いに音が良かった。クラブで聞きたい。
Charli XCX - 360 (From【BRAT】)
Charli XCX - Club classics (From【BRAT】)
Charli XCX - Everything is romantic (From【BRAT】)
Charli XCX, Skream, Benga - Von dutch remix with skream and benga (From【Von dutch remix with skream and benga】)
2024は「Brat」の年。ひさしぶりにこの規模のアーティストのCD買った。PC Musicを最大限にポップにしながら、パーティーの現場性との交わるポイントを見つけた結果爆発してしまった。Remix勢の豪華さも圧巻。
Cordae, Lil Wayne - Saturday Mornings (feat. Lil Wayne) (From【Saturday Mornings (feat. Lil Wayne)】)

Daichi Yamamoto - なんとかなるさ (From【Secure】)
Daichi Yamamoto, JJJ - ガラスの京都 (From【Radiant】)
Daichi Yamamoto, JJJ - OTO (From【Radiant】)

dodo - sotugyo (From【coronas】)

Dos Monos - MOUNTAIN D (From【Dos Atomos】)
ようやくこのアルバムでどういう風に聞けばいいのかが分かった気がする。ポッドキャストを聴いていても思うのだが、私はTaiTanの声が好きなのかもしれない。
eyden - Family (From【YELLOW CHEDDAR】)

FARMHOUSE - リンス (From【リンス】)
FARMHOUSE, RhymeTube - kappa (From【kappa】)
ラッパーの声はどうしても好き・嫌いがけっこうあるけど、FARMHOUSEはかなり自分の中で好き。声の高さなのか。
ILLIT - IYKYK (If You Know You Know) (From【I'LL LIKE YOU】)
「IYKYK」という曲名の女性グループの2Stepの曲が立て続けにリリースされるってわかりにくい。いい曲だけども。ILLITは1stからいい曲多くて嬉しい。
Jason Lee, DeVita - need that (Feat. DeVita) (From【need that】)

JJJ, DJ SCRATCH NICE - Kids Return (From【Kids Return】)

JUSTIN S, 諭吉佳作/men - YAWN (From【YAWN】)

KEIJU, Kvi Baba, tofubeats - backseat (feat. Kvi Baba & tofubeats) (From【backseat (feat. Kvi Baba & tofubeats)】)
客演の使い方がめっちゃはまってる。
KM, C.O.S.A. - two-seater (348) (From【two-seater (348)】)
こういうのたくさん聞きたい。4つ打ち系のDJでミックスしたらめっちゃいいだろうなあと思う。
KM, Campanella, ermhoi - Dawn Chorus (From【Dawn Chorus】)
KM, Lil' Leise But Gold, Daichi Yamamoto, Skaai - DANCELIXIR (From【DANCELIXIR】)
KMの幅の広さ。どれも違うけどどれもいい。
kurtains, glaive - just not sure (From【just not sure】)

Kvi Baba, idom, SALU - Ms. U (feat. idom & SALU) (From【Ms. U (feat. idom & SALU)】)
この曲2024で一番聞いたかも。フックのメロとKvi Babaのバースがとても好き。Kvi Babaを知れたのが2024の一番良かったことの1つかも。
Kzyboost, OMSB - O/G (From【Nudge】)

Lantern Parade - 煽情 (From【あなたが思い出すための / 記憶の中の海辺】)
いつだってランタンパレードは裏切らない。

Le Makeup - 26 (From【予感】)
Le Makeup - 予感 (From【予感】)
Le Makeup - なんで (From【予感】)
Le Makeup - 天王寺 (From【予感】)
アルバム単位だと一番好きだった。近くて遠い感じがする。
Lee Young Ji, D.O. - Small girl (feat. D.O.) (From【16 Fantasy】)

LIL SOFT TENNIS, SALU - Forever (From【Forever】)

Lil Uzi Vert - Chill Bae (From【Eternal Atake 2】)
Lil Uzi Vert - PerkySex (From【Eternal Atake 2】)
Cashmere Cat久々に見かけたので。

lilbesh ramko - nichijou:loopmania (From【徘徊collection】)
lilbesh ramko - haikai:pop (From【徘徊collection】)
lilbesh ramko, AssToro - re:kazing (From【徘徊collection】)
かっこいい。なんか今10代とか20代前半ってめっちゃ熱狂してるだろうなってのが音源からも伝わる。
Little Simz - Mood Swings (From【Drop 7】)

Lolica Tonica - French Kiss (From【Acid Future】)
久しぶりに音源が出ていて嬉しかった。

MFS - Combo (From【Combo】)
MFS - SAICO (From【SAICO】)
MFS - Mind (From【Mind】)
MFS, JJJ - Mirror feat. JJJ (From【Mirror feat. JJJ】)
ヒップホップとダンスミュージックが正しく交じり合っている感。誤っているものがあるというわけではないのですが、少なくともこれは紛い物ではない。
Mura Masa - Still (From【Still】)

NCT WISH, Snail's House - Steady - Snail's House Remix (From【iScreaM Vol.34 : Steady Remix】)

ここでSnail's Houseをリミキサーにしてこれが出来上がるの、夢っぽい。

NEI, Campanella - Aqua Surface (From【Aqua Surface】)

PAS TASTA - BULLDOZER+ (From【GRAND POP】)
PAS TASTA, JUMADIBA, LIL SOFT TENNIS - byun G (feat. JUMADIBA & LIL SOFT TENNIS) (From【GRAND POP】)
PAS TASTA, 柴田聡子, TAKU INOUE - My Mutant Ride (feat. 柴田聡子 & TAKU INOUE) (From【My Mutant Ride (feat. 柴田聡子 & TAKU INOUE)】)
PAS TASTA, 清 竜人 - ISEWAN (From【GRAND POP】)
アルバム全部良かったなあ。どうにでもなれる可能性を示しつつ、どこまでもポップだった。
Paul Russell - Say Cheese (From【Say Cheese】)

Peterparker69, Tennyson - skyskysky (From【skyskysky】)

PETZ, Jin Dogg, kZm - NEW DAY (feat. Jin Dogg & kZm) (From【NEW DAY (feat. Jin Dogg & kZm)】)
Flexをどう言うか大喜利みたいなところがある中で、「お前のおやじの5倍の金 稼ぎ倒すMy new day」ってそんなこと言わんでもいいやろと笑ってしまった。
PSYCHIC FEVER from EXILE TRIBE, JP THE WAVY - Just Like Dat feat. JP THE WAVY (From【99.9 Psychic Radio】)
PSYCHIC FEVERってもうちょっと褒められてもいい気がする。かなりかっこいいことしてるし、正直もうちょっと世界的な話題になってもいいのでは。
REIRIE - Silly Garden (From【Silly Garden】)
これもかなり攻めたことしてると思うんですが、けっこうスルーされてる印象。hirihiriとvalkneeが参加。
RihiTo - We Goood (From【We Goood】)

RIIZE - Impossible (From【Impossible】)

Shoko Igarashi - Pinu (From【Onsen Music】)
Shoko Igarashi - Nesty GAL (From【Onsen Music】)
Shoko Igarashi - Hinotori (From【Onsen Music】)
このアルバムめっちゃ聞いた。何してるときでも、どんな気分のときでもそれぞれに合った感じに聞こえてくる。
SIRUP, A.G.O, Zion.T - CHEESE CAKE (From【CHEESE CAKE】)

Sound's Deli - CLOVER (From【CLOVER】)
ビートがかっこよすぎる。

SPARTA - この時代に呑まれそうだ (From【Pacific】)

tofubeats - I CAN FEEL IT - Single Mix (From【I CAN FEEL IT】)
やっぱりtofubeatsが好き。LPも買って大満足。

Tohji - Phenomeno (From【Phenomeno】)

Tomggg, raychel jay - Sweet Romance (From【Sweet Romance】)

Toro Y Moi - Tuesday (From【Tuesday】)

Two Shell - Magic Powers (From【Magic Powers】)
pp69のラップとTwo Shellのビートの相性が抜群。

uku kasai - Silver (From【Lula】)

この曲というか、このEPでこのアーティストへの見方が良い方に変わりました。

VOLOJZA - 他力 (From【潮】)
VOLOJZA - I Know You (From【潮】)
VOLOJZAの新しい音楽をできるだけたくさん聞き続けたい。

Watson - 阿波弁 (From【Soul Quake 2】)

アルバム全体は正直そこまで刺さらなかったけど、この曲はめちゃくちゃかっこいい。

XG - SOMETHING AIN'T RIGHT (From【SOMETHING AIN'T RIGHT】)
XG - IYKYK (From【IYKYK】)

どっちもいい具合に抜け感があるというか、重すぎない4つ打ち。前者の方が好き。
YENTOWN, kZm, PETZ, JNKMN, Awich, MonyHorse, U-LEE - 不幸中の幸い (feat. kZm, PETZ, JNKMN, Awich, MonyHorse & U-Lee) (From【不幸中の幸い (feat. kZm, PETZ, JNKMN, Awich, MonyHorse & U-Lee)】)

たくさん曲を出していると自分たちの曲のサンプリングができるってかなりいい。

ツミキ, 鈴木愛理, 春野 - shampoo (春野 Remix) (From【28/29】)

これもかなり聞いた。イントロで掴まれる。

パソコン音楽クラブ, Cwondo - Hello (From【Love Flutter】)
パソコン音楽クラブ, 柴田聡子 - Child Replay (From【Love Flutter】)

今までがあまりに静的過ぎたと考えると、これくらいが本来は普通なのかもしれない。クラブミュージックを希釈せずに広いところに届けることに成功してる。

んoon, 凌元耕 - Pillow - feat. 凌元耕 (From【FIRST LOVE】)

柴田聡子 - 素直 (From【素直】)
柴田聡子 - Synergy (From【Your Favorite Things】)
柴田聡子 - Your Favorite Things (From【Your Favorite Things】)

柴田聡子の年でもあった。Synergy好き過ぎる!!
千葉雄喜 - チーム友達 (From【チーム友達】)

改めて聞くとSTARの脱力感の方が好きだけど、単純におもしろかったので。KOHHにしか書けないし、KOHHにしかヒットさせられない曲すぎる。

長谷川白紙 - Departed (From【Mahōgakkō】)

魔法学校良かった。

北村蕗 - Secret (From【Secret】)

優河 - Petillant (From【Love Deluxe】)

幽体コミュニケーションズ - Beat my Spring(春を斃して!!) (From【Beat my Spring(春を斃して!!)】)

 

bandcampで買ったやつは以下にあります。

クラブから実際の距離はどんどん離れているのに、買うのはクラブミュージックが多いのはなぜ。

bandcamp.com

フィジカルで買ったものだと以下が良かった。

・Soakubeats - ひとり分の力

・okadada - Warm Up House

・okadada - Practice Dub

・5H3X - 5HEX3D1+5

・5H3X - 3dlt5 II

・TRANSONIC COMPACT DISC 01

 

いろいろ今年も買ったけど、読めてないのもたくさんあるので、今年出たものじゃない本も入っています。他にもいろいろあった気がするけど全然覚えていない。

・「文フリと批評」(麗日)

そういうことかという感じが強く残った1冊だった気がする。2022?くらいから文フリに行き始めたため、賑わっている姿しか見ていなかったのが、今までの変遷とかそういった場所でのプレイヤー(かなり偏りはあるが)の自身を含めた立ち位置とか景色についての語りが多くて、なるほどという感じが強かった。

結構プレイヤーたちが悲観的というか、文フリを終わった祭りとして「ポスト文フリ」を考えているのも、変遷含めればわかるけど、身勝手な人らやなという人間味もなんかおもしろかった。けっこうみんな商業とか広がりのことしゃべってるのに、一方では批評は広がりとかをちゃんと考えていないみたいなことも昨今言われていて、その乖離みたいなものをもう少しちゃんと見た方がいいのかなと思ったりもしている。

・トム・スタンデージ「ヴィクトリア朝時代のインターネット」(早川書房

要は黎明期はなんでもおもろいってことなんだけど、それにしてもおもしろい。当たり前だけど、みんなが生き馬の目を抜く感じになっている。いつでもそうなんだけど、こういうのってその時代に生きてない方が冷静によりエンタメとして見れるので。

・デーヴィット・マークス「STATUS AND CULTURE」(筑摩書房

千葉雅也「センスの哲学」が売れたってことは、こっちもページ数の割にはけっこう売れたのではと想像している。個人的に知りたいことみたいなものはこっちにあった感じがしている。

・ベル・フックス「学ぶことは、とびこえること」(筑摩書房

インターセクショナリティのことを考えるにあたって、一番平易で入りやすい気がする。理論的なところというよりは、背景的な部分が多いので、そこまで難解な用語などを知っている必要がなく読める。

・ハン・ガン「回復する人間」(白水社

・劉慈欣「三体シリーズ」(早川書房

ある点を越えてからがおもろすぎる。フリが長すぎて脱落した人いっぱいいたと思うよ、私もそうだった。

・カイル・ブキャナン「マッドマックス怒りのデス・ロード 口述記録集 血と汗と鉄にまみれた完成までのデス・ロード」(竹書房

フュリオサ見た後に買って読んだ。おもしろすぎるーーーーー!映画って大変とかそういうレベルではない大変さ。マジでよく作ってくれたよ。フュリオサの次も頼むから作ってくれ。

 

映像

・悪は存在しない(映画/濱口竜介

おもしろすぎる。東京側の人たちの描写すごすぎる。ずっと気味が悪いというか居心地が悪いというかなんというか。クライマックスのあと、なにを見せられていたんだ感で圧倒された。

・飯沼一家に謝罪します(テレビ/テレビ東京

これもかなり気味が悪いのだが、エンタメとしての気味の悪さなんだと割り切れる。このシリーズはモキュメンタリーにしていないところの誠実さが際立っている。

・ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ(映画/アレクサンダー・ペイン

最高すぎてあんまり言うことがないというか、地味すぎるのにこんなに良いってことで評価が跳ね上がった気がする。「いい映画」ってこういうのなんでしょうね。高校生の方のあの頃特有の性格の悪さとそもそも抱えている事情みたいなものの方にまだ自分がどちらかというと感情移入していることに気づけた。

・どうすればよかったか?(映画/藤野知明)

どういう解釈も可能だと思う。それこそ、さっさと病院行け、なんで連れて行かんかったのやということも言えるけど、それが簡単にできないのはなぜなのか、なんなのかみたいなものがずっと見たあとも残ってしまう。お互いの声が通り抜けていった結果、お姉さんだけがその歪に飲み込まれたようにも思う。

水曜日のダウンタウン 名探偵津田回(テレビ/TBSテレビ)

こんなにおもしろいものがまだあるんだと驚いた。今までのものもまとめて見たけど、笑い死ぬかと思った。演者の個の力もあるが、どんどん現実とドッキリの世界の狭間を見えないようにしていて、そもそも本当にこれが起きていることだとしたら?みたいなこともふと考えてしまう。少なくとも中の人たちはそういう心理が働いているはずで、それが本人たちのマジのリアクションとして出ているのもおもしろさを一層高めている。

 

展示

東京に住んでない割には見に行けた方だと思う。行ったもの一応全部書いておく。なんか今覚えてることだけぼんやり書いた。日記に大体全部長めの感想は書いたので。

・記憶:リメンブランス —現代写真・映像の表現から(東京都写真美術館

中平卓馬 火—氾濫(東京国立近代美術館

写真の大規模展覧会って多分初めて行った気がする。めちゃくちゃ良かったので、その後作品が載っている雑誌等を集めている期間があった。

MOTアニュアル2023 シナジー、創造と生成のあいだ(東京都現代美術館

・ヨシロットン 拡張するグラフィック(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)

・遠距離現在 Universal / Remote(国立新美術館

バレンシアガに関する展示がめっちゃ良かった。バレンシアガに関してはけっこう何なんだとずっと思っていたので、商業というか権威というかみたいなものへの見方として一つの視点を提供していた。

・ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?—国立西洋美術館65年目の自問|現代美術家たちへの問いかけ(国立西洋美術館

これくらいがスリリングであってはいけないんだろうなと思いつつ、それでも作家間の緊張感含めて健全だと思いました。布施琳太郎とか遠藤麻衣とか小田原のどかとか良かったけど、弓指寛治が圧巻でした。多分ほとんどの人はあの展示で弓指寛治のことしか覚えていないと思う。

・サエボーグ「I WAS MADE FOR LOVING YOU」/津田道子「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」(東京都現代美術館

・ホー・ツーニェン エージェントのA(東京都現代美術館

京都学派をテーマにした映像が特に良かった。

・「シュルレアリスム宣言」100年 シュルレアリスムと日本(板橋区立美術館

宇野亞喜良展 AQUIRAX UNO(東京オペラシティ アートギャラリー)

・翻訳できない わたしの言葉(東京都現代美術館

デ・キリコ展(東京都美術館

内藤礼 生まれておいで 生きておいで(東京国立博物館

展示は良かったのに会場が残念だったということをまだ覚えてしまっている。なんてことだ。

・髙田賢三 夢をかける(東京オペラシティ アートギャラリー)

なんとなく知ってて、子どもの頃に着せてもらってたけど、キャリアとブランドの考え方の基礎みたいなものをやっと知れた。キャリアが初期でほとんど完成していたのすごい。

ヨーゼフ・ボイス ダイアローグ展(GYRE Gallery)

・TOPコレクション 見ることの重奏(東京都写真美術館

・開発好明 ART IS LIVE ─ひとり民主主義へようこそ(東京都現代美術館

・日本現代美術史観:高橋龍太郎コレクション(東京都現代美術館

圧巻。1人がこれをすべてという衝撃もあるけど、日本の現代美術についての入門としても素晴らしい展示だった。やはり私は東京都現代美術館を圧倒的に信頼している。

田名網敬一 記憶の冒険(国立新美術館

・SIDE CORE 展|コンクリート・プラネット(ワタリウム美術館

・ももえ 表面張力(愛でるギャラリー祝)

フェミニズムと映像表現(東京国立近代美術館

これめっちゃ良かった。期間長くなって展示内容も変わってるのでもっかい行きたい。

内藤礼 生まれておいで 生きておいで(銀座メゾンエルメス フォーラム)

東博のに比べるとこっちのほうが浸れた感じする。私には都会の中というロケーションと内容がより切迫感というかメッセージ性が強く感じられた。

・ジャム・セッション 石橋財団コレクション×毛利悠子─ピュシスについて(アーティゾン美術館)

最後に

なんかやりたいことがやれないイライラはあったけど、それでもなんとかうまいことやりすごしてこれたのはこういうもんがあったからかなあと思う。来年はもっとたくさんいろんなものを見て考える時間があるといいなと思うけど、別にそうじゃなくても楽しいこともあるので義務化せずにやっていきます。

2025年1月 その3

1月21日。

別に政治にやってほしいとは思わないことはたくさんあるけど、政治に託してしまう我々の気持ちは、政治以外では変わらないという気持ちがあるからだろうな。

米津玄師の新曲を見た。メジャーでバリバリ売れてるとはとても思えない。かっこよすぎると思う。これくらいやってもメジャーで売れることができるんだと思わせてくれる。ある意味SoundCloudで昨日見つけたって言われてもわからんと思う感じというか。音がどうこうとかではなく、オープンマインド性みたいなもの。lilbesh ramko「haikai:pop」に謎の類似性を感じる。そちらのほうがより好きでしたが、これに近いかっこよさを持ったものが米津玄師とは驚き。

人の教育の話。思ったように動いてもらえないのはなぜか。教育でどうこうするという話なのか、経験不足なのか。あんまり細かい動きにチクチク言うのは好きじゃないけど、そういう方法も試してみるか。などなど。

「150年」見に行きたかった。こういうときに関東にいないのは大きな損失になってしまう。

 

1月22日。

北園みなみの新譜リリースの報を見る。本当に楽しみだ。

ストレスが大きすぎる。仕事。知らない会社の言う事と社員の折衝なんかやりたくない。知らない、興味ない、勝手にやっててほしい。どうでもいい。全部どこかに投げつけたくなった。

イチローのTシャツのユーモアのおもんなさみたいなことについてもちゃんとみんなで向き合っていきたいよな。

めちゃくちゃにストレスが溜まっているとヘイトしか出てこないのでもう書かない。

示唆ニキ。示唆だけする人。めっちゃ居る気がする。名前はなんでもいいけど。

 

1月23日。

仕事は具合が悪い。いろんなことを昨日の連続でいろんな人から言われて感情が激しくなる。落ち込みとか怒りとかやるせなさみたいなもの。そういう時期もあるのは当たり前だけど目に付くと嫌になる。

スローターハウス5のことを考える。新しいもののことを考えなければいけないのに。

中居正広の引退。SMAPなんてなかったと思えばいいのかもね。あったんだけど。別にテレビに出てきて説明なんかしてもらわなくていいでしょう。本当のことを言えないわけじゃない、本当のことを人の前で言うのは憚られるだけなのだから。

 

1月24日。

朝から謎のイライラなのかストレスなのか、寒いだけなのか落ち着くことがなく、糖分をとると余計にひどくなってどうしたらいいのかさっぱりわからなかった。たぶんストレスだなと思いつつも、それを瞬間的にどうにかする方法がなくて辛かった。おまけにトラブル対応で疲れ切る。

自分自身が何かすごいって思ってないものを人に説明するとなったらそりゃすごいようには見せられないよなあと思うなど。

恋人が親知らずを抜いた。自分にはその経験がないので大変だというのを聞くことしかできない。私はそもそも歯医者関係が苦手だ。削られるだけで身体が縮こまる。それが歯を抜くとは。想像を絶する。

内見に関する連絡がずいぶんない。嫌な予感。

 

1月25日。

途中になっていた「ファンダムエコノミー入門」を読む。全部読んで最後のエッセイが特に良かった。ブルデュー的な見方からファンダムカルチャーとはどう位置づけられるかをジェンダーや年齢なども要素として加えて分析している。ブルデューの考え方は個人的にはしっくりくるのだが、いかんせんジェンダー問題は扱いきれていない部分があり、そこをしっかりと現代版にしている印象。メタバース関連の論考は正直今時点の状況を考えるとまだまだ地に足がついていない感がしてしまう。全体通して印象的だったのは、余白を作るということ。ファンダムが埋めやすい余白をあえて残しておくことでより熱狂が高まる。考察カルチャーやMCUの成功などを考えるとよくわかる。中国の音楽アプリをめぐる状況もおもしろかった。少し前なら日本がそれをやっていた可能性もあったのではと思わされた。

歩いている最中に何を考えているのか、考えたくないから歩いているのかも。休みは2日で15kmくらい歩いている。その時間が一番リラックスできる気がする。

書き物の相談。具体的に伝えるのは難しい。

味坊集団の水餃子を買った。おいしかった。トマトのやつ。オモコロチャンネルで見て気になったので。他の味も楽しみになる。

アーセナル戦。退場には驚きと呆れ。マイケル・オリバーという敵。それでも勝ち点3はめちゃくちゃでかい。PGMOL仕事してくれ。シティとチェルシーもおもしろかった。

 

1月26日。

遅めに起床。起きてもふわふわしていた。前日遅くまで起きていたからか、あるいは平日の疲れの影響か。

オモコロウォッチの今週分。神回。くだらなすぎるけど、こういうのをまじめに話すおもろさみたいなところ。

叔父が大相撲が好きで、その隣で見るようになった。続けてみていると、相撲が人気のない理由と人気のある理由の両方がよくわかる。わからない時間の使い方、とにかく間隔が開くと思ったらあっさり終わるところ。関係性や取り口の違いなどが分かると蓄積のおもしろさがある。玄人が好むものでなかなか入っていきにくい感が高い。

ガンダムの映画が話題になっている。見に行くか悩むも、冷静になるとそれよりは「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」もしくは「敵」、「アプレンティス」が見たいかも。「水星の魔女」も前半しか見てなかったことを思い出す。面白かった記憶はあるのだが、止めてしまうと再開がむずい。今からでも見るべきなのか。

アテンション・エコノミーのジレンマ」を読み始める。著者の誠実さとやや規制が過ぎるかと思うところとのまさしくジレンマが感じられて良い感じ。文春の人との対談までしか読んでいないが踏み込み方が知りたいところに迫っていて良かった。

 

1月27日。

社用携帯の充電が切れており、二要素認証ができず。朝からバタバタ。充電を待っている時間がなんか滑稽だった。

フジテレビ会見フィーバー。夕方からはその話題のみ。フジテレビ側は相変わらずよく分かっていないことを露呈している。被害女性に直接謝罪とか、女性への接触の可能性があるから中居正広には調査しなかったとか、何が問題になっているのかを今も分かっていないのか、今は分かってきたのかすらわからず。一方でこういうときに最近言われるようになった記者の暴走。正義を振りかざしたいのか、名を挙げたいのか、思惑があるのは構わないが被害女性の人権がまずあってしかるべきだがそれを忘れる振る舞いも多々報道され始めている。そうして怒りの矛先が分散し、本質が見失われること多数。今回もそこに収れんするのだろうか。

職場での諸々嫌な話を聞き、結局「私は分かってる」的なやつが分かっていないのが一番たちが悪い。ましてそいつが偉い場合はなおさら。個人があって会社があるのであり、会社があって個人があるわけではないのだが、現実にはそれが分からず人権侵害のようなことをする輩がいる。辟易とする。

内見。やはり悪い予感は的中する。もうすでに空いていないとのこと。メールを見落としていたというのが原因なのでは?と疑念を抱くも、たまたま今日候補があったので忘れてあげる。内見予定も調整したが、果たして。

 

1月28日。

週刊文春の記事の修正に対して非難の声が大きくなっている。問題だと思う。それはそれで再発防止などが徹底されるべきだと思う。一方で、フジテレビやA氏が100:0で有罪だろうが無罪だろうがそういうことってそもそもあるんですかという疑問はある。特にこういう事案の場合、100とか0とかでは多分ないんでしょう。だからこそ、何が問題の原因なのかを丁寧に調べて直すということが求められるように思う。

 

よくわからないことをしていると気付いたら時間が過ぎていくみたいなことが多すぎる。何に時間を使っているのだろう。

フジテレビの関与はあったのかどうかで世の中が紛糾している。これを契機にいろんなことが見直されていくならいいのですが、一過性の盛り上がりみたいなものになるとすると気が滅入る。

夕方になってたしかに寒気を感じたのだが、熱はなかった。何だったんだろう。気付いたらおさまっていた。

内沼晋太郎の本屋に関するインタビューに対して、本町文化堂から懸念が表明されるやりとりを見た。三宅香帆、ゆる言語学、コテンラジオ、シラスしか文系の道なくない?みたいな話もそうなのだが、全般的に死にゆく産業ゆえにとにかく売れる、目立つ方向にしていかなきゃダメだよね的なことかなとざっくり思っており、そこに対するそれだけでいいの?的な話も気持ちとしてはよくわかる。個人的には、それもまた差別化の1つってことで良いんじゃないですかと思うが、補助金みたいな話になると、数字で語れよになるのはそうだろうなと思うので、そこもその姿勢で求めるのは厳しい戦いの感じがする。

 

1月29日。

展覧会「150年」に出展および手伝いをしていたアーティストが監督の田中氏によるパワハラを訴えた。こういうのを見ると、現代美術への暗澹たる気持ちがやはり拭えないなと思う。田中氏から声明は出ておらず、脚本の布施氏からは声明あり。しっかり調査が行われることを願いたい。せっかくいい展示だったとしても、こういう話が出てくるとそれ以前の問題やろという気持ちになってしまう。

宇多丸分室の過去回を聞いていたら、スマホやアテンションに対する違和感が結構な時間を割いて言われていた。気持ちは分かるのだが、このあたりがなかなか難しいと思うこともある。マイナ保険証に対する立憲の紙を使えるようにしろ法案みたいなものもそうなんだが。別に全部マイナが良いとも言わないけど、なんというか身近にマイナを渋々とったり、未だに病院で読み取れなくて大変だったみたいな話をしている人がいると、そうやねえみたいなところもあるのだが、我々世代的には紙とか言うなやという気持ちもあってむずい。

ランキング男「教える」を見る。ラーメンランキングと順位ランキングがかなりおもしろかった。ランキングを教えるだけというライブの設定自体が良い。余計なことをしない感じがある。

 

1月30日。

雪が舞っている。また朝から寒いと思うと地面が白くなっていた。まだまだ全然寒くなるんだと改めて思わされる。

昨日のアトロク。マブ論年間ベスト。わりかしこの領域は新しい流行やプロデューサーを取り入れる率が高いので、2stepなどもポップス全体から見ると比較的多い印象。KBSNK作のばってん少女隊の曲が良かった。

上司と前日に話した内容をメンバーに伝える。明らかに不満の声だったが、ごめんなさいという気持ちと、あなたが悪いわけじゃないんだよねえを最大限含めて話す。こういうのは一番疲れる。

明日は内見。どうなるかわからん。昼ご飯に何を食べようかなと考えたが、あんまり浮かばなかった。

展覧会「150年」のハラスメントに関する続報を確認。ポッドキャストのLOOMに田中・布施で出演したものの文字起こしを読むと、ちょっときつかった。ベタなのかわからないが、あまりに無邪気過ぎる。音声で聞く気にはとてもならなかった。

イエローマジックショーを初めて見る。私はこういうユーモアがとても苦手だ。ユーモア以外の部分は良かった。

PSYCHIC FEVERの新曲、JP THE WAVY・JIGG・nvmbrrの作詞作曲。めちゃくちゃ良かった。ボーイズグループでこの感じをやってるのがあまりないのも良い。

 

1月31日。

小笠原鳥類、広瀬大志詩集の重版を見かける。そりゃそうでしょう。もちろん重版の難しさもよくわかるのですが、今なら売れると思いますよ。あと、無意味な高騰は極力避ける努力をしてほしい。

週刊文春は廃刊した方がいいとはまたずいぶん大きく出たもんだ。文藝春秋にいる人は自分で判断するので外部の人がとやかく言うことではないと思うが。自由主義者が言うこととはとても思えない発言で驚く。やっぱり人間は私怨が入るとよく分からない判断をするので、テレビの人がテレビに関する話をするって無理なんだなあと思うなど。

午後休をとって内見。仙台でご飯を食べる際にどこで食べるかいまだ正解見つからない。建物の立地、雰囲気、金額は最高だったのだが、実際いける感じかどうかは相談。果たしてどうなるか。もういい加減ここで良いはず。フィーリングは良かった。担当者も悪くない。結果はどうなるか。