2022年11月

月初だからかトラブル。仕事が進むスピードも減速気味。とにかく多少の残業は目をつぶり、やばくならない程度には進めた。夕飯を何かしら用意する気力もなく、味噌汁と漬け物、昨日の残り物を適当に流し込んで質素に終えたが、旅行から日も経ってないこともあってあまり気にならなかった。

有給の申請をとりあえず出す。最終的にはこの有給さえなければといつも思ったりするのだが、とりあえず出せるだけ出しておくのが一番。年末にも取れそうなので、少しはゆっくり帰省できそう。

M-13回戦の結果が出揃う。自分が好きな人たちは通っていて安堵した。ここからが残酷な感じになってくるが、視聴者としては楽しみしかない。とりあえず3回戦動画を見る時間を作らなければ。

 

前日夜遅くに連絡があり、すでにトラブルが発生している状態で仕事スタート。午前中になんとか収まったことでとりあえず仕事を進める。自分が何かしらしなければいけないタスクがどんどん増えてきていて、こんなはずじゃなかったのに感。決められた自分の領土だけをとにかく守っていたかったはずなのに、気づくとどんどんそれが増えている。結局、立ち回りの下手さなのだろう。

翌日が祝日ということもあり、何かを見たりしようかとも思ったが、旅行からの疲れがまだ残っており、ダラダラしつつ、前月分の書けていない旅行中の日記を整理して過ごす。

 

疲れていたこともあり何度寝かを繰り返して11時に起床。特にやることはなかったが、ちょっと前から食べたいものがあったので、昼過ぎに家を出る。

印刷博物館で「現代日本のパッケージ2022」を見る。普段スーパーで何気なくみているもののパッケージの変更にそんな意味があったのかなんてことは全く気に留めていないので、へぇーと思うことばかり。使っている材料が変わったこと、紙の構造が変わって、こんなふうに持ち運びできるようになった、連続した作業がしやすくなったなど、消費者が気付く可能性のあるものから、全く無いものまで様々でおもしろかった。そして、言われてみたらかっこいい、かわいいパッケージなんかの発見もあって、落ち着いて見るって大事だと感じた。油や酒の紙パックのものは、捨てるときのプラのめんどくささを考えるとすぐにでも変えたいと思ってしまった。一方で、変えたことによる価格への影響なんかも書いててほしかった。それが「高くしとるやんけ」になるのか、「それくらいなら仕方ないか」になるのかわからないけど、そこも重要なポイントだと個人的には思う。意外とああやって見せられたら、後者になる人は多い気がする。

徒歩で神楽坂の龍朋へ。定期的にここのチャーハンが食べたくなる。田舎の美味しかった中華屋のチャーハンに似ている。チャーハン以外も食べたいと思うものの、一人で来ているし、なんとなく他を頼む気にもならず、いつも同じものを食べている。相変わらずおいしくて、空間的にも落ち着くので好きな店の1つだ。

帰宅途中に本屋イトマイへ。可能なら喫茶に入りたかったが、混んでいたので本の購入のみにとどめた。川上未映子/村上春樹「みみずくは黄昏に飛びたつ」、オルタナ旧市街「一般」、くどうれいん「虎のたましい 人魚の涙」、スティーブン・ミルハウザー「夜の声」を購入。コーラとチーズケーキを買いたかったが、時間がかかると言われて断念。

帰宅後は特に何をすることもなく休みを惜しみつつ過ごす。明日が終わればまた休みなのに、なぜか気が重い。それでも明日はくるけど。

 

前日眠るまでに時間がかかり、寝付きも浅く朝が辛い。久しぶりの出社。道中は霜降りANNを聞く。

全社打ち合わせ後、社用携帯を変える作業が必要になるも難航。appleidがすでに設定されており、そのパスワードがないと初期化できないが、パスワードがわからないという最悪の事態。やれることはないので、情シス担当の対応待ち。

そんなことをやっていて、気付くと左目がおかしい。勝手に動く。時折痒痛い。調べるとどうやら眼瞼ミオキミアと思われる症状。目が勝手に動くのがこんなにストレスだとは思わなかった。気が狂いそうになったため、早めに仕事を終えて帰宅することに。道中、妹に眼科に行った場合の流れを確認。目薬が出るくらいということなので、とりあえず様子見のため、眼精疲労用の市販目薬の高いやつを躊躇なく購入。とにかくこの症状を早く和らげたい一心。高い目薬は効く感じがした。カフェイン摂取はあまり良くなく、ストレスや疲れの影響とのことで、いつもよりは早めに寝ることにする。起きたら完全回復しててほしい。

 

起床。かなりビビっていたが、起きると目のピクピクは消えていて安心。目薬は継続して付けつつ、カフェインをあまりとらないようにする。

bandcamp fridayでそこそこの量の作品を購入。woddaのgarageがめちゃくちゃかっこいい。DJ SWISHAのDJ Tool集もいい感じ。hankyovain「他人の事情」のRemixがリリースされたのが、自分的にはタイミング最高でぶち上がって買った。

そういえば最近作ってないということで、カレーを作る。なんとなくキーマカレーがいいなという気分になり、専用のルーを使って簡単に作る。自分で作ると美味しく感じるのはやっぱり人間自分がかわいいからだろうか。美味しく食べる。

Jリーグの最終節。先週見に行ったからか、ガンバの結果が気になりつつも、NHKで放送していたマリノス戦を見る。マリノスのゲームスピードが早くて驚く。そこそこの海外リーグでも通用するのでは。マリノスの優勝と同じくガンバの残留決定が決まり、サポーターであるYさんの安堵がLINEから伝わってきた。

大迫がバックアップメンバーを辞退したニュース。個人の考え方次第なので別に辞退は全く問題ないと思うが、誰かはその枠に入ることになるので、「怪我を祈るなんてしたくない」って言い草はどうなのかとも思う。別にその枠に入ってる人たちみんなが怪我を祈ってるわけじゃないんだから。

 

早めに一度起きて風呂を溜めたあとで二度寝。起きたら2時間が経過していた。保温されているのでラッキーと思って入るも、そもそも最初から予約して風呂溜めれば良かったのではという気持ちが大きくなる前に風呂を出る。

天気が良くてどこかに行きたい気もして、昼過ぎから資生堂ギャラリーへ。休みの夕方近くにもなると、三田線も人はまばらだった。

資生堂ギャラリーで「第八次椿会 このあたらしい世界」を見る。6組のアーティストによるグループ展。去年からこの組み合わせで展覧会をやっていたらしいが、見るのは今回が初めて。入るといきなりロープが張り巡らされているが、これは展示であり、ロープを跨いで中に行くのも自由。ああいう場でロープがあると途端に跨いではいけない感じを勝手に察するが、そこを乗り越えたことでもっと作品と対面している気にもなる。印象的だったのは、目の映像展示。河川敷にいる全盲の写真家が、景色で自分と対話している映像。河川敷の良さと見えていない人がする会話。そこで感じられることを話したり間が空いたりしながら、自分が何を考えているのか、感じているのかなどを訥々と話す。見ている方も、自然と自分の中で反芻したり自分なら何を考えるかという方向に思考が動く。そういえば、ただボーッとしてないなと気づく。「生活の豊かさ」というテーマで各自がものを置いた部屋。子供が書いた絵が特に印象的だった。後から読んだインタビューによれば、作者の子供がニュース番組を見て書いたものだと。内容は、ロシアがウクライナの家に爆弾を落とすというようなものと、独自天気予報が描かれたもの。日常にある子供の絵自体がもつ生活への豊かさを感じる一方で、放っておけばこんな絵を書かせてしまう世界の残酷さが同時に感じられた。インタビューもなかなかおもしろく、来年の展示もぜひ見たい。

銀座で近くのエクセルシオールカフェに入り、90分ほど本を読む。銀座ともなるとエクセルの椅子もフカフカで居心地が良い。

「Architecture in the Post COVID Society/漣」を読む。著者はザハ・ハディド建築事務所在籍の建築家。コロナ禍以降の建築設計のあり方と、新国立競技場建築までの諸問題に関する論考2本。その場にいた人だからこそ書ける熱量を感じつつ、そこからいまだ何も変わらない社会の存在。本当に先頭に立っていた人の言葉からは、理不尽極まりないザハ案への批判とその後の流れへの怒りと悲しみとそれでもやらなければという決意がまざまざと伝わる。もっと多くの人に読まれていいと思うし、ザハ案撤回までのプロセスについては、もっとおおごとになってもいい話だと改めて思う。小説「漣」は、コロナ禍を舞台にしつつ、東日本大震災の記憶も重なってくる話。渦中にいた人が感じていることは決して絶望や喪失感や怒りや悲しみだけではない。そういう人たちに対して手を差し伸べるというのがどういうことなのか、どんなやり方があるのか。冷静に考えたり本気で慮ったりするってどういうことなんだろうとちょっと考えてしまった。東日本大震災を取り扱った作品への向き合い方が自分にはまだ難しい。

帰宅後、ビッグロンドンダービーを見る。白熱した展開ながらなんとかアーセナルが1-0で勝利。ここで勝ちきれる強さが今はある。見ているのが本当に楽しい。

 

仕事。集中力が著しく低く反省しつつも、最低限のことはやったので自分を甘やかす。

いしいひさいち「ROCA」がめちゃくちゃおもしろかった。アトロクで矢部太郎氏が推薦していた一冊。テンポが早くてどんどん読めるし、考えてもいいし考えなくてもいい感じがまた良い。類まれなる才能を持っていることが大げさに書かれすぎず、でも着実にステップアップする中で、主人公が望んだ舞台に近づくということが、友人が表舞台から消えることを導く。ともすると悲劇的に見えるけれど、きっと彼女らはそれぞれが新しい場所で楽しく過ごしているだろうとも思えるように、それぞれのキャラクターが魅力的に描かれる。とてもいい一冊に出会えた。

「黒帯と中山さん」を配信で見た。途中、金属バットとAマッソの主にファンに関する言及があり、分かるけど難しいと思う。その二組に限らず、「その人たちが好き」と「その人たちを好きな自分好き(おもしろい)」みたいなものって本当に分けられるんだろうか。後者に関して揶揄する言い回しはめちゃくちゃ聞くし、気持ちわかるけど、じゃあ自分がそれじゃないってどうやったら言えるの?とは思う。別に出待ちもしないし、おもしろそうなライブがあれば行くか配信見るし、YouTube更新されたら見るし、くらいの自分はどっちに分類されるのだろう。見た目も含めて、「Aマッソが好きな男」=後者ということになるんだろうか。結局そんなのは言う側のさじ加減だとも思いますが。音楽でもなんでもそういう、物自体じゃなくてアクセサリー的に利用してるだけという話はよくあるが、作り物ならまだしも(花束みたいな恋をしたは多分そういう人たちが出てくる話なんだと思う、見てないけど)、実際でそれを分けられるケースってそんなにあるのだろうか。

普段はおもしろい人が熱くなったときにあんまりおもしろくない皮肉を言ったりするのを見ると、こっちが本物か?と思ったりする。そして、おそらく多くの場合は本当にそうなんだと思う。

 

あんまり書きたいことがない。疲れているわけでもないが、気力が湧かない。

同僚というか先輩にあたる人が結婚するという話が入ってきた。もし自分が結婚するときも会社にはそういう情報って言わなきゃいけないのだろうかとふと考える。言っておいた方が諸々都合が良いのかもしれないが、その情報から始まる諸々の職場内の辞めさせないための進め方などを見るに、なんかちょっとだけ嫌な気分になった。

442年ぶりに皆既月食と惑星食が同時に起きる日ということで、皆既月食を見にフラフラと仕事を終えて外に出た。なんとなくいいものを見た気がした。思えば、前職でもこういう天体ショーの日があったけど、そのころはこれを見るために外に出ることすら許されなかった、あるいは気力が削がれていた。なんとなくこういうのを見れる環境に来れただけで良かったと思う。

アトロクの読書特集に上白石萌歌氏が登場していろいろ話していた。この企画、本や読書にこだわりがあったり偏愛がある人の方が個人的にはおもしろいと思うので、スポンサーの関係等あるだろうが、そのあたりはこだわってほしい。氏も本は好きなのかもしれないが、偏愛というほどのものは感じなかった。ただ、普通に聞いている分にはそっちのほうが親近感あっていいのかもしれないけど。

FOLK old book store「肝腎」を読んだ。パラパラめくっているだけで、どこの誰かもわからないような人から名前を聞いたことくらいはある人まで様々な人のおすすめ本を知ることができるだけでもおもしろいし、おすすめ文も読める。かなりオトクな本だと思う。知らなかったけど読んでみたくなった本や、知っていたけどもう一度読みたくなった本までいろんなものが載っていて楽しい。自分の手の届く範囲のちょっと外を知るにはちょうどいい。何回もいろんなタイミングで読んで都度発見がありそうなのも嬉しい。

 

出社。感染者数が増えてきていることもあり、またしばらくしたら来なくなるだろうなあと勝手な推測をしたりした。一方で、ある時期に比べると電車の混雑に対する嫌悪感も薄れているのは確かで、慣れは怖いと改めて思う。

帰宅中にトラブルの連絡あり。どうやらクラウドサービスの障害ではと思われるが、なかなか詳細が出ないため、とりあえず一報入れて翌日に持ち越し。いつ連絡が来るやもということで、あまり家にいても心が休まらなかった。明日は朝からこれと向き合うのかと思っていると、なかなか憂鬱にもなる。

寺田寛明氏の大喜利やネタは好きだ。ただ、ツイートしていた「見に行ったライブで聞いた発言でこれ炎上するかもなっていうのは書くな」というのはどうか。マナーとして中身を基本的に書かないというのはわかるが、最終的には書く書かないは自由だ。(明確に口外禁止を謳うライブは別にして)おそらく松永氏の炎上を念頭に置いた発言だろう。

では、Aマッソはあの時ツイートされないほうが良かったんだろうか。今回松永氏もされないほうが良かったんだろうか。1人の客が目の前でめちゃくちゃ傷ついたり変な気分になった感情は、せっかくサービスしてくださってるんだから、押し殺して笑いなさいというのが本当に正しいのだろうか。「正しい」なんかライブに求めるなよというのも分からなくはないのですが、そういう可能性があるなら、いっそレポ禁で誓約書書いて「口外したら~」のような形式でやるのが良いのではとも思う。

表現する側は偉いと思うし、すごいとも思っていますが、だからといってそちらが言ったことを全てありがたがって受け取る義理はないとも思います。おもんなかったらおもんないと言いますし、胸糞悪かったら胸糞悪いと言います。おもしろかったらおもしろいと言うように。一歩間違ったら駄目になることを覚悟して、それでも駄目にならずにおもしろいことを言ってる人もいるので、そういう人をありがたがるようにしようと思った。

 

前日の障害対応が引き続く。最初の頃はあまり好きではなかったが、今となってはやっと塩梅を掴んだこともあり、慣れてきた方だとは思う。一方で、こんなことばかりやっていると、何がしたかったのかという気持ちになるときもなくはない。それでもやってしまうからこんなことになっているのだろうが、やらないという選択が簡単にできる性格でもないこともよくわかっている。

欲しい服があって、決して買えなくもない金額だったが、届くのが3ヶ月後となると手が出しづらい。保留して見なかったことにする。

 

ようやく一段落したものの、障害対応が完結せずに1日が終わる。クラウドサービスを使うことを前提に提供しているので仕方ないと思いつつ、このモヤモヤはオンプレミスのころにはなかったよなあと思っていたが、部品の故障などが発生して早朝や深夜作業があったことを思い出し、結局完璧はないよなあと改めて思い至る。

モヤモヤしたまま仕事を終えたので食事で自分に自由を与える。残り物もなくなっていたので、スーパーで適当に買ったものを食べた。

 

二度寝して10時過ぎに起床。午前中ぼんやりと過ごしつつも、重い腰をあげて家を出る。

pixel tokyoでki_moi氏のポップアップショップをやっており初めて訪れた。人形というか、置物みたいなかわいいのがいくつも展示されていて欲しくなった。値札を見て買えないことはないが、今ではないと自分を諭す。ki_moi氏のシールセットをいくつか購入した。

かねてから行ってみたかったReadin' Writin' Book Storeへ。狭くもなく広すぎもなくほどよいサイズの本屋。ジャンルは割りといろんなのがカバーされていたけど、置いてある本には店主の思想を感じるラインナップというのが伝わってくる。下の方の棚を見るのに屈む必要があるというのも、ハードルのようで個人的には意外と気分が上がる。いろいろじっくり見て、清水晶子、ハン・トンヒョン、飯野由里子「ポリティカル・コレクトネスからどこへ」、「スピン 創刊号」、高島鈴「布団の中から蜂起せよ」、「ゆめみるけんり vol.5」を購入。この本屋でこれを買うということに意味がありそうだと思う本がたまにあるけど、今日はそういうバイヴスがうまく合っていた。

昼ごはんどうしようかなと思いつつ外に出ると隣にピザ屋があり、フラフラ入る。「Maple Pizza」というピザスタンドでめちゃくちゃ美味かった。マッシュルームのピザとベーコンとカマンベールチーズのピザを頼む。どちらもめちゃくちゃ美味しかったが、ケースに入っているものだとそんなに大きく見えなかったのに、目の前に来ると大き過ぎる気がして食べ切れるか不安になった。なんとか食べて満足しながら店を出る。この本屋に来たらこのピザ屋に絶対寄ることにしようと心に決める。

銀座のグラフィックギャラリーで「日本のアートディレクション展 2022」を見る。こういうのを見ると、普段広告とかパンフレットとか売ってるもののデザインとかを本当に無意識に見ていることに気付く。そういうものにめちゃくちゃこだわって作っている人がたくさんいて、もしかしたらそれのお陰でそれらを手にしている可能性もあるということに改めて気付く。こうやって並べてもらえるとありがたいと思いつつ、なんかそれって本当に正しい?とも思う。

銀座蔦屋書店で坂内拓作品展「feel」を見る。なんか景色って実際にはこれくらいの感じで見えてるよなあというような距離感とイメージと柔らかさみたいなものが、フラットな感じがしてとても好き。ポスターをその場で購入しようと思ったが、持ち運びに難があるため、通販に決める。

ドトールで「ポリティカル・コレクトネスからどこへ」を読む。このあと、この本にも関連するラウンドテーブルを聞きに行くので、かなり突貫工事になってしまったが、なんとか前提を読み取ろうとする。著者3人の中にも問題意識や温度に微妙に差があることが明示されていて、そのあたりのフェアさが良い。「ポリティカル・コレクトネス」という言葉が今インターネット等で使われているものは出自や本来の意味と異なる意味であり、そもそもはという話から、「道徳的な正しさ」と「政治的な正しさ」、「あなたの気持ちなんかどうでもいい。正しい知識を学ぶほうが大事です」というかなり刺さる話が展開されており、おもしろい。全部は当然読めなかったが、空気感をなんとか掴み移動。

北千住のBUoYという、以前はボウリング場や銭湯だった場所にあるカフェ+アートスペースのようなところでやっている「水平都市」というイベントに行った。イベントに行くこと自体がかなり久しぶりだし、会場はなんかクラブっぽくて久しぶりでいいなという気持ちと、周りのアート感度が高そうな感じへの慄きというか、なんとなくの不安感があった。

「多声の風を招き入れる カルチャーとポリティカル・コレクトネス」というラウンドテーブルを見た。登壇者は、鈴木みのり氏、ハン・トンヒョン氏、野村由芽氏、松尾亜紀子氏の4名。普段の会話の中の「正義」に関する話とハン氏の共著とを接続した内容。オフレコというか、そもそもレポートされる前提で話されていたわけではないので、特に内容については書かない。おもしろかったし、各分野での登壇者の葛藤が伝わってきたのはあの規模感ならではのリアルだったと思う。特にハン氏の語り口がとっつきやすく分かりやすかった。自分がなんとなくこのテーマに関して感じていた自分の中の矛盾やジャンルみたいなものに触れていたというのもあると思う。終盤に参加者から出た質問の「正義」に関する話。ふと、自分は結構ロールズの「原初状態」や「無知のヴェール」という概念が好きというかしっくりきていたことを思い出す。またそのへんの本を読んでもいい気がした。

ああいう場所に行って話を聞くと、シスジェンダーヘテロセクシャルで4大卒でそこそこの年収で東京でホワイトカラーで正社員で暮らしている男性である自分がこういうことを学んだり関心を持つことに欺瞞はないのかということを考えたりする。でも、欺瞞があるかもしれないから学んだり関心をもつことをやめたら、一生そのままで、自分の常識の中でだけ生きることになる。そうやって知らない人をマジョリティとして無意識に悪気なく、ときに差別もしていくかもしれない。それに対して本当に自分が考えていることは、そういう自分を許せないとかじゃなくて、どちらかというと、もし何かが変わって、ある日マイノリティになったときにもそれでいいの?ということだと思う。そういうことは現代では往々にしてありそうだし、今からでも突然自分の属性が変わったり気づいたりすることがありうるはずだし。結局自分かよという話にはなるが、でも他人にはなれないんだから、それくらいから考えていくのではダメなんだろうかというようなことを考えながら帰宅した。

 

アーセナル戦を前日朝方まで見ていたため、起きたら昼過ぎだった。洗濯を3回まわした。天気が悪い日に限ってまわす必要があるという悪いサイクルになってしまった。東京は久しぶりに雨が降った。

赤もみじのYouTubeチャンネルでドキュメンタリー的な映像が公開されていてポツポツ見る。ドキュメンタリーなのに公平ではないという批判があり、そもそも公平なものなんだっけ?と疑問が湧く。ドキュメンタリーってそういう見られ方をしているのかと気付く。個人的には、創作物なんだから作り手の考え方が乗っかるのは当たり前で、今回はそれが明確過ぎるだけなんだと思う。そのあたりは作家のスタンスの違いで、多くの人が見たであろうニューヨークのチャンネルでの一連の映像との違いはそこにあるんだと思う。どちらか寄りにした結果おもしろいかおもしろくないかは自由に言えば良いと思うが。個人的にはそこまでハマらなかった。

関連して、ドキュメンタリーでの取材対象者の健康状態への取材者側の配慮云々は一般的にどういう風に考えて作ることになっているのか、気になってそういう本をAmazonで探した。おもしろそうなものは一度読んでみたい。「リアル」的な映像ばかりが流行っていて個人的には結構どうでもいいと思ってしまうので、徹底的にふざけ続ける映像でおもしろいものがもっと見たい。

 

朝の仕事開始時の自分の仕事量がどんどん下がっていってる気がする。1時間位は朝飯食べながらぼーっとしてる気がする。本当はそれでいいのかもしれないし、それを直したほうがいいのかもしれないなあと思いながらずっとそんな感じ。やらなきゃいけないことをサボってるわけでもないし、それでいいんだと思うけど。

クリーニングに持っていこうと思い、長袖シャツを全て紙袋に入れた。気付いたらクリーニング屋は終わってた。こんなことばかりだ。

S.L.A.C.KのアルバムとPR0P0SEのEPとthamesbeatのEPを携帯から聞けるようにした。コンピレーション系はサブスクにないものもそれなりにあるので、そのあたりも一度整理する必要があるなあと思う。

POPEYEの京都特集号をコンビニで買った。コンビニの自動精算レジが故障して店員さんがあたふたしてた。壊れなければめちゃくちゃ楽だが、一度壊れると本当に大変そう。機械のやることだしなあと別にイライラすることもなく、何かを考えてた気がしたけど精算が終わったら何考えてたか忘れた。

この日記がもし全部創作だったとしたら、創作のセンス皆無だなあと思う。でも、リアルという意味ではよくできてるということになるのだろうか。つまらなすぎる。

 

雨が降っていた。寒い。めちゃくちゃ寒い。そろそろヒートテックを着たほうがいいかと思いつつ、外出する場合は外出先が温かい可能性もあるため慎重になる。12月になったらでいいかもしれない。

Tさんから日中にLINEが続々と届いた。休みを取って京都観光をしているようだ。羨ましい。Yさんは休暇中でこちらも旅行していると聞き、なんてことだと自分を呪う。

アトロクで太宰治のおもしろ特集。以前買った太田光氏による太宰治のアンソロジーをどこにやったかと探しても見つからない。悲しい。太宰治の女の人描写がめっちゃ良かった記憶。

昔は中条あやみ好きだった気がしたけど、今はマジでなんにも思ってないことに驚く。もしかしたら昔もそんなに好きではなかったのかもしれない。結婚のニュースを見て思い出した。

 

出社の日は朝がつらい。いつもより1時間早く起きる。朝は相変わらず寒く、いよいよ冬の感じがする。ポーランドにロシア製ミサイルが着弾して人が亡くなったニュースが朝から大きく取り上げられている。世界大戦なのかという気持ちと、生活はそれでも続くという事実がいまいち自分の中で合流しない。後に、おそらくロシアからのミサイルではないことが発表される。

夕方くらいになるとバタバタ動き出してきて帰るのが結局めちゃくちゃ遅くなった。もっと早く帰りたかった。家着いたら22時はさすがにしんどい。昔に比べたらかなり早いが、慣れは人を変える。

父ちゃん家の踊り場の落選通知が届いて悲しい。行きたかった。本当に。M-1準々決勝の結果発表は明日らしい。先に進んでほしい人たちはいろいろいるけど、とにかく発表を楽しみに待ちたい。

 

相変わらず朝からずっと寒かった。もう冬かも。

仕事があんまり良くない感じになってきており、どこかで気合が必要。とりあえず明日。

M-1準々決勝の結果が気になってあんまり夕方以降は機能しなかった。別に熱烈に追いかけている人たちがいるわけではないものの、あそこはどうかと思う組は年々増えていて、結果に悲喜こもごも。金属が落ちるのはさすがに予想できず、M-1側のウケや気持ちだけではない審査のマジさを感じなくもない。とはいえ、今の金属の人気は他に類を見ず、ワイルドカードで準決勝までは行く気がする。真空ジェシカ、ダイヤモンド、ママタルト、令和ロマン、ケビンス、ストレッチーズあたりがいっているのは、同世代のおもしろいものが一気に見れる感じがして楽しみ。真空は単独を見たときに「口内炎」とメモしていたものがおそらく勝負ネタのようで、あれがどうなっているのか楽しみすぎるので決勝で見たい。黒帯が落ちたのも個人的にはけっこう残念。

アトロクの推薦図書で保坂和志の「プレーンソング」が紹介されて、これって今なんだろうかと思った。久しぶりに読み返すか。

M-1の結果を受けてのツイートや動画なんかを見ていたらあっという間に夜になっていて、サッカーのカナダ戦を見ながら弟とチャット。フロンターレの守備がリーグ戦で崩れていないのはおそらくボール持ててるからだと思うが、そうでなくなったときに、二人共守備が軽いし、危ないプレーを簡単にするので怖すぎる。人と話しながら見るのは楽しい。

 

毎日寒すぎて意味わからん。まだ11月だし。

Twitterが終わる云々がインターネット上に漂っている。個人的には惰性で続けているだけなので、終わったら終わったですんなりやめられる気がする。その時はこのブログをひたすら書き続けるだけになるんだろうか。Instagramはアカウント作ったけど何を上げたらいいのか分からず止まっている。

仕事終わりに親と電話。とりあえず年末帰る話だけして、他は当たり障りのない内容に終始。今後のことで言っておこうかなと思うこともあったが、いざ話そうと思うと言いづらい気持ちもあり、難しい。

 

二度寝して起きようとしていたら親から着信。朝から電話なんてほとんどないので何事かと思って出たら「ユニクロにいるから服を送るので何色がいいか」というマジでなんでもいい話で拍子抜け。前日寒い寒いと言っていた息子を心配してのムーブだとは百も承知しつつ、とはいえ。

めちゃくちゃ晴れているし、翌日からは雨ということもあり、午後から家を出る。ずっと行ってみたいと思っていた浜離宮恩賜庭園へ。当然のことながら一人で来ている人はあんまりいなかった。都心にあるのに色付く木々などがきれいで、落ち着いている空間というか、思い思いにゆっくりしている人たちの様子も良かった。ずっと座っていたい気もしたが、初めて来たのでなんとなく全体を歩いた。いい感じの木を撮ろうとしたり、周りを見回したりすると視界に入ってくるコンラッドの看板が現実離れ感を逆に高くしてる。歩きながらいろんなことを考えた。tofubeats「REFLECTION REMIXES」、C.O.S.A.「Reason」を聞いたりしながら。どちらもめちゃくちゃ良かった。後者は今年一番のEPかも。

更に歩くことにして、たまむすびで取り上げられていた有栖川宮記念公園へ。1時間近く、あんまり知らないところをひたすら歩いた。東京にもう10年以上いるのに、それでもまだ知らないエリアがたくさんあって、そういうところを歩くのは楽しい。またいろんなことを考えた。そういえば最近こういう散歩をしていなかったことに気付く。余計なことまで考えてしまうけど、でも考えなければいけないことを自然に考えられる時間でもある。いつ仕事を辞めるか、辞めた方がいいのか、辞めない方がいいのか、頭でわかっていることと感情のバランスと決断のこと。JAZZ DOMMUNISTERS「Cupid & Bataille, Dirty Microphone」を久しぶりに聞いた。昔はもっとわかってなかったことがわかった。今はちょっとだけ分かった気がした。いい音楽だった。

遅くなってしまったために公園は真っ暗に近かった。それでもとても広いこととこんなところにこういう公園があるのか感は感じ取れた。近くなのかわからないけど高校生が暗闇で駄弁っていてそれもよかった。明るいときにまた来よう。

清水晶子、ハン・トンヒョン、飯野由里子「ポリティカル・コレクトネスからどこへ」を読み終えた。めちゃくちゃおもしろいというか、かなり視界がクリアになった。自分が何に疑問があったのか、どうしていくのがいいのか、考えやすくなった。特に、飯野氏、ハン氏の論考部分は今までぼやけていたところやなんとなく感じていたことが説明されていて、ちょっとだけ前進した気がする。わからなくなったらまたここに戻ればいいのかという気持ちになった。

 

前日夜になんとなく考えていたけど決意をして初めて文学フリマへ。流通センターに初めて行った。なんとなく行きたいと思っていたことは何度かあったけど結局行けていなくて、ようやく。

会場は熱気がすごい。こんなにみんな楽しそうなのか。カタログで見て気になっていたブースを回る。ありきたりな話ではあるが、作っている人の顔が見れると、なんかそれだけでちょっと買ったものに愛着が出てくる。ただ一冊買っただけなのにすごく喜ばれて嬉しいような申し訳ないような気持ちになる。こんなにいろんな人が売ったり買ったりしているなんて、出版が本当に不況なことが信じられなくもなる。ニッチだからこその熱気なのかもしれないけど。でも、こういうものをもっとたくさん見たいし、もっとたくさん出てくる世の中ならいいのにと個人的には思う。SoundCloudやbandcampを夢中になって見ていた自分にはそっちのほうが嬉しい。

買ったもの。「USO Vol.4 特集 YES」、碇雪恵「35歳からの反抗期入門」、tatazumi「二〇二二年四月」「POOL vol.1」、「移住と実存」、星野文月「プールの底から月を見る」、三輪亮介「ラジオとテレビと生活と」、瀬戸夏子「二〇二二年の夏と秋」。

帰宅後、話題になっていたドラマ「霊媒探偵・城塚翡翠」を一気見。おもしろかった。なんとなくこいつが最終的には犯人かとは思っていたが、それよりも途中の事件の解決時の伏線回収みたいなもんが、ある意味勝手な認識で実際は違うということが最後で明かされるのがおもしろかった。伏線回収なんて結局お前が見たいように見ればいくらでもできるけど、まだそれってありがたがりますか?って言われてる気もして痛快。そう思ってるのもまた勝手な話ではあるが。今週からは違った角度で面白く見れそう。清原果耶はどう考えてもこういう役の方が良いと思った。関係ないけど、美人であることを特に明言してないドラマに比べると、はっきり言ってくれるので、そのあたりが違和感なく見れたのも良かった。

 

朝から寒くて仕事に集中できない。モコモコの服を着ているともう動かないでいい気がして、こいつがよくないと思い初めて暖房をつけた。30分くらい付けたあとで暖かくなった気がしたのと、うるさくて打ち合わせ時は消さなければという気持ちで消した。その後は一度もつけなかった。

金曜日に有給を取得する影響で仕事がなるべくたまらないように消化する。なんのために有給をとるのかよくわからないが、とにかくそういうことだ。

M-1準々決勝の動画がGYAOで公開。とりあえず金属バットだけ見た。他は明日からぼちぼち見ていくことにする。

アトロクのノースフェイス特集がおもしろかった。語り口も聞きやすい。ストリートでのブランドの扱われ方には必ず物語があるのだなとニューバランスのときの話も含めて思う。正直一冊の本にしてほしいくらいだが、生きた情報を実際に入手している人の話が聞けてるだけ幸せなんだと思う。本当ならストリートからこの手の話は外に出ないのだろうから。

W杯のイングランド対イランを見る。イングランドの豪華さと強さが光っていた。守備は脆さもないわけではないと思うが、中盤から前線にかけては誰が出ても同じようなクオリティを持っていて、厳しい日程の大会ではかなりアドバンテージがありそう。連日見れる試合はなるべく見たい。

 

仕事。特筆すべきことはないものの、有給で休みの間に面倒なことが起きないで欲しいという気持ちだけが自分を駆動させる。

アトロクのチャップリン特集おもしろかった。語り手の人の明らかなインテリ感とそれが嫌にならない感じがすごいバランス。

日本サッカー協会会長がカタールワールドカップを巡るあれこれに関して、「サッカー以外のことは今は」みたいなことを発言。結果残したら忘れられるんだろうけど。ヨーロッパの各国がユニフォームやキャプテンマークの使用を巡ってFIFAから不当な規制を受けていることを追認するような発言。サッカーファンこそこういうのは言っていくべきだと思うし、プレミアリーグなんかはそういう意識が非常に高くて、そのあたりをJリーグや日本が打ち出せないわけはない。もう少しその辺も世界水準にしてほしい。

そんな中でもワールドカップ中継を見てしまう自分は何なのかと思いながらも見ている。ポーランド戦の宇佐美の解説が声も良いし、テンションもローで余計なことを言わずにポイントで話してるところが好感。引退しても解説で食えそう。

 

休み。平日の間の祝日。東京は一日中雨のため、もともと家にこもる予定だったのでそのまま過ごした。前日はフランス戦を前半だけ見たので朝もゆっくり起きる。

J.D.サリンジャー「彼女の思い出/逆さまの森」を読む。おもしろすぎる。どれも本当に最高でおもしろくて、やっぱりサリンジャーが一番好きだ。1つ1つの話から、純粋であるというのがどういうことかがよくわかる。決してめちゃくちゃスリリングなことが起きるわけではないけれど、ちょっとした会話や描写から、本当に一時期にしか人間に訪れないものを大事にして切り取って、そこの不思議さやおもしろさや寂しさや至らなさを詰め込んでる。表題の作品が特に良かった。

日本の初戦、ドイツ戦。前半はプレスがはまらず数的不利を作られて苦しい中で失点。後半は立て直して気付くと逆転してそのまま勝利。すごい。冨安が怪我したっぽいことだけが気がかり。解説の本田の理論的な部分と感情的な部分の急な切り替わりがおもしろかった。

しかし、こんな試合やれるんだから、改めて日本サッカー協会会長による発言は代表に泥塗ってると思う。選手からも批判が出てほしいと思いつつ、今それを求めるのは酷だとも思うのでとりあえずはいいけど。

 

仕事。明日が有給ということもあり、罪悪感を感じないためによく仕事をする。休み中の対応なども整理して連携。結局20時過ぎに終了。帰宅して21時になっているが、めちゃくちゃに疲労を感じる。動けない時間が長く続き、不安になる。

翌日は美術館の日時指定チケットを買っていたために早めに起きる必要はあったが、とりあえずサッカーを見たりして過ごす。風呂でいつもより気持ち長めに過ごして浴槽から出ると、気持ちが悪い。とりあえず身体を洗うが、しんどくてたまらなくなる。なんとか全身を洗い終えたが吐き気のようなものが襲う。慌てて体を拭き、服を着て髪を半分乾かしただけで横になる。1時間ほどそのまま気持ちが落ち着くまで耐えた。貧血なんだろうが、本当に若くないし、時がくれば一人でこうして倒れて亡くなっていくのだろうと感じる。

 

有給取得日。早めに起きて東京都現代美術館へ。平日なので電車が割と混んでいた。音楽が聞きたい気分でプレイリストを聞いてみたりして、RYUTistの「エン」を聞く。いいアルバム。柴田聡子が作った「オーロラ」が流れる。大江戸線の中で涙が溢れそうになって慌てて止める。自分でもそこまでなのだろうかと思ったが、そういうときには冷静になっても意味がない。ただ泣かないようにしていた。歌詞とコーラスとメロディとビートと。どれもなぜか今の自分にはバチンとぶつかった気がした。どの曲も素敵でいいアルバム、ほんとうに。

建物の中に入ったところで気付く。チケット予約していたのは別のところだ。「大竹伸朗展」のチケットをとっていたのだが、どういうわけか勘違いしていた。本当に行かなければいけないのは東京国立近代美術館だ。貴重な休みにこの間違いとはと自分を責める気持ちもなくはなかったが、まあもういいやせっかくだから見ようということで、「ヴェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台」を見る。

結果的にこれがすごく良かった。映像展示が6本。ちゃんと見れたのは3つだけだったけど、本当にとてもおもしろかった。「Hier」、「オブサダ」、「彼女たちの」の3つ。どれも歴史と社会や自分のつながりを音楽や演技や小説を通じて、解き明かすというかクリアにするようなもので、その中で性別やセクシュアリティや国籍などのアイデンティティに関わる問題を考えざるを得ないし、浮かび上がってくるような感じ。明確な答えや解決方法や結論があるわけじゃないけど、自分に置き換えてみたり、どこかの誰かのことを考えたりするきっかけになる。映像や音楽のかっこよさももちろん良かった。映像作品ということもあり、2回目が無料で来れるようになっていてそれも嬉しい。残りの作品も見に来たい。

2階のサンドイッチで昼食。テラスに出てみたら晴れていてとても気持ちが良かった。この店が好き。ここに来たいから場所を勘違いしていた気がする。

予約していたフルーツパーラーフクナガへ。ここに来ると休みなんだという気持ちが最高潮に達し、季節のパフェを食べるときに生きてることを実感する。こうやって生きるためにすり減ってるんだよなあーとなって泣きそうになる。もっと来なくちゃと思う。柿のパフェ。店内ではお客さんに年賀状の話をする声も聞こえて、年末が近いことに気付く。

大竹伸朗展」へ。時間を過ぎていたけど入れてもらえた、ありがたい。とにかく作品数がめちゃくちゃ多い。ゼロから何かを作り出すんじゃなくて、そこにあるものを使って何かを作るという感覚が基本にある作家なので、コラージュや模倣が中心。個人的にはそういう作家のほうが好きなのでどれもおもしろい作品ばかりだった。家や車というような大きな作品は目を引いたけど、何よりすごかったのはスクラップブックのような全体がコラージュになっている作品群。点数もめちゃくちゃあるし、どれもおもしろい。本当にひたすら作っててそれが楽しいんだろうなというのが作品の多さと展開や幅の広さから伝わる。特に好きだったのは「ナイロビでの私の生活」、「青の移動/フランケンシュタイン」、「日本景/東京Ⅱ」、「インターチェンジ 新宿/ホノルル」、スクラップブックシリーズ。

「Curry&Spice 青い鳥」でYさんと夕食。来てみたかった店に来れただけで嬉しかった。カレーはキーマカレーとココナッツカレーのあいがけ。ココナッツカレーのエビの風味が強かったのも良かった。めちゃくちゃおいしかった。また食べに来たい。

近況を聞きつつ、いろいろと話す。ワールドカップの話や今後どうするかの話や、自分の社会的立場の話など。今後の話で、なぜか人に移住をすすめていた。自分がしたことあるわけじゃないのに。でも、友だちがなんとなくやりたいと思ってることなので、止めるときは自分の判断で止めるだろうなと思ってる人ということもあり、押す側になってみた。そうなったらなったでこの人は楽しく過ごせるんだろうなあというのがよく分かる。

自分の経験からも、生活が健康になってくると将来とかをちゃんと考え始めてしまうということがなんとなく分かってきた。「サラリーマン向いてないと思ってた」と言われて、そう捉えて生きようかなともちょっとだけ思えたのがありがたかった。

店内ではイメージの東京のおしゃれな店の会話が繰り広げられていた。お客さんと店主のフレンドリーな感じと、お客さん同士の交流に発展していく感じ。あんなふうにはどうやってもなれないけど、ああいうものへの嫌悪感がなくなっているのはいいことかもしれない。次回は烏山でいい店を紹介してもらえるということになり、解散する。

凡人ゆえに思うことなんだろうが、ある程度のものを作れる人が普通の仕事をイヤイヤする必要はないと勝手に考えている。もちろん、文句を言いながらやるという仕草自体は自分にもわかるし、生活があるというのは当然のこと。ただ、モノづくりで生きていける人が無理に仕事をやる必要がどこにあるのかと思っている。もし自分がそのポジションになったら間違いなく仕事をやめると思うが、そう考えている人間はそのポジションには永遠になれないということかもしれない。

くどうれいん「虎のたましい人魚の涙」を読んだ。残業についての話が書かれており、なんでこの人働いてるんだろうと思いながら読んでいた。最後のエッセイで著者は会社勤めを辞めた。創作なんかしてない人間でも会社勤めは疲れる。辛さもないわけではない。現に有給を取得している今日も、いつ携帯電話が鳴るかもしれないという気持ちを持ちながら過ごしている。創作ができる人が仕事をする必要なんてあるのだろうか。ここまで書いて、創作できる人が仕事までできたら自分の何もできなさに絶望するのでそんなことを考えているんだろうなと悟る。まだなにかになれる、なりたいと自分が思っているのではという気がして怖さと呆れを感じる。率直には、仕事なんてしないでいいから、もっとすごいの作ってよってそういう人に対して思ってるのは確かなんだけれど、そこには自分の嫉妬みたいなものも多少は含まれているんだろうと思う。はっきりしたことは分からなかった。あと、普通の人ってこんなに恋とかするの?という気持ちになった。年が若いとか感受性がとか、なんかいろいろ理由を勝手にくっつければ納得しそうな気もするけど、それにしてもなんかびっくりした。そして、こういう感情が自分からほとんど消えてしまったのでは、そもそもなかったのかという疑問が生まれる。それもはっきりは分からなかった。

「ああ、わたしはいい加減なんでも比喩だと思うな。」という一文がすごく良かった。この人は、市井の感覚をまだ持っていて、その上で文章や世界と向き合ってるんだって思った。

 

前日サッカーを夜中まで見たこともあり昼過ぎに起床。本屋イトマイに行き、「今夜 壱号」、「ミスドスーパーラブ」、「N/A」を購入。店主に「Twitter見て来てくれたんですか」と聞かれ、「はい」と答える。店主が微笑んでくれてなんか良かった。喫茶に入ろうかと思ったが、静寂に包まれていて自分がそれを壊す気がして早々に後にする。

帰宅後、翌日の予定がきつきつなことを思い出して来週分の食料を購入。この先に何が食べたくなるかなんてわからず、豚汁を作ることだけを決めた。

フランス戦、アルゼンチン戦が見たかったので昼寝。4時間ほど寝た後で諸々を済ませて試合を見る。連続で見るのはなかなか体力的には厳しくなってきているが、それでもやはりおもしろい。メッシがまだ違いを作り出していることに驚嘆。

 

朝10時に歯医者の定期検診。試合が終わった後で一眠りしたら確実に寝過ごすため、仕方なく寝ずに早めに江戸川橋へ。護国寺上島珈琲店で本を読んで時間を潰す。

文フリで買った「移住と実存」を読む。筆者や編集者たちはみな津和野町への移住経験があり、今もそこに住んで仕事をしている人や、そこで得た仕事を別の場所でしている人、高校生のときに津和野の高校に入学した人などがいる。

高校時代を顧みるエッセイは読んでて悲しさと虚しさがあった。社会や大人が求める価値観に沿うようなことを主体的にしていたはずが、その主体性が要請されたものなのではということを徐々に感じていく。アイデンティティがわからなくなることに苦しんでしまう。主体的にならなくてもいいのでは、少なくとも大人の社会で求められる主体性が高校生にも適用されるのが適切なのかという問い。かつて田舎の高校生として、なんとかここから出たいと思っていた身としては、都会の賢い高校生って勝手だよなあとも思ってしまう。もともと都会にいたくせにわざわざ地方まで行って社会に評価されていい大学に行くために理屈を作って攻略して満足感に浸っていたんだろうに。

でもそういうのが求められる社会が歪んでいるというのが本当のところなのだろうと納得した。歪みの餌食になるのが若い人なのは悲しい。なんでも自由にやりたいことをやればいいなんて思わないし、そもそもやりたいことなんてなかったりするのが実際には普通で、そういうのをゆっくり考えて踏み出せる場所に地方がなっているかというと、そういうわけでもなくて、現実にはより社会の要請を内面化している人が地方に来ている皮肉。その経験からこの人はどうなっていくのだろうか。

津和野での生活や仕事、環境に関する座談会もおもしろかった。地方行政と多少関わりのある仕事をしている身としては、教育にうまく関連づけできるともっとセールスポイントにもなるのかなと思った。

歯医者で定期検診。歯茎の状態と汚れがまだまだ目立つ。歯磨きをがんばれ、フロスもサボるなと指導。その通りだと思い反省する。舌をどこに置いたらいいのかがわからなくて不安になり、身体が自然とこわばっていたようで、衛生士さんに声をかけられる。恥ずかしいが、舌の置き場がとも言えず、すいませんと言うにとどまる。虫歯はなく、レントゲンを撮って終了。次回は2月。

白山のalsoで昼食。水餃子2種と鶏肉飯を食べる。初めて来たけどめちゃくちゃおいしい。もっとたくさん来たい。アップルサイダーがおいしかった。ワインをグラスでもらおうかと一瞬思いかけたが、そういう店に限って自分が好きそうなソフトドリンクがあるので、いつも飲むには至らない。

文フリで買った碇雪恵「35歳からの反抗期入門」を読む。なんか自分もここに同じような結論のないこと書いてるなあと勝手に親近感を感じた。実際には著者は文章を書いて食べている人で、TBSラジオのlifeにも出ている一角の人物なので、全く違うのだが。でもなんかこのモヤッとしたものから結論が出しづらいけど、なんとか生きてるみたいなのはよく分かる。そして、時々によって強さや押し切る度合いが違うのも良い。いつも均一ではないほうが人っぽいから。著者は社会を生きるために社会が要請してきていた「女性」を内面化してサヴァイブしていた経験を今振り返って本当はどうしたいのかを探している。過去を全否定することなんてできないのは、SNSの言葉ではないからできることな気がした。「この世のすべての人のためには泣けない」が特に好き。

白山のplateau booksに行く。静かで広い店内でゆっくり本を見る。色んなジャンルの入門から深いところまで取り揃えており、フェミニズム系は小説よりは人文寄りのラインナップだが、入りやすいものからバトラーまで様々。哲学系や建築系もそれなりにあって、なかなか良かった。吉田篤弘「フィンガーボウルの話のつづき」、キム・ジヘ「差別はたいてい悪意のない人がする」、寺尾紗穂「彗星の孤独」を購入。カフェでアイスコーヒーをすすりながら「フィンガーボウルの話のつづき」を途中まで読む。めちゃくちゃおもしろい。前から気になっていたので買えてラッキーだった。あまりに静かで自分以外に人がいなくて時が止まっているかのようだった。たまにフラッと行きたい場所。

銀座蔦屋書店でmillitsuka氏のポスターが届いているという連絡があったため、ピックアップ。家の何処かに飾ろう。

髪を切りに行く。特にとりとめのない会話。美容院でお客さんの中にいた動画クリエイターがポートフォリオにするために店の紹介動画を撮るとのことで打ち合わせが大変だという話。聞いているとクリエイターは作る専門でどんなのが店にあっているか、用途がこれだからこういう感じにみたいなものはあまり考えていないタイプのようで、そういうもんなのかと意外に感じる。作る人は今やただ作るだけではおそらく食べていけず、どう見せるとかもある程度は知らないと食べていけないのではないのか。まだ意外と作れるだけでも重宝するのか。

「スピリチュアルとかって信じますか」と言われ、反応に一瞬戸惑う。個人的には信じないが、宗教に関しては世間を騒がすカルトとは別にキリスト教などは信仰していれば少し生きやすかったのではと思うことも度々あり、何で線を引いているのか自分でもよくわからない。お客の中に看護師がいて、そこに度々嫌な客が来たので、気が悪い土地なのではという話になってその職場がスピっているという話だった。この場合当然嫌な客が1番悪いが、スピリチュアルにも頼りたくなるほどの客とはもうそれは犯罪スレスレの迷惑行為をしているのではと普通に気の毒になる。会ったこともない人の話だけど。そこまで頼りたくなるほどのことが世の中にはあって、それを簡単に嗤っていいわけはなく、では、何を基準に批判するのか静観するのかと言われると言葉に窮する自分がいることに気付く。

急いで帰宅してコスタリカ戦。やはりサイドのスペースを消されると今の代表の戦術やメンバーではなかなか対応が難しい。そこは個人技で打開するというのが結論なのだろうけど、それが失敗に終わった。本田の解説は相変わらず的確かつおもしろい。試合後の「勝手にガッカリしてるだけ」という発言は彼にしかおそらく言えないことだが、完全に日本国民の核心を突いている。

スペインが負けた場合マジのスペインとグループ突破をかけて戦うと思うともはやそのほうがおもしろい。スペイン対ドイツは見れないので果たしてどうなるか。

連休だったのにあまり寝ていなくて眠たいので早く寝ます。もう日付変わったけど。

 

起きて金曜日の分に追いつくまでにもう疲れてあんまり活動的にはなれなかった。ぼんやりしつつ多少やることはやって時間を進める。

相談は踊るを聞く。自分もそうだが、人間は何歳になっても人を自然に見下したりしてしまうことで訳の分からない行動をとってしまうようだ。自分の対人関係にもそういうことがないか、今一度省みる。昔はそういう側面が多少なりともあったが、少なくともここ数年はなくなっているはずだ。無意識であらぬ方向に進んでいってしまわないようにしたい。

M-1ワイルドカードからは金属が復活。そうなるだろうと思っていたが、いざそうなると嬉しい。決勝はかなり難しいのだろうが、それでもどうにかなる機会が与えられて然るべき人たちだと思う。

伊藤洋輝が批判というか理不尽な非難にさらされているらしい。無気力プレーとかならそういう声もわからなくはないが、昨日のプレー選択は完全に戦術からくるものだろうし、ビルドアップが不得意な選手ではそもそもない。より多くの人に見られることになるというのはそういうことなんだろうと思いつつ、本田圭佑にサッカーの見方を解説させる番組を誰かが企画するべきではと思う。あと、Wikipediaを編集するって結構おもんない行動ランキングの上位に入ると思うのですが、いまだに横行していて謎。

今日見た2試合はどちらもオープンな試合になって、部外者的にはめちゃくちゃおもしろかった。当事者的には心休まる時間がなくて大変そう。1戦目はコンディション調整や確認などもあったのか、慎重なチームが多かった中で、ここにきてかなりオープンな感じにどのグループも変わってきていて、3節はさらにおもしろくなりそう。試合時間的にほとんど見れなそうだけど。

 

なんか仕事的には不調。やらなければとエンジンをかければどうにかなるが、それ以外の時間は停滞している。残業が多くなり、反省。

変な天気。めちゃくちゃ雨降ってるけど一瞬外出たらあったかい。部屋の中のほうがなんなら寒い。数日後からはめちゃくちゃ寒くて一気に冬なるらしい。

ワールドカップが3節になり、試合時間が24:00か28:00になったため、生活リズムがまた変わる。仕事なので見れないと割り切るべきか、スペイン戦くらいは見ることにするべきかいまだ結論出ず。

 

仕事。特に進捗なし。ダラダラしていた。なんでこうなのかはもうわからんし、なるようになる精神で最低限だけずっとやってる。

仕事終わりのオンライン飲み会。社長がめちゃくちゃな人種差別的な偏見を話していて無理過ぎた。「民度」なんて言葉を使った話は大抵の場合ただの偏見や俺はそこにいないという見下す意識が顕われるわけだが、例によってのそれ。胸糞悪過ぎる。

何やら会社で合宿をするという話も盛り上がっていた。こういうのがない世界に行きたいと思っているのにこんなことがあるなんて。立場上は部下の子が幹事の一人として任命されていたのを片目で見た。

M-1準決勝だったのでそもそも飲み会にはほとんど気持ちがいっていなかった。ひたすらTwitterでレポを見る。決勝発表され、真空が残っていて嬉しい。川北氏の呼ばれたときのリアクションは粋。ダイヤモンドも残っていて、この二組はツーマンや単独など去年のものから見ているし、たびたびいろんなライブで一緒になるたびに好きになっていたのでほんとうに嬉しい。ママタルトやストレッチーズ、ケビンス、令和ロマンなど行ってほしかった組は他にもあったけど、こればかりは仕方ない。記者会見での「Mrドーナツ伝説咳暁夫」発言からの下りは、あの場で行われていいわけがないもので最高に笑った。

2022年10月

2022年10月

二度寝から起床し、特にやることもなくゆっくり過ごす。休みになったことでなにかものすごい安心感を得て、食事もややジャンクになってしまう。

たまむすびの記念パンフレットが買いたくなり、TBSストアへ。相変わらず東京駅内はちいかわが席巻していた。目的のパンフを買った後、タリーズコーヒーでゆっくり過ごす。death's dynamic shroud「Darklife」とWHITNEY「SPARK」を聞く。どちらもいい作品。前者はSNSでの評判がすこぶる良く、実際とても良かった。Vaporwaveのアーティストと思っていたが、領域を巧みに広げているなと作品を重ねるごとに感じる。後者は、先日聞いたin the blue shirt氏が出演していたラジオで聞いて気になった作品。いい音楽を作る人はいい音楽を知っている定期。

帰宅後ノースロンドンダービーをABEMAで見た。追いつかれたあたりでは、やっぱりこうなるかと不安になるも、今年は違うとばかりに3-1で快勝。最高過ぎる。マジで今年は終盤まで優勝争いに残ってワクワクさせてほしい。

 

休みは二度寝に限るということで、ゆっくり起床。特に何かをすることもなく、早めにスーパーに行って翌週に備えた程度のことしかしていない。

前日のノースロンドンダービーの興奮もあり、「All Or Nothing アーセナルの再起」を見始める。おもしろすぎる。アルテタの試合前の演説は感情的過ぎる気もしつつ、心に来る面も確実にあって素晴らしい。オーバを放出する前後の苦労はなかなかリアルだったが、誰もとらないという決断があまりに明確だったことには少し驚いたと同時に、これが最後に響くのよなあと残念になる気持ちも。選手や監督の家族とのシーンなどは見ごたえがあり、昨今どこででも表に出る人から言われる「〜〜も人間」という言葉があり、外から見ている側としての責任とはということも考えてしまった。結局なんやかんや夢中になって6話まで見た。映像は見始めると早いが、そこに行くまでの決心に時間がかかりすぎる。もっと軽いフットワークでありたい。

 

初管理職営業日。ミーティングの内容も若干変わるが、意識の中ではそこまで変わらず。残業がなくなったので、いつもよりプラスワン働くことにする。

「All Or Nothing」の残りの話を見る。昨シーズンがどうなったかは知っている立場からすると、まあなんかなるべくしてなったという感じであり、ロッカールームでの落ち込みぶりはすごかった。アルテタの鼓舞でもさすがにこればかりはどうにもならず、5位になるわけだが、今シーズンの快調ぶりを見ると、これがあったからこそと思うべきだなと改めて感じた。とてもおもしろいドキュメンタリー。

Lobster Thereminの主宰Asquithの性的暴行を訴える内容をSNSで見かけた。これは非常に残念。またこうして聞きたくなくなる音楽が生まれてしまった。こんな話はもう聞きたくないと思いながらも、おそらくはこれからも生まれ続けるだろう。一リスナーではあるが、常に被害者に寄り添うことからはブレずにいたい。

 

9月に見たけど書き忘れていた。2019年に岡山芸術交流を見に行って、とてもいいものを見た。なので、2022年も行こうと思っていたが、市民からの陳情・要望に対して実行委員会が誠意をもって回答していない旨を伝える記事を見た。特に、総合プロデューサーにセクハラ問題でストライプインターナショナルの社長を辞任した石川康晴氏を起用しているという点については、説明が全く行われていない事実に落胆した。一度セクハラしたから一生何かをやるなとは言わないが、そもそもその事案の際にだって、氏が明確な説明責任を果たしたとは到底思えない。そんな人物をよりにもよって芸術祭で起用する。アーティストたちは氏がプロデューサーであることを受け入れているのだろうか。子供からお年寄りまでが各展示を訪れるこのようなイベントに的確な人物なのか。そういった点が本当に考慮され、説明が果たされ、市民が納得した上で開催されることを望む。

ひろゆきが沖縄の基地問題に関する座り込みをされているところに行き、写真を撮って揶揄していた。こういうものを見ると、時折見かける「論点ごとに是々非々でいいじゃないですか」みたいなことを全然肯定できなくなる。統一教会問題でどんなに頼もしく見えたとしても、児童養護施設にパソコンを寄付しようが、結局こうなのだ。こんなものをおもしろがって野放しにしてきたことを、古のインターネットだのなんだの言ってデカい顔しておもしろがってるおもんない人たちには、ファクトチェックセンターをフルボッコする力をこちらにも使っていただきたい。もちろん、ファクトチェックセンターも同じように批判したらいいとは思うんですが。

 

朝起きると、8月に返金通知が来たがいまだ返金されていない海外サイトから、荷物を出荷しましたという通知あり。イライラするも英語のメールをすぐに送る気にもなれず、一旦無視する。

久しぶりに出社。なんとなく出社時用にしていた服ではなく、気に入って買ってほとんど着ていないセットアップを着てみた。寝かせておくのもなあというのと、仕事で着るのもなあというのと半々くらいだった。

残業という概念がなくなったことで、もっと仕事したほうがいいのかと思いつつ、これ以上やるとまたあの頃に戻るという気持ちもあり、残業に抵抗がある。言われたらやるのでそれまでは程々にする。

帰宅後はどっと疲れがきて、なかなか動けなかった。なんとか食事を済ませたあたりて寒気のようなものを感じる。無視してしばらく過ごしたが熱を計ると微熱だったため、早めに眠ることにする。

 

仕事。とある案件で一日中煙が上がっていた。仕切りが悪いとこうなるというのの典型に思えたが、仕切りに口出しできるほどの身分でもないため、火の粉がこちらに来ないように軽苦言を呈するのみ。

とにかく寒い。急に13℃ほどになってしまい、寒暖差で寒気と頭痛が酷い。着込める方が服装としては好きだが、それにしたって急過ぎる。食欲も湧かず、昼食もパン1枚とヨーグルトで済ました。

たまむすび内の箱番組。新しくなった「朗読のミカタ」がおもしろい。歌謡曲の歌詞を読んだり、wikipediaを読んだり。内容がどうこうというよりは、何でもないものの見せ方を変えようとする、ちょっとした引っかかりがある番組。何となくお便りを読んだり、なんとなくゲストのためになる話を聞いたりする番組よりはこういう工夫がある番組のほうが個人的には好きだ。

Kanye WestがYeezyのバックステージで着ていたシャツに「white lives matter」と書かれており批判があったが、当の本人は反論しているらしい。明確な人種差別側に立つメッセージであり、当然非難される必要があると思うが、では果たしてYeezyは着られなくなり、Kanyeの新譜は聞かれなくなるのだろうか。おそらくはそんなこともなく、ファッションが好きな人間は服を買い、音楽が好きな人間は新譜を待つ。Kanyeは変だけど面白い人間だとみんなが言う。そんなのは間違っていると思うが、そんな自分が次にKanyeがアルバムを出したときに聞かないでいられる自信がないのが不思議だ。どうして矛盾した行動をとってしまうのだろう。

 

意味わからん打ち合わせに入れられる時が一番ストレスフルになるが、1日に2個それ喰らってマジで嫌だった。だがそんな日ほどどういうわけかそれらへのイライラを別の仕事を細かく済ませることで解消しようとしている自分がいることに今日気付いた。

仕事を終えた後に障害連絡があり、見て見ぬふりもできたが、役がついた手前それはどうなんだと謎の責任感で対応してみた。これが月数万の給料アップで増えた仕事だと思うと割に合わない。

 

bandcamp fridayじゃなくても買えばいいと思いつつ、買うきっかけになるのであるに越したことはない。まとめていろいろ購入。hankyovain、KEITA SANOのリリースをたくさん買えたのが良かった。

何となくずっとビーフンが食べたい気がしていて今しかないと思い作って食べたが、いざ食べると、そんなに食べたかったのかなあ、これがと思う。こういう現象が何度かあって自分だけかと思っていたら、今週分の声流電刹にて友保氏が同じようなことを言っていて、みんなあるのかと安心した。

キングオブコント。CMやコメントを飛ばしたいので録画で追っかけ再生。幸いなことにネタバレを見ずに見れた。相変わらず客席に女の人のみを置いていて気持ち悪かった。あれ誰の好みの演出なんだろうか。クロコップ、や団、ロングコートダディニッポンの社長が個人的には特に好きだった。特にロングコートとニッ社は1つのことを繰り返して発展させる系で別にストーリーとかはどうでもいい感じが好みに合ってた。審査がどうのこうのというのは必ず出てくる話題だが、芸人たちは一般人の評価や見方なんてどうでもよくて、芸人内の権威に認められたくてやっているので、そもそも誰も求めていない話だよなあと思うなど。

 

東京都写真美術館にて「見るは触れる 日本の新進作家 vol.19」を見る。いざ「新進」と言われると本人らも大変そうという素人しかおそらく思わない気持ちを持ちつつ中へ。それぞれの作家の作品がどれもおもしろかった。水木塁「O/B/J - 組み替えられた建築もしくは憩いの場として(overtone dub mix)」はスケートボードの感触が写真だけでなくものとして伝わってきて、それがよりリアルさを感じた。澤田華「漂うビデオ(水槽、リュミエール兄弟、映像の角)」は、一見何でもない風景だけど、映し出される映像の画角は手で持ったスクリーンの範囲なので常に揺れていて可変的になっている。それを通して見ていると、ただでさえなんか「あれ?」って気持ちになりやすい映像が余計に引っかかりやすくなる。それによって、作者の「何を見て何を見落としているのか」という問いが余計に大きく感じてきて、何を気にしてるかを無意識に意識してしまう不思議な映像だった。永田康祐「Theseus」。Photoshopの「スポット修復ブラシツール」で写真全体を作ったらどうなるかというかなりおもしろい作品。途中まで一部は未修正だと思ってしまったし、知ってからもなおそう思うような箇所があるのに驚く。結局何を見てどう感じているのかなんてマジで揺らぎありまくるのがよく分かる。ずっと見てられる。

その後同じく写真美術館で野口里佳「不思議な力」を見た。題にもなっている「不思議な力」というシリーズは、科学実験で生じる事象的なものの瞬間を写真に収めたもの。表面張力で水が溢れていない様子とか水の入ったコップの中の卵が浮いてもないし沈んでもない状態みたいなやつ。別になんてことないといったらそうかもしれないけど、その瞬間が切り取られているとなんか不思議な気持ちになる。特に印象的だったのは、「父のアルバム」というシリーズ。作者のお父さんが亡くなる前に、昔から撮影していたカメラを貰って現像したもの。それがめちゃくちゃいい写真ばっかり。特に新婚旅行や家庭の何気ない一瞬で撮られた奥さんの写真が素晴らしい。おそらくは撮影者にしかわからない、本当にいいと思った瞬間がそのまま残されていて、ものすごい魅力が溢れていた。写真家の作品を見ることはもちろん楽しいけど、別にそういうのじゃなくても魅力的なものはたくさんあることがよくわかる。

移動して新国立美術館で「国立新美術館開館15周年記念 李禹煥」を見た。めちゃくちゃおもしろかった。最高。絵画よりはどちらかというと、作者が当初からやっていた「関係項」というシリーズがおもしろすぎた。石やガラス、鉄板などをいろいろな形式で置いたりする、やたら前衛的な作品たち。理論はさておき、当然ながらこれとこれってどういうこと?みたいなものを考えざるを得ず、勝手にこういうことかみたいなものを自分の中で作ってしまう。なんかバイブスを勝手に感じて上がる感じ、決まったように見えないものにはそういう魅力があるように思う。どうやら李禹煥は「もの派」として括られているらしく、気になったので関連本を早速注文した。早く読みたい。同じく新国立美術館では「国立新美術館所蔵資料に見る1970年代の美術」という展示もあり、「もの派」に近い人々に関する資料などもあってそれもおもしろかった。写真で見たものはなかなかの前衛さが醸されており、インスタレーションに近いので今作品をリアルに展示できないのが残念だった。大阪では「具体」に関する展覧会がこのあと開催されるらしく、それも見に行きたい。自分がこういうのが好きなのは、絵が苦手というか、一般的尺度ではうまくないことに対する大きなコンプレックスとそれによって昔恥ずかしい気持ちになったことが多々あり、それで絵を嫌いになったことの反動だと思っている。ああいうものを見ると、絵とか芸術みたいなものはそんなに狭いものではなくて、自分のようなものでも楽しんでいいんだと思える。

一日中アトロクブッククラブを聞いていた。Audibleの無料期間を活かして最初から順番に聞く。どの人の話もおもしろかったが、通しでたくさんの人の話を聞いていると、語りの作法に好みが意外とあるなあと気付く。

アーセナルリバプールをAbemaで見る。ひろゆきの話などがあるとAbemaへのなんとも言えない感情はあるのだが、あの番組がクソだからといって全部見ないようにしなければいけないのかが自分の中で消化できない。試合は一進一退で正直負けるかと思った瞬間も何度かあったが、最後にはリードして勝利。マジで今年は違うかも。攻撃陣のイキイキした動きが特に印象的。怪我だけは勘弁。シティが明確なライバルになってくると思うので直接はさておきとにかく取りこぼししないでくれ。

 

前日まで早く起きていたのでゆっくり起床。なんとなく休みをまだ味わいたくて午後から銀座蔦屋書店へ。millitsuka氏の個展を見て、ポスターを予約しアクスタを購入。その後ドトールに入って休んでいると、隣に若い男女。女性はここからオンライン授業に入るらしく、なかなかすごい時代である。今の先生はこんな場所でほとんど聞かれていない可能性も考えなければならないと思うとなかなかハードだなと見たこともない誰かを慮る。

bandcampで買ったhankyovain氏の作品がめちゃくちゃ良く、調べるとレコードオンリーのリリースがあるということで注文する。久しぶりにレコードを注文したが、配送費が半分くらいかかることには目を瞑った。

正倉院展というものが期間限定で毎年開催されているらしく、10月下旬に見に行かないかとTさん、Yさんからお誘いあり。具体の展示も見に行きたいので有給取得を目論む。全国旅行支援というものもあるらしく、それを使うと多少は割引になるらしい。とりあえず有給とれるかどうか、まずはそこ。

アトロクでBase Ball Bearのライブに向けた準備特集。ほとんど聞いてこなかったからよくわかってないのだが、こういう人たちは年をとらないのだろうか。何歳までなら甘酸っぱい青春みたいなものを人は歌っていいのか。アーティストは加齢するべきなのか。

 

有給とることを具体的にしていったら、どう考えても休めない日だということが分かり休みをとることを断念。とりあえず土日で大阪、奈良に行くことに決めた。月曜日休んでも結局美術館系は軒並み休みということもあり、割とすんなり納得した自分もいたりする。早速どこに行こうかを考え始めるのが楽しく、それだけでもう充分な気もしている。

注文したレコードと本が届き、それだけで今日は何となく生きていける気がした。仕事とかは別にうまくもまずくもなっていないが、もうなんかそれでいいやと思ってしまう、3連休明けの火曜日。

 

久しぶりに出社。特に何事もなく、何に忙しいのかわからないが、うまく仕事が進まなかった。上司が仮免までいって免許を諦めたという全く同じ境遇だったのがなんかおもしろかったので、免許証ない人の身分証トークを軽くする。

アトロクのNeibissライブが良かった。トークに垣間見える素直さと、決して受け答えに慣れていない感じも今しかないんだろうなあと思えてそれもまたいい。

友だちの誕生日が今日だと知っていたけど、なんか連絡するのも気持ち悪いなあと思って連絡しなかった。

 

仕事。特に何かを考える暇もなく過ぎていった。ただそれっぽいことをしていた気がした。

クライマックスシリーズをなんとなくテレビで見て、優勝決定の瞬間を見たという理由で以前よりヤクルトを応援している自分に気付く。人間ってそんなもんだよなあと思う。

不良が更生したらめちゃくちゃ褒めるのおかしくね?というのと同じように、偏見でバリバリ穿った見方しまくって脚光を浴びたやつが結婚などを契機にめちゃくちゃ真っ直ぐになったのを褒めたりするのおかしくない?と思ったけど、まあなんか人間ってそんなもんだ。

 

初めて「評価する側」として本格的な会議に出席。人の評価を聞くと、そういう人だったのかと評価されている側の人のことが分かるので貴重。一方でそこで言われているあれこれは完全に自分にも当てはまるもので、「自分も同じ立場だと思うけど」という疑問は増す。とりあえず自分よりも出世しても良さそうな人がたくさんいることだけはわかった。

郵便受けを見ると、MOTアニュアルの図録が届いていてテンションが上がる。楽しみなので少しずつ読んでいく。

ワクチン4回目接種券が届いたため、翌日に予約を入れる。何もする予定がなかった週末にはちょうどいい。月末に関西に行くことも考えるとここらで接種しておくに越したことはない。あと何回打つ必要があって、そのうち何回が無料で受けられるのだろうかとふと考える。

前日のアトロク特集はゴダール。名前や作品名の有名なものは知っていたが、具体的な話を聞くとちょっとおもしろそう。サンプリング感覚が感じられるというのが特に気になった。

 

なんとなく早く起きたもののダラダラ過ごしているうちにワクチンの時間になる。ここのところかなり寒かったがようやく日差しを感じる天気で15分程度歩いただけでも汗ばむ。途中聞いていた声流電刹でのロングコートダディ堂前氏のエピソードがなかなかよかった。

ワクチンはあっという間に終了。今回は普通の病院だったため、待ち時間も自分ではかって勝手に帰る方式。10分じっとして帰宅の途につく。今週の予定は基本的には全部キャンセルした。

帰宅後昼寝。起きたらめちゃくちゃな頭痛に襲われて後悔。起床後は後回しにしていた海外通販サイトへのどうなってんねんメールなどを処理してゆっくりする。その日は特に何事もなく過ごす。クライマックスシリーズオリックス戦がなかなかおもしろくて夢中になるなど。

東野篤子氏への誹謗中傷に関するご本人のインタビューを踏まえた記事を読む。女性研究者への誹謗中傷は自分が見ている範囲でも男性へのそれよりは遥かに多く目に付く。男性研究者でそれに対して明確なアクションを起こしている人はほとんど見ないが、RTだけしている人はそれなりにいるので認知はしているようだ。RTだけしている人が最近気持ち悪くなってきていて、自分もなにかに突き動かされ過ぎているのではというところもあり難しい。

 

起きるとなんとなく寒いような気もする。熱を計ると微熱。ワクチンの効果が出始める。大丈夫そうなら外に出てコーヒーでもと思っていたが、翌日の仕事のことを考えて家に籠もる。

天皇杯の決勝を見た。なかなかに劇的な試合。甲府はこれでJ2で下位だというのもよくわからず、長いコンペを安定して進めるというものの難しさを感じる。広島のほうが持つ展開だからというのもあるとは思うが、ややミスが目立っていた。

「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」を4話まで見た。おもしろい。とてもおもしろいし、それぞれのキャラクターが本当に魅力的。ウ・ヨンウもいいけど、上司や友だちが特にいい感じ。自閉症的なキャラクターの凄さ、みたいな描き方じゃなくて、うまくいかなかったり、自閉症であることによって当然受ける偏見が当たり前に存在している。見ている方はヨンウを応援したり、がんばれみたいな気持ちになるというよりも、普通に法廷もの、恋愛ものとして面白い中に自閉症への偏見や見方についての描写で、なんか自分がやってる言動とか行動にこういうのありそうだなあみたいなところもあって、そういう引っかかりも含めておもしろいのかもしれない。続きも早く見たい。

アーセナル戦を見た。終盤ヒヤヒヤの展開だったが、ナイスVARという感じで凌いだ。今までだったら確実に逆転されていた今日のような試合で勝てるのはまた一つ強くなってるなあと思わされた。

 

起きて熱が引いていることはなんとなくわかったがそれでもしんどい。気分上がらぬまま仕事がスタートし、なんとなく進む。上期の振り返り面談を上司と。なんとなく評価してはもらったものの、自分がここにいる事実をうまく受け止められず、ただ流されていくように進んでいる現実との折り合いは未だにつかない。サラリーマンやめるまでは一生そんなもんかもしれないけど。

夕食後に何もしたくない時間があり、1時間ほどダラダラしながらYouTubeを見た。昔にも見た記憶のある「MAKA対鎮座DOPENESS」のMCバトルを見た。これめちゃくちゃかっこいいと思うのに、なんでこういうビートでまだ誰も鎮座氏を入れて曲作ってないのだろう。調べた限りではグライムのビートでの鎮座氏の曲はなさそうだった。別のバトルでもベースラインっぽいビートでめちゃくちゃかっこいいラップしてるのがあり、誰もこれを楽曲に消化してないのなんでなんだろう。もちろんここでやってる関係上やりづらいというのはあると思うが、とはいえこれだけの人々を魅了しているのだから、一曲くらい実現させてほしいものである。

NHKナンシー関について、10代の女優さんが調べて演じる番組を見た。こういう番組こそナンシー関が一番手厳しく批評しそうなもんだけどなあと思いつつ、ぼんやり眺めた。蓮舫消しゴムはんこが現れ「社会派バカ」と書いてあった。ナンシー関が生きていた間に蓮舫は議員にならなかった。蓮舫が議員になった時代でもまだナンシー関はそう言っただろうか。あるいは、政治家に対しては何も言わなかったのだろうか。ナンシー関が今もいて、なおノンポリを貫いた場合に今ほどの評価を得ていただろうか。架空の話なのに何となくモヤモヤしながらそんなことを考えた。

 

会社にてオンライン飲み会の参加率が悪いという話題に。仕事なんだからキャンセルするなら理由言えみたいな話があり、じゃあもう強制参加にしろよという気持ちに。結局のところ任意のかたちをとった強制なんかにされるくらいなら、もとから強制参加としてもらったほうがこちらとしては楽という人が多いのだろうと個人的には思う。拒否できないのに参加可否を聞く意味とは。しかし、結局オンラインとはいえ飲み会なんか誰も参加したくないということなんだろうけど。

「本田翼の演技が下手」みたいな話を見ると思うのは、演技の上手い下手はよくわからんけど、そいつに合ってる役かどうかみたいな話なんじゃないのということ。もちろん、引き出しが多くていろんな役に合わせることができることを「演技上手い」というのかもしれんが、キャスティング側の問題についてはあまり語られないのも不思議だなあと思う。

急になんか作りたくなってサンプルにしたい曲を買ったけど作るかどうかは分からない。とりあえずそれらの曲たちがいいことを確かめて終わった。

 

会社に行ったら行ったでシナジーが生まれるというのはわからなくはない理屈なのだが、普段から在宅で仕事をしていると会わない前提で何事も進めやすくなっており、そもそも隣りにいてもSlackみたいなことは多々ある気がした。

退勤前に同僚にあれこれ過去の自分の経験を成り行き上話すことに。これっておじさんの仕草っぽいなあと反省。過去の話を話しだしたら人間退化の印かもしれん。

YUKIのRemixアルバムにLil Soft Tennisやuku kasaiが参加していてなんかスゴっという気持ちに。YUKI側の攻めの姿勢に好感を持つ。ディレクターにどういう人が入っているのか気になる。

ここ数日MCバトル系の動画を見て気付いたのは、自分がラップに興奮する、おもしろいと思うときはうまいこと言ってるときではなく、ヴァイブスが溢れてるときなんだろうということ。ラップの曲聞いてるときもそんな感じで好きかどうかが決まるので。もうそれラップしてるというよりは、上手いこと言おうとしてるやんって気持ちになると冷めるみたいなことだと思う。

 

なんか最近はずっと仕事してる気がしてきてかなり疲れている。もちろん昔みたいに終電間際まで残業しているということはないが、ずっと張り詰めている状態で10時間くらい仕事をしているのは自分にとってなかなかにハードだ。こんなことしたかったわけじゃなくて、なんとなく飯の種くらいの感じで気楽に与えられたところだけをやっていたかったはずなのに、こうなってしまうのはどういうわけなのか。周りを見ると、本来自分がやりたかったように働いている人もおり、隣の芝生はなんとやらとはよく言ったものであるが、そういうことなのかもしれないとも思って、わからなくなる。

アトロクの坂東祐大特集を聞く。「声よ」という曲でこの人を認識していたが、売れっ子の現代音楽家だったのか。現代音楽の方の作品として紹介されていた「声の現場」という詩人の人とのコラボ作品がめっちゃおもしろかった。コンサートはちょうど終わってしまったところらしく残念。機会があればあの作品はまた聞いてみたい。ソフト化はされていないようだ。

手首がズキッと来る瞬間がたびたびある。もしかして腱鞘炎ってやつなのだろうか。嫌だ。

 

金曜。疲れているが、仕事は続く。評価シートの作成という唯一の義務が一段落つくと、途端に気が抜ける。上司が途中で休みになったのも手伝っていたかも。とはいえ、前日に指摘があった内容に着手するなど。来週以降も怒涛の可能性大いにあり。

最近日記に書くことがどんどん減っている気がする。疲れているからかもしれない。仕事終わりは疲れてグダグダと過ごす。

 

休みでやりたいことはたくさん寝たいということよりも、何も気にせず二度寝なのだと最近気付き始めた。睡眠時間がそれほど長くなくても二度寝していると満足する。

髪を切りに行く。美容院の最寄り駅近くの塾に「勉強だと思うな、人生だと思え」という張り紙を見かけた。人生だと思って勉強したことはなかったが、いざそんなん言われたら怖くて勉強できない子もいそうだなあと思う。とはいえ、その他にも直筆のような強め張り紙がたくさんあったので、思想に共鳴する人しかそもそも入ってないような気もした。

散髪中の雑談。美容師さんが昔ロックマンにハマってたことで、リメイクを子供がやるときにうまくプレイするとめっちゃ尊敬されるという話がなんか良かった。結局なにがそれにつながるかはわからないので、ロックマンも今となってはやっててよかった公文式的なことになりうるということだと思う。

神保町のドトールで本を読む。世田谷ピンポンズ「世の中には、素晴らしい音楽があって、素晴らしい小説があって、素晴らしい漫画があって、素晴らしい映画があって、素晴らしい俳優がいて、素晴らしいお笑い芸人がいて、素晴らしい喫茶店があって、素晴らしい∞があって、この期に及んで自分が何か創ったりする必要など全くないのではないか。そんな思いになっても一晩ぐうすか眠って起きてみると、歌を書いたりしている。」を読んだ。著者はフォークシンガー。曲は聞いたことはないが、文章の中で描かれる葛藤というか、振り切れなさみたいな感情が良かった。この長いタイトルはとても名文だと思っていて、そういう人が作るものこそ私も受け取りたいと思っている節があって、それはおそらくインターネットでひたすらそうやって作られた音楽を探し続けていた日々があるからかもしれない。

「Sessionの本 vol.1 国葬とは何か/宗教と政治」を読む。番組での放送内容を加筆修正したもの。ほとんどの回は実際に聞いていたので、そうだったと復習する感じになってとてもおもしろかった。このトピックをこの期間でここまで理解しやすくしている本や番組はなかなかないと思うし、貴重な本だなと改めて感じた。南部さんのエッセイは本当に良くて、改めて今年読んだものの中でもトップクラスに刺さる文章だった。「日本の宗教右派ジェンダー」の項は、なぜ今そちらがここで幅をきかせているのかというのがよくわかる内容だった。つまるところ、右派にはちゃんと勉強して動いている人が草の根的にいるよということなのだが、都会に住んで「ありえない」と思ってネットにいるだけの自分にはその活動への緊迫感がなくて、そこが大きく差がついてしまった原因なのかなと思ったり。かといって、明日からその活動家にはなれないのだが。

 

「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」の5,6話を見る。このドラマおもしろいけど、体力が削られる部分も大いにある。相変わらず周りに潜む主人公への偏見、主人公ががんばっても当然うまくいくとは限らない現実、扱っている問題も6話の場合「脱北者」ということで、韓国でもおそらくこういう世論があるんだろうなあと考えてしまうテーマだった。弁護士だから依頼人の利益になればOKなのだろうが、実際にはそれでスカッとできない人間の性と、自閉症スペクトラムの主人公は本来感情をうまく感じられないという話があったかと思えば、悔しかったりかわいそうと思ったりする感情がハッキリと描かれる、むしろ強くもっているように描かれるのも興味深かった。あれは主人公の成長なのか、こちらの勝手な偏見なのか。続きが楽しみ。

対して、相棒の新シーズンは楽しく見ていられるエンタメだった。今クールはこれだけとりあえず見ることになりそう。

本阿弥清「<もの派>の起源 石子順造李禹煥・グループ<幻触>がはたした役割」を読む。李禹煥展を見てから「もの派」についてもっと知りたくなって買った本。「もの派」そのものよりは、その裏側に存在していた幻触についての本だったけど、なるほどという内容が多くて勉強になった。李禹煥からの応答などもあり、展覧会で影響が書かれていた関根伸夫「〈位相-大地〉」や、「トリックス&ビジョン」展に至るまでの流れなどはなかなか興味深かった。週末に行く具体に関する展覧会への助走にもなって、めちゃくちゃ楽しみになってきた。

 

仕事。特に変わったことなし。他人の目標を決める会議というのは、もう少しちゃんとやったほうが良いのではと思ったり。無論、その人はそんなことをやっている暇がないほどに忙しいということも容易に想像できるので、自分がそこにいないからの勝手だとは承知している。

「オフショア」を読む。発行人のweb時代の回想録を以前に読んでいただけに非常に楽しみだった。エッセイ、小説、詩、論文、インタビューなどなど、盛りだくさんではあるがアジアと私たちの関係、日本との関係がいろいろな視点で描かれていた。最初のエッセイと間の小説、李さんのインタビューが特におもしろかった。アジアのことを知った気になったり、知らないなあと思ったりするくらいなのは、距離感が全く掴めていないからなのだが、どうやって掴もうと思うと本の中の人たちのように、「生活」くらいのレベルでの関わりが必要だということを、それもまた本で感じる自分を通して、余計に強く思う。それでも、これを読んで何かを感じて明日あるかもしれない関わりが変わることを夢想する。

 

田中秀和氏が逮捕されたことを知る。罪状は「強制わいせつ未遂」。内容が明らかになるにつれ、逮捕が然るべきことだと理解する。自分にとっての氏の作品は「カレンダーガール」と「Prism Spiral」だ。当時、アイカツという幼児向けコンテンツでこんな曲が歌われているなんてと衝撃を受けた。その後も何度も曲を聞くことがあったが、それもまたここで自分の中では終いになるだろう。またこういう話。懲り懲りではあるが、続いていくんだと思う。そういうときに自分がとる態度とはどういうものになるのか、考え続けなければならない。チャッターアイランドにて、shakke氏が泥酔した際に他の人が氏のUSBからGoku Vibesを流した時に、それは修正前のものであると知っていたため、咄嗟でUSBをとって逃げたという話もあったが、おもしろ話ともとれる一方で、多くの人の前で音楽を流す人がそういう意識を持っていることに安堵するというような話でもあったことを思い出した。

ゴールデンカムイ実写版での配役について、そういう俳優の方がいらっしゃるのかどうかをそもそも知らないが、アイヌルーツの俳優さんがいるのであれば、機会均等を目的としてそちらの起用を検討するというのはあっていいと思うが、相変わらずネットは燃えているようだ。アイヌルーツの方にほんとうに機会がないのか調査すればいいという話もあるが、なぜ「普通の」日本人男性俳優にはその証明が不要で良いのかということはよくわからなかった。マイノリティだけがそれを証明しなければいけないというのは、その構造自体に問題があると思うが。個人的には、その論争よりも一番嫌なのは、結局自分が持っていきたい結論のために藁人形を用意してタコ殴りにしている人を見ることなんだと最近気付いた。もうほとんど人間と対話しているという感覚は感じられず、ひたすらにテキストに反論しているだけなんだと思う。月並みな言葉にはなるが、後ろには人間がいるということはどんどん忘れられていく。これだけ忘れなければまだなんとかなるような気がしたが、インターネットが全てになるとそれも難しいようだ。

Twitterで見かけた、OMSBの歌詞が気にかかる。曲は聞いていたけれど、改めて文章で見ると難しいを考えたかったけど頭の中がまとまらず、また別の日にする。

 

何かがうまくいかなかったのか、仕事が捗らずバタバタしてしまった。こういう日もあるよなあと思いながら仕事を終える。

寝る前に携帯が鳴ったと思ったら、月の残業時間が45時間を超過した人がいて、反省の私信があったという共有だった。45時間超過も1ヶ月くらい好きにさせればというのが正直なところではあるが、会社として是としないというのは、マネジメントの一つなのだろう。とはいえ、そうなっている人がいる時に、効率化しろとだけ言って放っておくというのも、個人的にはどうなんだろうと思っている。過去にそういう経験があるからかもしれないが、ノウハウや諦め時がわからないうちにそんなことを言われても雲を掴むような話なんだと想像している。大事なのは、自分が今日これをやらなくても大丈夫だと思わせることなのではないか。それが明日やってもいいことなんだと分からせることなのか、他の人がカバーしてくれるから大丈夫と思わせることなのかはどれでもいいと思うが。

声優の不倫による交際女性への健康的な被害のニュースがあったかと思うと、YouTuberと結婚した女優があまりの週刊誌の執拗さに耐えきれなくなり引退するニュースもあり、野球選手が交際女性に中絶を迫ったニュースもある。どれがニュースとして報道されるべき内容で、どれがされる必要のないニュースなのか。わからないまま、見出しだけでおもしろそうなものを見て適当なことを思う無責任さで生きる自分になにかに真正面から言う権利などあるのだろうかと思う。

アトロクの「サポート・ザ・ガールズ」特集がめっちゃおもしろかった。その映画も見たいし、いろいろ名前があがった作品も見てみたくなった。

 

出社。特に変わったことはなかった。近くの人がちょっとしたことでも話しかけてきて、ちょっと面倒だった。ビジネス上の対抗馬になる会社への悪口を聞く。まあ分からなくもないが、相手は相手で同じように思ってるだろうに、私的な不幸まで望むほどではなくないかなあと個人的に思う。

いい職場とはどんなところかなんて、人それぞれだと思うが、昔は人が辞めないところだと思っていた。それくらい、良い人から順番にあらゆる人がやめていった職場にいたから。でも、今の会社の経営的には多少キャリアのために辞める人がいて、そこに新たな人が入る感じのほうがいいらしい。理屈を聞いてわからなくはないが、そういう職場にいたことが今までなかったので正直ピンとはこなかった。それくらい今まではいわゆる大企業に自分がいたことを実感した。

M-1の3回戦、大阪の通過者が発表された。有名どころでもガンガン落ちている厳しさや寂しさと、軍艦やにぼしいわしが残っているすごさ。

 

これ終われば旅行だなあと思っている時に仕事などめちゃくちゃ進むはずはなく、緩やかに時間が流れる。データ移行を伴う案件がうまくいくのか途中で不安になったが、つつがなく進行して安心した。その一方で、終わり際に「これって週明けになっちゃいますか?」という質問があり、え、急ぎだったの?と思っていると、顧客には作業日を変更してもらいますなどという話になっており、急ぎなら前もって言えよという気持ちに。もちろん、先に聞かなかったこちらも悪いのだが、何とも後味が悪い終わり方になった。

植本一子「ある日突然、目が覚めて」を読んだ。日記本。氏が2ヶ月ほどの期間で書いた日記。オリンピック期間が重なっており、氏のオリンピックへの気持ちがなんか周りと合わないような感じがして変な感じになったり、感染者数に心を揺さぶられて行動が変わったりする、そうだったよね感が良かった。そして、パートナー氏や友人、子供とのやり取りと自分を見つめ直してそれでも生きていく姿が、勇気が出るというよりは、こうやってなんとかがんばってるのって自分だけじゃないよなという気持ちになれる。自分の生活でも何かを見つめ直したりする機会がそういえばあってもいいかもなと思った。それにしても働く母親、女というのは大変な気力体力が必要なこともよく分かる一冊だった。

旅行の前の日だからというよりは、翌日の朝が早いからという理由で寝付けない。そうこうしている間に時間がなくなり、仕方なく起きて過ごす。せめて東京駅までは近いところに住みたいものである。

 

結局一睡もできずに新幹線に乗り込む。乗車早々発車までの時間に、東京駅で買ったおにぎり弁当的なものを食べ終える。本を読んだりしようとしたものの、爆睡。気づくと名古屋、京都、そして新大阪へ。

中之島美術館で「すべて未知の世界へ GUTAI 分化と統合」を見る。この展覧会は国立国際美術館との共同企画で、中之島では「分化」、国立国際美術館では「統合」にスポットを当てて展示を行っている。まずとにかく作品のサイズが大きい。大きいだけで作品にパワーがあるように感じられ、それだけでもっていかれる気がした。個々の作品でも、いろいろ好きなものはあったが、一番面白かったのは具体の参加者に求められたこと。「人と違うことをやりなさい」「誰もやっていないことをやりなさい」という、聞けば当たり前に感じられなくもないが、それを突き詰めるということ。その結果、例えば塗料を足で塗る、そろばんで塗る、櫛で塗る、バイブレータで塗るなどの方向に進むこともあれば、ボンドやビニールを使ってみたり、見た目違うものを作りなさいということではなくて、自分の表現を研ぎ澄ました結果を見せなさいということだと思った。そして、作品の批評を行わず、良いかダメかだけを伝えるという評価法、作品名に分かることを入れないようにする故に作品のほとんどの題名が「作品」であることなど。素材などへの考え方は「もの派」と似て非なるところがある気がして、そういう比較みたいなものがどこかでなされていないか、さらに興味が湧いた。最後の具体メンバーへのインタビュー集がおもしろくて、もっと見ていたかった。国立国際美術館では「統合」を見た。同じような作品はあるものの、イントロダクションでうまく見方を誘導していて、なるほどそうも見えるのかというのを見る側にわからせている。作品の説明のようなものを極力見る人の邪魔をせず、とはいえ置いてきぼりにしない塩梅を探っている感じがした。山崎つる子、ヨシダミノルの作品が特に印象に残っている。しかし、どちらの展覧会もあまり人がいなく、見やすかったものの少し寂しい感じもあった。

昼食をとる場所がなかなか決まらずモタモタしていたが、なんとかポンガラカレーに落ち着く。スリランカプレートで鯖のカレーを選択。美味しかったが、やはり5月に行ったあのカレー屋が異次元に美味しかったことを改めて実感した。なかなか難しいとは思うが、またあそこに行ってみたいという気持ちを強くする。

万博記念公園まで移動の間に、読み進めていた、小山田浩子「パイプの中のかえる」を読み終える。おもしろかった。氏が日経新聞夕刊で連載していたコラムをまとめたもの。小説家のエッセイのおもしろさというか、オチの付け方みたいなものを味わえるものももちろんあるが、何といっても氏の考え方がストレートに表現されているタイプのエッセイの方がより印象的だった。女と社会を扱った「呪いの小石」や「女はしない」、「Eテレさん」、「呼び方」などは違和感をこう伝えられるとなんかスッと入ってくる不思議な軽やかさもある。特に良かったのは、「平和教育」に関する3つのエッセイ。当たり前のことが書かれているといえばそれまでかもしれないが、広島生まれの氏だからこそ思う「平和教育」に関する純粋な疑問や思いは、投票を呼びかける昨今の流れなどの中にもっと存在感をもって扱われてもよいものな気がした。決して社会派ではなく、エンタメでもない。というか、そもそもそんな風に分けられないのがエッセイの魅力なのではということを思わせるいい本でした。

Tさん、Yさんと合流してガンバ大阪ジュビロ磐田戦を観戦。どちら降格の危険性を孕んだ重要な一戦で、スタジアムへの道のりからもサポーターたちの緊張が感じられる。声出し応援可能試合ということで、スタジアムに入ると両チームのサポーターの歓声が響いている。めちゃくちゃ気持ちが上がったし、試合に夢中になるきっかけをくれた気がした。前半見た感じはこれはしょっぱい試合になるのではという一抹の不安があったものの、終わってみれば2-0でガンバが快勝。崩した数では負けていたが、スコアは勝つという不条理さが際立った試合だった。印象的だったのは、負けていてもジュビロのサポーターが最後まで声を出してチームを応援していた姿。今までは正直そういうものに対してなんとも思っていなかったところがあったが、今日はそれがものすごく響いた。そして、遠藤のスタジアムへの挨拶。決していい別れ方をしたわけではなかったが、それでも丁寧に挨拶し、ガンバサポーターが大きな拍手で迎えるシーンは感動的だったし、これだけでも現地に来る甲斐があるなと感じた。

試合後は福島のタイ料理屋「スウィートバジル」へ。ここがとてつもなくおいしかった。どの料理もあまりのおいしさで、正直今までのタイ料理の中で一番美味かったかもしれない。会計があまりに安かったのも驚いた。近くにこんな店あったら絶対通う。大阪まで来てタイ料理じゃなくてもという話は分からなくはないが、とはいえこの店なら来るたびに来てもいいくらいおいしかった。

梅田の新阪急ホテルに宿泊。ホテルは決して新しくないが、それなりに快適。ツインルーム。シャワーの水圧も良く、広さも適度。周囲の子どもの声は気になったが、疲れていたためか寝るとなったらぐっすり眠れた。

 

なんとか7時に起床。眠気がないと言ったら嘘になるが、楽しみが勝つくらいの感じでチェックアウトして難波へ。近鉄奈良駅まで。近鉄奈良駅でTさん、Yさんと合流し、「ROKUMEI COFFEE CO.NARA」へ。フレンチクロワッサンとブレンドコーヒーで朝食。とても美味しくて朝からテンションがあがった。使っている食器もいい感じ。ここからの動きを決めて、バスで春日大社へ。

春日大社奈良公園の中にあり、初めて生でちゃんと鹿を見た。鹿が道の至る所にいるというのも不思議な光景だが、あちらからすれば勝手に入ってきたのはこちらなわけで、こちらがどうこう言える話ではない。長い参道を歩いて進む。途中、七五三で来ていたと思われる子供もチラホラいて、自分の七五三の記憶が全くないことに気付く。普通に参拝したあとで、特別参拝もできるということで追加料金を支払って奥に進む。禁足地になっている御蓋山浮雲峰遥拝所や、灯籠が大量にある藤浪之屋が印象的だった。

春日大社から歩いて新薬師寺へ。結構な住宅街に入っていくと佇んでいて、その雰囲気が良かった。地元に本当にある感が強い。薬師如来坐像とそれを囲む12の神将立像。圧迫感があった。中学生レベルの話になってしまうなあと思いつつ、周りにあった蝋燭が30円などの値札を見かけるとどうにもこうにもこれってどうなんやろという気持ちにもなったりはする。とはいえ、無料でなんでもかんでも提供するのも難しいのはわかるので、グッズなどで積極的に儲けにきてないだけ良いかと思う。

徒歩で志賀直哉旧居へ。ここがなかなか良かった。志賀直哉の作品なんてまともに読んだことはなかったが、生前から評価されていた作家のようで、かなり広い当時としてはおそらく大豪邸なのではというお家だった。書斎や客間からの庭や周囲の自然への景色がとにかく素晴らしく、ここにいたら何でもはかどるよなあなどと考えてしまう。いろいろな人が出入りしていた様子の写真などもあり、文化のちょっとした集積地のようなものだったのだろうと想像する。今住んでも十分不自由がなさそう。

さらに徒歩で移動。奈良国立博物館にて、メインイベントの正倉院展へ。日本の歴史的な物品などに正直それほど興味はなかったものの、期間限定と言われると見ておきたくなるのが俗人の性だと自覚しつつ中に入る。単純に奈良時代のものが比較的状態良く残っているだけでもすごい。もちろん、現在までに役割がわかっているものだけでなく、未だ詳細は調査中のものも多数あり、そりゃそうだよなと納得しつつもそれ自体に驚いた。それでも、大半のものは用途やそのものの立ち位置、製法などが明らかにされており、改めて研究者の凄さを感じる。教科書や資料集で見たことのある装飾品が意外とめちゃくちゃ小さくて驚いたりするのも、実物を見れたからわかることで、あらためて来てよかったと思う。

その後は奈良国立博物館前の「柿の葉寿司のゐざさ」で昼食。にゅうめんと鰻の蒸し寿司がめちゃくちゃおいしかった。食事が当たりのところばかりで、一緒に行った人々に感謝する。

東大寺に向かう。あんなに何回も覚えたりした東大寺南大門がついに目の前に。めちゃくちゃでかい。金剛力士像も初めて本物を見た。ちょっと本当に感動したかも。でも、あんなに写真見て暗記しまくっていたあのころに見たらもっと感動したかも。奈良や京都の学生は日本史選択の割合が高い、センター試験の日本史の平均点が高いなどあるのだろうかとふと思う。もし自分がその辺に住んでたら絶対もっと簡単に覚えられた気がした。東大寺の大仏もめちゃくちゃデカい。すごすぎる。建物がデカいなあと思っていたけど、大仏入れるんだもん、そりゃそうだよ。デカすぎると感じ入るところもあるというか、どんだけ寺社仏閣に興味が薄くてもちょっとすごいと思わされる迫力がある。修学旅行生と見られる学生さんが至る所におり、先生と思しき人物の解説の声で少しわかったりして楽しかった。修学旅行って休みに来るものなのか。あれは私立中学の生徒なのだろうか。これを見て楽しかったりするのはもっと先なのでは?という勝手なことを思ったりしながら東大寺を後にした。

Tさん、Yさんと別れて1人京都へ。とにかく明日から働かなければならないので、今日を思いっきり楽しむべく特急2つ乗って急ぐ。一人で知らないところに旅行するのは楽しいけれど、乗換などは大人になっても不安が尽きない。Googleが大半のことは教えてくれるが、最後にこれが正しいかどうかまでは答えてくれないちょっとの不安があるのが旅行か。

車中にて安達茉莉子「私の生活改善運動」を読む。なんかもしかして苦手なタイプの本を読んでしまったかと思う気もしたが、そうではなかった。「ていねいな暮らし」系の話に一見思えるような、自分を幸せな気持ちにするものを周りに置こうという話なのだが、別に全然うまくやれてない感じが親近感を感じて良かった。生活の中にいると、いやそんなうまくいかんよという気持ちから、余裕あるやつはいいわなみたいな心境になってしまいがちだが、ガラスの片付けをめちゃくちゃ放置するエピソードを読むと、なんかこんなのあるよねとも思う。でも、なんかもしかして始めたらできちゃうかもとか、できなくてもこういうマインドくらいは持っておこうかなとか、いろんな温度感の人に親しみやすい本だった。コロナ禍以降、誰しもが家の環境について考えたと思うと、人気なのもよく分かる。

京セラ美術館で「アンディ・ウォーホル・キョウト」を見る。ポップアートの旗手になる前の作品からスタートして、有名なポートレート系の作品はもちろん、死をテーマに扱った作品もあって、いろいろなウォーホルの顔を見られるいい展覧会だった。美術館に普段は来ないのではという人たちもちらほらいて、思い思いに楽しんでる感じも良かった。対象物の写真をとるということが1つの表現の始まりになっていて、それをもとに書いたキャンベルスープ缶やポートレートの作品、絶滅危惧種の作品のどこかポップな感じ。写真をそのまま利用した「ツナ缶の惨事」や「ギャングの葬式」の皮肉というか、見る側を試すような感じ。いろいろな側面が見れて、よりウォーホルが面白く感じられる展覧会だったと思う。圧巻なのは最後のエリアに大きく飾られた「最後の晩餐」。めちゃくちゃ良かった。

なんとか本やレコードも買いたいという気持ちで歩いてJazzy Sport Kyotoへ。hankyovain氏のレコードを通販で買ってから一度行ってみたいと思っていて念願。CH.0のmixCD、Theo ParrishのDJ-KICKSのCD、SUNGA「Long Beach Rising」のレコードを買って後にする。いろいろ気になる作品もまだまだあったので、定期的に訪れたい。

タクシーを使って、hoka booksへ。かなり辺りは真っ暗でこんなところにあるの?と不安になりながら向かうと古い建物にポツンと佇んでいた。いろいろと店内を隈なく見て回り、武塙麻衣子氏の著作3点、「SATETSU MAG vol.3」、Takehiko Iseki/伊勢喜多圭吾「Architecture in the Post COVID Society/漣」、folk old book store「肝腎」、横尾忠則「暗中模索中」を購入。読むのが楽しみな本ばかりで、最後にまたテンションが上がる。

京都駅に戻って551で豚まん食べる。旅前に551の話をされて食べたくなっていたのでなんとか食べられて安堵。やっぱり美味しかった。

旅行中に聞いた音楽。どれも良かった。尺の関係で通しで聞けないタイミングだとアルバム聞かなかったりしたけど、それでも意識的に聞いたほうがいい。知らない新しい音楽全然いい曲ありすぎだし、やっぱりおもしろすぎる。

アイズレー・ブラザーズ「3+3」「Between The Sheets」。完全にアトロクのアイズレー・ブラザーズ特集の影響。サンプリングで何度か聞いたことのある曲も多く、当然のようにいい曲ばかりで、あらためて聞けてよかった。

Bibio「BIB10」。めちゃくちゃ最高。今まで正直ピンとこない作品もあったが、これは大好き。「potion」が一番好きです。

Flwr Chyld「Luv N Chaos」。Lolo Zouai「PLAYGIRL」。Masatomo Yoshizawa「Playing Nowhere」。Kenny Beats「LOUIE」。めちゃくちゃ好き。アルバム全編通しで最高。METAFIVE「METAATEM」。どれも良いけど、やっぱり「環境と心理」が抜きん出てる。

 

普通の週末明けの仕事なのに、なんか長期休みを終えた気分にもなりながら仕事。月末とはいえ、特に何か大きな問題もなく進む。それが一番良い。管理職打ち合わせにて有給取れよという話になる。正直そこかしこに定例があって休める曜日がないが、なんとか来月から月1日は休む計画を立てる。

韓国の梨泰院で起こった痛ましい事故。映像を見ることに耐えられずに何度もチャンネルを切り替えて消した。亡くなった日本人の方の父親に向けられるマイク。今彼に何が答えられるだろうか。向ける必要があるマイクなのかが分からないと思いながらもその映像を一瞬でも見てしまった自分を恥じた。

アトロクのミュージックコメンタリーで取り上げられたLE SSERAFIMの新譜のカズハさんのパートの歌詞。めちゃくちゃかっこよくてドスンとくる。彼女らのことを何も知らずにごちゃごちゃ言ってくるやつに対して言い放つ、彼女にしか言えない言葉。かっこいい。パンチラインってこういうもののことか。

Twitterで見かけた「村上春樹の新作が出ていない。川上未映子氏に女性観について批判されたから今までのように自由に書けなくなったのでは」というようなツイートを見て、くだらねえと思う。自分は氏の作品には好きなものとそうでないものがあるが、とはいえほとんど全部読んできているので普通の人よりは好きに分類されるだろう。それでも、女性観に関する批判はかなり的を射たものだと思うし、もし、そんなもので物語をかけなくなるならそれまでだよなあと思っている。そしておそらく、そんなもので書けなくなる人間ではないともそもそも思うので、舐められたもんだよなあと落胆する。おそらくは、氏の女性観全開の作品がウケていた時代もまた特殊であり、女性作家がその分野で機会を正しく得られていなかったから生まれた副産物なのだろうとも想像できる。読者側についても同様。批判からの村上春樹が何を書けるかが楽しみだと個人的には思っているが、そんな声はそもそも届いておらず、今までのような作品が生まれ、今までのような読者が喜ぶような未来もまたありそうな気はするが。何でも時代のせいで昔に比べると面白くなくなったみたいな言説を目にする機会はどんどん増えているが、個人的には、人や時代の考えが変わったので、お前の感覚が単にスベるようになっただけなんじゃない?と思っている。落語や講談があんまりおもしろいと思われなくなってテレビが席巻したように、例えば差別的な言動や容姿のいい悪いをイジる価値観がおもんないと思われてきてるだけなのでは。それを逆手に取ったり、別の角度から表現しているものをもっと見たい。

2022年9月

2022年9月

 

仕事。大きめプロジェクトで思わぬ動きが起こる。早めに対応しないとまずいと判断して仕事のギアを上げる。結局人間はやばくならないとちゃんと動かないということか。

夜。工事現場の前で抱き合う男女。別に良いんだけど、ここじゃないとこの方が良くないかと余計なことを考えたり。でも彼らにはここがなにかの意味があるのかもしれないし、場所も関係なくなるほどの気持ちになっているかもしれない。

人の誘いを2度断った。基本的に誘いは断らないようにしているが、最近は土日の予定を早めに埋めるようになったこともあり、断らざるを得ない状況に変わりつつある。心苦しいが、一度予定と自分で決めると一人で動くのにそれを動かしたくなくなる。

 

働きすぎた。残業しすぎるとやってる感が出てきてしまうので本当に良くない。

bandcamp fridayと言われても、1ドル140円近い状態ではなかなか買う気になれない。とりあえず日本円で支払うようなところでいくつか購入。そういえば買えてなかったかというのがいくつかあり満足。

 

起きるとスニーカーを注文したサイトからメールあり。どっかで無くなったので取り消したとのこと。これだけ待って無くなったんかいという気持ちと、とりあえず永遠に届かないよりはマシかという気持ちで「なんそれ」ってデカい声出た。

朝からDIC川村記念美術館を目指して千葉へ。電車で2時間とバスで20分。かなり長旅だったが、途中電車では本を読むこともできたのでこれもまた良いとする。総武本線を使ったことがこれまででも数えるほどしかなく、そのあたりも小旅行感を高めて盛り上げてくれた気がした。

折坂悠太「藪IN」を読み終えた。小説や対談、おとぎ話など様々な文章が入っている作品。おもしろかったけど、ちょっと難しかった。なんかそれこそ文章を読み進めてたらどこかわからない藪に急に入ってしまったみたいなワープ感というか、見失う感じみたいなものがところどころ感じられた。(実際のところ、文章中で登場人物が藪に入るシーンもあるので分かりづらい)もっと深いところというか、何を思考しているのか知りたいので、小説でもなんでも文章は書き続けてほしい。

かなり広く自然豊かなところにぽつんと美術館があり、敷地も広い。まずは美術館内で目的の「カラーフィールド 色の海を泳ぐ」を見て回る。会期が翌日までということもあり、それなりに人もたくさんいた。展示物のサイズが大きく、色をしっかり塗ったものなので圧倒される感じがかなり印象的だった。各作家の作品が5~6点程度まとまって展示されているので、年を経るごとに形が変わったり色の強弱が変わったり、塗り方が変わってほとんど立体物のようになっていったりしている試行錯誤を感じられて良かった。ケネス・ローランドやフランク・ステラのようにどんどん形が変わっていくのも良かったけど、ジュールズ・オリツキーの作品群がやばかった。初期の淡い色合いのものはずっと見てるとなんか濃淡が浮かび上がってくるのか、勝手に脳が解釈し始めるのかわからないけどどんどん違うものに見えてくる。後期に行くに従って、あきらかにそれだけでは物足りなくなってることがわかって、実際もともとは淡い色を染み込ませてたような感じだったのが、最終的にはめちゃくちゃ動きをつけて光の当たり方が見る位置から変わるようなものになっていて、やりたかったことを勝手に想像できる感じも良かった。

常設展では、企画展に合わせて色合いごとに作品を並べていて、これもいい作品が多かった。青色ゾーンにおいてあったエルンストの「入る、出る」、中西夏之の「4ツの始まり -2001 II」、ジョセフ・コーネルの「青く塗られた青の中に(ヴォラーレ)」、リキテンスタインの「青い床の室内が描かれた壁紙」が特に良かった。ジョセフ・コーネルの作品はコラージュで、これが本当にいつまでも見てられるおもしろさだった。赤黒ゾーンの山口勝弘「ヴィトリーヌ愛の仮説」、銀灰ゾーンの飯田善國「コスモスーグレー」もおもしろかった。ロスコルームにも初めて入った。そもそもこの作品を飾るためだけに存在している部屋というのがやばいし、実際にそこに置かれた作品たちはそびえ立ってる感がすごくて、圧倒された。大きければ大きい方がそういうかたちで圧倒されることでどんどん見てしまって夢中になるので好きかもしれない。

レストランで昼食でも食べてから帰るかと思い、店員さんに聞くと2時間15分待ちとのこと。さすがに待てない。ご飯を食べるところがこの辺にないということもあり、どうやっても混んでしまうようだ。庭園も一通り見て回る。テニスコートなんかもあって、楽しそうにテニスやってる人たちや、芝生で遊ぶ家族連れなどを見て、いいところだなあとしみじみ思う。こんなのが近くにあったら用事なくても庭園で座ってるためだけに来てしまいそう。

朝食を食べていなかったこともあり、何かを食べないとおかしくなりそうだったため、バスで佐倉駅に戻る。これからどうしようかと思っていたが、千葉市美術館でも明日まで会期の展示があるということで向かう。

途中昼食のスポットを逃して結局食べずに千葉市美術館で「とある美術館の夏休み展」を見る。

コンセプトは各フロアで異なるものの、どれもかなりおもしろい展示だった。特に、清水裕貴「あなたはここにいない」は、美術館の監視員にスポットを当てて、それぞれの人の話を文章にしたものと、監視員を美術館以外のところに置いた写真が展示されていた。単純に写真がめちゃくちゃ良かった。さらに、監視員って美術館にいると普通なのに他のところに存在しているとめちゃくちゃ違和感があるかと思いきや、そこはそこでテキストと合わせると普通にも見えてくる。写真がとにかくきれいで、引き込まれた。

目[me]の作品もあり、これもかなりおもしろかった。アトロクに出ていたときの展示の話からも何となくイメージはしていたけど、作品がそもそも「ちゃんと飾られていない」床においてあったり、包装のダンボールが解かれていなかったり、周りに作業用の道具などが置いてあったりなどなど。でも、「アクリルガス」という作品は、ほんとは壁にかけて展示するものだったが、ある展示会で床に置いて展示されたという事象が発生したという話があったそうな。それを聞くと、床に置いてあっても実際には不正解ではない、そもそも正解の作品の飾り方なんてあるの?ということを考えさせられて、途端に全部が笑えてくる。そして、今見てきた他の作品が床に置いてあったら、なんてことを考え始めてしまう。滑り込みになったけれど、見れてよかった展覧会だった。

遅めの昼食として千葉駅構内でうどんを食べて帰路へ。たまにはこんな休みもいいなあと思う。1日動いてもそれほど汗はかかない季節になってきていて、そのあたりも益々良かった。

東京駅の地下街を歩くと至るところにちいかわのラッピングがあり驚く。ちいかわってここまで人気なのか。インターネットでしか見てないからどれくらいの人気なのか分かっていなかったが、東京駅にこれだけあるともう国民的人気と捉えても良いのかもしれない。本家の漫画の不穏さとかは関係ない感じもマジの人気者感が出ている。

Twitterにて、宇野維正が配信にて春ねむりに云々という事象を確認する。細かくは記録する必要がないので書かないが、件の人物に関しては、今までも批判にまともに応答したことがなく、彼を一躍有名にしたジャネール・モネイの来日公演に関するツイートに関してもそうだった。その時点でその言論を掲載することがどういう意味を持つのか、プラットフォームはもう少し真剣に考えたらどうかと本気で思う。自分の言論に対してほとんど責任を放棄するような人物に好き勝手許しているから、最終的に1アーティストがイチャモンを付けられ、あげく反論しなければなくなる。こんなの全く生産的じゃない。この件に関しては、柴那典にも見解の表明が求められると思うが、例によってこちらにもそんなことができるはずもなく、意味のわからぬ発言で締めようとしていた。音楽批評は音楽のこと(音楽のことというよりは、この人はそもそも音楽産業やアーティストの気持ちに興味がある人だと個人的には思っているが)だけを扱っているので、社会やなんかとは切り離されると思っているんだとしたら、結局のところ彼らには何も見えていないということなのかとそう理解した。ダサすぎるけど。

昨日bandcampで買った作品がどれも良すぎた。特にSHINDO「SUMMER EP」、Precipitation「Warm Embrace」、sharda「It's A Love Thing」。最高。

久しぶりにしもふりチューブをなんとなくざっと見ていたら、やっぱりこの人らおもしろすぎるなと改めて思う。

今日から使い始めたモバイルSuica便利すぎる。今まで使ってなかった自分アホ過ぎ。文明って最高。

 

前日朝早くに起きたこともあり、11時過ぎに起床。ゆっくり動いてとりあえず買い物へ。夜に予定があるため、昼間のうちに来週分の食料を購入。

昼飯を食べつつ、配信で「ザイマンドックミリオネア」を見る。各組の名作漫才を見れて、クイズもちょうどいい感じのおもしろさとふざけがありめちゃくちゃ良かった。チキン南蛮の下りは面白すぎた。本物の一千万円が出てくるという作り手のボケもすごい。

夜にももと真空ジェシカの「2Pカラー」を見るため、早めに外出。新宿でカフェを探すもどこも混んでいて、辛かった。最近はめったに来なくなったけど、当分来なくてもいい気がした。新宿の外れのビルのスタバで読書しながら時間を潰す。周りには予備校に通っている子たちなのか、やたらと勉強している人たちがいっぱいいて、スタバって今こんな感じなんだと思う。勉強遠慮してくださいみたいなのがないカフェがスタバくらいなのかもしれない。

「あなたのことが知りたくて 小説集 韓国・フェミニズム・日本」を読み終えた。フェミニズム的なものを捉えたものもあれば、在日をテーマにしたものもあれば、SFっぽいもの、静かに佇む何かを描いているものなどほんとうに様々でどれも主張もわかるし、何より面白い。チョ・ナムジュ「離婚の妖精」、デュナ「追憶虫」、深緑野分「ゲンちゃんのこと」、イ・ラン「あなたの能力を見せてください」、パク・ソルメ「水泳する人」が特に良かった。韓国小説を読むことが多くなって、本当におもしろいものが多いことを知れて嬉しい限り。

紀伊国屋サザンシアターで「2Pカラー」を鑑賞。隣の席の女の人がものすごいオタクの喋り方のイメージそのものって感じでびっくりした。夢中になってる人というのは自分も含めて総じてなぜああいう話し方になるのか。公演は、ネタもコーナーもおもしろく、コーナーの程よい緩さが良かった。

ふるさと納税で贈られてきたシャインマスカット。結局3~4日で食べきってしまった。めちゃくちゃ美味しかったので今後は全部これでいいと思ってしまった。シャインマスカット最強かも。

夏も終わるが、迷ってサンダルを買うことにした。人にもらったファミリーセールクーポンを使って。サンダルはクーポン適用外だった。諦めた。最初から買わないことにしておけばよかったかもしれない。

 

朝が辛い。月曜日は大体そうで、適当にやり過ごすことにしているが、朝から打ち合わせがあり、そうともいかない。仕事でバタバタする間にお昼になだれ込む。

キャンセルになった分、スニーカーを買わなければいけない気がしているが、欲しい物がなくてこういうときは気持ちをどうすればいいのかわからない。無駄にショッピングサイトを見て時間が過ぎる。

起きたらアーセナルが負けていた。今年は違うかと一瞬思うも、強豪とのこの感じは今年も変わらんなと落ち込み半分、やっぱり半分。なんとか今年はいいところまで粘ってほしい。

イトマイで買った日記本、鍋島讃「日記に棲む日々」を読み終える。コロナ禍の日常で綴られた一般人の日記。日記本を出しているからと言って作家ではない人たちがいるということを最近になってようやくわかってきて、そういう人たちの本がおもしろい。自分と同じような日常があるんだけど、ちょっとだけ違う。そういうのあるよねと思わず話しかけたくなるようなことなんかもあるし、総じて友だちの話を聞いているような感じがして、すらすら読めるのも良い。

 

仕事量がめちゃくちゃ多いわけでもないのに全然進まない。集中ができないようになっている。なんとなく理由はわかってるけど、20代じゃないんだしもうちょい仕事サクッとやろうやと自分に言ってみる。

小学校1年生の時に回旋塔に捕まっていたらめちゃくちゃ回されて吹き飛んで、気づいたら身体中擦り傷だらけで立てなくなって保健室に運ばれたことをなぜか最近2度も思い出した。吹き飛ぶ直前までめちゃくちゃ楽しくて笑ってたのに、瞬間恐怖で死ぬんやと思ったような記憶。あれよりも大きい外傷は幸いなことにいまだ経験がない。

アトロクブッククラブの荻上チキ氏回がおもしろかった。そろそろこの番組を聞くためだけにAudibleに入らなきゃいけないのかとも思うが、それにしても高い。

赤瀬川原平超芸術トマソン」を読み始める。言葉としては知っていたが、この機会に本を改めて読む。

 

8月分の電気代、大台に乗っていた。日中は毎日家にいてエアコンつけっぱなしなので、仕方ない気もするし、定期代を電気代に充てると考えるとまあ妥当かとも思わなくはない。しかし、一人暮らしとは思えない金額だ。

tofubeatsの難聴日記出版後トークショーを配信で見た。トーフ氏の気持ちと効率の狭間の感覚がバグっているという話がなかなかおもしろかった。ベッドがいいものである必要がない、みたいな話はオリエンタルラジオ中田氏のベッドがあるから寝るのでベッドを解体したという話と通ずるところがある気がした。

日記を書いて公開していくということが、表現者の人にとってどういうことなのか、というのは当然個々人でかなり意識に差があるようだ。それでも、公開してる文章が存在する時点で「あれを書いてる/書いてない」みたいなところが何らかの意味をもってしまう昨今では、公開して書いているということ自体に誠意やスタンスが出ているわけで、そのあたりを出役の人らが特にどう考えているのかが垣間見えたのもよかった。TVerの話や最近聞いてるものの話なんかもその中ではポップな一面になっており、いいイベントでした。あとは、過去の発言について、インターネットでの一時のふざけ選手権で勝つための言動が今見たら完全にアウトで、自分でもアウトやと思ってしまう時には頭を垂れるしかないと言っていて、そうよなと思った。

 

意味のない打ち合わせに放り込まれてイライラがMAXに達した。その後は適当に仕事してPC消した。あんなもんに巻き込まれるとは聞いてない。

日が変わってスプラトゥーン3が発売されたが、何となく今触ってめちゃくちゃやったらまずいと思い、触らなかった。新しいゲームへの興味や熱中が年々薄れており、久しぶりにハマるのかどうか楽しみになっている。

なんか別にリスナーでもないから全然構わないんだけど、大森靖子が全然普通にしてるの意味分かんないんだよなあってたまに思う。パワハラが事実かどうかは知らんし、おそらくファン向けには釈明してるのかもしれないけど、こういうのって内部で処理して終わりにする感じ、どこにでもあるよなあ。

 

涼しいんだか暑いんだかよくわからない気候。冷房はもういらんなと思っていると暑くなったりする。

別に日記を書く義務はどこにもないが、人がこれを見てアメリカ滞在記を書いてくれるというのは非常にありがたい。楽しみに待つ。

ネットで言ってもいいこととは何か。漫画家の服部昇大氏のツイートを見かける。「「言ってはいけないことは言ってはいけない社会」に引き戻されるべき」というのは最近のネットを含む社会を見ると本当にそう思う。実際、「本音」とすることによって、差別意識や集団的ないじめまがいの言動を正当化したり、自由な言論の中の1つかのようにすることが可能になってしまっている気がしており、おそらくはそれを発する人らもどんどん軽い気持ちでできるようになっているのだろう。(侮辱罪の話や、それでなくても開示請求だとか訴訟だとかの話題を頻繁に見かけるので、そんなに感覚としては間違っていないと思っている。)服部氏のこのツイートに続くツリーには、「その上で本当に何かしらの才能や何かしらの覚悟を持った人間だけがこのでっかい流れに逆らった本当にカウンターっぽい表現やユーモアをやれると思う」とあり、何となくこの辺の人らかなあと思うものがあったりなかったりしていて、自分もそういう視点でもっと表現を見たい。

過去のしもふりチューブをダラダラ見ていた。粗品氏の「コウペンちゃんは俺のフリップパクってる」という発言を見て、全然ありうるよなあと思いつつ、仮にパクリじゃなくても、そもそも芸人のように過去に誰かがやってるのではと一通り調べるなんてことはもうほとんどの人がしてないからこういう事故はどこでも起きまくってるんだろうなと思う。人の音楽を勝手に早くしたり遅くしたり切り刻んでふざけた名前付けてインターネットに放流している自分には、何も言うことはできません。

たまたま目にしたきゃりーぱみゅぱみゅ氏のコラムを読む。この人頭良いんだろうなと文章から伝わる。「きゃりーぱみゅぱみゅ」として一般人からは考えられないくらい何かを築いた人だからこそ、「新しいこと」をやらなくてはという切迫感。それを周りに伝えてどうやってうまいこと進めていくかみたいな、マジで同世代にしてはエクストリーム過ぎる。何でもかんでも裏側語る世の中どうなんやろと思うことは多いが、こういうのはなんかめちゃくちゃ感じ入ってしまうので、その違いどこに感じてるのかはもうちょいはっきりさせたい。

 

余裕をもって起きたはずが、気付くと約束に遅れる時間になっており急いで出発して蒲田へ。スピローズというギリシャ料理のお店でTさん、Yさんとランチ。ギリシャ料理よく知らなかったけどどれも美味しく、なかなか手頃な値段で良かった。次はラムチョップかヨーグルトチキン食べたい。ワインを1杯飲んだ。めちゃくちゃ軽くスルスル飲める危険なワインでした。

まだ時間があるということで、有楽町に戻り、はまの屋パーラーへ。思っていたよりは並ばず入店。たまごサンドなどとコーヒー。

Yさんが来月には無職になるということで、適当にいろいろあれこれやってみたらみたいな話をする。なんとなく不安よりも楽しみのほうが大きそうな感じがして安堵する。マッチングアプリやってみたらいいのではという話から、ペアーズ等の料金プランを初めてちゃんと見た。男性が大体月3000円で、女性は基本無料ということらしい。まあ需給からしたらそんな感じなのかというのと、男の場合はマジのやつしかやらんような絶妙なハードルだとも思う。写真のとり方などもいろいろあるらしく、マジでやったら無職期間がどれだけあっても足らないのではと思った。

Tさんの恋愛話を聞く。めちゃくちゃピュア過ぎた。人は見かけや経験によらないと改めて学ぶ。外からのほうが物事はよく見えるということかもなあと思いつつ、感じたことをいろいろ喋る。この年になると「相談」みたいなトーンではなく、思い思いのことを喋っても最後は当人の判断次第やろみたいなことが全員の共通理解になっているので、特に重く感じることもなく話せて楽しかった。気付くと2時間ほど経っており、解散となる。

銀座のatmosで靴を見て帰る。欲しい気がしている靴を手に取ったものの、決め手がなく保留となった。

 

埼玉の本屋「小声書房」に行く。本屋に行くのが旅行みたいになってちょっと楽しい。なにもないような駅にポツンと現れる本屋。詩があったり絵本があったり、街の本屋でありながらなんとなく本屋さんの色もあるような感じ。詩集を中心にいくつか購入。現金が使えないお店だと気付かず、手間をかけさせてしまい申し訳なくなる。

リュックを買った。服など身の回りのものすべてを通販で買うようになった一方で、本だけをリアルで買っている。年を少し重ねて、使える金がちょっと増えたことで、ようやく何をどこで買うかというのを自分の意志でコントロールできるようになってきた。そんなのが続いていくと良いなと思うが、それは多少金に余裕がないとできない行動なのは矛盾している気がする。

 

月曜日の割にはちゃんと仕事してた。相談は踊るでかなり重めの相談が来ていた。回答は「まず自分がなぜそれが嫌なのかを考え抜いて説明するべき」というもので、俺はそれが面倒で嫌で自分でもうまくできなかったから今まで人とお別れしてきたんだと身につまされる。昼飯食べながらなんでこんな気持ちにならないかんのともちょっと思う。

アトロクの特集が美味しんぼ一人総選挙。古舘佑太郎氏が自身と山岡、古舘伊知郎氏と雄山を重ねてたという話はおもしろかった。しかし、この漫画ってめちゃくちゃなところを面白がるもんだと思っているので、その着眼点の珍しさと、そっち側もやったほうがいいと思うけどなあという気持ちがあとから湧いてきた。

実家にタッパーを送り返す。タッパーって中身ある時あんなに楽しみなのに空のものを送るとなるとこれに金かかるのおかしいけどなあと思ってしまう。異様に軽いダンボールをセブンイレブンに持ち込んだ。

黒帯会議を配信で見た。ヨネダ2000さすがにおもろすぎ。トークはなんかちょっと違ったので全部は見なかった。

人から借りていたことを忘れていた本を読んでみた。読み始めるのがあまりに遅かった。今の自分にはこれを読むことができないことに気付いた。数ヶ月、数年で完全に違うモードになってしまったことに気付く。

 

COCOA終わりのニュースを見かけた。思わず「いや、結局なんだったん」と一人で声出た。

柴那典が春ねむりの件に関してあれこれ言ってた。春ねむり本人がもうよしとしていたのでそれでいいと思う。個人的には、こんなこと言うだけでこんなに時間がかかって、言ったと思えばそれだけかい。何も言われんかったら結局黙ってて後で「なんかそんなんありましたねえ、ははは」みたいなことを有料配信でやって終わりちゃいます?みたいな気持ちですね。とはいえ、今後云々という話もありましたのでそちらに期待することで消化。

DAWNが届いた。めくると最初からいきなりMURVSAKI事件の話ということでかなり濃厚な感じがする。装丁やデザインも非常に凝っていて楽しみ。これから読み進める。

スプラトゥーン3軽く触った。とりあえず照準合わせの感覚がわけわからん過ぎて思うようになるまでに200時間くらいかかりそう。

 

アトロクの高校演劇特集を聞く。別に誰かがそうだったとかではないんだけれど、大人ってもしかして高校生をめちゃくちゃ下に見てるかもしれんなと思った。今どきの高校生がどんな感じかは僕も知らんけど。高校生なんだからそれくらい言えるやろと思うこともあり、自分も年下とかを無意識でどう見ているのか考えてしまった。自分と相反する思想の人々として、なぜかめちゃくちゃ馬鹿なやつを勝手に作り上げて自説を展開している人は意外と多い話と近い気がしている。人は想像の中では相手を如何様にでも作り上げられる。

simカードが届いたが、ピンがなくてピンを注文した。アホらしい。200円高くていいからピン付けてくれたらいいのに。

 

仕事。打ち合わせが多い日はより疲れる。人が休むときの引き継ぎは残る方から声掛けするものなのかと疑問に思いつつ、こちらから確認する。歳をとるとそんなことにイライラはしなくなってきていて、大人になったのか、いろいろなものを見て諦めているのか定かではない。

アトロクでゲームのアクセシビリティ特集。視覚障害の方がSwitchのスポーツゲームで子供と遊べたという話をしていて、スポーツの動きがどんな動きか見たことないからわからないという話をしていて、言われてみたらそうだなと何も自分がわかっていない、想像できていないことを思い知る。トスを見たことのない状態でトスの動きをするってどんな感覚なんだろう。

テーブルゲームさえも目が見える人と一緒にやるのは困難であり、大富豪をみんなが遊べる形にしたのは視覚障害の方からしたら革命的だというお話。これ、どこかのゲーム会社とかがCSRでやるとか、あるいは300円とかで出したらめちゃくちゃ需要生まれそうだけど、そういうもんでもないのだろうか。ゲームとしてはプロからすればそんなに大変なものではなかろうし、アドバイザーで視覚障害の方を入れたりとかして。もしかしたら一夜のトランプで恋が生まれるかもしれないのに、それにすら参加できないという話が本質的なものだったように感じた。

 

適当に仕事しつつ、来週いない人の引き継ぎなどを行い早めに退勤。荷物を整理して上野駅に向かう。幸いなことに今まで新幹線に乗る日にアクシデントが発生したことはなく、今日もスムーズに新幹線に乗れて安心した。新幹線内では隣がお母さんと娘さん2人の家族。A席に座った自分の申し訳なさをどう表現したらよいか分からず、隣をなるべく見ないように過ごした。車中、昔のパーティーでの自分のmixを久しぶりに聞き返す。決してうまくはないが、意外といい曲知ってるやんと思う。今思い出そうとしても曲名がちゃんと出てくるものが殆どなく、改めて振り返らなければと感じた。

mura masa「demon time」がマジで良かった。フジロックで見て期待しかなかったけど新作最高。

車で仙台駅まで迎えに来た両親と、同じ新幹線で帰ってきた妹と実家へ。道中近況についてお互い話すなど。母方の祖母がコロナに感染していたと知り心配になるも幸い軽症で一安心。年齢も年齢なので、とにかく病気などならないことを切に願う。妹がダイエットに熱心になっており、昔とは違うモードに入っているなあと感心するなど。

友人Tさんより無事交際することになったという連絡あり。浮ついてウキウキの人はいつだって最高で、文面だけでも伝わってきて非常に微笑ましかった。それにしてもやはりピュアな人である。

友人Yさんが神宮のチケットを取ってくれた。めちゃくちゃありがたい。今から行くのが楽しみ。

DAWN №2を読む。1つ1つのトピックがおもしろくて、後半の宗教とヒップホップの話はなかなか踏み込んだ話を書いているメディアがない中でかなりおもしろかった。中でアメリカの宗教とギャングスタラップについてインタビューが載っていた山下さんという方の本は買って読みたい。こういう雑誌は相当手が込んでいて、出版までにそりゃ時間かかるよなあとしみじみ。どれくらいの儲けになっているのか不安になってしまうが、それこそヒップホップに興味のある若い人なんかが読んでも楽しめると思うので、広く売れてほしい。

 

朝から父方の祖母宅へ。マイナンバーカードを持っていないという話から作成の手続きなどを諸々行う。最近の相撲事情を父の兄から聞き、なるほどと思う。父の兄とは昔から気が合う。

友人K君とK君のパートナーと仙台で昼食。「パートタイム・コメット」に記載があったピザ屋とおそらく思われる「HAVE A GOOD SLICE SENDAI」で昼食。店の雰囲気も店員さんの感じもよく、肝心のピザも最高。ポークのピザとデザートピザを食べた。めちゃくちゃおいしくて、こんなに空いてるなんて。またぜひ来たい。

久しぶりに会ったので、近況等いろいろと話す。聞けば、4月から関東での仕事が決まったとのことで何より。1年ぶりに会ったけど、2人は相変わらず息ぴったりというか、あらゆるリズムを補完しあっている感じがして、とても素敵だった。友だちが素敵なパートナーと一緒にいるということがこんなに自分にとっても嬉しいなんて不思議だなあと思う。

ピザ屋の後にオクトーバーフェストに連れて行ってもらった。こういうイベントに来るのは久しぶりだ。ビールを2杯飲みながら他愛もない話で楽しく過ごす。地元のコーラスグループのステージを見ながら好き勝手喋っていたときが楽しかった。パートナー氏がアーティストにライブで煽られることにムカついてしまうという話はなかなかおもしろかった。手土産としてOpen Bookのレモンサワーを渡す。以前のポパイで見かけて気になっていたのでこの機会に購入した。美味しいといいのだが。こちらは何もしていないのだが、なぜか手土産をもらってしまい、恐縮しながら受け取るなど。

帰宅後、家ではマイナポイントを使って新しく購入したホットプレートで餃子が焼かれていた。刺し身や焼き鳥などもあり、それらを美味しく食べた。美味しい食事の自分の中のイメージは、家族揃ってあれこれ喋りながら食べた昔の記憶から生成されているのかもしれないと思う。

安西水丸「たびたびの旅」を読む。旅行中にさらっと読むくらいの文章と氏の絵が心地よい。時折、このくらいの文化人ってこういう感じだったんだろうなあという女性に関する記述もあり、そんなんを適当に読んでも問題ない軽さだったことも幸い。

 

起床後、特にやることもなく実家故のゆったりした時間が流れてそれに何も疑問や危機感がない。素晴らしい。メジャーリーグ中継。大谷翔平の登板日ということで家族で見る。この家は比較的みんなスポーツがわかっているため、共通の話題になりやすい。

昼食としてラーメン屋に行くということで車で向かう。着くと店外に行列ができており、30分ほど並ぶ。陽射しが意外とあり、むしむしもしていることから汗をかく。台風が近付いてきていることとこの天気は関係があるようだ。肝心のラーメンはおいしかった。普通のものであれば730円ほどという東京ではまずありえない価格に衝撃が走る。

母方の祖母宅へ。聞けば、8月にコロナに罹っていたということで心配していたが、本人は元気そうで安心した。その際は父母ともに車で病院へ送り届けるなどしたため、濃厚接触者になっていたという。それでも祖母のみで済んだのは不幸中の幸いといったところだろう。他愛もない話をしつつ、河北新報に掲載されているクロスワードパズルと数独を解いたところで帰宅する。

夕飯前に再度父方の祖母宅へ。固定電話の電話帳登録のやり方がわからないのでやってほしいということで、登録作業。固定電話も一般家庭用はおおよそお年寄りが使うものになっているので、もう少しそのあたり配慮してほしい。電話に出るボタンがどれかわからない、ワンタッチダイアルの何番が誰か覚えられないということで、百均でシールを買ってきてもらい、わかるようにボタンに貼る。こんなこと誰でも思い付くが、実際にやってあげる人はいなかったようだ。祖母の息子である自分の父は、まだ自分の母親を「説明すれば覚えられる」と思い込みたいのかもしれないと思った。自分も親が老化する現実をちゃんと受け止めて生活できているだろうか。蔑ろにしていないだろうか、人の姿を見て改めて感じた。

地元の町中華からテイクアウトしたもので夕食。子供の頃からおいしいと思っていたものを今もおいしいと思って食べられるというのはありがたい。なくなっていく店が多い中、パンサーのサインが新しく店にあったという話を聞き、しばらくはまだ食べられそうだと安心する。

Switchのオンライン対戦を友人K君、M君、T君と久しぶりにやった。マリオテニスマリオカートが楽しかった。マリオカートのバトルモードが結局おもしろい。3時間ほど駄話もしつつ、ゲームに没頭。途中、T君の娘さんの声が入ってきて幸せな気持ちになる。イヤホン越しに名前を言ったり、年齢を答えたりしている声が聞こえて、尊すぎた。そして、T君はすごい。別に子供がいるから偉いとかではないが、ただただこの現実世界で自分の子供を守っているということに感銘してしまった。マリオカートマリオテニスももうちょい練習してうまくなっておきたい。

弟が帰省しており、いろいろ話しつつゲームして3時まで過ごす。弟もコロナ罹患中は大変だったらしく、味覚も長い間失っていたとのこと。客商売だからこればかりは仕方ないと思うが、回復していたことに安堵する。

 

前日遅くまで起きていたため、ゆっくり起床。荷造りをして昼前に家を出る。仙台駅の利休で家族揃って昼食。こんなんも一年に一回はあってもいいかもなあとぼんやり思いながら過ごす。妹の新幹線が先に出るので別れる。妹以外の4人でスターバックスで時間を潰しつつ、時間になったので新幹線へ。

新幹線に乗ってしまえば別に悲しくなったり恋しくなったりはしないのだが、その前に一瞬そんな気持ちになることがある。どこかのタイミングでこちらに戻ることを本格的に考える必要がありそうな気がずっとしたまま、誰にも言わずに東京に戻る。

新幹線で再度昔の自分のプレイの録音を聞く。上手くもないのにb2bをやっていて、当時の自分の焦りと相手のうまさを感じて申し訳なくなる。ふと、お題があって、各々そのお題を意識しながらb2bのmixを4人位で撮って、その後で感想戦をやるという企画を思いついたので、誰かやってくれないかなあと思う。大喜利の被せとか脱線が好きなので、それのDJ版みたいな感じになって面白くなりそうな気が一人でした。実際におもしろいかは知らない。

帰省中と新幹線内でオクテイヴィア・E・バトラー「血を分けた子ども」を読んだ。久しぶりに本格SFでかなりおもしろかった。女性が主人公の物語たちで、作者は黒人の女性SF作家という当時はかなり珍しく、今も決して道が開かれているわけではない立場であり、その視点が存分に効いているように感じられた。特に好きだったのは、表題作の「血を分けた子ども」。特殊な世界の中で繰り広げられる男性の妊娠に関するお話。「夕方と、朝と、夜と」。遺伝するいつ発症するかわからない難病を巡って、それらをコントロールしようとする社会や個人と、一方でそれらに人生がコントロールされる狭間で生きる男女。「恩赦」と「マーサ記」という新作もおもしろかった。基本的には長編作家らしく、長編の作品も読んでみたい。

小声書房で買った、柏井優佳「一日と輪」を読んだ。詩集というのは短歌よりも難しく感じていて、あまり手に取らないが、生活っぽさと中の写真に惹かれてスルスル読んだ。市井の人と言ったら失礼にあたるのかもしれないが、そう感じさせるくらい身近なものの気がして、とても気に入った。詩の「次の瞬間世界がワープする」ような感覚って独特だなあと思う。小説やエッセイだとたいていは接続詞とかが入るけれど、詩は次の行でめちゃくちゃ小さい話をしたり、めちゃくちゃ大きい話をしても怒られない感じがする。なんか詩だからいいかって勝手に思っちゃうし。

アトロクで「All Or Nothing」のアーセナル版についての特集。さすがにこれは見ないとまずい。弟もコロナ罹患中に見たという話をしていたため、早速見ようと決意する。アルテタやジャカに対しては懐疑的な気持ちもなくはなかったので、それらが払拭されるかもしれないと思うとなかなか楽しみ。

台風が近くなっているのか風がものすごく強い。少し怖い。明日が来ることのほうがもっと怖くて嫌だなあと思いつつ眠る。

 

連休明け。仕事にはあまり身が入らず適当にやってないわけではないくらいの感じで一日を過ごす。朝はモヤモヤしていたと思ったら大量の雨が降り、その後はぐっと気温が下がった。

特に書きたいことがない。なぜか寂しい気持ちになって、なかなか前向きに物事を考えることができなくなった。おもしろいものを聞いたり見たりしようかと思ったがそんな気にもあまりならず、仕事の後は頭を使わずに過ごした。そんな日もある。

 

なんかずっとイライラというかモヤモヤしてるなあと思ったら口内炎が複数箇所にできていた。本当に大嫌いなのになぜこんなにできるのか。お前の栄養の問題だろうと言われるとそのとおりなんだが、なんでおれだけという気持ちがないわけでもない。即座に治るようなものでもないので、諦めて静かに薬を飲む。

引き続き仕事以外は頭を使わずに過ごす。おそらく疲れているのだという結論に至った。寒くもなってきたので、明日は温かくて美味しいものを食べて早く寝ることにしようと決意する。

 

木曜日なのに明日が休みって変な感じだなあと思いながら仕事。夕方になって来週社長面談があるという話が舞い込み、面倒なことにならないといいなあと思いつつスケジュールを調整する。終わり際に全部の判断をこちらに委ねる質問をされて、もうちょい考えてから話持ってこいよとイライラするなど。休みの前の日の終わり際に持ってくるな。

 

起床後、東京都現代美術館へ。「MOTアニュアル2022 私の正しさは誰かの悲しみあるいは憎しみ」を見る。なんかもう本当にいろいろすごすぎた。

工藤春香「あなたの見ている風景を私は見ることはできない。私の見ている風景をあなたは見ることはできない。」やまゆり園の事件が起きたところからほど近い相模湖。相模湖は水や電力を都心に供給することで産業の発展に寄与しているが、産業の発展により人は移動が必要になるという社会構造と人との関わりと、優生思想を巡る日本の歴史と障害当事者による社会運動の歴史を重ねて見せるプログラム。展示中央の「障害に関する政策等をまとめた年表」の文字面を追うことによって突きつけられる、あまりに酷くて惨たらしい歴史。知らなかったわけでは決してないが、展示としてここでそれを見るということを改めて行うと、あまりに酷い現実に打ちのめされた気がした。裏側には「障害当事者運動の年表」が書かれており、こちらを見ると自分が今さっき読んで感じた絶望なんてマジで薄っぺら過ぎて笑っちゃうものだということを痛感する。この人たちの長年の戦いと勝ち得たものもあれば、いまだ果たされないものや、政治家や社会やマスコミ等による無理解と侮辱。それにさらされながら今も生きる人たちが存在していて、存在していること。結局それもまた自分が見ていないものだと気付く。中には「尾野一矢さんの部屋」という、やまゆり園事件の被害者であり、今は退所して地域で自立している人の部屋が再現されたスペースがある。一見すれば自分となんにも変わらない部屋の景色。当たり前だが、望む場所で好きなように暮らしているそうだ。なぜかずっとそのスペースを見続けてしまった。

良知暁「シボレート/schibboleth」。アメリカでかつて行われたリテラシーテストや旧約聖書内の「シボレート」という言葉の発音による民族識別、関東大震災時の朝鮮人虐殺時に行われた漢字の発音による識別。別に言葉が分かる/分からない、発音が正しい/正しくないが必ずしもその人種だとか国籍だとかを確実に判別できるとは限らないのにそういう使い方がされていたことを思い出させようとする展示。テキストとネオンと時計しかない、めちゃくちゃミニマルな展示なのに、すごい自分の奥の方にそういうことあったな、あるなということを植え付けてきた。

高川和也「そのリズムに乗せて」。これも長い作品だったけど、なかなかおもしろかった。自分の言葉を外に出していくときにどんなことが起きるのかを探るために、日記をラップにしていく。途中にあった、日記を他人が読んでグループワークで紐解いていく過程が特に良かった。個人の話なのになんかああやってみんなが読むと一気に人の話みたいな感覚になっていくのがこちらにも伝わってきた。それこそこの日記も公開した時点で自分の話ではなくなっているのだろうかというようなことを考えたりもした。とりあえず図録を予約した。

同時開催でやっていたプルーヴェ展も見たけど、その前の展示でやられていたのであんまり入ってこなかった。プレハブ式の解体、移設ができる住宅の話はなかなかおもしろかった。

2階のお店でカクテルシュリンプのサンドとクリームのサンドを食べた。ここがあるということも東京都現代美術館が好きな理由の1つに間違いなくなっている。相変わらず美味しかった。

散髪。担当の方から、ウクライナ情勢が気になって追っているという話をされ、若干心配になる。精神的に参ることもあるので、ほどほどの方が良いのではとやんわり伝える。その後、美容師さんがまた一人やめるという話や、先ほど見てきた東京都現代美術館の話をするなど。1時間ほどで良い感じにしてもらい帰る。

三軒茶屋のtwililightという本屋に初めて行く。品揃えがとても良く、意図を感じる並びで好感をもった。当初想定をオーバーするほどの本をいろいろ購入。福田里香氏のフード理論本が中古で売っていたのもテンション上がって買ってしまった。ここは定期的に来ることにしよう。

サッカーの日本対アメリカを見る。日本の選手たちは好調なメンバーが多いこともあり、終始優勢で勝利した。南野と古橋の序列があまりに低い扱いなのが気になる。両者ともCFでの起用がないのは可哀想。特に古橋は結果も残していて、少なくとも町野よりは上だろう。弟とチャットしながら見れたのも楽しかった。

令和ロマンの街話が改変によりもうすぐ終了になることを知る。悲しすぎる。こんなに面白い番組はなかなかないのにこれを終わらせるのはさすがにわけがわからない。本当に残念。どこかで同じような番組をやってほしい。

雨の音がすごい。また台風が近くを通っているようだ。起きたら止んでいたらいいなと思いながら眠る。

 

台風の影響で朝から大雨。ゆっくり目に起床するも何となくだるい。何をすることもなくぼーっと過ごす。bandcampからのメールが溜まりまくっていたので全部確認。ウィッシュリストの数だけが凄まじい勢いで増えていく。

夜にライブを見に行くので、雨が上がったころに家を出て神保町のドトールに入る。柚木麻子「ついでにジェントルメン」を読了。めちゃくちゃおもしろかった。最近読んだこの手の小説の中では一番エンタメ寄り。自分としては、時に自分もこうなっていないだろうか、こうなる可能性があるのはマジでキツいという気持ちもありつつ、物語の中の女性たちの強く生きることを強いられる辛さと、それに向き合って実際に強く生きる姿に痺れる。特に「あしみじおじさん」が最高。2つの物語で取り上げられる菊池寛にも興味が湧いた。

ウ山あまね「ムームート」、JUNNY「blanc」、pH-1「BUT FOR NOW LEAVE ME ALONE」、TSHA「Dancing In The Shadows」、Skaai「BEANIE」、hirihiri「10 MICROPHONES AND DISTORTED WAVEFORMS」、Ginger Root「Nisemono」を聞く。どれもいい作品ばかりで音楽聞くのがまた楽しくなってきた。特に「ムームート」、素晴らしかった。

無限大ホールで「漫才至上主義」を見る。久しぶりに行ったけど生で見るのは楽しい。どれも面白かったけど、黒帯の1本目「じゃんけん」、ママタルトの1本目「万引きGメン」、チェリー大作戦の2本目「犬」が特に良かった。どうでもいいけど、黒帯の占いのネタが内容的には「相談」とかそういう感じのほうがじっくりくるなあということが気になってしまった。

 

起きて、「真空ジェシカのお茶の間ーちゃん」を配信で見る。大きな内輪が広がっている感じが規模と配信枚数からも伝わってくる。内容は当然のことながら最高におもしろい。朝からめちゃくちゃ笑った。なすなかにし清水寺を紹介する下りおもしろすぎた。こんなラヴィットがあったらマジで神回なのでいつかあってくれる未来だといいなあ。ネタもあり、RTAもありなのマジでファン感謝過ぎるイベントで幸せ過ぎ。

昼の買い物を済ませて外出の支度。奇跡的に今日勝つと優勝という試合のチケットを、ビジターとはいえ取ってもらって手ぶらで神宮に行くのはさすがに憚られるため、Sunday Bake Shopでお菓子を購入。久しぶりに行ったこともあり、こんなとこだったかなあと思ったが、移転していた。広々としたキッチンには多くの方がお菓子を作っており、店先では近所の方と親しげに話す男の人、カウンター前ではおすすめをしてくれる店員さん。なんかすごい得した気分でおすすめのケーキを2つとコーヒーを購入。コーヒーは独特の味わいでおいしかった。幡ヶ谷多分いいところなんだろうなあとそこだけで勝手に判断した。

突如リリースされたKOHH「The Lost Tapes」を聞く。良いなあと思いつつ、MVRASAKIのプロデューサータグが流れてきて、ああそうだったと冷静になるなど。BE:FIRST「BE:1」を聞く。K-Popアイドルの日本デビューアルバムとも思えるようなかっこいい楽曲が多く、振り幅もあって良かった。個人的にはもっと攻めた曲があっても良かったような。「Shining One」が結局今のところは一番良い。オペラシティのエクセルシオールでしばし時間を潰す。

神宮球場でヤクルト-DeNAを観戦。行き詰まるほどの投手戦ののち、サヨナラで優勝決定。なんか食べ物とかを買いに行く暇を見つけることすらできなかった。Sunday Bake Shopで買ったケーキは本当においしかった。買っておいて良かった。こんな試合を見たいと思ってもなかなか見れるものでは当然なく、隣で真剣に試合を見るスワローズファンのチケットをとってくれた友人Yさんに感謝。Yさんは途中気分が悪くなって大変だったと後から聞き、申し訳なくなった。

優勝後は会見やらセレモニーやらもスタンドから見て、最終的にビールかけまで見て帰った。ビールかけをする選手たちは本当に楽しそうだった。会見での記者からの質問が何とも言えない質問ばかりで、海外の記者に比べるとというようないつも出てくる話を思い出す。本当に海外の記者の質問は違うのか、海外の記者からの質問と日本の記者からの質問のサンプルをとり、並べて比べてみたくなった。そういう比較ってどこかにあるのだろうか。

先日読んだ「ついでにジェントルメン」を強引に貸し、「All Or Nothing」をおすすめするなど。Yさんは今月で現勤務先での仕事が終了するとのことで、本当に安心した。ゆっくり休んで楽しく過ごしていただきたい。

 

仕事を始めるやいなや電話があり、面談を対面でやることになったということで出社の指示。言われた通り動くのがサラリーマンということで、昼から出社することに。久しぶりなので変な感覚になりながらも、日が照りつける中駅まで歩いて会社へ。

面談では役がつくという話に。それだけだと味気ないということなのか、あれこれ話題を振られ、当たり障りなく返しておしまい。

毎度なんで自分なんかに役がつくことになることになってしまうのかと思うものの、そもそも役がつくことが一生ないような人生だったなら、なんで自分に役がつかないんだと考えていたような気もして、そんなことを思うのも意味がないような気がしてくる。明確な指示もないのでとりあえずは今まで通りやってどうなるか見てみることにする。

久しぶりの革靴で足が痛くなった。身体も疲れているような気がしてくる。在宅勤務がいかに楽かを改めて実感した。夕飯はオリジン弁当で惣菜を買って済ませた。そんな日もある。

 

あんまり残業したくないなあと思っている日に限って残業することになるというのはあるあるで、今日もそれだった。誰かが悪いというようなことでもなかったので仕方ない。

国葬が執り行われた。特に映像を見るわけでもなく、せいぜいがセッションでのリポートなどを聞く程度だった。インターネットには多数の献花に並ぶ人々の写真があった。意外と人がいた。個人的には故人の政治信条には全く賛成ができないし、特に議論もなく根拠も乏しく行われる行事にも当然反対で、参加する気が起きるわけもない。だが、それを理由にこの人たち全員を一概におかしいとは当然言えない。この人たちも生きてるんだよなあと当たり前のことを思いながら、一日を過ごした。届いていたセッションの本に目を通しながら、週末にでもゆっくり読もうと思った。セッションの本の南部広美氏のエッセイ、とても良かったのでもっといろんなところで文章を書いてほしい。

日本代表のエクアドル戦。アメリカ戦がおもしろかったので期待して見たが、そんなにおもしろい試合にはならなかった。古橋があまりにかわいそうすぎて、どんな気持ちなんだろうと想像してみようとしたけどそれすら苦しかった。日本代表は無視してクラブでたくさんがんばってくれと勝手に応援したくなった。

 

SIRUPのツイートを見た。この人すごいなあと、フジロックのときも思ったけどあらためて思う。黙っているのが得になっているこの社会でこれだけ姿勢を出していくのは損でしかないと分かっていてもこれをやってる。ほとんどリリース聞いてなかったけど、また聞いてみようかなと思った。

「相談は踊る」にて、子どもの容姿に悪気はないのだろうが、心無いことを言う両親をどうしたらいいかという相談。小倉氏が言った「本当に言いたいことは何?」という言葉になぜだかはっとした。そういう場面だけじゃない。自分が時に発していた言葉が本当に言いたいことはなんだったのか。愛情の裏返しみたいな言葉で誤魔化したあれやこれやと、それが傷つけたあの人やこの人を思い出す。

配信で「クイズお笑い王」を見る。めちゃくちゃおもしろかった。メインの大喜利ゾーンだけに絞らずに、関係ないところでもポイントにしてどんどん笑いをとれるようにしている仕組みがすごい。特にBブロックと決勝のクイズ前のめちゃくちゃ全員で畳み掛ける感じおもしろすぎ。瞬発力すごい人ばっかりだったので展開めちゃくちゃ早い。現場で全部の情報に振り回されながら見たかった。

 

仕事。なんか変な忙しさというか、巻き込まれみたいなものが発生して、気持ちが途切れた。偉くなることに感慨を感じるどころか嫌気が差したり、自分じゃないと思ったりするのは、仕事をおもしろいと思ったことがこれまでにないからなのかもしれないと思った。そんなことを考えていると、管理職用のslackに追加された通知が画面に表示された。

 

なんでそもそも俺がこれやんのという気持ちで作成した資料のレビューにコメントがめちゃくちゃ付いていて、まあなんかそうなるかと納得して修正して1日が終わる。9月の最終日。平社員として最後。給料の上がり幅考えたら正直全然平社員でいいなと改めて思うが、サラリーマンの手前言われたことに従って流れていくしかない。

金曜ボイスログのミトン氏コラムにてサブスクの利益配分に関する明確な解説と、サブスクによる搾取とかいうのはアーティストが本当のことを言っていないだけという話がおもしろかった。この熱量でこの話できるのすごい。引き込まれる。

霜降りANN過去回を聞き続け、やっと2022年に突入。フースーヤ回がめちゃくちゃおもしろかった。

アトロク映画評にて「さかなのこ」。ガチャが当たった時点で気になっていたが、番組側が脚本家氏によるセクハラ問題について把握していなかったこともあり、その点大きな留保が付けられた上での評論となった。繰り返される「作品としては」というのはそうなんだろうと思いつつ、脚本家だからなあという消えない気持ちが残る。だからといって、ではドライブ・マイ・カーは?と聞かれると正直黙ってしまうところもなくはない。知るまではいい作品だと思っていたが、知ると手放しでの賛美や積極的なおすすめは難しいというくらいが今のところのスタンスになりそう。

なんかいろいろあってストレスが溜まったが何をどうして以前これを解消していたのか分からずモヤって寝る。

 

 

 

 

 

 

 

2022年8月

2022年8月

 

なんか変な日だった。仕事をしたんだかしてないんだかわからないような。とにかくずっと暑くて、家は冷房だから涼しいけどなんか暑かった。

帰省用にとった新幹線をキャンセルした。しゃーない。帰省できるタイミングってくるのかな。

某大手企業がプライムのプロジェクトが始まった。そういえば前にもここのグループ会社がプライムの案件に参加した記憶とひどい目にあったことを思い出す。今回の方もどこか頼りなく心配になる。こちらは自分の仕事を粛々とやるだけなのだが。

なんか喉が痛い。このくらいの痛さではコロナということはないと思うのだが、不安になる。

夏野菜と鶏肉を焼いて適当に食べた。昨日から今週はこれしか食べたくない、味がついていないものを食べたいという気持ちだったので満足。

 

暑い。史上最も暑い日になりそうらしい。流石にやりすぎだと思うし、正気でいられない。幸いにして冷房つきの部屋で仕事をしているので大した影響はないものの、それにしても気分がよいものではない。

友人への暑中見舞いをカッサータに決める。数日前に読んだ日経MJに記事があり、なかなか良さそうだったので買ってみることにする。人への贈り物はちょっとだけ楽しくなる。

BEAMS×paperboy×New Balanceに抽選応募したが落選していた。まあそんなものかと思いつつ、この気持ちを別のスニーカーにぶつけたくなったりしたが、特に買いたいものは見当たらず。

ビヨンセのアルバムに収録された曲に身体障害者への差別的な意味を含む言葉が含まれており、それを修正することになったという記事を見た。こういうとき、ビヨンセでも間違いを改められると思うべきだと思うが、あいつは一度間違えたと言い続ける人もいるのかもしれない。ビヨンセじゃなかったら自分はどちらに近い立場になっていただろうか。しかし、リゾもちょっと前に同じ言葉を使っていて撤回したらしい。これについて、解説記事が読みたい。特定の言葉を別の意味で使ったり、反転させたりというのはよくあることだが、スター二人が揃って同じことをやっているということは、何か裏側があるのではとぼんやり思う。

この世で一番おもしろいウェブ記事、トーベヤンソン・ニューヨーク座談会を読んで声出して笑った。やっぱりいつでもおもしろすぎる。

 

引き続き暑い。カッサータを贈った。自分用を買うか迷ってなんとなくやめた。

久しぶりにプロジェクトのキックオフミーティングに出席して、こんなんあったなと思い出した。キックオフで元気な人が終わり際も元気だったことはあまりなかった。

アトロクで聞いたアリス・ギイのドキュメンタリー見に行きたくなった。今回の場合性別だけではないのだろうが、タイミングも含めてすごいことをしている人でも全く名前が残ってない場合があることを考えると記録というのは残しておくに越したことはないということか。

 

仕事でミスあり。落ち込むものの早く直して謝ることでなんとかカバーしてるふりした。

疲れた気がしたのと、温かい食べ物が食べたくなり夕食にあんかけ焼きそばを食べた。別にこれが食べたかったわけではないとあとから思うも、全部が違う気持ちの日というのもある。

キングオブコントの2回戦通過者発表でサイトが落ちていて、キングオブコントだなあと思った。ガクヅケ、竹内ズなど順当に通っていて良かった。ああいうタイプの人らが決勝行ってほしいなあ、展開がどうとか伏線がどうとか映画みたいとかそういうしゃらくさいのは勘弁してくれ。

アトロクで度々話題になる「ジ・オファー」がいよいよ特集されてさすがに見たくなってきた。ゴッド・ファーザー自体はかなり前に見た記憶があるが、かなり登場人物が多いというのと車のエンジンをかけた瞬間に爆発することくらいしか覚えていない。この機会に見たい気持ちもある。U-nextいよいよ契約すべきなのだろうか。

 

前日まで残業が長かったため、早めに仕事を締めた。実家周りに帰省が9月になる旨を電話で連絡しがてら、近況を伺う。弟がコロナになってかなりキツかったらしく、あらためて罹りたくない気持ちを強くする。父親は明日から新聞配達を始めるらしい。バイクということで少し心配になるが、免許も持っていない自分が、そちらの道ではプロの人間に言えることは特になく、とりあえずがんばれくらいの気持ちにしかならなかった。

ラジオでよく聞いたこともあり、セブンイレブンのカレーフェアで魯珈のプレートを購入して夕飯に食べた。おいしかった。実店舗はあまりに混んでいてほとんどの場合来店が難しいらしいので、ありがたいということか。これだけでこの店を知ってる面していいのかは疑問。

令和ロマンの街話で街の商店に近所の人たちが集まって話している風景があり、昔のことを思い出した。祖母が近所の人たちと集まってお茶を飲んでいるところに何をするでもなくついて行っていた記憶。あの頃より今の方がそういうところで楽しく話を聞いてることができそう。

なんとなくスニーカーを探していて良さそうなものを見つけるも、躊躇していてサイズがなくなって失敗。金が無いときは買い物にも失敗しがち。

 

スポーツ漫才王決定戦を配信で見た。それぞれのネタも良かったけど、カバーネタの真空ジェシカは特に面白すぎた。配信なしなら「人」ができたのではという発言があり、その実現に期待。いい関係性の2組なのでどちらか売れても引き続きいい感じにやっていってほしい。

外に出ないとなかなか本が読めなくなってしまったので、空いてるタリーズに行くついでに銀座グラフィックギャラリーにて、髙田唯「混沌とした秩序」を見た。この人のデザインが前から結構好きで、特集されてた「アイデア」を買ったりしていたのでまとめていろいろ見れて面白かった。何気ないものの中からおもしろいものを探すというか、おもしろがれるものを見つけてる感じが良くて、カップラーメンの原材料表示の箇所とか言われたらなんか気持ち悪いし、絶妙だった。中国のバイクの泥除けについてる広告のデザインがめちゃくちゃおもしろかったのでなんかで真似したいなあと思った。

いつ行っても必ず空いてる銀座のタリーズありがたい。本を読みつつ、音楽を聞く。$uicideboy$の新譜、MinchanbabyのEP、Gokou KuytのEP、NewJeansのEPあたりがめちゃくちゃよかった。

上坂あゆ美「老人ホームで死ぬほどモテたい」を読んだ。めちゃくちゃおもしろい短歌集なのに、時折妙に神妙になったり寂しくなったり、不意をつかれる感じがたまらない。短歌読んでるってそんなにおもしろいの?って言われたらこれをまず買って渡したいくらいだ。

シモーヌ「インターネットとフェミニズム」特集号を読む。特に少女へのSNSによる暴力というあたりは、ほんとうに暗澹たる気持ちにもなったりするが、各国の犯罪対策などを読むと、どこもまだまだ試行錯誤中で、より良い空間になるにはまだ時間がかかるようだ。カルトを非難しているが、「表自戦士」でもある弁護士の話が出てきて、あの人かなと思ったらやっぱりそうで、まあなんかそんなもんよな結局という気持ちに。どこをとっても素晴らしい人というのはいないから話は厄介なのだが。

 

別に早く起きたくもないが、一度起きると最近は二度寝が下手になっているため、早めに起床。適当に朝ごはんを食べ、少しDTMしてみる。特にやりたいことがないから最近触ってないんだなあと気付く。ガチャガチャカットアップをちょっとだけやってほっぽり出した。その後、bandcampで音楽を1万円分購入。気になってたのを有名な人が買ってると、なんとなくちょっと買いづらくなるので早めに買ったほうがいい。

結局スニーカーを海外サイトでサイズを探して購入。ついでに半袖シャツを買ったところで、今夏の服の購入は終了にした。リュックは来月に持ち越し。

音楽を聞く気持ちにもそんなにならず、甲子園つけながらギガラジオ過去回を垂れ流して過ごしていたら眠くなり、2時間ほど睡眠。起床しても頭痛がなくてマジで最高。こういう昼寝ならいつだってしたい。友人から贈り物が届いたとの連絡あり。美味しく食べていただけたようで何より。もっと他の友人諸氏にも送りたいくらいの気持ちになる。

スーパーで食料を買うタイミングで、今週は間に祝日が入ることを思い出す。途端に食事は適当でいい気がしてきて、何を買う気にもならず、何となく手にとったものをレジに持っていったところで卵を忘れたことに気づき、気分が終わってしまった。当然家に帰っても料理をせず、時間を浪費して今日が終わりそう。昼寝の効果で眠くない。

 

前日寝付けず睡眠時間少なめで起きる。仕事開始すると上司家族にてコロナ罹患者が出たということで、あらためてコロナが近くに感じられ怖くなる。

まためちゃくちゃ暑くなってきて、一瞬で洗濯物が乾く。それ以外は良いことなし。

高校野球中継の試合間にやっている「白球の記憶」が、自分が子供の頃からずっと同じような試合ばかり取り上げていることに気付く。松坂や斎藤佑樹くらいまでが常に最新の気がして、アップデートしたほうがよいのでは?と謎のおせっかいが頭から離れない。松坂なんて今の世代の人はなんのこっちゃな気がするが、そもそも自分がよく見ていたころも三沢高校とか蔦監督とかなんのこっちゃだったが、あの頃は横にいた親戚や父親が解説してくれていたことを思い出す。そんな光景は今もあるのだろうか。

文春にseiho氏のセクシャルハラスメント疑惑が報じられていた。事実なのかどうかは調査が行われてほしいのですが、なんやかんや言ってたけど、結局ダサかったんかいと思ってしまうので、こういうのはやめていただきたい。きっつ。

 

朝起きると上司がコロナ陽性になっていた。大変だろうなと思いつつ、仕事は進んでいくので粛々とやっていくしかない。

seiho氏からコメントが出された。tohjiの騒動のときの最初のコメントとかなり近いニュアンスを感じたが、あそこまでの感じですらなかった。丁寧に対応しようとしたあまり、というようなニュアンスがもしも本当に正しいのであれば、ああいう記事は出ない気もしますが、引き続きなあなあにはしたくない話だなと思った。

ラジ父イベントのチケット抽選外れて悲しい。前回取れたのが奇跡だったと思いつつ、望み薄でも一般でがんばるかと思い直す。(後日一般が取れるわけもなかったことは言うまでもない。)

 

翌日が祝日だと思うとあまり気合も入らず、打ち合わせの候補日時にOKで返信したら候補日時になってもなんの連絡もなく、過ぎてから別日程を提示されるムーブに腹を立てたりしながら終了。

seiho氏の件、やはり被害者側から反論の声明が出されており、まあそうなるわなというところ。どちらが正しかったかという話は当然ありますが、もうここまで来てしまうと何ともというところ。人間性と成果物をどう考えるべきなのか、数日前に決済したEPのことを考えながら突き付けられる。

周りが明確に声明を出さないとかは、正直責められるものでもない気がしますが。外野が周りと思ってるだけで本人らがどういう関係かはわからないので。そんなんを言う暇があったら自分を見つめ直せばいい話だなと思い直す。

 

平日の合間の祝日。特に動くこともせずラジオを聞きながらダラダラと過ごした。明日もう1日働くことを考えると正直これくらいが限界だったりする。相変わらず毎日暑いが、買ったばかりのシャツがいい感じだったことだけが救い。

「シティポップとは何か」をちまちま読み進めていて、ようやく読了。ものすごく丁寧に、かつ冷静にこのトピックに関してまとめられた本で、とてもおもしろかった。このジャンルがなぜ好かれているのかという部分は、特に最近のブームの方の理由なんかは自分が感じていたことを言葉にしてもらった感じがした。

よしもと大喜利ライブを配信で見た。3組とも良かったけど、デルマパンゲのネタが特にめっちゃおもしろかった。

月がきれいで大きかった。

 

朝起きると喉が痛い。コロナではないだろうなと思いつつ、一時的に怖くはなる。

友人Tさんがコロナ疑いという話があり、心配になる。コロナがこれだけ流行っていても人によっては意識は様々で、それらを非難することが必ずしもできるかというと難しいのでこればかりは仕方がない。

明日は台風というニュースを聞き、明日の計画を改める。家でゆっくりし続けるように買い物をして土曜日は籠もりたい。

WBSを作るのが嫌いだ。SIにいた経験もあるのでできないとは言えないが、あれが本当になにかの役に立っているところをあまり見たことがないからかもしれない。ギザギザの感じも面白くないし。来週早々までに作成しなければいけないが、ダルくなって作らず退勤した。

 

1日ベタに台風だった。家でひたすらのんびりしていた。引き続き「シモーヌ」と「違和感」の多様性特集を読んだ。この分野まだまだいろいろなものを勉強する必要がある。Twitterでのトランスヘイトが日に日に高まっているように感じられ、辛くなる。何人かのフェミニストからのトランスヘイトが普通に発生している現実を、他のフェミニストはどう受け止めればいいのか、批判とともに苦慮しているように見える。このあたりは全体像を掴み取るだけでもかなりの勉強が必要そうだ。

友人Tさんが正式にコロナになったようだ。幸い軽いということだが、引き続き軽いままであってほしい。

 

昨日家から出られなかったからか、どこかに行きたくなり、東京都写真美術館へ。3つの展覧会をやっており、とりあえず通し券を購入して入場。もともと見たかった「アヴァンギャルド勃興 近代日本の前衛写真」がめちゃくちゃおもしろかった。安直だなと思いつつ、こういう展示を見ると写真とかやってみたいって気持ちになる。なんかプロフィールとか読むと普通の人が趣味としてやってたみたいなところもあるみたいだし。河野徹、平井輝七、高橋渡という人の作品が特に良かった。前衛写真はその後衰退していったということだったが、近年はどんな感じになっているのか、興味が湧いた。

美術館内のカフェでソーダとガトーショコラを食べる。美味しかったし、ちょっと空いてていい感じだった。近くの女性3人組の会話が聞こえてきて、どうやら1人が交際を始めたことを告白していたようだった。友人たちが楽しげに相手のことを伺ったり、自分の近況を話していたりしている姿を見て、こういう光景っていいなあと思ったりしていた。

青山ブックセンター本店で本を購入。対象の本を買い、ブックフェアのパンフレットを手に入れたが、「N/A」が売り切れていたのが残念。青山ブックセンターは都心の大きな本屋としてはそれなりに満足できるので買いに行っているが、先日の1003などでの体験を考えると、別の本屋をそろそろ探しても良いような気がしている。実際、ABCにも思うところがないわけではなく、個人的にはあまりノレないタイプの本が強めに出されていることもあり、時には入ってまずゲンナリしてしまうこともある。もちろん、それも存続のための戦略であり、そのターゲットでは私はない、ということなんだと思う。

先日久しぶりに行った新宿の紀伊国屋書店の文芸コーナーはいい感じだったので、その辺も含めていろいろ考えたいところ。結局はAmazonで全てが買える昨今、あえて本屋に行っているのは間違いなくその店での出会いやその店から提供される視点を味わいたい、その影響を受けたいという気持ちが少なからずあるからなので、そこのところはもう少し労力をかけることにする。

夜になっても何故か食欲がわき続けてしまい、Twitterでたくさん見たマクドナルドの新作をウーバーイーツで注文して食べた。美味しかった。

 

WBSを作った。やりたくはなかったがやらなければ先に進めなかった。やたら忙しくなってきた気配を感じて嫌な気持ちになるも、自分がどうすることができるわけでもないため、ただ流されていく。

なんとなく人生的にやりたいことがぼんやり浮かんで、できるのだろうかと考える。才能とかはそこまで関係なさそうな話だなあと思いつつ、やるには人間的に薄っぺら過ぎることにはすぐ気付いた。できることからやるしかないかと、注文した本を読み始めた。

終戦の日。戦争に関する話は身内からはあまり聞いたことがなかった。もうじきいなくなることもあるだろうに、もっと丁寧に話していったほうがいいのかなと思い始める。アトロクの「戦争とスポーツ」特集がとてもおもしろかった。ゲストの黒田勇氏の話がおもしろく、切り口の鋭さも光っていた。氏の本を欲しい物リストに投入した。

 

なんか仕事に身が入らなかった。周りがゆっくり回っているように見えて、自分だけが速く回ろうとしているような気がして、バカバカしさを感じた。現実はそんなことはないと思うが、時折自分だけがちゃんとやろうとしているような気分になる。別にだからといって自分がすごいことを成し遂げているとかではまったくないのだが。

 

毎日が大体同じリズムで進むので、時々今が何なのかわからなくなっているのではと思ったりする。変わっていることとしたら聞いているラジオの内容くらいで、その他は大した違いはない気がしてしまう。別にだからといって日々が無意味に感じるとかそういう話ではない。感覚の話。

インターネットを見ても良い気分になることはほとんどないので、好きなものに関することしか検索しなくなっている。そもそも、気分が不快になっても見なければならない物事というのはあるのか。いや、毎日不快にならざるを得ないものを否が応でも見せられている人もいる中で、ある程度のゾーニングでどうにでもなるところにいる自分の立場を考えたほうがいいのではなどなど大きくなりすぎる。快や不快で済ませてはいけないものと生活を分けようと思えば分けられるだけ如何に恵まれているのかとインターネットから思う。

明日の打ち合わせって大丈夫かなあとふと不安になる。不安になったからどうなるものではないと散々経験で理解してきたつもりではあるが、こればかりはどうにもならない。

クラブに行ってた時に好きだった曲を少し整理したくなった。このままだと忘れていってしまうなと本気で思った。曲名も歌手名もパッと出ることが少なくなり、ただひたすらに老いを感じる。

 

仕事、なんとなく終わった。良いんだか悪いんだかわけも分からず進んでいる気がする。

迷ったがセールになっていたシャツを買った。何となくムシャクシャしていたからかもしれない。どうせいつか買うんだから安いときに買ったので良しとしよう。金は貯まらない。

ダブルトラブルの7インチの在庫を見かけて買った。正直買わない理由はタイミング的にはあるものの、結局買った自分は、性被害の告発をどう受け止めているということになるのだろうか。

政治学者のツイートを別の政治学者がリツイートしたと思ったら、次のツイートで相手の名前をぼかして批判ツイートしていて、意味がわからなかった。名指しでやってるのと変わらんのやから名指しでやれよ、しょうもないという気持ちに。

真空×吉住ツーマンライブに当然のように落選してテンサゲ。勘弁してくれ。

 

朝、食パンをトーストしたら一部が緑色だった。カビていたと思われる。該当箇所をちぎって捨てて残りを食べた。

昨日見かけた政治学者のやり取り。批判された方が直接の応答をしていて良かった。批判された方から呼びかけなきゃダメなのかいとは思ったが、何にせよ気持ち悪い感じにならなくて良かった。

一寸先闇バンドの「ルーズ」がTBSラジオでめちゃくちゃかかってて、なんかずっと頭の中モヤッとしていたが、中村佳穂の「きっとね」から何かを取り除いた感じがするからだと気付いた。特に誰かが指摘してるわけではなかったので、空耳かもしれない。

 

朝起きてグダグダやっていたが何にもならないので、散髪の予定にはまだ早いが家を出る。乗り換え駅の神保町でランチョンへ。久しぶりに日替わりを食べる。食べている途中で友人Yさんから退職願を提出したという連絡がありホッとする。ここから面倒になることは経験上わかっているが、それでもとりあえずは辞められるルートに入ってくれて良かった。働きすぎることにいいことが1つもないことは前職を辞めるときに実感したので、さらっと辞めて少し休んでいただきたい。

差別的な言説を持つ書籍を本屋は置くべきかというトピックをTwitterで見た。自分としては、本屋がポリシーを持って特定の本を置く/置かないことは許されると思う。それに対して抗議をすることもまた自由だとは思うが、営業を妨げるような行動まではどうかなとも感じる。営業する自由は保証しつつ、抗議などは自由にやればよいと思うが、抗議のせいでまともに営業ができないというのは全くそのとおりで、この辺りは塩梅が難しい。

散髪。なんかいい感じにしてもらっている気が最近は結構する。システム仕事がどんな感じになっているか、人材系会社の話などをして過ごす。こんなことを髪切られながらペラペラ話す自分はどうなんだと思いつつ、今の思考とかを何となく整理したような感じに。終わり際に洗い流さないトリートメント的な整髪剤をおすすめされる。整髪剤をつけるとペタペタするからつけたくないという気持ちに寄り添ったおすすめだったため、後日楽天にてとりあえず注文してみる。

夜に友人Tさん、Yさんと電話で長いこと話しこむ。Yさんが仕事を辞めてからどうするかという話をしており、そんなに不安がる必要もないのではと、何の専門家でもないのに安心させるようなことを言ってみる。実際のところ、働きすぎてる世界にいるともうわけが分からなくなるため、まずはそこから離れれば、あとは自然と次のことを考え始めるはずかと今になれば思う。まずはゆっくりやりたいことをやれば良いのではという気がした。海外に行くとかそういう話を普通にしていて、これだけたくましければ何の心配もないのではと普通に感心した。

Tさんの恋愛話から、そういった景気のいい話に参加するための出会い、要はくじ引きに参加するかどうかという話に。今どきはくじ引きの機会は山ほどあるわけで、友人の紹介というのはその中でもレアガチャ、マッチングアプリが通常ガチャといったところか。ガチャに参加するのは簡単だが回数は必要にはなるらしいと噂に聞く。それがレアガチャを引くための課金をきちんと行ってこなかった代償だと思えば、今の時代代償もかなり安くなっているということか。個人的にはそういう気持ちが薄れており、特に参加したい気持ちにも相変わらずならなかった。Tさんの恋愛話は景気が非常に良くて、年齢の割には可愛らしい話になっており、とても心温まるお話だった。友人の景気のいい話は一生聞いていたいものである。

 

家の近くの本屋イトマイに初めて行って見る。Twitterを見ると、店主の方がコロナになっていたためか、併設のカフェもできずになかなか大変だったらしい。店はこじんまりとしていながらも、かなりのジャンルの本が揃っていてなかなかおもしろかった。前述のような事情を知ってしまったこともあり、書籍を9点購入。定期的に来るようにしたい。

近くのドトールに行き、本を読む。「すべての月、すべての年」を途中まで。相変わらずこの作者の本はめちゃくちゃおもしろく、切なかったり煌めいたりする一瞬みたいなものがめちゃくちゃ鮮明に描かれている。何でもなさそうなところで何かが弾けることがあるという、人生のおもしろさみたいなところが感じられる。

サマソニでのKing Gnuマキシマムザホルモンによる差別的振る舞いに関する記事を読む。まあなんか、論理的にどうこうとかそういう意見はわからなくもないですが、全てが政治的になる世の中でオレには関係ないみたいなのはもうできないよっていうことかと思う。単純に普通にダサいことしてるやつを邦ロックは無視しすぎというのは全然あると思いますし、ラッドウィンプスとか。そういうこと言うと溝が深まるだけというのは分かるんですが、じゃあ溝を埋めようとすることを誰かやってるんですか、そういう奴らは無視すればいいじゃんでやってきてる方がいい態度とされるのが正しいんですかとは普通に思う。それにしても、サマソニでのSIRUPとRina SawayamaのMCは美しかった。あとThe1975がジェンダーバランスに関する意見をしていたというのもとても良かった。これもまた音楽を音楽だけで聞けない優等生野郎の戯言かもしれない。

SNSで自分が想像も及ばないくらい多数の罵詈雑言を受けている人は、多分全てが非難に読み取れるようになってしまうんだろうなあと人のツイートを読んで悲しくなった。でもきっと、それはその人の読解力とかそういう話にされてしまうのだろう。想像力って大事だ。

 

起きた瞬間に嫌な夢を見ていたことを思い出した。なんであんな夢見るのかマジでわからん。夢で良かったと思うしかない。

マジョリティは自分がマジョリティにいることを認めたくないというのは人間の性質なのだろうか。もちろん自分もその中に含まれますが。

仙台育英夏の甲子園で優勝していた。地元民だったために仙台育英には個人的にあまり良い感情を持っていないのですが、それでもすごいなあと思った。

これまでちゃんと貯金をしてこなかったことを初めて悔いている。本当にやりたいことができたときのことなんて、できる前には考えられなかったよ。

ディズニーランドで流れる音楽の中で一番好きな音楽は、「zip-a-dee-doo-dah」だ。スプラッシュマウンテンが好きだからという側面もなくはないが、おそらくはこの曲の恐ろしいほどに楽しげな雰囲気が最高で子供の頃から好きだった。だが、この曲が使われている『南部の唄』という作品は、黒人奴隷をなかったものにするような差別助長の作品であるということをあとから知ることになる。今日になってディズニーリゾートのモノレールではこの曲は流れなくなったらしい。これを然るべきことだと思うかどうか、インターネットにあふれる残念がるつぶやきを見て考えてみた。

 

今週は仕事に身が入らない。なんとなくそんなことを思いながらあれこれ進める。そんなことを思っても仕事の方から楽にしてくれるなんていうことはない。

インターネットは悲しくなる話ばかりで何も見たくなくなる。そんなときに友人Tさんからファミリーセールのお裾分けが届くと、結局そういうことなんだと思ったりする。

寝る前に本を読む時間をとれるようになってきて、とてもいい感じ。本を読み終わってからこれを書いて眠りにつくように習慣にしている。

たまむすびの町山氏コーナーで、気になっていた「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」が取り上げられていて見るしかない気持ちに。映像系を見ていくのもぼちぼち再開しなくてはならない。

新しい日記本を読み始めた。自分は日記本が好きなんだということに気付き、いくつか気になったものをほしいものリストに登録。また楽しみが少しだけ増えた。

ちいかわを気になったタイミングでまとめて見るようにしている。ちいかわにリプをつけている人たちをどう見ていいのかはいまだにわかっていない。

 

9月に予定している帰省のタイミングにて、友人K君に食事の打診。大丈夫そうということで楽しみになる。

スーパーに買い物に行く際によく買い忘れるのでメモでリマインドするようにしているが、いよいよリマインドを見ることを忘れて肝心のものを買わずに帰宅する。ガックリしつつ、別のタイミングでコンビニへ。もうなんか生活においてはそういうことが多すぎる。

あと数日で誕生日になる。31歳。正直何の感慨もなく、淡々と過ぎていくことになると思うが、コンビニへ向かう道で、この先こんなことが何年も続いていくのかと当たり前のことを思う。ここ数年はそれでいいと思っていたが、果たして本当にそれでいいのだろうか。わからない。夜風がかなり涼しい。

読んでいる日記本の中でコロナに関する話とTwitterに関する話が出てくる。あの頃みんなが何を考えていたのか、それをもっと知りたい。

セッションで維新の会の代表選の候補者討論会をやっていた。セッションのリスナー層に維新の会の支持者はかなり少ないと思われるが、そういう場合にもこういう企画をやるということは今の世の中的にはかなり難しいだろうによく通したなと思った。実際Twitterの中には聞きたくないという人もいたようだったが、これをやらないことや聞かないことを是としていたらそれこそ民主主義なんて無理なのではないかと思ってしまう。(もちろん具合が悪くなってまで聞く必要もないと思うが)存在している人を見ないようにすることはとても簡単な世の中ですが、現実には存在している相容れない人とどうやって生きていくのかということは、ときに考えなくてはならなくなると思うし、明日家族や友人がそうなるかもしれないことを想像するのも必要な気がします。もちろん、だからといって何でも相対主義で語ればいいとは全く思いませんが。

 

なんかものすごくお腹いっぱいになるような何かを食べたくなるが、何というのははっきりせず、結局夕食はいつもどおりサラダと味噌汁と月曜日に作ったソテーの残りを食べて終わった。この欲望が残っていれば週末に消化したいところ。

マイナポイントで得たJREポイントで新幹線を予約した。得しているのかもしれないが、相変わらずのJR東のクソシステムのフラストレーションのほうが高くついた気がした。

peechboy氏のmixに使われていた曲が印象的でチリー・ゴンザレスのアルバムを聞く。かなりいい感じ。mixで使われていた「You Can Dance」という曲がものすごく好きだ。大きな音で暗い中に光る照明が降り注ぐ空間で聞いたら泣いてしまいそう。ダンスミュージックの素晴らしさみたいなものの結晶のように思える。

 

週末ということもあり、仕事はそれなりにやって早めに退勤した。結局のところ一社員の立場にあってはどこまで踏み込むべきかと思うところはありつつ、下期の大まかな見通しを作成すると、そういうのは全員が考えているべきことだと釘を刺されるなど。一人の異様にできる人がいると、周りはなかなかおずおずしてしまうのである。

翌日の予定も特に思い浮かばぬまま適当に過ごしていると3時になっており就寝。

 

起きてGoogle Mapを見ていると良さそうなスリランカ料理屋が表示されたためとりあえず向かう。信濃町にあるバンダラランカへ。めちゃくちゃいいところで店構えも店員さんの感じも最高。ランチはスリランカカレープレート固定ということだったが、めちゃくちゃ美味しかった。プレートの見た目もかなりきれいでそれだけでテンション上がる。夜も来てみたくなるお店。スリランカジンジャーエールを頼んだがこちらも美味。定期的に来たい。

徒歩で草月ホールに向かい、Aマッソの単独ライブ「与、坐さうず」を見る。前々回以来の単独。幸運にもチケットがとれた。

コント多めでネタはどれもおもしろかった。間でKid Fresino氏の書き下ろし楽曲が流れたのもブチ上がった。漫才の1本目の「ダース」がめちゃくちゃ良かったけど、M-1でやると去年の「道路」みたいになりそうだと思った。コントは「見舞い」がめちゃくちゃおもしろかった。舞台セットがどんどん豪華になっていたり、お金と手間のかかっている映像や音楽などを見ると、こんなん見れるのは幸せだなあという感慨や、この人たちは売れていってるんだと分からせられる気分になる。

もう暑いの飽きたってと思うほどに残暑。ヘトヘトで帰宅。妹から帰省日をある程度揃えたほうが迎えに来る人の負担が減るのでという連絡あり。チケット取ったあとに連絡してくるなよと思いつつ。

 

歯医者で定期検診。汚れは前回より少なかったということだが、やや出血箇所が多いとのこと。歯磨きの問題も多少あるとは思うが、体調も影響するらしい。言われてみると、ビタミンが足りていない感じはするので気を付けることにする。

フジコミュニケーションで昼食。注文から会計までQRコードで全部できるというのはなかなか便利。飲み物がセルフだとちょっと悪いことしてる気持ちになる。魯肉飯がとにかく美味しかった。小皿料理もいい感じで、一人で来るのは少しもったいない気もした。

護国寺上島珈琲店で「すべての月、すべての年」を読了。今回も素晴らしい作品集だった。いま海外文学進めるなら絶対ルシア・ベルリンだと改めて思う。しかし、未訳の作品ももう少ないということでそれが悲しくも感じる。

本を読みながら新譜をいろいろ聞く。(((さらうんど)))の新譜が圧巻。最高すぎるよ。あとNeibissの新曲もやばかった。

雨がやっとあがってきていたため、帰宅する。途中電車で読んだ、「あなたのことが知りたくて」という韓国と日本の作家のフェミニズム的な作品のアンソロジーの1作目に衝撃を受ける。他の作品もめちゃくちゃ楽しみになった。

Google Mapの行きたいところや行ったことある場所のリストを整理。どこに行ったか忘れるのは悲しいのでGoogleに覚えさせ、どこに行きたかったもまた忘れないようにいつかの自分のためにGoogleに覚えさせる。数年前にPixelに機種変更したときからGoogleにすべてを託していくことに決めたのでこれは必然。

気付くと日付が変わっていて31歳になっていた。

 

誕生日とはいえ特に変わったこともなく普通に仕事。気温がかなり下がり、1日通してもほとんどエアコンが必要ないくらいだった。こうして夏も終わっていくのかもしれない。

夕食にはピーマンの肉詰めとオクラとトマトの味噌汁を作って食べた。久しぶりにちゃんと料理をしたような気がした。実際には毎週必ず何かを作っているのに何が違うのか自分でもわからなかった。

友人Sさんから誕生日祝いのLINEあり。別に忘れていてもいいものを律儀だ。

 

頼んだスニーカーについてその後音沙汰がなくなっており問い合わせをしてもだんまり。ようやく「遅れてごめんね」的な連絡が来たものの、「状況は自分でここから確認しろや」とリンクが飛んできただけだった。リンク先に行くとどうやらDHLの拠点でストップがかかっているらしいが、20日以上も止まることがあるのだろうか。完全に面倒なことになってしまった。

気温が今日も低く、気温の高低差にやられているのか全体的にダルい。夕方熱を計ると微熱だったので早々に仕事をやめる。

アトロクにてマブ論特集。アイドル的ソングにもおもしろいのが多いなあと毎回感心するが、TLにて今日発売のBE:FIRSTのアルバムの評判を見ると、半年に数曲なのか1月に1曲なのか男性アイドルの曲が取り上げられてもおもしろいのかなと思う。過去にはKAT-TUNなど取り上げられていたみたいだが。

 

8月最終日。特に変わりなし。気持ちの部分で集中できない期間が多々あり、なんとか生き延びた感が強い1ヶ月だった。

「日常」が無料公開されていて初めて読んだけれどなかなかおもしろかった。画像でだけ知っていた一コマを実際に漫画で見てなるほどと思うなど。漫画はまだまだ読めていない作品がたくさんあるのでいずれそういうのにも取り組みたい。

昔中丸君が出ていた「変身インタビュアーの憂鬱」というドラマがとても好きだったのだけれどもうどこでも見れなくて悲しい気持ちになることが定期的にある。今日もそうだった。

2022年7月

2022年7月

朝早く起きてゲルハルト・リヒター展@東京都国立近代美術館へ。朝からKDDIで障害が起きており携帯の電波がなかった。家で聞きたい音楽をダウンロードしてから向かう。昔は毎日のようにやっていたこの行為も、Spotifyを使うようになってからはやらなくなって久しい。KDDIのみなさまお疲れ様です。

リヒター展は非常に面白かった。これってどう見えます?これならどうですか?みたいな感じで作家が作った感じがもろに伝わってくるような作品群が多かった。特に、4900の色彩は、実際にはそんなにないのに並びを変えるとあたかも並びの数だけ色があるように人が認識することを作品にしており、試されてる感じと、こうやったらどうなるのかみたいな好奇心の果てという感じがして良かった。ここまでいったら、どう見えますか?みたいなところを探しているような感じ。グリッチに心惹かれる人間としては、アブストラクト・ペインティングやオイル・オン・フォトといった作品群が特に良かった。特に後者はポスターあったらマジで欲しかった。

昼ご飯は共栄堂。シンプルだが、ここでしか食べられない味で非常に満足。ぶらじるでコーヒーとケーキをいただきながら本を1時間ほど読み進めた。Twitterで見かけた、BRÜCKE 神保町でコーヒーをテイクアウトして、歩いて水道橋まで行き、電車で帰宅。どちらも美味しいコーヒーだった。

カンバセーションズ・ウィズ・フレンズを読了。終わってみると良い作品。全てが綺麗サッパリ整わないのは当たり前で、どういうバランス感覚で何を大事に生きるのか。そんなことを軽快なやり取りやメッセージの中に描いていて、読みやすさと主題のバランスが良かった。自分があと5歳位若ければもっと刺さったと思う。

 

期日前投票、エコポリスセンターで済ませる。選挙行っても外食などはせず、普通に家で1日を過ごす。KDDIの影響か、午前に届く予定だった実家からの食料が夕方に届いた。久しぶりに昼寝をしたら、ちょっと気持ちよかったけど、頭痛が発生するので極力避けるのが良い。大阪行きをまともに考えていなかったら早くもいろいろ難しくなっていて、怠惰さを反省。

川原くんのクイズさん、おもしろテレビ過ぎた。頭空っぽで見れるテレビがいつでも手元にあってほしいという気持ちになる。クイズ回答前の音楽がtofubeats楽曲の継ぎ接ぎだったり、ceroやSTUTSがBGMに使われていたりする、ちょっとリリース時期が古い感じもおそらく同世代かと勝手に想像。

藤本タツキ作の「フツーに聞いてくれ」を読んだ。こんなことが世の中に無数に溢れてると思うと、おもしろくもあり、嫌でもある。自身の過去作はいろいろ埋め込んでいた確信犯的なものだったとは思いつつ、考えてもないことも含めてあれこれ言われることに対する作者の素直な感情と、読み手の意思は誰も制御できないことの無常さみたいなものかと勝手に想像。ラッスンゴレライがこの現象になってたの、マジで意味分かんなかったことを改めて思い出す。

 

選挙が近くなりTwitterも物騒な意見が多くなる。この時期は本当に見てるのが苦痛になることもしばしば。音楽系の人々は、SaveOurSpace的に振れるか、その真逆で振る舞うか、何も言わないかに見える。いろいろ思うところはあるけれど、動ける範囲で動くというのが良いのではと思うものの、本音カルチャー的に言えば、そんなことやっても無駄みたいな話になっていくのかもしれない。

 

朝から出社すると、産休に入る人の業務引き継ぎについてどうなってんのみたいな愚痴が広がっている。なんというか、だから産休にいつまでも後ろめたさが漂い、戻るのが嫌になる人もいるということをわからせてくる実社会というところ。

 

久しぶりに二度寝をしてしまい、9時過ぎに在宅勤務を開始。前日、無茶苦茶なことを言われてイライラしていたこともあるのかもしれないが、こういうことでは良くないと反省。

昼前に元総理が街頭演説中に銃撃され心肺停止状態である旨の報道。こんなことが良いわけがなく、暴力に対するノーを言い続けなければならない。にもかかわらず、SNSでは一部これを契機に与党野党支持関わらず煽るような発言をしているような人もおり、さすがに辟易とする。朝から聞いていた聞いていた金曜ボイスログも短縮となった。終わりでの臼井ミトン氏の発言は非常に安心感を与えるもので、氏がラジオパーソナリティとして非常に信頼に足る人物だと言う気持ちが改めて高まった。

テレビでは、中高生のインタビューを放送しており、近くにいたからといってどうなのだろうかと感じた。そのあたりも冷静な判断力が必要になる気がした。

夕方、亡くなったことが伝えられる。こういう形で人が亡くなるというのは本当に許されることではなく、然るべき形で裁かれてほしい。しかしながら、これに対して、「ネガキャンしていた人ら、反省しろ」的なことを言っていた人を見かけてしまい、バッドに入る。どういう意図か正確には図りかねるが、亡くなった人に対する批判はしてはいけなかったわけでは全く無く、現に彼は批判されるべき事柄があったことは事実である。それと同時に、それらが容疑者の動機になったかは全く判明されていない。にもかかわらず、こういうほとんど煽りに近い言動をするのはどういうつもりなのか。何人かのインフルエンサーも同じような言説を口にする。しかし、別に死亡していなくてもこういうタイプの事件はこの選挙期間中起こっていたわけで、それらにも同じくらいの気持ちで許さないことを表明できていたのかというと、彼らはさておき、自分にも疑問が残る。

 

朝から眼科への定期検診に向かう。特に変わりはなく正常値の間ということで一安心。しかし、視野検査に関しては何度やってもうまくできていない感じが抜けきらない検査である。どこも光っていない時間が長すぎる。感覚ではできないという意味ではちゃんとした検査なのだろうが。

ルートヴィヒ美術館展へ。意外と空いていて気持ち良くゆったりと観覧できた。大きな作品というのはやはり気持ちがよく、ポップアートのいくつかはとても爽快感があった。抽象的な絵画や現代アートが好きな自分にとってはかなり楽しい展覧会だった。しかし、ルートヴィヒ夫妻のような人らは本当に稀有な人だと思うと、芸術の維持も紙一重というところか。あれだけの作品を集めて美術館まで作ってしまうとは恐るべし。ケルン市との関係性も良いのだろうが、個人にできることと公共にできることとをよく理解して切り分けていたのが最後の映像作品内のインタビューからも分かり、とても貴重な存在だと改めて感じた。

昼食。国立新美術館を出て目についた担々麺屋に入る。味は良かったが、バタバタしていて落ち着かず。

日本のグラフィック・デザイン2022を見に行く。デザイナーってこんなにいて、こんなに面白いもの作ってるのかという驚きが単純に大きかった。もっと自分の生活で触れ合って、買ったりしたかったなあというのが率直な感想。図録が7月後半に出るらしく、じっくり見たい気持ちになった。知らないデザイナーがほとんどだったけど、中には販売用作品もあったので、手に入る値段なら欲しくなった。

前にラジオで収録曲の1つを聞いてめちゃくちゃ良かったので、「新・幻の湖 vol.3」を通販で買った。先日届いて聞いていたが、全曲ほんとうに良い。気持ちが落ち着くし、リゾート地で何も考えずにのんびり過ごしている気持ちになれたりする。こういうジャンルの音楽をもっと聞きたい。

久しぶりに有楽町のローヤルへ。賑わっていたが、席数の多さもあり、待たずに店内に入れた。何と言うこともない喫茶店だが、それが良い。

 

ABCをテレビで見る。グランプリ本戦の前のコウテイがちょっと面白すぎてすごかった。本戦はおもしろかったけど、なんか違うなあという気もぼんやりしたりしなかったり。

選挙特番をTBSラジオで聞く。野党の弱さはもう少しがんばってほしいと思いつつ、周りの人にも与党やその他の有象無象に投票した人も多分いるんだよなと思うと、考えるところはある。そういう人を全否定していくんじゃなくて生きていくことが本当にできるのだろうか。途中、選挙期間の問題なども挟まれ、選挙そのものが今の世の中に合ってるのだろうかというのも気になった。与野党問わずツッコミが必要なところに的確に指摘が入る、ピリッとした番組で充実していた。

せっかく神戸に行くのだし、ステーキでも食べるかと店をいろいろみた。高いけど、体験しとくかという気持ちが勝つ。話の流れから、京都でTさんと合流して市川屋珈琲に行くことになった。これも非常に楽しみである。国内旅行に行くのは好きになっているが、いかんせん食事にそれほど興味がなく、旅行先でもチェーンやコンビニでもいいと思っているが、この機会にしか食べられないものを食べておいたほうがいいと思い始めたのは、老いなのか、多少のお金の余裕からなのか。

 

選挙終わりによく見る言説の1つ。「都会の人が思ってるほど政治的なリベラルさは地方では求められていない」というもの。それって別に都会の人間のせいではないし、それぞれの生活の中でより生きやすくなるために必要なものの濃さが違うだけの話かなと思うけど。「都会の人間は冷たい」じゃないが、「都会の人間は冷めた態度でリベラルさを求め、それを求めない地方民を蔑んでいる」という紋切り型の印象をもっているのもまた、都会と地方を俯瞰で見れている僕私だけではないの?という気はしています。本当の地方の人らはそもそもこんな論点はどうでも良い場合もあって、経済的な生活的な喫緊さを解決してほしいと思っている割合が少し高いだけだと思いますけどね。なんというか、おれは地方でこんなにがんばってるのにというのはよくわかるんですが、こういう構造にしたのは誰?ということまで考えたらいいのでは?そんなに俯瞰できるなら、と思ったり。別に都市のリベラル気取りがたとえば経済をどうでもいいとは思ってないだろうし、「リベラル気取りの1人」としては、手放しで立憲支持とか申し訳ないけどあり得ないですよ。あんなに経済政策がちゃんとしてない人らもいませんからね、いまだに緊縮はさすがに残念すぎる。単にまともな経済政策と政治的な自由の尊重をしてくれるだけの党が欲しいのですが、それもまた遠い道のりのようです。

あんまり簡単にキャンセルカルチャーなんて言葉使わないでほしいなあ。そういう風に言うことがどんな意味をもたらす可能性があるのか想像してほしい、もう少しだけ。

 

アトロクでSpotifyの2021年海外での邦楽チャートについての話があり、見たところ6位にtokyo driftが入っていて、話の主題のアニソン人気よりもそちらのほうが衝撃だった。

ユーフォリア、見てみたくなったけどu-nextでしか見れないらしい。ただでさえサブスクに結構入っているので気が重いところあり。

旅行中に聞く音楽をプレイリスト作っておこうかと思ったものの全くはかどらず諦める。プレイリスト作りめちゃくちゃ苦手なんだと、毎回途中で諦めたプレイリストの残骸たちを見て気付く。聞きたいアルバムもたまっているのでそれでも特に問題なし。

 

統一教会話から、宗教にはまる、はまらないの話が連日盛り上がっている。個人的には、いろいろ分かっていたつもりの人でも少しのきっかけではまるのが宗教だと思っているので、なんやかんや言われてもはまるときははまると思っている。別に宗教にはまること自体が悪いわけではないと思うが、献金やらなんやらという話になってくると、宗教の教義それ自体の悪さという話ではなく、宗教法人の運営が良くないという話になるのではと思っている。件の宗教の教義については、個人的にはかなり問題だと思うが、それ自体を禁じられるのかというのは、また別の話になりそう。生きるのに特に辛かった時期は宗教の力を借りたいと思っていたが、そこまでの勤勉さもなく、無宗教で今に至る。

 

仕事終わり際に大きめのミスを指摘され落ち込む。自分の不注意とは知りつつ、どうすれば再発防止できるかあまり浮かばず苦しい。結局いろんなものに意識を持っていかれそうになると精度が下がるということだと思いつつ、忙しいのが悪いとは当然言えないわけで。

ダウの蓮見氏のnoteを購入して読む。1番色眼鏡で見られると分かりながらあえて挑戦する人、おもしろすぎ。独白のネタ、おもしろかったけど、演劇の人みたいなフリが利きすぎている状態ではなかなか難しいのだろうと苦闘ぶりがうかがえるいい内容だった。ご様子での打ち上げの話も含めておもしろい。「おもしろくなかったから」と言われればそれまでの一方で、おもしろいかどうかを判定するまでの間にいろいろ減点してません?というのはどうしたって思う。お笑いは寛容とはよく言ったものだが、「デブやハゲ」には寛容でも、「20代前半の男女8人組」のようなある種の記号には全く寛容ではない、という気がしてならない。もちろん、上記はメインストリームに限った話だと思っているが。つくづくグレイモヤというのはいいライブだなと思う。

グレイモヤの映像は、「客が笑い過ぎ」というようなコメントがついている場合が多いが、笑いに行っているんだから当たり前である。笑えるおもしろポイントを探しに行ってる、よりたくさん笑おうという客が来てるので。お笑いをみんながみんな審査してやろうで見てるわけではないんですよ。

 

朝から電車が人身事故で止まり、やむなくタクシーで会社へ。同じような人が多かったのか、タクシー拾うまでにかなり時間がかかり冷や汗。タクシー運転手はそれを把握しておらず、そういう情報ってタクシー会社に回らないのか疑問に思う。

昼に女性自衛官の方のセクハラ告白記事を読む。胸糞悪すぎるが、これが現実なのか。出身が同じ市だったこともあり、余計に心が痛む。正しく問題化されることもそうだが、実名告白したこの人がまずは守られてほしい。

元総理は国葬になるそうだ。国葬の定義を調べたところ、とりあえず税金で執り行われるらしいことまではわかった。どういうロジックでそうなるのかは、会見の記事をみてもよくわからなかった。国として必要なのか、政党として必要なのか、旧統一協会として必要なのか、分けてほしいものである。

 

肝臓の病院。数値が劇的に改善されたらしい。とりあえず病気の可能性がないということで一安心。諸々生活習慣を変えてもさほど影響がないので、しばらくはこのまま生活することにする。

ラジオ等でしばしばある、ゲスト回。個人的には、できればあんまりない方が嬉しいのだが、緩急を付けるためには必要なのだろう。そのままでもおもしろいよと言ってあげたくもちょっとだけなる。

新幹線に乗る。基本的には本を読む時間にするので、ラジオではなく音楽を聞いている。Westside Gunn 「Peace "Fly" God」を聞く。俺は一生おもしろいサンプリングミュージックだけ聞いていたいよ。そんな気分にさせてくれる。サンプリングって本当に最高ですね。権利関係大変なことは今どき素人でも分かるので、やってくれるみなさまに感謝。

seiho「CAMP (Remixes)」めちゃくちゃ良い。セルフリミックスもいいけど、RLP氏のは特に圧巻。

神戸着。雨が降っていて仕方なく折りたたみ傘を購入。子供の頃にうまく畳めなかった経験以来遠ざけていたが、ワンタッチでの開閉、袋にも入れやすくなっており、不器用過ぎる人間にも優しい。

BBプラザ美術館にて「太田三郎 人と災いとのありよう」を鑑賞。切手シートのように写真を並べるスタイルで、被爆者、戦争遺児、兵士、画家を志していた兵士の作品、さらには捨てられたマスク等々を対象にした作品群。並べられたときの圧力と、同じ様式で同じカテゴリゆえに、それぞれに異なるストーリーや考えがあることがよりインパクトをもたらしていた。

豪雨被害で濡れた写真をアートにした展示。こんなこと思っていいわけないが、かっこいい、ほしいと思ってしまった。実際には誰かの被害を誰かがアートとして魅力を感じるという不思議。あんまり人入ってなかったのがもったいなかった。おもしろいのに。

兵庫県立美術館で「関西の80年代展」。偶然にも無料だった。無料ならもっと人がいてもいい気がする。そんなにいなかったのでゆったり見れた。関西の特有性なのかというのは分からなかったものの、同じような出自の人たちが同じような問題意識でいろんなスタイルの作品を作っていたというのが良かった。「「私」のリアリティ」というエリアの、「a piece of room」と「M氏の部屋」という作品がめちゃおもしろかった。見る人が何を見ているのかということがわからなくなるというか、書いていないことまで見えてくるし、書いてあることを都合よく見ている感じがもろに感じられてリアルってなんやねんという気持ちになった。

当時の感じをできるだけ再現するためにかなり美術館側の頑張りもあったようで、ありがたい気持ちに。ミュージアムショップに関連の商品がなかったことは残念。

神戸の本屋、1003に行った。マジでいいお店で、こんな本屋が東京にもあったらいいのにと思った。現代的なトピックを扱っていて、その上で書店側の問題意識も伝わってくるし、色んなジャンルのzineもあって見てるだけで楽しかった。この気持ちをどうにか示すべく、旅行中にはあまり良くないが、いくつか本を購入。また是非とも来たい。思想が見える本屋のほうが個人的には好きだし、できればその思想が共感できるものであってほしい。そういう意味でも自分に合っていてとても良かった。

モーリヤ本店でステーキを食べた。こういうときにはあまりお金をかけたものを食べない性分だったが、せっかくなので豪華にした。非常に美味しかったし、目の前で自分のために焼いてもらうというのは気分が上がる。150gとライスはちょっと多かった。今後の参考に。

 

中之島図書館の中にある、スモーブローキッチンで朝ごはん。非常に良かった。公共施設の中にこんなところがあるなら、家の近くなら毎週来てしまいそう。お水が2種類、野菜とフルーツのフレーバー付きのものがあって、得した気分になる。

国立国際美術館で「遠い場所/近い場所」を見る。前に見た、久保田成子展以降、映像作品にも心を惹かれるようになり、この展覧会では山城知佳子氏の作品がとても良かった。氏の作品が年代順に並び、扱うものは沖縄の文化や生活で、当然そこには戦争の話も入ってくる。「あなたの声は私の喉を通った」は、映像は山城氏が喋っているように見えるが、音声は戦争体験者の語りになっている序盤から、徐々にその境目がわからなくなる、一体化していくもので、非常に良かった。

ミヤギフトシ氏の「The Ocean View Resort」は、明確にストーリーがあって、それが展開していくタイプの作品で、短編映画のようだった。沖縄のどこかにあったかもしれない歴史と現実のような空想がクロスオーバーしていく話の筋と、妙に物悲しいオーシャンビューリゾートの映像と、後ろに鳴り響くベートーヴェン弦楽四重奏曲。全てが絶妙に合わさっていた。

昼ご飯は友人Yさんがまとめていたリストから、カレー屋バンバンに。並んでいたが、20分ほど待って店内へ。プレートがおいしかった。店員さんも良いお人柄の人で、非常に良い気分になる。友だちのおすすめほど信頼できるものはないと痛感。

移動中はHIHATTから出ているプレイリストを聞く。kotetsu氏とsekitova氏のもの。いずれも気になる曲が多く、人のプレイリストで聞くと知っている曲も新しい音楽に聞こえて楽しい。

LVDB Booksに向かう。割と大阪の繁華街からは遠いところで、おそらく住宅街だと思われる。かなり入り組んだところに、民家のような佇まいでお店があり、開いているのか心配になりながら戸を引いた。店主と自分だけで落ち着かなさもあったものの、店内を一通り見た。古本と新刊が入り混じっていて、音楽もかなり豊富に取り揃っており、とても良い空間。zineもいくつかあり、昨日の1003同様、店主の心が顕れているお店は楽しい。千紗子と純太の「こんなん」の7inchが売っていたのでそちらと、折坂悠太氏の著作を購入してお店を後にした。こういうところに定期的に行って、関係性を築けたりしたら、またなんか変わってきそうでいいなあと妄想もしてしまう。

ヨシタケシンスケ展に行きたかったが、入場制限で入れないということで断念。京都に向かう。

チェックイン後、妹が以前に言っていた卵焼きが美味しい店に行ってみたくなり、田中鶏卵に。美味しかった。熱々の卵焼きをひたすら食べる。何も調味料がなくてもちょうどいい感じで、甘い卵焼きではなかったのも個人的には嬉しい。

ホテルから近い、10マントンアローントコへ。中古のレコード・CDが7割、残りが書籍というようなお店。ここもzineが売っていて、そのあたりを中心に熱心に見る。レジに行こうかと思うと先客がレコードの確認も兼ねて試聴していた。随分いい曲だけど、ボーカルやたらピッチ低いなと思っていると、店の人が回転数を間違えて33回転で数分間再生していたようだ。45回転に変えると、軽快なリズムで音楽が鳴った。先客の青年は「前のほうが良かったですね」と言っていた。私もそう思った。スクリューって本当にすごい。「ワンダー植草・甚一ランド」と「16日間の日記 29日間の日記」、「All ABOUT LOST IN TRANSLATION」という2つのzineを購入。

徒歩でJetset京都店へ。通販では度々お世話になっているが、実店舗に行けたという感慨があった。レコードはいろいろ吟味して、最後はエイヤで「HARD 02」を購入。後でホテルでclipを聞くといい感じのガラージが収録されており、家で聞くのが楽しみになる。CMT氏のmix cdも購入。

六曜社へ。初めて入ったが、雰囲気も良くて落ち着ける空間だった。別に喫煙者ではないのだが、タバコを自由に吸える感じもなんか良かった。コーヒーとパウンドケーキをいただいた。コーヒーが美味しすぎて沁み入った。買ってきた「16日間の日記 29日間の日記」を読む。京都に住んでいる4人の本にまつわる仕事をしている人たちの交換日記。期間は2020年の1度目と2度目の緊急事態宣言下。そのときにどんな生活をしていた人がいたのかを知ることだけでもおもしろいし、「京都に住んでいる本関係の仕事の人」の生活なんて普段想像することもないわけで、そのあたりの風土を知るという意味でもおもしろい。自営だったりするからだろうか、みんな朝がゆっくりで、それぞれに家族や仕事との関わりは異なるものの、こうやって人がつながっている現実があることを羨ましく思う。人の日記はおもしろい。

同じく日記本である、佐々木里菜「パートタイム・コメット」も読む。まだ途中であるが、こちらもかなりおもしろい。期間は2021年から2022年にかけてのもの。写真家・文筆家でありながら、アルバイトとして接客業務などを行っている氏の、ともすると破綻してしまうのではと思うほどに目まぐるしく進む日常。全くの同い年ということで、アーティストと会社員では違いもあると思うが、やりたいこととは何なのか、これから私はどこに進んでいくのかという問いに向き合ったりはぐらかしたりするような様子のリアルさも感じられる。途中出てくる店員さんや弟さんとのやり取りなどを読むと、自分ももっと好きな人たちを大切にしたり、会って話したりしないとなと思わされる。読み進めるのが楽しみ。

夕食はかなり迷ったが、当てもなく彷徨って諦めかけたときに現れたお好み焼き屋に入る。ミックス焼きと塩焼きそばで大満足。かつて大将だったと思われるおじいさんが、息子さんかなにかにぶっきらぼうな言い回しで話しており、心地悪いような、一家でやってる店感があって良いような、複雑な心持ちに。ミックス焼き1枚でやめるつもりだったが、思いの外美味しくて当たりを引いたことに気付く。追加した塩焼きそばが特に美味しかった。

今日のホテルはシャワーの水圧が強くて嬉しかった。シャワーの水圧情報がまとまっているサイトがあったら、そのサイトは絶対にめちゃくちゃバズると思う。明日は朝早いため、早めに寝る。

 

朝はやく起きて京都駅へ。コインロッカーに荷物を預ける。こんなに多いなんてなにかの間違いだろうという気持ちと、結構買ったし仕方ないかという気持ちが同居しながら、バスに乗り込む。市川屋珈琲に着くと早くも行列ができており、並ぶ。Tさんが開店の少し前に合流。間に合って良かった。

市川屋珈琲でフルーツサンド、桃のサンド。最高にテンションが上がる。アイスコーヒーと馬町ブレンドをいただく。近況情報を聞いたり話したりして楽しく過ごす。こういう時間はどんな友だちとも等しく必要なものだと再認識。Yさんが心配だという話から、秋にも京都に来たいという話になり、有給を検討。そもそも8月の有給の話もできていなかったことに気付く。

ブライアン・イーノ展までは時間があったため、Tさんのガイドで京都駅の伊勢丹を回る。知っている人にくっついて歩くのが1番わかりやすいし参考になる。いろいろ勉強になったところで、解散。

ブライアン・イーノ展へ。入場を制限しつつ、ちょうど楽しめるくらいの感じになっており、運営のみなさまに感謝。

どの展示もイーノの音楽が流れる空間になっていて、最初の「The Ship」は音楽の展開と真っ暗闇のような空間にポツリと存在しているテレビという、今自分がどこにいるのかよくわからなくなる感覚でキマリそうになる。「77 Million Paintings」はソファに座って楽しむスタイルの展示。総じて自分がどこかに行ってしまうような、あるいは世界がどこかに行くのを眺めているような、現実からかけ離れた空間にちょっとだけ行けたような時間だった。

昼ご飯先が見つからず、諦めて京セラ美術館へ。コレクションルームの版画が全体的にかなり良かった。日本のシュルレアリスムを京都で行っていた作家のうち、北脇昇氏の作品がめちゃくちゃ最高でぼーっと見てしまった。「眠られぬ夜のために」という作品のあまりに神秘的な魅力に取り憑かれる。その他の作品群もめちゃくちゃ良かったし、これが戦前にあったということも驚き。全集を取り寄せたい気持ちになったがややお高いので、機を見て手に入れたい。今井憲一氏の作品も好きでした。

京セラ美術館のカフェでりんごのタルトと梅ソーダをいただく。いい感じのカフェで最高。しばし、「パートタイム・コメット」を読み進める。おもしろくておもしろくて、この人が同い年だなんて。仙台が地元という共通点にもグッとくる。帰省時の帰りの新幹線に乗るときの気持ちに共感。「相談は踊る」で読まれたこともあったらしく、スゲーとなる。

帰り際伊勢丹で押し寿司と少しのお菓子、Tさんが言っていたチューハイを買って、めちゃ混みの京都駅から新幹線に滑り込み。新幹線内では食欲が出ず、ひたすら本を読む。「パートタイム・コメット」を読了。

「KOBE LOSTFUTURE」は、写真が魅力的で、同年代くらいの方かなと思っていたら、巻末対談で「vaporwave」などの話が出てきて納得。写真家と文章両方の方のTwitterをフォロー。

「個人メディアを十年やってわかったこととわからなかったこと」を読む。自分が何気なく楽しんでいるサイトの運営や、海外アーティスト周りのツアー事情など、生々しさや歯がゆさみたいなものがもろに伝わってきて、これを出したこと自体がすごい勇気のいることだろうなと思った。ちょっとではあるが、主催イベントをやっていたときのことを思い出した。またやりたいという気持ちと、もうやってもなあという気持ちが、やっていたときからあって、誰に何かのノルマを課されているわけでもなかったのに焦りのようなものがあったことを思い出した。コロナがなければやっていたかもしれない、今は怖くてとてもではないができない。

「遠くのボート」という翻訳集がおもしろかった。気の利いた文章がいくつか並んでおり、ちょっとおもしろいものを読むにはちょうどいい。海外文学にハードルの高さを感じる友だちなどに送りたくなる。vol.2を通販で買おうと思ったら、東京でもいくつか取り扱っている本屋があるようで、そこに行くことも検討することにする。

あっという間に東京駅。大丸で惣菜を買い、なんとか帰宅。暑い。不必要なくらいに買った食べ物をひたすら食べた。まだ休みなんだと自分に言い聞かせるかのように食べた。洗濯を一度回して、明日以降の食事を買いにスーパーへ。さほどのことはしていないのに疲労感が一気に来た。

「ALL ABOUT LOST IN TRANSLATION」を読む。僕よりもおそらく若い、主にバンドマンたちのある日の日記。内々に見せるものとして書いている人もいれば、記録用として書いている人もいて、企画は同じでも、温度感の違いに惹かれる。この人たちと直接関わることは今後もないだろうけど、こういう関わりかたが生まれたことを嬉しく感じる。若いバンドマンにコロナ禍が与えたストレスが生生しく感じられる。その中で資本があるわけでもなく、将来なども考えながら続いていく日常をどう表現するかはほんとうに人それぞれで、記録としておもしろかった。自分が歳をとったことに気づくし、DTMなんかやってたときも誰かに聞かせたいとか思っていなかったことを考えると、すごく遠い世界を覗き見した気分。でも、彼らのような人たちが楽しく過ごせる社会だといいな。付属のCDは、金沢里花子「わたしに優しい夜」、猫戦「鶴」が良かった。

Twitterで友人がパーティーをやる報せをみる。需要がある人はどんどんやったらいいと思いますので、ぜひとも楽しく派手にやっていただきたい。自分が遊びに行くかは未定なものの、楽しいものになることを祈りたい。

起きてからのことを考えて気持ちが低下する。お腹の調子も悪くなる。マラソンを走りきった選手がインタビューで泣いていた。みんなもっと自分のためにだけ生きていけたらいいのに。

 

仕事開始。集中力がすぐ切れる。やらなければいけないことがほとんど進まない午前中になった。

うどんを茹でて昼食。「パートタイム・コメット」で何度もうどんが出てきて食べたくなっていたので乾麺を買っていた。今週はこの昼食で乗り切る。

上司から今週は出社しないよう連絡あり。何人かコロナに罹っている、または濃厚接触者がいるようだ。会社の規模が小さいことからちょっとしたパンデミックになっているらしい。幸いなことに旅行から戻っても特に体調に変わりはないことに安堵。毎日1万人の感染者。今週はここからさらに増えていきそう。コロナ禍、全然終わっていないことをところどころで気付かされる。医療関係者の安全と平穏を祈ることしかできない。今週は髪切るだけにしておいて、家に籠もることにしてもよいかも。

アトロクでMCUのポップス名場面特集。MCUをいよいよ見ないとなあと思うところまではきたが、さてどうなるか。

最近遺言書を書くとしたらどんなことを書くかを考えてしまう。一度書いてみたい。財産と呼ぶべきものはほとんどないが、本やCD、データの扱いについては、残しておきたい気持ちもある。別に今すぐ死ぬと考えているわけではないし、何なら今までの人生の中では一番死ぬことから遠い場所にいる気がしているのだけれど。

 

ふわーっと1日が終わった気がした。何をしていたか、何もしていなかったのではないかと思いながら過ぎ去った日。

散髪を予約した。経堂に住んでいた頃に見つけた美容室に5年くらい通っている気がする。元来髪型には特にこだわりはないため、別にめちゃくちゃいいというわけでもないが、適度な心遣いと人間味が感じられる担当の方を気に入り、ずっと指名している。話題がシリアスめなものが多く、反応に困るときもあるが、そのへんも私の雰囲気から気を遣ってくれているのだろうと解釈している。土曜日に予約すると、夕方の6時前になってしまった。土曜日の計画を考えておこうと思う。

たまむすびでDIC川村記念美術館を取り上げられていた。行きたくなる。来週末以降で考えたい。

 

HIHATTのプレイリスト、©OOLJAPAN氏、Neibiss氏のプレイリストも非常に良かった。クール氏のプレイリストにあった、笠木忍「ハートがまっぷたつ」がめちゃくちゃよくてたくさん聞いてしまう。どうやら知る人ぞ知る名盤だったらしい。知ってる人からいいものを教えてもらえるいい世の中だ。

Corneliusの新譜。めちゃくちゃ良かった。これからどんな活動をしていくのか楽しみ。

コメディ十種競技Bを配信で見る。みんなおもしろすぎたが、中でも川北氏はすごすぎる。コンボイ氏の飯が全部面白いの奇跡。

「Teams」をなぜか「チームス」と読んでしまう。前の職場でそう読んでいたからかもしれないが、冷静に考えると「チームズ」か、とも思う。こういうなんか、正しくない読み方しちゃうものっていくつかある。「吉本隆明」みたいな。なんかどっかにメモっておきたくなる。

NewJeansというk-popアイドルの先行曲のMVを見た。曲が良すぎるし、ビジュアル見せ方もイケててデビュー作に期待。

 

朝からなんか具合が悪い感じが漂っており、時勢的に不安になる。余計に仕事に手を付けられない。なんかずっと息が苦しいような感じがモヤモヤしている。早く仕事終われ。

流石にしんどすぎて熱を測ると「36.7」。平熱が高いほうなので微妙なところではあるが、とりあえず冷えピタを貼り、ポカリを飲む。マジで早く終わってくれ。

仕事が終わる頃には回復していて、普通通りに過ごしていたら、携帯の左上に見慣れないマークが現れた。押すと、そういえばあったなくらいのアプリに成り下がっている「COCOA」から通知。月曜日に150分ほど陽性登録者と一緒にいたとのこと。ほぼ間違いなく東海道新幹線の中を指しており、近くに陽性者がいたということだと思う。自分の体調は今のところ大丈夫そうなので、とりあえず頭に入れておく程度に留めることにする。今や誰が感染してもおかしくはなく、こればかりはお互い様ということだろう。もちろん自分が罹患しないに越したことはないが。

 

休日ということもあり、かなりゆっくり目に起床。風呂に入った後トーストを食べる。お笑い大喜利を見る。面白すぎる。「韻豆」とかいう謎キャラがマジで1つも脈略なく登場していて笑った。このライブでしか得られない笑いで大満足するも、やはりこれは現場で見たいところ。爆速で韻豆スタンプが売られていて思わず購入。私には誰に送るでもなく買っているスタンプがいくつかある。

bandcampからのメールをチェックして午前が終わる。散髪の予定が夕方にあるが、早めに家を出て乗換駅の神保町で下車。いつも気になっていた喜多方ラーメン屋で冷たいラーメンを食べる。微妙。スープが何の味なのかがわからない気がした。一瞬自分の舌の機能不全を疑うも、セットでついてきた丼に乗ったわさびは強く感じたため、違うと分かる。次からは多分入らない。

いつも空いているタリーズへ。意外と人がいたが、席はあり、本を読みながらしばし休憩。隣の女性がニューヨークのYouTubeを見ており、こういう人が見てるのかと思う。コーヒーの味はよくわかったので、やはりあのスープがおかしいと確信する。軽やかな音楽が聞きたくて、たまたま持ってきていた昔のokadada氏のmixがちょうど良かった。

散髪。約1時間。担当者が都内の建築でも見て回ろうかと思っていると話し出したため、なんとなくあれこれ話す。少しひけらかし過ぎたかと後に反省。知らない人と好きなものについて話すのむず過ぎるので黙るのが吉かも。コロナ関係の話はお客とするには個々の考え方に幅がありすぎて危険らしい。接客業への尊敬の念が高まる。

注文していたLQ氏のEdit集が届く。CDの中にbandcampのコードも入っていて歓喜。かなりいい感じだったのでしばらく聞きたい。

Amazonから届けられたと通知が来ていた歯磨き粉が家の前に置いていなかった。ポストにも入っていない。どういうことなのか分からず、とりあえず静観。

 

 

ゆっくり起きた。ふるさと納税でもらっていたうなぎを湯煎して食べる。おいしい。

何もしなくてもいい日ではあるが、あまりに晴れているからか外出したくなり、歩いて30分ほどで行けるショッピングセンター的なところへ。無印良品でボウルとどんぶり、洗濯ネットを購入。途中聞いていた「必殺相談人」というラジオ特番が地上波らしからぬ強引さでおもしろかった。

フェミニズムってなんですか?」と「大邸の夜、ソウルの夜」を読了。前者は今のフェミニズムに関連するような話題から、歴史や言説、考え方などをわかりやすく平易にまとめていて、とても勉強になったしいい本だなあと思った。後者は、韓国の女性が置かれる家庭と仕事の狭間で揺れ動くさまを描いた漫画。読んでいると怒りと悲しみとおもしろさと理不尽さとみたいないろいろな感情が去来する。女性キャラクターたちの奮闘と不器用な感じと不満をストレートに表した表現がすごく読ませる作品。韓国に限らず日本にもいくらでもあると思うし、自分の家庭はどうだったかということを省みる。

 

無印良品の洗濯ネットは全員マストバイの最高品物でした。もう少し早く出会いたかった。

在宅のときはTBSラジオを基本的には1日聞いている。ラジオ局としてのカラーが自分に合っていると思うし、パーソナリティも好きな人が多い。Twitterなどを各番組で見ると、他のパーソナリティとの矛盾などを指摘する声が多いなと感じる。個人的にはみんながみんなどの時間帯でも同じ熱量で同じことを言っていたら気持ち悪いし、多少のグラデーションがないとどう考えてもおかしいと思うのだが、ラジオ局は身近であるだけに、自分があるべきと思うものに近くあってほしいとより思うのだろうか。

いろいろ計算したら結構お金がない。あるだけ使ってしまうみたいなところがないわけではないが、しばらくは気をつけて消費をしなければ。

中流家庭に生まれ、私立の4年生大学を卒業し、それなりの企業に就職してそれなりの金額をもらっている時点で、そちら側として自分を位置づけなければならないというのはよく分かるのだが、「がんばるしかない」とか、「努力が必要」とか、そんなことを結局言うしかないのかと思うと、嫌になる。別に努力したわけじゃないし、たまたまこうなっただけで、こうならないことも全然あり得た。そんなネオリベ精神でしか生きられないと思いたくないし言いたくないと思いつつ、それでもそっち側にいる君は何なの?と言われると、言葉に窮する。加害者ではないんですと言い訳しながらいい想いしてるだけじゃんと言われると痛い。とあるウェブサイトを見てこんなことを考えた。

 

昔はめっきりなかったのに、ここ数年はイブが手放せないくらいに頭痛に悩まされている。頭痛外来に思い切って行ったほうがよいのではと思いつつ、これくらいなら大したことないのではという気持ちもあり、足踏みをしている。そういえば、前職にいた協力会社の方は、群発頭痛持ちだということでエピソードを聞いて震え上がったことを思い出す。

伊集院光氏のトークライブを聞く。ラジオの延長線上ということなのかもしれないが、オープニングとエンディングには生演奏があり、間のトークはガッツリ氏のラジオの歴史について。仙台ではTBSラジオはネットされておらず、氏のラジオを本格的に聞くようになったのは上京してからなのでかなり後追いにはなるが、それでもめちゃくちゃおもしろくて救われた気になったことは数知れず。メンタルが終わっていたときでも聞けた数少ないラジオの1つだ。お話おもしろくて次回以降もなるべく逃さず聞きたい。

パソコン音楽クラブの新曲をYouTubeで聞く。めちゃくちゃ明るくてポップでびっくりした。See-Voiceの後にこれが出てくるとは。まとまった作品が楽しみになる曲だった。

NHKで再放送していた「プリズム」というドラマを日中に偶然見てしまった。脚本家は友人の指導教官の奥様だったと記憶している。LGBTQ+が普通に存在しているという当たり前の現実に即して、人間関係を描いていて、なかなか見ごたえがありそうな感じがしたが、主人公の恋人となる男性の主人公に対する姿勢にはやや気になるところ。彼をこのあとどう描くつもりなのかはちょっと興味が湧いた。

「論拠」という言葉や「批難」という言葉は言っておけばとりあえず相手方がおかしくて自分が正しいと周囲にアピできてめちゃくちゃ便利なTwitter話法だなと思う。Twitter以外ではまるで意味をなさない気もしますが。

在宅が長くなり髭が目立つようになってきた。鏡を見ると自分じゃない気がしてくる。別に生えなくていいと思っているものがこれだけ生えてくるのは理不尽だ。

 

起床即めちゃくちゃな頭痛。最悪。

アトロクにて29歳特集をやっていて、自分が29のときのことを思い出す。初めて役職につき、こんなことやりたくないと思いながらめちゃくちゃ働いていた嫌な記憶。今にして思えば、余裕がなかったし自分に期待していたんだと感じる。今や役職と言われてもまあしょうがないかという気持ちと、そうは言っても私はそんなに変わりませんよというある種の諦めがある。気付いたらもう31になる年になった。別に年齢を重ねてももう何の感慨もない。

一瞬だけ、みんな意外とそっちの人好きだったんだと純粋に思ったが、おそらくそうではなく、単純に相手方を叩きたいだけみたいなことは、PV稼ぎのクソサイトみたいなものとほとんど変わらないと思うが、論理的に見えるからか、そういう批判はまだないようだ。ネットばっかり見てるとこういうことを考えて精神衛生上よろしくないですわね。

ママタルトひわちゃんの誕生日配信を見て心を浄化しました。

 

朝から上司が体調不良、他の社員も体調不良者が出ていて、コロナや暑さなど危機が身近に迫っていることを実感する。社長はなんでやねん的なリアクションをしていたが、何でもクソもあるかいな。しかしまあ、こういうときに何も気にせず休める職場というのは永遠にないことを実感する。こういうときに限ってやることがポコポコ出てきて本来進めたかったことまで手が伸ばせず。

オッパーラにtodd terjeが来た回で感染対策が何もなされていなかったというnoteを見た。おそらくクラブというのはそこまで感染対策を厳密にやっているところがほぼないのではと思っている。クラブでやるあらゆる行為、飲酒や会話、ダンス、喫煙などがことごとくコロナと相性が悪い。だからといって開き直っていいということにはならず、きちんとした対策がなされることを期待したいところ。自分がクラブに行かなくなったのは、サラリーマンという立場上、ある程度は感染しないことが求められるので、リスクを減らす行動の結果である。クラブに行けるのはフリーランスか学生だけみたいにならないことを祈りたい。

急に音羽ロイヤルホストに行きたくなる。あそこがイメージの都会のファミレスという感じがしてとても好きだ。

 

7月の最終営業日を終えた。バタバタしていたが、なんとか残業時間もそこそこに終えることができて安堵。残業しまくっていた前職の経験から、ほとんどのことは別に明日やっても変わらないと諦めがついているので、その点は気を楽にして仕事ができる要因になっている気がする。

フジロック中継、慣れってのは恐ろしいもので、直視することができるようになっている。とはいえ、1日目は特に誰を見るということもなかった。

全国の感染者数が最高記録を更新し続けており、8月前半に実家に帰るのをやめようかという気になってきた。有給もタイミング的に取りづらいし。親とも相談して決めることにする。

 

フジロック、2日目に折坂悠太を見た。最初に「去年と何が違うのかと聞かれても答えられない」というようなことを話していた。氏は昨年直前で辞退していたが、その時その時でいろんな判断があるのが人間だと思うので、それでもいいのかなと思ったが、それは外野にいる私の視点であり、このときも診療を続ける医療関係者から見ればたまったものではないかもしれない。でも、そんなことも何千回考えた末にここに立っていると感じられた。ライブは素晴らしかった。トーチは本当に素晴らしい曲だ。

CDSのライブは終始楽しげで打って変わってという感じだった。しかし、こんなに才能のある人たちがグループを組んでいるというのはなんという奇跡かと思うと同時に、惹かれ合うものなのかとも納得する。10年やってここにくるというのも、本人たちからすればひとしおなのだろうきっと。JUBEE氏は間近で見たくなる魅力に溢れていた。

この日最後に見たのはCornelius。復帰のライブだった。あのオリンピック騒動から1年が経ったと思うと早いのか遅いのかわけがわからないというのが正直なところである。音楽も映像もとても良かった。でも、それはいつもなのだ。だからこそ、これで良かったではなく、これからの氏の行動を変わらず見ていかなければならない気がした。

実家に8月の11日あたりから帰ろうと思っていたが、休みがとりづらい状況と、コロナの拡大で気が引けてきたというか、さすがにビビっている。向こうには年寄りしかいないので、私が持ち込んだらおしまいだ。なんとかタイミングを見計らいたい。

 

配信で「フードコートより愛をこめて」を見た。3組ともネタがかなりおもしろかったが、特にケビンスの1本目が良かった。コーナーもちょっとした奇跡があったり、意外とみんな真面目にやっていたりしていたところが笑えた。相性良さそうなので定期開催してほしい。

フジロック3日目。七尾旅人を見た。声出しを小声でと言っていたことが印象に残る。アーティストは大体煽っていて、観客もそれなりの声で反応していたように見えたが、それをどう感じればいいのかもうわからなくなっていた。声を出す人たちを画面越しに楽しむ自分たちが咎めるってのもおかしな話だと思う。名曲はもちろん、大比良瑞希との新曲がとても良かった。新作のアルバムが楽しみになる。

PUNPEEを見た。ヒップホップのアーティストがあまりいない中、大きなステージでやるということもあってか、新曲ありゲストあり、クラシックアンセムありとなかなかしびれる構成。ロンリーガールが流れたときは興奮してしまった。過去に小さなステージで出た時の話を聞きながら、アーティストにとってもフジロックがかなり重要な舞台であることを改めて感じる。彼らの目標はないがしろにされてもいいのか、高校球児の夢はないがしろにされていいのか、楽しみにしていた修学旅行はないがしろにされていいのか、誰にもそれらの重要性を評価して正しく判断できるはずがない。だからこそ、判断が行われたときに当人たちが守られるための何かが社会にあってほしい。

反「女性差別カルチャー」読本を読みました。最近はこういう本をいろいろ読んでいるが、さてそれが君の生き方を変えてきているのかと問われると困ってしまうが、それでも直視し続けるところから始めなければならない。

中村佳穂を見た。すごすぎ。普通に画面の前で泣きそうになった。多分少し泣いた。製作総指揮という感じで、どんどんライブを休みなく展開させていく。コーラス隊が豪華すぎる。「歌の力」と再三話していて、アーティストが歌をどう捉えているのかがちょっとだけ分かる気がした。

MURA MASAを見た。名曲をしっかりやって、新曲もかなりいい感じでとても楽しかった。ビートでバキバキに鳴らしてダンスミュージック感が強く出るのかと思いきや、ロックフェスということもあってか、ドラムかギターでの演奏とボーカルの力で盛り上げまくっていて圧巻。いつかあんな大きなステージから鳴るBed Squeakが聞きたい。

フジロック1回行ってみたいなあと思いつつ、結局そんな日が来るのかは想像ができなかった。

コロナの扱いを変更することが検討されているらしい。それで医療関係者の負担が減るならと思いつつ、その場合治療は自己負担になるというのを目にして、それはちょっと違うのではという気持ちになる。インフルエンザのように、下手したら隣の人がもってるかもしれん状況が今より起こりやすくなったりするのだろうか。いくら軽症と言われても、申し訳ないがなりたくないというのが本音だ。そのためにできることがあるのかもわからず、不安のまま気付くと日付が8月に変わっていた。

 

2022年6月

2022年6月

先日入社した方の歓迎会として、会社のオンライン飲み会があった。幹事をしてくれた方はこれまでの形式から異なる姿を模索し、組分けや時間配分を工夫していた。おおむね良かったと思ったが、あれこれあちこちから言われてもおり、なんとも損な役回りだなと思った。であるならば、そもそもこんな会はやめたらいいのにとも思いつつ、入って来る人には悪気はないわけで。形式的な飲み会がオンライン時代になってもなくならないのはもう呪いみたいなものなのかもしれないと感じた。飲み会が終わるとそんなことを考えたせいかムシャクシャしてコンビニで飯を買い食べた。

久しぶりにK君から連絡があり、仕事の話で割と噛み合いそうな展開だった。どうせなら一緒に仕事ができたりすると最高なのだが。この年にもなると、そういうことでもないとワクワクしない。

さすがに適当過ぎるのでは?という他人の仕事が目に付くようになったことで、自分がこの職場になれ始めてきたことに気付く。今の会社は評価をしてくれているけど、一方でやりきれなさというか、そこはかとない不満も見つかりつつあり、また転職がチラつく。

 

専門分野以外のことを話すなとは思わないのですが、若者関係の話をし始める人にはどうもきな臭さを感じてしまう。某社会学者の例などもあり、あの辺の話題はかなりセンシティブな気がしてならない。1つのことに特化していた人が手を広げだすと足りないところが見え始めるというのは、人間のキャパシティがある程度決まっているからなんだと思い、自戒に活かしたいところ。

知らない声優さんの熱愛報道。撮ってやるなよと思いつつ写真を見ると、本当にそのへんにいそうなカップルでなおさらその思いを強める。小田急線内の岡田将生もそんな感じで好感を持った。でも、岡田将生はドライブマイカーの劇中みたいな感じでもいいのにとも勝手に想像。

 

友人と長いこと電話。無言も特に気にならない関係であるということは非常にありがたいと勝手に思っているが、相手がどうかはわからない。お互いに見たものや読んだものの話をしつつ、近況を聞く。勧められたものを見ていない自分を省みる。この年になると好んで友達でいる人しか友達じゃないんだから、そういう人が勧めたものくらいは見るようにしたい。

「82年生まれ、キム・ジヨン」を一気読み。流石に遅すぎるとは思いつつ、熱狂から距離を置いて読んでも、熱狂する気持ちも分かるし、すごい本だった。しかし、これが原著日本だったときにこれほど売れただろうかと思うと怖くなる。そして、そんなことを考える手前は、早くも他人事のように考えているのではと感じる。これは自分の周りに普通にある話だ。先日読んだ「説教したがる男たち」と完全に地続きで、同時多発的にこういう話が出てきているということは、そういうことなんだと感じる。今自分が大学生なら絶対フェミニズムを学ぶと思う。

 

忘れかけていた金属単独を配信で滑り込み。期待をフリにして見る人を振り落としつつ、やることはきちっとやっておもしろくて、誰もやらんことをやっていてかっこよかった。構成作家吉岡さんのラジオを聞くと、いろんな大人がいてこそ成り立っているという当たり前のことがどれだけ今大変か伝わって難儀な世の中だと感じる。

ドラマで岸井ゆきのが食べていたのが美味しそうでスペアリブを買う。焼くという選択肢もあったが、大根との煮物にした。味が微妙になったが、とにかくスペアリブを食べたいがためにやったことなので問題なし。

サウンド・クリエイターズファイル、tofubeats回を聴く。昔の楽曲を久しぶりに聞き、いい曲ばっかりだなと改めて思う。lost decadeとてもいい曲。

平家物語1話を見ました。歴史ものは意外とストーリーが苦手なのかもしれない。絵の綺麗さ、動きの豊かさは見てて心地よい。

 

日銀総裁が「物価上昇を受け容れてる」発言。政治信条がリベラル寄りの人が量的金融緩和に否定的なのはこういうところの影響もあるのかもしれない。普通の感覚があれば、今はこの発言はしないと思うが、しているということは生活と乖離していると思われても仕方ない。金融緩和をして物価上昇させて賃金を上昇させて、でも政治的にはリベラル寄りという政党が一生出てくる気がせずに暗澹とした気持ちになる。

日本対ブラジルをぼんやり眺める。今の布陣ではカウンターサッカーでしか点をとれないと思うのだが、そういう感じにまとまっているようにも見えず、守備が力尽きて負けるパターンに見えた。ポゼッションするほどの度胸はないのだから、ショートカウンター徹底でいい気もする。

パーティーの動画がTLに流れてくる。ここ数年参加していないが、結局のところ最後は個人の度胸なのだと思う。楽しそうな光景を見るのは良いです。

 

井上尚弥の試合を見た。強すぎるとおもしろいになる。4団体統一もいいけど、どうせなら階級上げてほしい。テレビじゃないから尺とかであたふたする大人も減ってると思うとそれもまたよし。

それってあるよね大王決定戦めちゃおもしろかった。いろいろ連鎖してボケが変化して最後めちゃくちゃ下らないところに着地するのがよい。他の人の回答をうまく転がせる人が多くて最高。

森喜朗もそうだが、いつからこんなに本音を言ってるだけという論法が流行ったのか誰か調べてほしい。大抵の場合、その本音が間違ってるという話をしているわけだが、本音なら間違ってないとでも言うのだろうかとはいつも思う。

 

ドラマを見てないのにネットニュースであらすじを見てしまうことが多い。ドラマの内容も情報として見るだけ見ておくかと思っているせいだとすると、何でも情報として受け取っている自分が嫌になる。キムタクのドラマのあらすじを見たら、最終話で同僚の先生がプロポーズするらしい。しかし、それって実際にあったとするとかなり気持ち悪いし、それを生徒たちが何とも思わず見ているわけもないだろうと直感的に思う。キムタクがいるなら恋愛要素を入れなければと思う製作の気持ちはわからなくもないが、そういう時代でもないのに。ターゲットが自分よりちょっと上の世代なのかもしれない。創作物でも恋愛要素が本当に必要なのか、自然なのかというのは考えてほしいと思うことが多くなった。恋愛があってもいいのだけれど、その関係って普通に考えたら気持ち悪くない?というのはまだまだある。ちょっと前の朝ドラもおもしろく見たものの、坂口健太郎演じる地域医療を学び赴任してきた医者が、高校生上がりの女性を好きになり、恋愛関係になっていくのは、いくら坂口健太郎でもさすがに気持ち悪い。おまけに地域の人たちがそれを諸手を挙げて歓迎しているなんて、普通に考えたら力の不均衡から生じる何かを警戒してほしいものだ。どんなに素敵に描かれた恋愛であっても、周囲が当たり前に感じる疑問や気持ち悪さみたいなものが見えていないとなかなか話に入っていけないことが多くなったが、そもそもそういうものを見るのに向いていないのかもしれないと最近はよく思う。

仕事をしていたら午後に急激に頭痛と寒気がして調子が上がらなかった。こういう日は早く帰ろうと切り替えられるようになっているあたりに、加齢の良さを感じなくもない。

在宅のときは生活は踊るの相談コーナーを聞いている。相談はいろいろで、自分でも考えてしまうときもあるが、インターネットでは「そういう言い草はどうなんだ」とか「共感できる」とかそういう話が絶えない。最初は自分も、そんな回答はかわいそうなのではとか、あんたみたいな人ばっかりいないよとも思っていたが、そのあなたにみんなは相談してきてるわけで、そうするとその人がその人なりに誠実に答えたものが相談者が求めている内容だから良いのかと気づいた。

 

年齢柄仕方ないのだと思いつつ、上と下の狭間でどちらとも言い難いというような状況に陥る。平社員の自分からすると後輩というだけで立場が同じ人にあれこれ指図するのは気が進まない。上の人がそこのところははっきり言ってくれよと思うものの、上からはその不満だけを伝えられるとモヤモヤのみが残る。思えば前職をやめたのもそういう中間職みたいなものに嫌気がさしたからで、嫌な記憶が蘇り久しぶりに大声を出した。

引き続き体調が芳しくない。気のせいだと良いのだが、2日続くのはどこかおかしい。寝起きに汗をかいていた形跡が毎日ある。非常に不快。

こんなのが聞きたかったわけじゃないと思っている時点で過去の姿を追っていることに気付く。非常によろしくない態度だった。

 

日本倫理学会の託児所の件で暗澹とした気持ちになる。いちゃもんつけてやらないようにする輩なんやねんと思っていると、そんなはずはない、前にはこういう動きがあったと言い出している人がいた。それってそういう発信じゃなきゃいけないんでしょうか、目的見失ってません?と思った。普通に考えたら、今動こうとしてる人にコンタクトして、一緒に改めてやりましょうと言い出せばいいのに。この方は男性のポストありの方で、そういうことだよなあとさらに辛くなる。

→翌日に該当の方が声明を出していた。ここから前向きな動きが起きることを期待。

 

「ポリコレ」(この使い方めちゃくちゃ嫌)に配慮しているからいいとか悪いということは思わないが、その辺気を遣われてないとうるさくて入ってこないというのが正直なところ。もちろん、それをうるさく感じるのはそもそも教育されすぎているからだとかなんとか言うことは可能だと思うものの、現実にいる存在を無視することはできないし、それによって傷つけられるものを知ってて知らないフリをすることは、本編そのものよりも大きな問題だと思うので、そういう順位付けにならざるを得ない。みんな自分の気になることしか見ないので、見える範囲がそもそも狭まっているということなのかもしれないが。

イライラしたりモヤモヤしたら肉を食べることにしている。でも、お金もそんなにあるわけではないので、鶏もも肉を1枚買って適当に味付けて焼いて食べることが多い。自然と気持ちが収まるような気がして未だにやってしまう。こういうとき本当はもっといい選択があるのでは?と思うものの、会社員経験を振り返ると辛いときは寝るか食べるかしかないということも何となくわかってきて、こういうことになっている。

tofubeatsサウンドクリエイターズ・ファイル、あの頃こんな気持ちでこれ聞いてたとかを思い出してしまう自分がいる。

みんな三苫を過大評価してない?という気がしているのですが、自分だけなのだろうか。いや、期待どおり大活躍してくれればそれに越したことはないけど、齋藤学とかのときも盛り上がってたし、日本人はドリブラーの夢を見ているのかもしれない。

 

今週末は父の日ということで、前に欲しいと言っていたスニーカーを送る。ついでにマイナポイントの規定額に到達させとくかと思い、水ようかんも追加。百貨店系の通販サイトはこういうことができて良い。親等への贈り物をするのが嫌でなくなり、楽しくなってきている。もうすぐ死ぬのかもと一瞬思う。いや、親などが割とすぐ死ぬと理解しているがゆえの行動なのかもしれない。死ぬ前にちょっとだけ良い気分にさせるからこれ以上のことは望まないでくれと心の中では思っているのかもしれない。

 

なんかわからんけどここ最近忙しいように感じる。急なリズムの変化でストレスとモヤモヤが溜まっていることがわかる。レコードを2枚注文した。数日前に数枚届いたレコードはまだ再生していない。飲み終わったペットボトルをそのまま並べている。届いた荷物のダンボールを無造作に部屋に置いている。確実に今の状態が良くないことだけが分かる。でも動けない。

アトロクを聞いて、マイスモールランドを見に行くことを決心。今週末にでも見に行こう。

 

親からスニーカーが届いた連絡があった。サイズも問題なかったようで一安心。

問題行動があった議員や議長が特に釈明なく忘れることを待って続投してしまうの、ほんとうに腹が立つが、これも自分の政治参加の結果だと思う。自分もそうやって面倒なことを適当に回避して生きられたらいいのに。政治家以外だったら即死することって意外と多いのかも。

 

トラブルというのはどういうわけか一日に集約されることが多い。今日がその日だった。対応は仕事だからやるとして、人が増えた割には全然負担が変わっていないのはよくわからんなと気付く。久しぶりに21時近くに退勤して脱力。忘れないうちにお笑い大喜利先行申し込みを済ませる。当選してくれたら嬉しい。

 

よく調べずに世田谷文学館前まで行ってからヨシタケシンスケ展がとっくに売り切れていることを知り、早めに出た分の時間を持て余す。途中で下高井戸にシシドパーラーという店があることを知り、混雑覚悟で入るとガラガラ。ゆっくりとフルーツサンドを食べました。こういうものは定期的に食べないといけないわけですね。

IPPONグランプリの女性限定版やるらしい。さすがに気持ち悪すぎない?加納さんとか正直出ないでほしいと思うものの、出る側にも論理があるだろうし、こればっかりはしゃあない。しかしながら、暗に通常版では今は女を入れないというニュアンスもあり、男性版もお笑い以外も入れればいいのではといろいろ思うところあり。こういうのはやっぱり、プロ・アマ問わず面白ければ出演させる、大喜る人たちに駆逐していただきたい。最新のライブは配信で見ましたが、スポンサー入っても出演者が変わらずふざけていて良かった。

bandcampで購入すると全額が然るべき団体に寄付されるということでいくつか購入。円安の折、ドル建ての作品は買う気にならず、円建ての作品のみを購入。しかし、光学のシリーズってどれも本当に素敵だと思うので、もう少し売れていてもいいのに。千紗子と純太「こんなん」、傑作すぎる。衝撃的。

マイスモールランドのチケットをとっていたものの時間読みを誤り、髪を切り終わるともう映画の時間に間に合わないことが発覚して断念。翌週にあらためることにする。こういう間違いを1日に2回もやってるあたりに自分の現在の状態が分かる。

フェミニズムってなんですか?」、「平成転向論」、「大邸の夜、ソウルの夜」を購入。読むのが楽しみ。

 

10億円の自主ラジオ、先月辺りから毎日聞くようになった。ちょっと自分にはもう若すぎる気もしつつ、おもしろいので聞いている。売れたらすぐ消したほうがいい回しかない。しかし、これ聞いてマジだと思って本社に電話するやつがいるということを知り驚愕。そりゃ芸人もコンプラどうこう言いたくもなるわなと。嘘がキモすぎるという理由ならまだわかるが、本当だと思うのはさすがにお笑い向いてないと思ってしまう。

久しぶりにミスド食べた。ミスドは食べるとうまいけど、食べる前の期待やワクワクがそれよりも遥かに大きくて不思議な気持ちになる食べ物第一位かもしれん。

ちょっと高いなあと思いつつ買った夏服を土日でおろしたがなかなかいい感じで気分が回復した。買ったレコードを順番に聞き、気に入ったものをデータ化して今日は良い一日だった。毎日がこういう日だったらいいのに。

 

全く気持ちが乗らずに作った資料で説明したら「念仏みたい」と言われて、やっぱそうだよなあと納得した。正直なんでこんなもん作らないかんのと思いながら作る資料なんてそんなもんだよなあとしみじみ。大概のものにはこんなこと思わなくなったが、数年に一回、理不尽の果てに持ち込まれる話に対応するとこういうことが起きる。

アトロクで嘘喰い特集。読んでみたいなあと思いつつ、好きなものにこんなに熱意を持って話せる人というのは信頼できるなあと感じた。

同性婚訴訟、ほんとうに終わってる国に生きている。法律婚の意味とは。

tofubeatsのラジオで聞いた、ビブラストーンの「NATIONAL」が良くて、アルバムを聞いている。アルバム全編通してとてもかっこいい。

 

仕事中、ラジオから流れてきたSMAP「Joy!!」。作詞作曲は津野米咲。この曲の素晴らしさと、作った人はこの世を去り、歌っていた人々はバラバラになったことへの悲しみ。もちろん気分の高揚感は感じるものの、得も言われぬ感情でナイーブになった。

セッションで明日早速同性婚訴訟について木村草太氏を招いて取り上げると聞き楽しみ。仕事でリアルタイムでは聞けないものの、タイムフリーで聞く予定。

 

奇跡的に当選したことにより、「セロ弾きのポーズ」を鑑賞。どれもおもしろくて最高でした。所さんのyoutubeがネタに入っていてめちゃくちゃ笑ってしまった。個人的には「口内炎」と「山小屋」が進化していきそうな予感。いずれにしても楽しみ。

世の中的にも大きなセキュリティ事案が発生した日に、社内周辺でウイルス感染の話題が出てきて慌ただしかった。明日は朝からバタバタする予感。

 

セッションの同性婚訴訟回を聴く。結婚が「生殖」のためのものなのか、「親密」のためのものなのか。「生殖」だと平気で言われているというのがこの判決なんだと知る。異性愛者である自分もこれがそういう意味をもっているんだということを認識しなければいけない。

一週間の仕事がパッとしないまま終了。もう上半期も終わるというが、ただただ流れていっている気もする。金曜日に見る街話はほんとうに至福のひととき。1日中風が強くてなんか怖かった。

 

ちょっと前のセッションで聞いた、アメリカのロー対ウェイド判決についての話。結局判決が覆され、アメリカでは中絶禁止を州が唱えることができるようになった。悲しいニュースだ。あちらの国に関しては、大きく宗教が絡んでいるので自分の理解で軽々しく言いづらいものの、個人の自由がまた1つ制限された。

アホみたいに暑い。まだ6月ですけど、完全に熱帯。朝から病院に行っただけで汗だく。病院で採血、結果は3週間後になるらしい。しかし、この病院人気らしいが診察がめちゃくちゃ早く、予約の時間も5分刻みくらいになっており、1日にどれだけ捌いているのか。

電車でアフィリエイトの本を読んでいる人を見かけた。別にいいのに、電車でそんな本読むなやと衝動的に思った。

Twitterで見かけたので久しぶりに神保町のジャニス2に行く。これが欲しいというのが明確にあったわけではないが、いろいろ見て、URの「Galaxy 2 Galaxy」とMoodymannの「Forevernevermore」を購入。ビブラストーンがあったらほしかったけど1枚しかなかった。

FKA TWIGS「CAPRISONGS」めちゃくちゃ最高なのに今まで聞いてこなかったのなぜ。後悔。

 

マイスモールランドを見た。目を背けたくなるような描写と眩しくて直視するのが恥ずかしいような描写が連続する。後者と最後に示される一筋の希望が胸に残っているはずなのに、それを掻き消すような前者の重い現実と、その社会に今なお生きて構造を生産し続けている自分を直視する苦しさが胸に刺さる。現実では、自分も藤井隆演じるコンビニの店長や池脇千鶴演じる母親、名前のないコンビニの客などと変わらない立場でしかないことを分からせられた気がした。映画は創作物なのに、明るくはっきりとした希望を描いていない。当たり前だ、これは現実の話で、現実の世界はあれくらいの希望しか見出だせないのだから。そんな暗さの中に光る主演の2人の煌めき、俳優さんの素晴らしさがとても印象に残った。実際のところ、自分には何ができるのだろうか。改めて、投票したい政党がない現実に絶望する。

千駄ヶ谷の街角で飲んだモンマスティー、知らなかったけどとてもうまかった。

おすすめされていた平家物語を全話見た。正直に言えば、おすすめされなければ全話見通すのは難しかったと思う。ストーリーだけで言えば、歴史ものが苦手なのかも。でも、画面の美しさや音楽の素晴らしさは間違いのないもので、見てよかったと思った。誰が誰なのか、名前が同じような感じで途中かなり混乱したが、主人公が自分の存在意義を見いだすところや、途中新しい人とのつながりが生まれるあたりがとても良かった。辛いことから目を背けたり、何もできない自分を責めるのではない道を見つけていく姿がとても心に残った。

ここまで見て、気持ちが上がらないというか、何も楽しさやスカッとした気持ちがなくて沈んでいることに気付く。日曜日の夜にこれは良くない。こういうときは眠るのにとても苦労すると経験が教えてくれる。誰かと何かを話したいという気持ちがものすごく強くなる。

この週末に読み進めた「カンバセーションズウィズフレンズ」がなんかしっくりこないというか、モヤモヤしながら読み進めている。面白くないわけではなくて、これをどう消化できるのか、自分に掴めるのか不安が付きまとう。

7月に大阪京都にまた行きたいという気持ちが高まる。ブライアン・イーノの展示や、関西の80年代の展示を見たい。金はそんなにないので悩みどころ。

 

アトロクのおすすめ新譜で流れたのが大体80'sっぽいシンセポップ系のサウンドばかりで、世の中まだこれって量産されてるのかと感心。個人的には全く興味がわかない感じなので、もっとおもしろいものが聞きたい。かといって、4つ打ちディスコの安牌的なポップスにも食傷気味である。

なんか知らんがDJコントローラーというか、オールインワンのシステムが欲しくなっている。音楽をそこから再生したい。ただそれだけのために欲しい。何となく続きを再生した刑事ドラマが新興宗教系でおもしろいのか不安になる。

 

教育というのは聞いていると気分が落ちていく。出社したらこんこんと理詰めされる会話を横で聞くこととなり、ゲンナリ。そういうのが1番正しいと頭ではわかっているが、聞こえないところでやってほしいというのが正直なところ。

熱中症なのか、何なのか、1日中頭が痛かった。食欲も減退しており、体調が気になる。

マイスモールランドを見たことがまだ心の中で渦巻いている。うまく消化できていない。生活とあの現実をどうやって紐付ければいいのだろう。

 

暑すぎて思考が止まっている。または何も考えたくない。昼間の政見放送でガーシーが大写しになったときはさすがに世界がバグった気がした。

与党の議員による連盟で配られていた、同性愛差別を含む冊子。ゲロ吐く気がしてちゃんと読めなかった。表現の自由のためにツイッター上でがんばっているみなさまにおかれましては、エロ絵を守る気持ちと同じくらいの気持ちでそういう自由や人権をお守りいただきたく。

 

出社して残業していると、「管理職になれるか。10月から」と軽いノリで話された。サラリーマンゆえ、辞令があれば拒否することはできないので、慎んで受けるむねをお伝え。給与の改定もあるらしい。しかし、なぜ自分が管理職になるのか、前職から相変わらずよくわかっていない。なんて適当な世の中なんだ。管理職にならない人生で仕事は適当にやり仰せたかったというのが正直なところ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021/8/22 雑記

フジロックを巡るあれこれに耐えられなくてウジウジしていたので、結局ceroしか見なかった。最初に演奏されたマイ・ロスト・シティーで泣きそうになった。あまりに神々しくて、何かが溢れていて。賛成反対でいうと、今はやらなくていいというのが僕の考えではあるが、じゃあ中継なんか見るなとか、オリンピックとの兼ね合いはどう整理するつもりなのかと言われると、いろいろ詰まるところが多い。(真面目に考えるには、当該イベントによる感染拡大が実際のところどれくらいあったのかという話や、これは誰の金が使われたもので、誰に儲けが入るものなのかなどの話もあり、基本的には単純比較可能なものでもないと思うが、感情的に拒絶する気持ちももちろんある)

モヤモヤした気分で、来週の出演予定の準備をする。この予定もなくなるのだろうか、プレイリストをダラダラ触った。

家にずっと居ようかと思うも、諸々疲れたので比較的空いているドトールに入ってしまう。争うなら王冠燃やせ「CALMA」がめちゃくちゃ素敵なmixで気分がとてもよくなった。

TLにTHA BLUE HERBの素晴らしさを説く人たちの声が溢れた。ステージで政治や補償について言及したそうだ。それはもちろん素晴らしい行為だと思う。一方でそれをしなかったアーティストや辞退したアーティストはそれよりもダサい、わかってないのだろうか。なぜそんな判断を簡単にできるのかわからない。たたかれている人は今までに補償を求めたことが一度もなかったのか。出演してその点に言及しなかったら同じことを考えていないと言えるのだろうか。よくわからなかった。

北沢タウンホールにいる。これから笑うことでそんなことたちの全てを僕は忘れようとしているのだろうか。いや、Youtubeフジロックを見て偉そうなことを言うのと大して変わらない気持ちですけど、それもまた当然伝わることはない。